第一話 出会い 0-2
「判決を言い渡します、あなたを筆の付喪神として認めましょう」
私がここへやってきた時はいつのことだったでしょう。人間ではないモノとかつて人間だった者の「あの世」の世界――――それが、カラクリ町なのだと閻魔さまは私に教えてくださった。私は「この世」にいたときに知り合った友人を探していた。先にカラクリ町にいった達磨の付喪神は、私にとって特別で、大切なモノでありました。
「あの、閻魔さま」
「何かな」
「このカラクリ町に片目の達磨の付喪神はいらっしゃいますでしょうか」
「ふむ、達磨ねぇ。達磨といっても色々いるからね。君の探している達磨とは一体どんなものなんだい」
私は、その達磨の特徴を閻魔さまに教えると、彼は「ああ!」とポン、と手を叩き微笑みました。
「もしかして彼のことかな?彼なら、カラクリ町の東にある一軒家に住んでるんじゃないかな」
それを聞いた私は閻魔さまの言われたとおりに、町の東へ行ってみました。すると、そこにはたくさんの付喪神が住むという家がたくさんありました。あの人は見つかるのでしょうか…、と不安になった私は、近くをさまよい歩きました。
すると、どうしたことでしょう。私は迷子になってしまったのです。この近くの家はかつての長屋のように同じような造りをしているので、油断すればもと来た道がわからなくなるほどでした。
「…どうしましょう」
私はその場で立ち止まって考えはじめました。近くに住むそこらの付喪神に助けてもらうか、それともこのまま一人で探し続けるかのどちらがよいのか―――私はただ一人、そこで何回も考えたのです。
その時でした。
――――カラン、カラン…と杖の落ちる音が、後ろから聞こえたのです。振り向けば、そこには
「あっ、ああっ…!その気配、その墨の匂い…! ―――もしかしてお前さんが、私に目をくれたあの筆なのかい!?」
私の探している、あの達磨が立っておりました。私は彼の姿を瞳に写すと、ゆっくりと微笑みながら
「ようやくお会いできましたね」
と、深く深くお辞儀をしました。
どうやら彼は此処に家を持ち、名を「ダル爺」と名乗って暮らしているそうなのです。この町に来てから、たくさんの知り合いが出来て、毎日が楽しくて仕方がないと、あの人は大きな声で笑いました。私はあの人の家に住むこととなりました。近所に住む付喪神たちはとても親切で、とても安心しました。ここならうまくやっていけるような気がしました。
「なぁ、お前さん」
「なんでしょう」
「お前さんにも名前が必要だろう。私と同じように達磨の付喪神はたくさん居る。名前が無きゃ、見分けがつかないんだ」
「名前―――ですか、そんなこと考えたこともありませんでした」
まだ『この世』にいた時は、私たちはただの「物」でありましたから、名前など、どうでもよかったのです。ですから、あの人が私に名前をくれた時は本当に嬉しくて仕方がありませんでした。
「長い黒髪の美しい女性の姿…、まるで自分の娘か、孫を持ったような気分だ。うぅむ、そうだな…、筆に、自分の「子」という意味をつけて――――筆子なんていうのはどうだい?」
それから私は、筆の付喪神・ヒツ子になりました。その夜、私とあの人はあの時と同じように、あの人の目を描いたのです。約束は『ずっと一緒にいよう』というものでありました。
あの人と過ごす毎日は本当に、楽しくて平和でした。食事をしたり、川で魚を取りにいったり、買い物をしたり…。本当に楽しくて仕方がありませんでした。
――――だから、気づけなかったのかもしれません。
私たちの間を、妬ましく思う人が居たということに…。
思い返せば、あの時にあの男の関係を終わらせていれば、あんなことにはならなかったのかもしれません。その男に出会ったのは、私がヒツ子になってから百年と半年がたったある日の午後でした。その日は、天気はとても酷い状態にありました。どうやらこの世界にも、「台風」というものがやってくるようです。
各地の付喪神たちは家を守るために、食料の保存や、屋根の補強をしたりと大忙し。それは、あの人もそのようで、屋根の木が腐らないように藁を買ってくるといって家を飛び出して行きました。
「夕方には戻るから待ってておくれよ」
「まあ、お待ちになって。台風がやってくるのでしょう?貴方が濡れて体が腐ってしまってはいけません、あなただって木で出来ていらっしゃるのですから、濡れたらいけませんよ」
そういって私は番傘を、あの人に渡しました。それを聞いたあの人は「そうだな、そんじゃありがたくお借りするよ」とにっこりと笑って受け取り、店へと向かいました。
そしてしばらく経った時でした。急に、雨が降り出して次第に強くなっていったのです。私は縫い物に刺しては抜いてを繰り返していた針を止めて、溜息をつきました。
(あの人は大丈夫かしら…、風邪を引かないといいのだけれど)
そう考え、手を進めようとした時、急に扉をドンドン、と叩く音がしました。同時に、「失礼、どなたかいらっしゃらないだろうか」と男の声がしたのです。私はすぐさま立ち上がり、返事をして玄関の扉を開けました。
「どちら様で――――、まあ、いけない!」
そこに立っていたのは、一人の男でした。雨に濡れ、どこかで転んだのでしょうか、泥まみれになっておりました。よく見ると、顔にいくつもの痣や引っかき傷、切り傷がありました。
「すまない、匿ってくれないか。追われているんだ」
「わかりました、早くこちらへ」
私は見ず知らずの男を家に匿うのはどうかと思いましたが、彼は追われている身だったので、助けてやることにしたのです。家の中を案内し、私は奥の部屋の押入れの中に隠れるように指示しました。
(追われている…。―――あの人、何かしたのかしら)
しばらくして、彼を追いかけてきた人たちがやってきました。
――――ドンドンドンドン!!
「御用だ、御用だァ!!扉を開けろぉい!」
「っ…、はい、ただいま」
私はその言葉を聞いて、彼を追いかけている人達が、カラクリ町の治安を守る検非違使たちだとすぐにわかりました。やはり、彼は何かをやらかした犯罪者なのでしょうか。
この町の治安を守る検非違使たちは、人種ならぬ妖種は関係ないらしいとあの人に教わりました。メンバーは、身体の透けている人間の幽霊だったり、猫の妖怪だったりと色んな妖怪が検非違使をしているらしいのです。
とにかく、私は彼を助けるべく何も知らないフリをしようと一呼吸してから、扉を開けました。
「あらあら、検非違使さん?こんな大雨の中、お仕事ごくろう様です」
「そりゃ、どうも。ちっと聞きてぇ事があるんだがな」
前に立っている乱暴な口調をした、獅子の妖怪の検非違使はぐっと顔をこちらに近づけて私を睨みました。
「この家に一人のネズミが来なかったかねぇえ?ずぶ濡れで、泥まみれで傷だらけの男をよォ」
(…彼のことだわ)
私はぎゅっと手を握り締め、獅子の検非違使に首を横に振りました。
「……さあ、どうだったでしょう。私は今、そこであの人の着物を直すのに夢中だったもので」
獅子の検非違使はしばらく私を睨みつけました。激しくするどい目。まるで捕食されてしまうかのような獰猛で迫力のある睨みでした。こんな人が検非違使をしているなんて不思議です。町の人は怖がってしまうんじゃないかって思うほど恐ろしいものでした。しかし、私は彼を助けると決めたのです。こんなことで震えていては、怪しいと思われて彼の居場所がばれてしまう。負けるものかと、私は獅子の検非違使を睨み返しました。
「いい目をしていやがるな、女。惜しいな、あんたが男だったら真っ先に検非違使の仕事をやらせたいところだ」
「……私に検非違使のお仕事なんて、そんな勇気のいるような大仕事―――怖くてできませんわ」
「そうかい、念のため教えてやらぁ。あの泥まみれの男が何をしたのか、想像がつくかい」
「…いいえ」
「フンッ…、そうだろうな。こんないい庭持って暮らしている奴にはな。あいつがしたのは…………
殺しだよ」
―――話によれば、彼は、私がこの町に来る百五十年前に、偉大なるカラクリ町の町長だった先代を殺したというのです。つまり彼は指名手配犯だということに、私は驚きを隠せなかったのです。その先代の後を継いだ現在の町長である天狗の妖怪・空丸町長は、『絶対に許さない、犯人をさらし首にしてやれ』と検非違使に犯人の捜索を依頼したというのです。
「じゃあ、あの傷は検非違使の人たちに……?」
私はおそるおそる彼の居る押入れをそっと開けました。そこには三角座りで顔を伏せている泥まみれの彼が居ました。
「……行ったかい、あいつらは」
「ええ、もう出てきて大丈夫ですよ」
私は彼を押入れから出し、傷の手当と綺麗な男物の着物を着せてやりました。着物は本当はあの人の物だけれど、事情を話せばきっと許してくれるでしょう。彼をこのまま放っておけなかったのです。
「なあ。あんた…、さっきの獅子野郎から俺の話を聞いたんだろう?」
彼の言葉に、手当てをしていた私の手がピタリと止まりました。
「何とも思わないのかい、殺しをしたって言われているのに」
「……私はあなたのことは知りません。まだ、この町に来てから百年と半年なもので。だから、これからもあなたのことは知らないフリをするつもりです」
「そうかい。そりゃあ…、かたじけないなあ……」
そういって彼は涙を流しました。その後で帰ってきたあの人が、息をはずませながら何があったのか、ものすごく恐ろしい顔で聞かれました。達磨だからでしょうか、その恐ろしい顔に思わず「ひぃっ」と声をあげてしまいました。帰り道に自分の家の逆方向から検非違使たちがやってきたことに不安を覚え、急いで帰ってきたようです。事情を話すと安心したのか、あの人は彼の傷が癒えるまで匿うことを許してくれました。そして、その夜にあの人は彼とこっそりと押入れでお酒を飲みました。あの人は酒癖が悪く、しばらくしてすっかり顔を真っ赤にしてし、「わっはっは!」と大きな声で笑うのです。眠ってしまったあと、一体誰が寝室まで運ぶと思っているのでしょう。今度、お酒をしばらく禁止にしようかしら。