第一話 出会い
どうも、はじめましての方ははじめまして!鈴ノ木と申します。またまた、連載作品を作ってしまいました。今回は幽霊とか妖怪とか出てきます。そんなカンジでどうぞ、お楽しみください。
人間の間では、その行為を『禁断の降霊術』とも呼ばれているらしい。自分にはそんなことはどうでもいいのだが、こんな風に興味本意でやる人間は昔から好きだった。
『狐狗狸さん、狐狗狸さん。おいでください』―――――と。
恋愛、学業の向上、または明日の天気の事など人間からの質問は様々で答えられる程度は答えてやった。また、自分のことを質問してくる人間には教えることなど出来ないので『殺してやる』などと脅してやったりもした。『コックリ』さんとは、幽霊を呼び出し質問を行うものだと知られてきた。
だが、それは表の話だということは人間一人、誰も知らない。
【妖怪探偵コックリさんの事情。】
ココはありとあらゆる妖怪たちが暮らしている、あの世と呼ばれる世界。そこにあるカラクリ町と呼ばれる小さな町で、その事務所はそこにある。
「あー、はいはい…。ええ、ええ、そんじゃお待ちしてます」
部屋のど真ん中にある、机の上で一匹の狐がペコペコと頭を下げながらその電話を終わらせ、ガチャリと黒電話を置く。今の時代、妖怪たちはビジネスなのである。その一人である狐もたった今、依頼を二件も受けたところだ。先ほどの電話はその中の一つの依頼者に実際に事務所に行って話を聞くという知らせの電話だった。お客が来るから、準備をしなければと思った矢先、お客に用意する茶菓子を切らしていたことに気がついた。お客が来る前に間に合えばいいのだが。
「うーむ…」
すると、狐を狙って紅い風車が矢のように四方八方飛んできた。狐はそれを全て素手で素早くキャッチして、投げ返す。投げ返した紅い風車を避けた一匹の妖怪が狐を睨む。
「斑ぁ~、アタシのみかん食べたでしょ」
「食べてなどいない、茶菓子として出した」
「はああぁ!!?さいってーじゃないの、このキツネ!!あれはアタシが遊郭から帰ってきたあとのご褒美だったっていうのに!」
「知ったことか、机にそのまま置いてあったのだから」
「もう疲労困憊だったっていうのにー!」
「―――というか、随分遅い帰りだったな、轆轤首。」
「本名で呼ばないでくれる。お六と呼んでくれって昔から言ってるじゃない、後でシベリア奢ってよね」
「はいはい、随分お疲れのようだな」
「だから言ってんでしょうが。首を縮めんのも疲れるんだ」
ため息をつきながら、お六は椅子に座る。開いた口から見えるその歯は真っ黒だ。
「で?さっき茶菓子がなくなったんだってね」
「ああ、買い出しに行ってくるから留守番頼んでいいか」
「別にいいけど、シベリア」
「いや、金銭の余裕が」
「シベリア」
「…はいはい」
斑はお六には逆らえない。轆轤首―――またの名をお六花魁。彼女はこの町では顔が広く有名で、廓では人気の花魁でもある。ただそれは、表の仕事であり、本来は斑とともに探偵活動をしている。彼女は甘いものが好物であり、仕事の帰りでは毎日団子や餅を食べて帰ってくる。
「今日は何人のご指名があったんだい?」
「乙女心も知らないアンタには話したくもないねっ」
「うおっ、こら、首を伸ばすんじゃない!そして噛もうとするな、依頼人に見られたらどうするんだよ」
「ちっ」
「全く、顔が広いとはいえ、俺もお前も一般市民であることを忘れるなよ」
「わかったよ、さっさと買ってきておくれ。首を長くして待ってるからさ」
「お前だったら本当に長くしてるから逆に怖いわ…」
「冗談、冗談♪」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、お六は化粧を落としに行った。それを見届けた斑は本当に大丈夫なんだろうかと心配になりながらも、事務所を後にした。
カラクリ町は広い。下手をすれば大物の妖怪も、狗のお巡りさんにお世話になるほどとても広い。実際は子供や小さな妖怪が迷子になっている。だが、それだけではない魅力もある。歌舞伎や見世物小屋、そして駄菓子屋にカフェーなど、女学生が好きそうなものもある。今回、買出しに行く駄菓子屋も、そんな女学生が好きそうな見た目の店だった。此処にはいつも茶菓子の買い出しに来るので、斑はお得意様だ。
―――――ただ、女の姿に化けている必要があるが。
「こんにちは」
お店にいるおばさんに話しかけると、ぱあっと明るい顔して彼女は斑を出迎える。
「あら、斑さんじゃないの!買出しかい?」
「ええまあ。いつものやつと、シベリアはあるかい?」
「シベリアかい?」
「ええ、お六が食べたがっていてね」
「そうかい、シベリアはあるけどちょっと待っててもらえるかい?」
「構わないよ」
シベリアは餡子や小豆をサンドイッチのように挟んだお菓子である。また、羊羹シベリアと呼ばれることもある。お六はこれが大好物だ。なんでも廓でも食べられるらしく、小さい頃に遊郭に拾われてからずっと食べていたらしい。
おばさんがシベリアを持ってくるのを待っていると、同じ買い物にきた牛の妖怪と一つ目の妖怪がひそひそと噂話をしているのを発見した。
「きいたかい?この町に人間の生きた娘が迷い込んだって話だよ」
「そりゃ可笑しな話だ、どんなヤツなんだい」
「そりゃあもう!美味しそうったらないねぇ」
べろり、と片方の牛の妖怪が舌なめずりをする。その話を聞いていた斑は不信に思った。
(人間の生きた娘だと?)
この世界に人間の娘が迷い込むなんてありえない話だ。一体、どうしてそんなことが起きてしまったのだというのだろう。成仏出来なかった人間の幽霊が、閻魔大王の裁判から逃げ出してくることはよくある話ではあるが、生きた人間だなんて今までなかったというのに。
「ちょっとそこのお二人さん」
「あ?なんだい、アンタ」
「ああ!斑さまではございませんか!」
「斑さま?」
「知らんのか一つ目!失礼だぞ!!斑さまはこの町の探偵でもあり、閻魔さまに仕えているおらっしゃる偉大なお方なのだぞ!」
「それはそれは!知らずにとんだご無礼を…」
「そんな事ぁ、どうだっていいんだ。さっきの人間の生きた娘が迷い込んだって話――――本当なのかい?」
「えっ、ええ…」
「詳しく聞かせておくれ」
斑の目がギラリと光る。その目におびえた妖怪二人は、「言うことをきかなければ殺される」と思ったのか、早口で斑に話を聞かせた。
一つ目の話によると、牛の妖怪である丑三津とこの店まで歩いている途中で走っている姿を見かけたのだという。その人間の娘はまるで何かを探しているような、慌てた様子だったらしい。
「きっと出口を探しているのだろうな…。食べられないといいのだが」
「何を仰います、斑さま!『生きた人間』でございますよ!?」
「人間など、閻魔さまが下界に行くことをお許しになられない限り、めったに食べられない!これはチャンスとしかいいようがありませ―――」
その瞬間、一つ目に火がついた。斑が狐火を一つ目に喰らわせたのである。一つ目は「あちちちち!」と慌ててあたりを走り回っている。
「生きた人間を喰う、だと?ふざけるな、俺の仕事を減らす行為――――法律違反に当たるぞ」
「ひいいい!お、お許しを~っ」
「お前も焼き殺しに遭いたくなければさっさと散れ。これから仕事だからな?」
「はっ…はひ…」
二人の妖怪が怯えるなか、店の店主であるおばさんがシベリアを持ちながら微笑んでいた。
「ほーら見なさいな、斑さんを怒らせると、とんでもないことになっちゃうんだから」
******
買った茶菓子とお六に頼まれたシベリアを包んで背中に包むと、斑はその『生きた人間の娘』を探しに辺りを飛び回る。閻魔さまのことだ、この事実はもう知れ渡っているだろう。翌日には手配書が出回っているに違いない。何としてもそのような面倒事が起こる前に、下界へ返さなければならなかった。
「――――居た!」
微かな匂いを辿って、斑が見つけた『生きた人間の娘』は、小さい雑魚の妖怪に追い詰められている状態にあった。どうやら逃げ回って住宅街の塀の行き止まりまで来てしまったのだろう。かばんを抱えて震えて、今でも泣き出しそうな顔をしている。
「へへへ、生きた人間の娘なんて相当珍しいぞ」
「ひ、ひえ…っ」
「お前どうする?目玉はわけるとして、肉は?」
「焼いて喰ったほうが美味だろう、まずは喋れないように舌を引っこ抜いてやる」
「ひいいいいいぃ!!」
「――――そこまでだお前達」
そこへ斑が少女の前へ降り立つ。斑の姿を見た雑魚の妖怪たちは何事かと驚いた。
「何だお前は?こんな田舎に大の妖怪が何の用だ?」
「生きた人間を許可無く手を出すのはこの世界の法律では禁じられていることだ。田舎者はそんなことも知らんのか」
「何だと!?偉そうな口きいてんじゃねえ!!」
「そうだそうだ!」
その二匹の妖怪の発言に斑はため息をついた。善悪の判断もつかない、反吐が出るほどの存在だと思った斑は狐火を二匹に喰らわせ、変化の術で二匹を魚の姿にしてしまった。ピチピチと土の上で跳ねているその魚を、斑は拾い上げて「今夜は焼き魚だな」と呟く。
「大丈夫か」
「は…っ、はいぃ、ありがとうございます」
「お前、生きた人間の娘だろう?人間の娘が何故、此処にいる?普通はこの世界に入ってこられんはずだが?」
「え、ええっと…、あの…、どうやら私、迷い込んじゃったみたいで…」
「――――は?」
「だから今、現実世界は意識がない状態みたいで、目が覚めたら此処の入り口にいて」
―――臨死状態か。
「そう、なのか…?こんなこと、前代未聞だぞ。閻魔さまは許してくれるかわからんが…、うぅむ…。娘、名は何という?」
「も、求目真です…」
「真、か。人間の娘とはいえ、此処にいるのは危険だ。俺のところに来い」
「えっ、ど、何処に行くんですか?」
「俺の営んでいる探偵事務所だ」
事務所に帰ると、空気は重くなっていた。帰りが遅くなったことを理由に怒っているお六がさらに不機嫌な顔になってしまっている。せっかくの美人が台無しだ。
「時間が経って湿気ってるじゃないかアタシのシベリア!!しかも遅くなった挙句、人間の小娘を連れてくるなんざどういうことなんだい!?」
「仕方ないだろ、迷い込んだんだから」
「だからってなんでウチに連れてくるのさ!アタシは人間が嫌いなんだよっ」
「わがまま言うな、閻魔さまの所に連れて、処分が決まるまでの辛抱だ」
「っざけんじゃないよ、この馬鹿狐が!!ああもう怒った!アタシは今日は仕事しないからね!!依頼なんざ一人でやっておくれ」
ばたんっ!!と勢いよく、お六は襖を閉めてしまった。
「す、すみません…。なんかご迷惑をおかけしたみたいで…」
「仕方ないだろう。感謝しろよ、俺が親切な妖怪でよかったな。じゃなかったらお前、この世に戻らず死んでたぞ」
「と、とんでもないです…」
「ただ人間嫌いしている妖怪は少なくはないんだよ、俺はよく人間に呼び出されているから慣れてはいるが」
「よ、呼び出される…?」
「『狐狗狸さん』だよ、それが俺の表での仕事」
斑は「コックリさん」でもある。人間に呼び出されれば、下界に行き質問に答える。そこで呼び出された人間がどんな生き方をしているのか観察をするのだ。明治時代から伝わるこの降霊術は、平成の世でもたまに行われている。人間の好奇心は何の時代になろうが変わらない。
「で、此方の世界では探偵活動をされているんですか」
「ああ。依頼は様々だ、『狐狗狸さん』をした人間からだったり、ここの妖怪だったりとな」
「へぇ…」
「だからもし、お前が下界と此処を行き来できるんだったら手伝ってもらうかもな」
「ええええええっ」
「ここに置いてもらう条件として、働いてもらう。嫌だったらそこらへんの妖怪に喰われるか、だな」
ふーっと煙管の煙を吐きながら、斑は言う。
「わかりました…、働きますよ…」
「いい返事だな、真。お前は俺の助手としてやってもらうからな」
「はっ、はい…」
そして求目真は、新人としてこの事務所で働くこととなった。人間の服を着ていると、依頼主に嫌な顔をされるため、お六のお古である着物を無理やり出してもらい、それを着せた。お六は「何てことだい、アタシの初めての着物が人間の匂いで…」と悲しんでいたが、斑は何とか説得した。その説得は三時間もかかったという。閻魔大王からは「斑が彼女の保護者になってくれれば、その子を亡者にはしない」と、斑を真の身元引受人として指名した。その件に関しても、お六は信じられないらしく、一度、真を首で絞め殺してやろうかと行動に出ようとして斑は必死に止めた。
「轆轤首さんは、私が気に食わないのでしょうか」
「らしいな。お六は元々、江戸で生きていた人間だったんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ、お六には旦那がいたんだが浮気がバレた途端、首を絞められて殺されたらしい。その後、首と胴体をお別れさせて、井戸に埋められた」
「ひどい話ですね…」
「相当、恨んでいるだろうな。お六の人間嫌いはそこからなんだよ」
「へえ…、確かこの後、依頼人さんが来るんですよね?人の形してるといいんですけど」
「まぁ、依頼人の中には『人間』もいる。狐狗狸さんを通してな。中にはわからない真実を聞いてくる連中もいるんだ、それを探るために人間に化けて下界で真実を突き止めることもある」
「例えば、『あの子には彼氏がいますか?』とかですか?」
「そんなもんだ」
すると、事務所の扉が開かれた。
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