秘密
夜明けとともに村に辿りついたマコト達は誰にも気付かれる事無くとある場所へと向かった。東からうっすらと射し込んで来る太陽にチラホラと起き始める村人達から逃げるように、未だに呻いている鬼人を運んで。
向かった先は村の外れにある、周りを木に囲まれた先にある小高い丘、その丘に建っている掘立小屋だった。以前は村で悪さをした者を懲罰する為に使われていたようだが今はもうそんな名残すら残っていない。
鬼人が襲来するようになってから云十年。村の治安は驚くべき程に良くなっていたからだ。鬼人という村人共通の敵が、村の全体感、結束感を強めたのかもしれない。掘立小屋が懲罰室として使われていた名残は既になく、木で出来たドアのかんぬきは既に腐りかけていた。
本当にこんな所で大丈夫なのだろうか?
マコトの不安を余所にてきぱきと指示を出し、鬼人を縛りあげて行く為に段取りを組んでいくミサキは何の不安も抱えていないかのように動いていた。
「ちょっとさ、マコトとタケユキ、ここ抑えててよ」
ミサキが指差したのは鬼人の足と手だった。それを小屋の中央、木で出来た床に抑えつけるような仕草を見せながら言うのだった。手に持っていたのは小屋の中に置いてあった、いつの物なのかも分からないトンカチと釘だった。
瞬間的に背筋をゾッとさせたマコトだったが、そんなことはお構いなしに、知った事では無いミサキは何のためらいもなく鬼人の口に担架から破った布を突っ込んだ。そして容赦なく鬼人の手にトンカチで釘を打ち込んだ。
「――---――-!!!!」
鬼人の声にならない叫び声が空気として漏れ、身体を激しくばたつかせた。
「しっかり押さえてて」
それでもミサキは冷静に、事務的に、そして淡々と、釘を打ち込んだ。人差し指から親指まで各一本ずつ、更には手のひらにも三本。それと同様に足にも釘を打ち込み計十六本の釘が鬼人の身体に打ち込まれた。既に右手右足を失っている状態ではもう立ち上がる事はおろか、身動きすらする事も出来ないだろう。
ミサキのまるで日曜大工をするかのような手際の良さにマコトはおろかタケユキすら口数を減らしていたが、さすがに次の一言を聞いた瞬間も同じではいられなかった。
「とりあえず村には報告しないから」
釘を打ち終えて、ゆっくりと立ち上がったミサキはさもそれが当然かのような口ぶりで言った。しかしマコトとタケユキは衝撃的な光景の連続に思考がついていってなかった。ミサキの言葉の後、数秒間沈黙、いや硬直した後でぱっと視線を上げていた。
「は?」
タケユキが声を上げ、小屋が少し軋んだ。
「お前なに言ってんだよ?」
タケユキの疑問は最もだった。マコトもミサキの言っている事、言いたい事がサッパリ分からない。少なからず分かる事とすればそれは鬼人を黙って村の中に隠しておくことの危うさだけだった。
だが冷静に考えてみればミサキの行動は至極まっとうに筋が立っている物と言っても良かった。何故なら最初からミサキが終始言っているように、彼女はこの村を信用していないのだ。
「あんなバカ達に任せたって何にもなりゃしないわよ。どうせ解剖するとか言って適当にばらされて終わりでしょ。はい何も分かりませんでしたって」
「じゃあお前は一体どうするってんだよ」
タケユキの問いは当然過ぎる物だった。結局の所何の知識も技術もない自分達にはこのまま鬼人をかくまった所で何も見いだす事は出来ないのだ。だがミサキには名案と呼ばれる物があったらしい。彼女の瞳にはそれが映し出されていた。
「医者をここにつれてくる」
正直な所マコトはガッカリした。まさかミサキがこんなに考えなしだとは思わなかったからだ。それはタケユキも同じようで、今まで見せた事の無いような呆れ顔をミサキへと見せていた。だがミサキはそんなマコトとタケユキの反応を面白がっているかのように含み笑いを見せた後、こう言うのだった。
「でも村の医者じゃない」
ミサキは人差し指を立てて言った。
「もぐりの医者。カツラギさんに診てもらう」
「あ……」
タケユキが思わず声をもらし、マコトは首を傾げた。
もぐりの医者? カツラギ?
始めて聞くその名にタケユキは一人、微妙な顔を見せる。
「やっぱお前、あの集会出てるんだな」
タケユキの言葉にミサキは胸を張って頷く。それがさも自慢、誇りでもあるかのように。
「……なあ」
だが当のマコトには一体何の話しが行われているのかサッパリ分かっていなかった。カツラギと言う人名もそうだし集会という言葉の意味だって分からない。こんな小さな村だと言うのに、しかも十六年間ずっと一緒に生きて来た仲なのに、それでも自分だけが分からない事が有ると言う事が妙に心細かった。
「さっきから二人共何を言ってんのか俺にはサッパリ……」
マコトを見ながらタケユキは少しめんどくさそうな顔をしていたが、ミサキはなんら表情を変えず説明をしてくれた。
もぐりの医者こと、カツラギは村の北地区に住んでいる老人で、擬人病解放の会会長の肩書きを持つ人物でもあった。
中央で勉学と医療行為に勤しんで来たカツラギがこの村にやって来たのが三十年前の事である。
当時中央で課題となっていた地方村落の医療充実に関して、その第一兵的な扱いで村に派遣をされたのだ。当時から村では擬人病患者、及び七十歳以上の老人を魂送りの儀と称して施設に送る事をしていたが、それに異を唱えたのがカツラギだった。
それはカツラギが村に来てから三年の月日が経った頃の事だった。元々中央で擬人病の研究をしていた事からカツラギは一つの結論を導き、主張する事に心血を注ぎ始めていた。擬人病は決して隔離が必要となる病気ではないと言う事。それを証明する為、立証する為、魂送りの儀を終わらせる為村役場お抱えの特権階級医師でありながら奔走したカツラギだったが、それがあっけなく潰えてしまったのは仕方のない事だったのかもしれない。閉鎖的で内循環的な村で何かを変えようとする事はそれだけに、大きなリスクを伴ってしまうからだ。
カツラギの行動の結果生まれた物は役場からの追放とこの村内における医療従事に関する禁止だった。それに中央が行おうとした施策は結局中央が各地方に対して体裁を取り繕う為の物でしか無く、その内の真価を問われるような本質的な物で無かった事が彼を更に悪い状況へと追い込んだ。
しかし地道なカツラギの草の根活動は徐如に実を結ぶようになり、確かな数と確かな根拠と理屈、そして想いに基ずいて勢力を伸ばしていた。
結局の所、表向き文句の一つも出ていなかった魂送りの儀もその実、陰で不満を抱いている者はいたと言う事だ。
もちろん老人を切り捨てる事によってしか自分の生を保証する事は出来ないと言う人間は、村民も数多くいた。しかしそれでも自分達の父母、祖父母における切り捨てとも言える村の政策に不満を抱く者はいたのだ。
それがまだまだ、三十年経った今でも二百人の村の五分の一にも満たない数字だが、それでも想いは集団化し、集団は会となって目的を得た一つのあつまりとなっていた。
擬人病患者を解放する会。
その会長に就任し、今でも集会を開きその勢力を伸ばそうとしているのがカツラギなのだ。月に二回、定期的に行われる集会で壇上に立つのがカツラギの役割でもあり、使命でもあるのだ。
中央からやってきた真実を追い求める医者。
役場にくすぶっている信用する事の出来ない医者。
ミサキがどちらを選び取るのかなんてそんな物は火を見るよりも明らかだった。
しかしふとここでマコトは思う。何故自分だけがその情報を知らなかったのだろうと。するとミサキはこう返した。
「きっとマコトの両親が擬人病隔離に関して推進派なんでしょ」
元々大人達は知っている。カツラギが言うような意見がある事も。しかしそれを知った上でも子供達に蓋を被せようとするのだ。それが村の役場が推し進める教育の上に成り立っている事は明らかだった。村の上層部達は上層部達が都合の良い環境を維持する為に、村の教育的活動を行っているのだ。マコトの両親がそういった考えを持つのはなんら不自然な事では無く、ましてや人から非難をされるような事でもなかった。
しかしそれでも、ふとマコトは祖父、トミジの事を想い、そして両親の事を思い出してしまう。あれだけ仲よさそうにしていた家族が、腹の内ではそんな事を考えていたのかと思うとその事実にマコトは寒気を覚えた。
「つーかそんな簡単に引き受ける訳ねーだろ」
不意にタケユキの言葉がマコトの頭の中に入って来る。
「もぐりの医者って言ったってもう実際仕事はしてねーんだろ? それに結構もう年だって言うし、ほとんど引退したような物じゃねーか」
「でも今村にいる医者の中では絶対に腕は一番よ」
ミサキは何のためらいもなく、断言して言う。
「タケユキはあの人の話しを直接聞いた事が無いから分からないんだろうけど、カツラギさんは本当にすごい人よ。私たちはいつもカツラギさんの言ってる事を理解するのに必死なんだから。タケユキも聞きに来ればいいじゃん。よくおじさんとおばさん来てるよ」
「俺はそんなの関係ないからいいんだよ。オヤジたちは関係ねーし」
「……なあ」
マコトは思わず口を開いていた。聞かずにはいられなかったのかもしれない。
けっこうな年。引退同然。
そんな言葉がマコトの頭の中で響いた時、紡がれた者は酷く具体的な物だった。
「そのさ、カツラギって人、何歳なんだ?」
マコトの質問にミサキは答えた。七十七歳と。その瞬間、マコトの中で何かが弾けた。
「会いたい」
何故そんな事を素直に言えたのかは分からない。しかしそれはマコトの中に存在している掛け値の無い事実だった。
「会ってみたい」
マコトの言葉にミサキは可愛らしい笑顔を作り、タケユキはため息をついた。
実際の所カツラギがこの件を引き受けてくれるかどうか、全くと言っていいほど分からなかったが、それはマコト達の次の行動の指針が決まった瞬間でもあった。




