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おかえり  作者: スタンドライト
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尾行

 湿気を帯びた森の中は夜だと言うのに酷く蒸し暑かった。ミミズの鳴く声が辺りを満たしマコト達の足音をかき消してくれる。しかしそれに伴って鬼人へと向ける視線の熱量は増加の一途を辿っていた。鬼人の知能は猿程もない。奴等が後ろを疑り深く振り返る等可能性としては殆ど無いと言っても良いのだが、要人に越した事は無いとマコト達は一定の距離を保ちながら鬼人の後を追っていた。

いつのまにか体力も回復したのか這っていた鬼人も立ち上がり、緩慢とではあるが歩いて移動が出来るようになっていた。

帰る時の方角を見失わないように等間隔で木にナイフで傷を付けていたが、それも今の所余り意味はなさそうだった。なにしろ鬼人はひたすら真っ直ぐしか歩いていなかったからだ。

「一体どこまで行くんだよ?」

歩き始めてから三十分程。張りつめていた緊張の糸を切るようにしてタケユキが放った。それはこのままどこに行くのだろうと言う不安というより、不満にも似た言葉だった。

「本当にアイツらの巣なんてあるのかよ? ただ闇雲に歩いてるだけなんじゃねえの?」

「うるさいわね。ちょっと黙っててよ」

森は一層の深みを増してマコト達の出入りを阻んでいるようでもあった。しばらく歩くと急な斜面が姿を現し、それをのぼり切ると今度は急こう配な坂がマコト達を出迎えた。更には急流な川が行く手を遮る事もあったし泥沼で辺りを満たした湿地帯もマコト達の前に立ちはだかった。

村を出てから一時間程が経過し、村と現在地との距離が曖昧になってきた頃、やっとの事で平地を歩く見通しが立ったマコト達にとってそれは何よりの休息でもあった。

三人に疲れが見え始めていたのは確かだった。何せ戦闘を終えて森の中を一時間以上も歩いているのだ。疲れない訳が無いのだ。しかし通常の、慣れた森の道に足を踏み入れた途端気持ちが緩んだのはまだ彼等が成人といえども子供だからなのだろう。

「なあマコト」

いつになったら辿りつくのか分からない鬼人ストーキングツアーに飽きを覚えていたタケユキは、マコトへと向けてこんな質問をしていた。

「お前なんでついて来たんだよ?」

マコトにしてみればその質問は寝耳に水の如くダイレクトに注ぎ込まれた訳だが、しかしタケユキにとってみればそうではないらしい。

「だってお前そう言うタイプじゃないだろ。コズエとかと同じ優等生タイプじゃん。危ない橋は渡らないっつーか、そうだろ? それなのになんでついてきたりしんたんだよ」

タケユキの言葉を聞いているのかいないのか、先頭を歩くミサキが真っ直ぐ鬼人の事を見つめたまま口を挟む様子は見受けられなかった。それが意図した物なのかどうかはわからないが、マコトにしてみれば助かるべく行動だった。

「別に、放っておけなかっただけだよ」

何をどう思おうと、何をどういうかは自分次第である。ただ単純に、ミサキに対して少しでも背を向けるような事はしたくなかった、ただそれだけの事なのである。チンケなプライドと邪な虚栄心。マコトを突き動かしていたのはただそれだけなのだ。

「俺がいなかったらお前達突っ込んでばっかで後戻りできないだろ」

「お前は突っ込まなさすぎだけどな」

タケユキは極めて冷静に返した。それもマコトの痛い所を突いて。

「つーかマコト。お前ビビりすぎなんだよ。そんなんじゃ本当に死ぬぞ。言っとくけど俺はお前、ついてこない方が良かったって想ってるくらいだからな」

「ついてこない方がって、お前――」

「俺もミサキも自分の事で手一杯だって事。これからもし戦闘になったとしてもお前は鬼人の間合いには入るなよ。さっき突っ込まなさすぎって言ったけど、あれは冗談だから。お前は入ってこなくていい。外から弓で鬼人を狙っとけ。射つのは完璧に隙が出来た時だけだからな。間違っても俺達には当てるなよ。それから間合いに入って来る時は俺達が鬼人の動きを完璧に抑えた時だけにしろ。じゃないとお前はとろくさいから確実に――」

「もういいよ」

聞いているのも苦痛だった。マコトは自分の戦闘センスの無さと一つ一つの判断の鈍さ、そして攻撃に転じる際のリスクを呑みこむ事の出来る勇気の無さを恥じながら話しを切った。

どうして自分はこうなんだろう?

マコトはミサキの背中を見つめ、歩き続けながら思う。絶えず敵の前に躍り出る事の出来る勇気と、とっさに何をすればいいのかを判断する叡智と機転。更には躊躇いなく剣を振るう事の出来るいさぎの良さ。

全てが自分には欠けていて、ミサキが持ち合わせている物ばかりだった。それに腹の経つ事に、敵を前にして勇み足を行う事が出来るのはタケユキも同じなのだ。自分よりも一回り体の小さいタケユキに出来て何故自分にそれが出来ないのか、マコトは自分で自分を恥じる事しか出来なかった。

「まあ別に気にすんなよ」

タケユキはまるで勝ち誇ったかのように言った。それはさも自分の方が戦士として格が上と言わんばかりの自信に満ち溢れていた。

「俺とミサキはそういうタイプで、お前はそう言うタイプじゃないって事だけの話しだ。マコトにはマコトの、お前にあってる役回りってのが有るんだから無理するなよ」

タケユキの言葉にマコトは言葉を濁した。しかし濁った言葉が口から飛び出さなかったかと言えばそれはまた別の話しで、確かに彼の中でくすぶり沈殿した水はハッキリと外へと出るのだった。

「……俺はお荷物だって事かよ」

聞かなきゃいいのに。

マコトは自分でそう思いながらも、それでも口に出さずにはいられない自分のバカさ加減に呆れを覚えていた。

頭を強引に振って、何か悪い物でも振り払うかのようなその仕草はさぞ気味が悪かったに違いない。しかし幼馴染のタケユキにしてみればマコトの性格等熟知していると言っても良かった。

「なんだよ? 言いたい事が有るんだったら言ってみろよ。今の内に吐き出しとかねえと後悔するぞ。後でまとめて爆発するのなんて御免だからな」

爆発。爆発と言っても実際は大したものではないのだ。

ただ外に出す事の出来ない感情の怒りのエネルギーを体内で爆発させるから性質が悪いだけで、それは人体における内出血半程度の影響しか周りには及ぼさない。

以前マコトが度重なる戦闘の訓練に嫌気がさし、それでも愚痴一つこぼさず我慢をし続けた結果招いたのがほんの小規模な体内での爆発、引きこもりだった。

誰にも何も言わずに家の中に閉じこもったマコトがそこから出るのに要した時間は半年間だったが、しかし当時を振り返ってみればそこにあったのは祖父からの救いの手だったようにも思えて仕方が無い。マコトはあの当時、祖父のトミジによって家の外へと救出されたのだ。トミジがいたからこそ今のマコトが有ると言っても良い。

不意に現れて来たトミジの存在にマコトは涙ぐみそうになった。

結局今を見渡してみればそこにいるのは背中を向けた好きな人と、自分の劣等感をくすぐって来る小柄な幼馴染と、そして人を喰い殺す鬼人しかいない。

何故トミジがいなくて自分がここにいて、周りにそんな連中しかいないのか、本当に腹立たしくもあり悲しくもあった。自分が甘くて弱くてどうしようもない事は分かっていたが、だからといってそれを許してくれる存在の無い世界に対して厳しくなれるかと言えばそれもまた別の次元の問題だった。

お前はタイプが違う。

タケユキの言った言葉は確かに的を得ているも同然だった。それはもう揺るがしようのない厳然たる事実なのだろう。しかしだからこそ心の奥隅にある負の感情と、じゃあ自分は一体どんなタイプなんだよと言う甘ったれた言葉が飛び交い続けるのだった。それが後に爆発へと繋がる事も露知らずに。

「マコト」

タケユキにしては珍しい、思慮深いニュアンスを称えた言葉がマコトへと響き、残酷に切り裂いた。

「もうじーさんはいないんだからな」

含みのある物の言い方に何も覚えないマコトでは無い。

マコトはタケユキ以上に感じやすい性格なのだ。タケユキが一の事を言えば五の事を感じ、十の事を言えば五十感じる、そんな正確なのだ。そして決してそれを表には出さない、そう言った性格でもある。

いなくなってしまったトミジ。

祖父に思いを馳せる事も許してくれないタケユキの厳しさにマコトは終戦の音を上げていた。

もう話しあっても意味が無いと、そう思った。タケユキとは昔からそうで、なにか事あるごとにマコトはタケユキの言葉をグッと呑み込んで、ペッと吐きだして、そして何も言う事をしなかった。

きっと考え方が、いや感じ方が違いすぎるのだろう。考え方はいくら違ってもそれは決定的な違いにはならないが、感じ方が違ってしまえばそれは決して相入れる事の出来ない物となる。そもそも根本が違うのだからそれは仕方のない事なのだ。

マコトはいつもそうやってタケユキとの会話の後は自分に折り合いをつけていた。それをタケユキが知っているのかどうかはマコト自身分からない。しかしタケユキがマコトの沈黙に気まずさを覚えて苦し紛れに言葉を発したのも、それは確かなのかもしれない。

その証拠に、放たれた言葉は今までの会話の流れとは一切違った物だったからだ。

「マコトさ、お前言霊って知ってるか?」

強引な話しの展開はマコトにとってもある意味有りがたかった。これ以上お互い押し黙っていても気不味いだけだと言う事は分かっていたからこそ、マコトはそれに反応する事にした。

「知ってる」

ただそれは余りにも、村の人間にとってはポピュラーすぎる、おとぎ話や教訓と言ってもいいほどのありきたりな話題だった。

「っていうか、そんなの誰でも知ってると思うけど。言霊ってあれだろ? 確か言葉が持つ力の奴で、昔っから百年に一度言霊を操る事の出来る奴が現れるって。たしか……人魂だっけ?」

「そう。そうだよ。人魂だ。お前さ、それすげーと思わない?」

「……凄いってなにが?」

「だから人魂だよ」

言ってる事の意味が分からないマコトに、タケユキは分かりやすく、まるで出来の悪い生徒に言う用に話す。

「だからその人魂ッて言う奴になれば言葉を操って何でもできるようになるんだぜ? 例えば人魂が死ねって言えば言われた奴は死ぬし、金をよこせって言えばよこす。なんでも命令を聞くんだ。それってすごくねーか?」

「いや、っていうかそれただのおとぎ話だし、それにアレだろ? 人魂になる奴って言葉に溺れてしまった奴がなるんだろ? なんていうか……口だけ達者な奴……みたいな? そんな奴じゃなきゃ人魂になれないんだろ? いや、違うか? 人魂ってなんだっけ? なんか忘れちゃったな。でもとにかくさ、タケユキはそういうタイプじゃないだろ。それにそもそも人魂なんておとぎ話だし」

「俺はそうは思わない」

タケユキはふんぞり返るようにしてそう言った。それはまるで今から自分が人魂だと言わんばかりの傲慢さを感じさせるふんぞり返り方である。

「人魂は、言霊はあると思う。そんで俺はそれに絶対になってやる」

もともと勝気で周囲に対する支配欲が強いタケユキがそういった類の発言をする事は珍しくもなかったが、しかしマコトは改めて考えてみる。

そもそもおかしな話だと。

普通口だけ達者な奴にあてがわれるレッテルは実行力を伴わない、実際には何もできない人間の筈なのに、何故それが一蹴周回って言霊などという有りもしない風習にたどりついて、しかも他人を支配する事の出来る力として認識されているのか、訳が分からなかった。

しかし考えてみればその傾向は新成人の中の五人では一番マコトが強く、いつも言葉に溺れ、自分を見失い、一人で悶々と考えている事の方が多い。もしその言葉が心の内で使用している言葉も含むと言うのならば、きっと真っ先に人魂になるのは自分なのではないかとマコトはふと思うのだった。

しかしそんな思いも、話しも、言霊も、そこまでだった。

「静かにして」

まるで針金をきつく張ったかのようなキンとした声がマコトとタケユキの耳へと響き、場を硬直させた。

話しに集中してしまっていた事から気付かなかったが、目の前の鬼人は洞穴の前まで来ていた。今まで見た事もないような、岩山にぽっかりと空いた洞穴だ。

「悪いけど話しはそこまでにして」

ミサキはそう言うとマコトとタケユキに対して、まるで危機感をあおるようにして言うのだった。

「洞穴が有る。これがこの丘の向こう側に繋がっているのか、それともこの洞穴事態が巣になっているのかは分からないけど、とにかく準備をして」

「準備って何だよ?」

タケユキが不思議そうに返す。

「このまま尾行するんだろ? 負わないのか?」

「その逆」

ミサキは顔をフラットにさせて、それでも緊張感を張り付けたような顔をしながら言った。

「逃げる準備をするの」

その途端だった。洞穴の周りにある草垣から十数名の鬼人が姿を現し、マコト達目がけて走って来たのは。


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