疑惑2
「ねえ、実際どう思う?」
ミサキの真剣な声がマコトの耳元で響き続けていた。ミサキはいつにも増して雄弁で情熱的だった。まるでつい三日前の初陣がスイッチだったかのように、そこから彼女は口を開けば村に対しての鬼人の防衛策に関して不満を言うようになっていた。
不満はミサキが前から言っていた内容とほぼ同じである。鬼人に対する調査の薄さと、中央との関係が構築できていない事実に、鬼人に対しての村の見解、認識。
呪い。
たったその一言でこの事を片付けてしまう村の上層部に対してミサキは憤りを隠す事は出来なかったのだ。そしてそれは初陣を見事に勝利で飾り、誰も真似する事の出来ない戦果を得た事から更に強くなっているようでもあった。
「そもそも呪いってさ、一体何についての呪いな訳?」
そして結局行きつく先は三日前、初陣にてマコトが持ちかけられた提案へと辿りつくのだった。
鬼人達のすみかを見つけそこを叩く。
鬼人達から村人を守るのではなく、鬼人を根絶やしにする為に積極的に行動する。それがミサキの、この三日間絶えずいい続けて来た結論でもあった。
魂送りの儀が終わってから二日後の夕方だった。いつものように午後の戦闘訓練を終えて、皆が上がっている時の一幕でもあった。訓練場の休憩場所でベンチに座っていたマコト達五人は皆浮かない顔でミサキの話しを聞いていた。
魂送りの儀が終わってから二日。トミジを送って活気を失っていたマコトではあったが今はもうミサキの過激な発言に返事をする事くらいは出来るようになっていた。今のマコトにとってある意味、ミサキの言葉は喪失感を消してくれる一つの要素みたいな物にもなっていた。
「まあミサキのいう事も確かに分かるけど」
話しを冷静に聞いていたテツヤが、その端正な顔を少しゆがめながら話す。
「でもそれをするにはもうちょっと護り手の人数が少ない気がするんだ。だって考えても見ろよ。鬼人の姿を追いながら自分達の身の回りの確保もしなくちゃいけないんだぞ? しかも向かう先は鬼人達のすみかともなる場所だ。奴等が一体どれだけいるかも分からないのにそんな少人数で行って襲われでもしたらひとたまりもないだろ」
テツヤの言う事は最もだった。しかしマコトはミサキのいう事にも一理が有るとも思えて仕方が無かった。
「なにいってんの? 偵察って言うのは少人数だから意味があるんでしょ? そんな大人数でぞろぞろいってどうする訳? 偵察はあくまでも偵察よ。だから無駄な戦闘は極力避けるっていってるじゃん」
「不測の事態になった場合はどうするんだよ?」
「不測の事態にならないように細心の注意を払えばいい訳。要するに少数精鋭って事」
「じゃあお前が行けばいいだろ」
にべにもないいい方をしたテツヤだったが、それもまた一つの事実だった。少数精鋭と言う言葉を使ってしまえばそれは明らかな事だった。なにしろこの中で一番優秀なのはミサキなのだ。そしてそれはこの前の初陣でも証明された事でもあった。
「そこまで言うんだったら村長に相談でもして作戦に盛り込んでもらえよ。通れば他に優秀な人達がバックアップしてくれるだろ。まあ通るとは思えないけど」
どことなく険悪な空気が流れていた。初陣を終えてから三日が立っているが、まだ皆の中にはあの時の恐怖がストレスとなって残っているのかもしれない。今日の訓練でもいつも以上の力を出せなかったテツヤがナーバスになっている事は確かだった。何も考えていないタケユキが思慮の浅い言葉を連発する事はいつもの事だったが。
「つーか鬼人いつくんだよ? まだ俺何もしてねーじゃん」
タケユキの不謹慎極まりない言葉にミサキの鋭い視線が向けられる。しかしタケユキはそんな物はどこ吹く風と、明後日の方を見て知らん顔をするのだった。
そんなタケユキの無鉄砲な言動をたしなめるようにしてコズエが間を取り持ち、そしてミサキへと視線を向けて言うのだった。
「ミサキさ、どうしたの? 最近なんか変だよ?」
コズエは言ってみればこの五人の中の世話役みたいな物だった。戦闘教育の中では一番成績が低かったが、サバイバル演習の時等、意見を調停する時決まって間に入って場を沈ませてくれる事が出来るのがコズエだった。冷静に見えて怒りっぽいテツヤや、最初から何も考えていないタケユキ、自分の意見を素直に出す事の出来ないマコトに比べてみたらよっぽど彼女がリーダーとしての資質を有しているようでもあった。
「最近変って、なにがさ? 私は昔からこうだよ。ずっと前から変なんだよ。あなた達だってそれ位分かってるでしょ? これもただのお付き合いなんじゃないの? ねえマコト?」
不意に振られた話しの矛先にマコトは正直参ったとしか思えなかった。確かにミサキの事は好きだった。本当に昔から、初恋と言っても良いくらいの年齢の時から大好きだった。強くて綺麗な女性に何故憧れを覚えたのかは分からない。しかし今となってはもうそんな事はどうだってよく、関係なかった。十代に入ってからミサキに対する思いは今まで以上に強くなっていた。しかしだからといってこの話しに関しては一から十まで全てを呑みこむ事は出来そうもなかった。
「私この前話したじゃない? 今の話し。あの時の返事、聞いて無かったよね? どう思ってる訳?」
「どう思うって……」
「さっさと答えてよ。三日前の話しなんだから、何か思ってる事くらいあるんでしょ」
「ちょっと待ってよ。マコトが可哀相じゃん。私はそんな話しをしたい訳じゃないの」
「コズエは黙ってて。私が聞いてるのはマコトなんだから」
女性同士の矢のような言葉のやりとり、応酬に割って入る事が出来ないマコトはしどろもどろする事しか出来なかった。自分が意見を求められている筈なのに全くと言っていいほど順番が回ってこないその様はイカサマ双六を無理やりやらされているような気にもなった。
だが話しの流れと言う物は常に流動的で、唐突だ。ましてやそれがミサキの作りあげた物だとしたら、それは突発的逆流と言っていいのかもしれない。
「で?」
ミサキはマコトの目を見て言うのだった。
「実際どうなの?」
正直な所何を言えば分からなかった。いざ自分の順番が回ってきても結局まごつくことしかできない自分にマコトは自身への不甲斐なさを覚えるのだったがそれはコズエの意図しない、残酷な優しさに阻まれた。
「やめなよ。マコトだって色々あって大変だったんだから」
色々。その短い単語のはしばしに滲みでていたのは紛れもない憐れみだった。
村は人口二百人にも満たない小さな集団だ。住人達は殆どが顔見知りで家族の構成を知り、そのヒトとなりを知っている。だからこそ筒抜けでもあるし、何かが起きれば簡単に、波紋のように広がってしまうのだ。
結局の所この村における魂送りの儀とは姥捨て山となにも変わりはしない。確かに各家庭によって事情は異なる。実際擬人病になって一緒に生活を出来なくなってしまった老人もいるし、その兆候が見られ始めている人だっている。しかし現実として、その逆もまたしかりなのだ。全くと言っていいほど擬人病の欠片さえ見せないその人が不意にいなくなってしまう。それが風習だからという理由で村から消されてしまう。今までそんな老人達が一体何人いたのだろう? しかしそれはもはや風習であると同時に、悪習となり、慣習となり、伝統ともなりつつあったのかもしれない。
既に村の上層部はこの魂送りの儀を老人達の尊い精神によって遂行される村民的伝統とし村へと謳っている。
当然村の中に反感が芽吹き始めている事は分かっている。しかし誰もその事に表だって異を唱えないのは、目をつぶれてしまう現状が有るからである。
或いは目をつぶらなくてはいけない現実があるからなのかもしれない。可哀相だ。哀れだと思いつつそれでもどうする事も出来ないその現実に皆は目を逸らし、魂送りをされた者、魂送りをした者、それらを見て見ぬふりをするようにして見過ごすのだ。
それがこの村の悪習、魂送りの儀の本質でもあった。そして今、この場でその本質が垣間見えたと言っても良かったのかもしれない。
「別に良いよ」
マコトは深くため息をつきたくなる衝動を抑えながら一息に言った。簡単な事だと今更ながらに思った。息を吐きながら喋ればいいのだ。そうすれば言葉がつかえる事も、声が喉にこもる事もない。なんでもいいから息を吐き出しながら喋ればそれで何かが出てくるのだと分かったから、だからこそ喋れたのだ。
「今更あーだこーだ言ったってしょうがないし、じいちゃんはもう戻ってこないんだから。気にしなくていいよ」
マコトの言葉に皆が押し黙った。コズエはその優等生そうな顔をバツの悪い物にさせて、テツヤは努めてクールな顔を作りあげて、カツマタは一人窓の方へと視線を投げだしていた。ただ一人。ミサキだけは違った。ミサキだけが真っ直ぐマコトへと視線をぶつけ、直視していた。
「私はそれだっておかしいと思ってる」
今までお前は十六年間何をして生きて来たんだよ、と思わず突っ込みたくなるような言葉だった。しかし確かにいるのだ。こんな小さな、たかだか二百人しかいない村の中にも、実際に魂送りの儀に反対してこじんまりと集会を開いている集団が。そしてその内の一家族に、ミサキの家が入ってる事も確かだった。
「ていうかこの村はずっとおかしい。全てがおかしい。何もかもがおかしい。言いたい事も変えたい事も、やらなきゃいけない事も沢山あるのに大人達は聞く耳すらもっちゃくれない。知ってる? この村の実際の内情。村の役場の奴等が一体何様のつもりでいるか知ってる? 中央から切り離された事によって生まれたのは井の中の蛙みたいな歪んだ特権階級思想だったんだよ? 天蓋が無くなった役人達が我がもの顔で政治家を気取って私達を支配してる。みんなが学をないのをいいことに、この村の歴史すら教えてくれない役人達が勘違いをして行きついたのが今なんだよ? そんな村がしている全ての事がおかしくない訳が無い。何もかも、全てがおかしい。だから私達は出来る部分はやらなきゃいけない。一歩足を踏み出す事を、自分達で出来る部分には積極的に関わっていかないといけない。それが今、私達の出来る分野で言えば鬼人達との戦いでしょ? だから」
「それでもやっぱり今は無理だ」
口を開き、声を出したのは誰あろう、マコト自身だった。
マコトは自分で自分の言葉に驚きを隠せなかったが、しかしそれ以上に驚いていたのは自分の心の奥底にあった脆弱な部分だった。
やっぱり駄目だと思った。もう二日も経ったのに、あれだけ考えてしょうがないと踏ん切りを付けられたのに、理解して納得出来たと思っていた筈なのに、それでもやっぱりまだダメなんだと、さっきの話を聞いて思ってしまうのだった。
まだ自分はじいちゃんに、トミジに会いたいと、未練があったのだ。村でも有数の歴戦の戦士だったじいちゃんが自慢だった。いつも一緒にいて遊んでくれたじいちゃんが大好きだった。しかし今はもういない。
トミジは村が作りあげた訳のわからない伝統行事によって連れて行かれてしまった。
それがどうしようもない程に辛くて悲しくて、そして悔しくて仕方が無かった。仲間のそれぞれの反応を見てマコトは想うのだった。
じいちゃんは本当に連れて行かれてしまったんだなと。嫌でも実感させられたその現実に、マコトはこの二日間で、三日目にして初めてトミジがいなくなってしまった事に涙を流していた。
気ずまりな沈黙が生まれた事は分かっていた。いつの間にか空の色がたそがれ色から星と月がまたたく金色の夜へと変化し、冷たい夜風が五人を包んでいた。
誰かが帰ろうと言わなければ一歩も動けない空気だった。そしてそれを言う役回りは自分しかいない事はマコト自身分かっていた。みんなが優しい事は分かっていた。腐れ縁。幼馴染。戦友。そして親友。色々な言葉が当てはまる五人組だ。いくら意見がたがえても底が揺らぐ事は無い。マコト達五人は運命共同体なのだから。だからこそマコトは四人の心の動きが手に取るようにわかった。どうしたらいいのか分からない彼等の心を代弁するかのようにして泣き晴らした瞳をこすって上を向いた。
「帰ろうか」
皆が付き合ってくれたその時間に乾杯をしたつもりだった。しかし響いたのは鳴り響くグラスの音色では無かった。
鐘楼から聞こえてくる警笛の音だった。そしてその直後に聞こえて来たのは鬼人の咆哮だ。
「鬼人だ」
テツヤが冷静に言って、カツマタが勢いよく立ちあがった。ミサキは不機嫌そうな顔でマコトから視線を外し、コズエは不安そうな顔で大きく深呼吸をした。
そしてマコトは涙を拭いて立ち上がった。
「行こう」
すんなりと出て来たその言葉に、マコトは驚きもしなければ後悔もしなかった。ただ戦いと言う物が自分の中で日常になっていってる事を肌で痛感するだけだった。




