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おかえり  作者: スタンドライト
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鬼人

 第一章

 その戦いがいつから始まったのかは分からない。いつの間にか始まっていた戦いは村の歴史と共に時代を追いながら変遷し、常に人々と共にあった。村人たちは生まれたその瞬間から戦いと言う物を意識させられ、成人になると共に剣と弓を手渡され夜の闇へと紛れるのだ。

戦いはいつも決まって夜だった。夕陽が山の稜線に消えミミズの鳴き声が村中に響く時、戦いは決まって向こう側からやってきた。

鬼人。

もう何年続くかも分からない戦いの歴史の中で、常に村人の敵として認められていた存在者は人間ではなかった。人を模した鬼のような、鬼を模した人のような、人とは似て非なる者。それが村人にとっての敵だった。

鬼人は夜になるとどこからともなく現われ村を襲いに来る。それも集団で。一人一人はそれ程の大きさでは無い。身長百五十センチから百六十センチ程度の物でしかないのだが、その人間離れした脚力と腕力で村人達を苦しめて来た。

一飛びすれば六メートル。手に掴める物だったら全てを握りつぶす。そんな人間離れした鬼人達だからこそ村人達は日中持っていた鍬やたすきを、夜は剣と弓に持ち替えるのだろう。

鬼人の起源は分かっていない。捉えた鬼人を村の医者が解剖をした事もあったが、その詳細は未だに判然としていない。

常に血走った真っ赤な目、まるで農作業に徹した晩年、曲がってしまった老人の腰を思わせるような背中、体中を垢で覆った真っ黒な皮膚。そして話す事すらできない知性の乏しさ。また、鬼人達は村人を襲った後、それを喰う事もあった。

鬼人達の主食がヒトなのか、それともただ肉食なだけなのか、それすらも分かっていない。

だが村人達も手をこまねいているだけでは無かった。農村らしからぬ弓や剣などの金属を精製する技術であったり、それをもちいる為に使用する技術であったりと、村人達は農民であると同時に武術も扱うエキスパートになっていた。しかしそれらが鬼人達にしてみたらただの付け焼刃にしかならない事は明白な事実である事は確かだった。

今から何年前になるだろう?

村の長い歴史の中で、何度も中央都に救いを求める書状を書いて来たのは。

しかし結果として何かが変わる事はなかった。中央は何故か、村の要請を一度も引き受ける事無く再三に渡りこう勧告したのだ。

村を捨てろと。

何故かはわかっていないが鬼人達は村しか襲わないのだ。村とは反対方向にある中央には絶対に行かず、必ず村を襲う習性があった。だからこそ中央は村民に対して村を捨てろと勧告をしたのだろうが、村人達はそれを拒否した。自分達の生まれた所を、育った所を見捨てる事は出来ないし、なにより村人達にとって中央で生きる事は、生きる術を農業に見出して来た人間にしてみれば死ねと言われているような物でしか無かった。

確かに、中には村から中央へと移り住んだ者もいる。しかし村の大多数が残り、農業と武術に勤しみそこで生活をしていた。

中央から切り捨てられた村で。

そしてそんな村の中で生きている子供もいた。いくら戦いのさなかと言っても、ヒトは互いを愛し、愛される。そして子が生まれ、次の代に意思が移る。

今年も五人の成人を迎える子達がいた。村の風習でこの成人は十六歳と決まっている。

まだまだ一人の大人として認められるには幼いかもしれないが、それが村の風習である以上は仕方が無かった。

五人は村の中央にある社殿で成人の義を迎えていた。

成人を迎えた五人の少年少女達の顔にそれぞれ、不安や怯えがあったのは言うまでもない。村で成人の義を受けると言う事はこれから始まる戦いの歴史に足を踏み入れると言う事だからだ。

村を代表して村長が訓示を述べている間も、そこにあったのは新成人としての未来を楽しげに夢想している顔では無かった。

彼等を待っているのは辛く厳しい、守る為の戦いなのだ。今まで学んできた武術的訓練を実際の戦いの中で駆使し、命のやりとりをしなくてはいけない。それはもうこの村に産み落とされた時点で決められていた宿命と言っても良かったのかもしれない。その宿命を受け入れる為に必死だった彼等の顔に嬉々とした物が無いのは当たり前の事だった。

そしてそんな強張った表情達が村長の訓示を受け、不安げな顔を揃えて浮かべている中、そこにはマコトの顔もあった。

今年で十六歳を迎えたマコト。

まだまだ少年の面影を残している、あどけない表情が残っているマコト。家族を守る為に進んで訓練を受け続けて来たマコト。誰よりも優しい心を持っているマコト。

誰もが認めた新しい成人たちが今日、夜に溶け込む為の儀式を行っていた。

これからあるのは辛く厳しい現実でしか無い。彼等はきっとこの戦い事態に疑問を抱く事になるだろう。

何故? どうして?

しかしその言葉達がどれも意味を成さない事にも気がつくはずだ。

何故ならそれはすべからく村の大人達が通って来た道でもあり、歴史でもあるからだ。

そして導く事の出来なかった答えの結果が今だからこそ、マコト達はその手に剣と弓を持っているのかもしれない。

「囚われるべきは言葉ではなく、目の前にある現実と、自分の素直な思いだ」

村長が結びの言葉を終えて儀式が終了した時、社殿の外から人とは思えない叫び声が、咆哮が鳴り響いた。誰もが耳を覆いたくなるような感情に支配されそうになる中、しかし五人の少年少女達がそれをする事はもう許されなかった。

何故なら彼等は既に成人であり、そして戦士でもあったからだ。

まるで示し合わせたかのように村へと降りて来た鬼人の攻撃を防ぐべく、彼等はその場から立ち上がった。

「相手は人では無い。鬼人だ。その事を肝に命じ、遠慮することなく相手を打つ事だけを考えろ」

村長の言葉を背中に、マコト達は夜の闇に紛れるようにして外に出た。

さあ、戦いの始まりだ。







            ●

 「いいかお前等。絶対に慌てるんじゃないぞ」

今年で三十歳を迎えたベテランの戦士、カツマタが広く大きい背中をマコト達に向けながらそう言った。村を囲む広大な森は夜の闇に紛れて、より一層にその暗さを深い物とさせていた。

村の入り口から出て百メートル程ある緑地帯でマコト達、新成人五人はベテラン戦士の庇護の元初めての実践を迎えようとしていた。頼りになる灯りは塹壕にしつらえられたランタンの光、一個のみである。塹壕は森の中を走るように、村を囲うようにして一本の道を描き作りあげられており村人の戦士達が各ポイントポイントに振り分けられて鬼人達の襲来に備える仕組みとなっていた。

村人達の手製によって作りあげられた塹壕は所々木の板で補修されている所もあるが、基本的には土を固めた形で出来ている。

各箇所にはどこからでも弓が射てるように矢じりがセットされており、その数の多さは目測では測りきる事が出来ないほどだ。それら矢じりの数、長い年月を感じさせる塹壕、カツマタの手際の良い指示、全てがマコト達にとって戦いの歴史を感じさせる要素だった。

マコト達五人は互いに不安げな顔を浮かべながらも、それでも既に手には弓を構えておりいつでも背中にさしてある矢筒から矢じりを取り出す準備は出来ていた。

「これからどうすればいいんですか?」

新成人の中で一番背の低い、それでも最も勝気なタケユキがカツマタに真っ直ぐな視線を向けて質問をした。マコトもカツマタの指示を仰ぐべく真剣な眼差しを向ける。

「とりあえずは今まで訓練を積んできた通り二人一組になって塹壕の中で散らばる。間隔は三十メートル程にしろ。ランタンがその間隔で置いてあるから、ランタンとランタンの間に身を隠すんだ」

何故ランタンの場所では無いのか、マコトは今までの訓練で習った事を思い出す。鬼人に見つからない為だ。奴等は余り目が良くない。暗い所から、離れたところからの闇打ちが最も効果的な作戦なのだ。そして彼等の瞳は遠くからでも、闇の中からでも分かる位に真っ赤だ。

「組み合わせは俺とタケユキ、マコトとミサキ。テツヤとコズエだ。配置は俺を中心に右にマコトチーム、左にテツヤチームだ。分かったな?」

マコトはミサキの顔を見て頷いた。ミサキも、そのまだあどけなさの残る顔をマコトへと向けて頷く。この時、瞬間的に自分の気持ちが上気した事にマコトは気付いていた。

「いいか。訓練で学んで来た事を思い出せ。その通りにやれば命を落とすような事はない。まずは近づかれる前に弓で仕留めるんだ。もしそれが叶わなかったら剣を抜け」

マコトは腰に提げられている剣に手を当て、ゴクリと唾を呑みこんだ。隣りにいるミサキに気配を悟られない様必死だったが、今はそんな事よりも目の前に事に集中しなければいけなかった。

「奴等はどこから襲ってくるか分からない。村の全方位を覆っている塹壕ではあるが、逆にだからこそ反対側から襲われてしまう可能性だってある訳だ。そう言う時は長弓を射る。自分の居場所を知らせる為だ。だから長弓の音がしたら、その方向に向かえ。そしてもし逆に、自分達の方向に鬼人達が来たら」

「塹壕に設置されている長弓を使って、それを空に射ればいいんですね?」

マコトの言葉にカツマタは頼もしい顔で頷いた。そして五人、それぞれの頭をはたいて言った。

「所定の位置につけ。絶対に死ぬなよ。耳をよくかっぽじってよく聞け。あいつらはバカだから声を張りあげながら襲ってくる。そこを射るんだ。分かったな?」

「はい!」

五人の返事が一斉に揃った。そしてカツマタの指示の元、マコト達は互いに目配せをしあった後、自分のすべきこと、すべき場所へと向かうのだった。


 初めての戦いを迎えるにあたって、この状況があまり良い状態じゃない事は分かっていた。ランタンとランタンの合間にいるせいか辺りは暗く、お互いの顔を間近にしていもハッキリとその様子は分からない。しかしだからこそ緊張しなくて済んでいるのかもしれないが、それにしたって、と。

マコトは今、すぐ隣りにいるミサキを見つめながら言うのだった。

「緊張してる?」

自分からそう言っておきながら、自分の声が微かに震えている事に気が付き恥ずかしかった。なんで自分から口を聞いてしまったんだろうと軽い後悔を覚える。しかしミサキはそんなマコトの後悔とは裏腹にサッパリとした口調で言った。

「まあまあ、かな」

ミサキのその声は、いつものミサキとなんら変わり映えはしていなかった。

「でも身体は硬くないよ。ちゃんとリラックスも出来てる。いつ鬼人が来てもいいくらい」

「不吉な事言うなよ」

マコトはまた軽い後悔を覚える。なんで自分はこんなにも精神的に弱いのだろうと。

訓練ではいつだって平均以上の点数は出してきたつもりだった。どの科目を取っても五人中の三位以内には入っていたのだ。だけどいざ実践を想定した模擬試験になると力が出せない事が多かった。先生のタドコロはそれを精神面の弱さと言う言い方で露わしたけど、しかしそれにしたってと、暗がりの中でミサキを盗み見て思う。

精神的なコンディションで行けばこれはきっと最低の状態なんだろうと、そう思えて仕方が無かった。なにしろ今、マコトの目の前には好きな人がいるのだから。極めて冷静でいられる訳が無かった。だがミサキはマコトのそんな思いなど露とも知らない。

「マコトなら大丈夫だよ。いつもの訓練を思い出して、教えられた通りにやれば問題ないって」

好きな子に励まされている自分が情けなくて、そしてこと戦闘訓練において全ての能力で自分よりも高い数値を示している彼女におもりをされている感覚になっている事がなによりもマコトのプライドを傷つけていた。

「マコトだって弓術と剣術では総合上の下判定だったでしょ?」

正確には上の下では無く中の上だった。もっともミサキにしてみたらそこら辺のランクの差異など余り関係ないのかもしれない。なにしろ彼女のランクは全てが上の上だ。戦闘訓練を行って来て彼女が天才と形容されなかった日など一日もない。こと戦闘面においてミサキは、マコトよりも何もかもが上だった。

「…………」

しかしそんな事をひがんでいる時間も、気にしている余裕も有る訳が無かった。今こうしている間にも鬼人達は村に刻一刻と迫っているのだ。最初の咆哮が村に届いてから十分程、もうそろそろ鬼人達がすぐ近くにきていてもおかしくはなかった。

マコトは邪念を振り払うようにして頭を振り、言い聞かせる。

耳を澄ませ。

そして、

考えるな。

弓を持ち矢じりに手をかけ目の前の事だけに集中しようとしていた。そうでもしないと頭がおかしくなりそうだと思ったからだ。しかしミサキはまだまだ精神的に余裕があるらしく、マコトに話しかけて来た。

「ねえマコト」

好きな子故か、じゃけんに扱えないマコトは無言で、空気で言葉を促す。ミサキはそれを受けると少し間を置いてから、まるで質問する事を躊躇うかのようにしてから、こう切り出してきた。

「マコトさ、どう思ってる?」

質問の意味が分からなかった。正直余計な事を考えさせないでくれと、そう思いはしたものの次にミサキが放った一言はかつてマコト自身、考えた事が無い訳ではない言葉だった。

「この戦いの事」

「…………」

「図星なんでしょ」

マコトは首を横に振った。

「図星ってなんだよ?」

努めて明るい声を出したつもりだったが、それはどこか薄っぺらく、塹壕の中で虚しく響いた。それを聞いたミサキはマコトの顔をじっと見つめた後、まるで冗談めかしたみたいにお茶目な顔をしていった。

「別にそんなに過敏に反応しなくたっていいじゃん。こっちだってそこまで本気で言ってる訳じゃないんだし。ただ何となく思っただけ。おかしいって思わないのかなって」

マコトは思わず頷きかけそうになっていた。しかしそれを寸での所で押しとどめたのは自分の弱さだったのか、それとも真面目さだったのか、彼自身分かっていない。ただ、今その話しをしてしまうとこれから行わなければいけない戦いに意味が見出せなくなってしまいそうで怖かった。

「もう何年続いてるかも分からないんでしょ? これ。鬼人だっけ? ヒトなんだか鬼なんだかも分からない化け物に怯えながら、戦いながら、それがいつから始まったのかすら分からなくなる位にやり合ってるんだよ? それってなんかおかしくない?」

おかしくない等と思わない事はなかった。それはきっとミサキとマコトだけではない。他の新成人三人も同じ事なのだろう。

そもそも鬼人ってなんだ?

マコトにはそれすら分かっていなかった。

「ね。やっぱりおかしいよね? なんて言えばいいのかな? 凄く変な感じだよね。ずっと戦い続けてるにの中央は私達に手を貸してくれないし、こんな装備しかないのに私達の村は未だに闘い続けている事が出来ているし、それに鬼人がどこから来てどこに帰るのかすら分かって無いじゃん。それっておかしくない?」

「帰るって言ったって……」

マコトは思わず目を点にさせていた。ミサキの考えていた事はマコトの思っていた事のそれよりさらに先へと進んでいたからだ。

「帰るも何も、鬼人達はそんなの関係ないだろ? だってあいつらは考える事が出来ないんだから、すみかがあるなんてありえないだろ」

「動物にだってすみかはあるじゃん。帰巣本能って言葉知らない? 鬼人達にだってそれは有る筈よ。アイツらだって子供を生んで育てなきゃいけない訳だし」

「それはそうだけど……」

マコトは何となく嫌な予感がしていた。このまま話しを続けたら一体どこに行きつくのか、ミサキの考えが連想出来てしまったからだ。ミサキは確かに訓練時代、純粋な戦闘訓練の腕では右に出る者はいなかった。しかし戦闘の思考力、展開力に関してはいきなり突飛な事を発案する等、極端な所もあった。

「尾けてみるべきだと思わない?」

ミサキの目は真剣そのものだった。

「奴等の後を追ってさ、すみかを見つけてそこを一網打尽にすればこんな戦いはもう終わりでしょ? だからさ」

マコトは首を横にブンブン振っていた。いくらなんでもそれは自分の都合の良いように考え過ぎだと思えたからだ。第一マコト達にとってこれは初陣なのだ。そこまでの事を考えている余裕など有る訳が無い。今はこれから、もうすぐそこに降りかかりつつある襲来に対してのみ備える事を考えるべきなのだ。

しかしミサキはマコトのそんな様子に不満を覚えたのか、口を尖らせて反論を示そうとして来た。しかしその時だった。

「―――――――――――!!!!!!!」

耳をつんざくような、鼓膜を鷲掴みにされて直理振りまわされたかのような音がマコトとミサキの耳に響いた。ヒトの物では無い。ましてや動物でも無ければ虫の音でもない。鬼の正にそれがこだましていた。そしてその音の直後に聞こえて来たのは葉を物凄い速さでかきわける移動音だった。近い。二人の共通した認識は今まであった思考を全てその場で切り捨てさせた。

「来た!」

ミサキの表情が瞬時に変わって戦闘態勢に入った。塹壕から顔を出して周囲を確認する。目を凝らし、夜目を利かせ、耳を澄ませてマコトとミサキは辺りをくまなく見渡し、そして発見した。

「いた! 二時の方向に赤い点が六つ。多分敵は三体。物凄い勢いでこっち向かって来てる」

「―――――――――!!!!」

再び物凄い咆哮が響き渡る。先ほどよりも近いその声にマコトは自分を見失わないよう必死だった。

「マコトはすぐ長弓を射って。私は攻撃に入るから」

そう言った直後、ミサキは弓を背中から外して構えた。矢筒から矢じりを取り出しセットして狙いを定める。こっちへとむかって一直線に進んでくる鬼人達へと向けて弓を射った。

「早く!」

マコトも急いで長弓をセットするとそれを夜空目がけて構え、そして射った。矢じりが大気を切り裂いて甲高いを音を響かせた。これですぐ間もないうちに応援が駆けつける筈だ。一瞬ホッとしたマコトではあったが、そんな余裕が有る訳など無かった。

「マコトも早く射って!」

ミサキの声にハッとしたマコトはすぐさま弓を持ち替え塹壕から上半身を出して構えた。視界の先にいる六つの赤い点はいつの間にか更に近くなっている。

マコトは矢をセットし構えた。

「いい!? とりあえず真ん中の奴を狙って! そうすれば当たる確率も高くなるから!」

ミサキの言葉を受けマコトは頷く間もなく弓を射った。ギリギリと軋む弦を限界まで引き絞って狙いを定めて解き放つ。弦が解放されて残された振動と引き換えに目標目がけて向かう矢の軌跡は綺麗な直線を描いていたが、鬼人達はそれをかわす。まるで見えているかのように。超人的な反応速度で。

「外した!」

「いいからどんどん射って!!」

鬼人三体は物凄い速さでマコト達の元へと走ってきている。まさか見えているんじゃないのかと、マコトはその直線的な走りに疑問と不安を感じたがその感情をどうにか出来るほど余裕が有る訳も無い。

鬼人達とマコト達の距離はおよそ八十メートル程だろうか? 現時点で三体を仕留めなければ物の数秒で村へと続く防衛ラインは突破される。

マコトは矢筒から矢を大量に取り出しそれを塹壕の上に置いた。そして弓の斉射を開始した。

当たれ。

マコトは強い思いを込めながら矢を射り続ける。

何でもいいから当たってくれと。

物の数秒がとてつもなく長く感じられた。圧倒的な脚力を誇る鬼人達のスピードがどこか遅く感じられその一歩一歩がスローモーションのようだった。射てども射てども当たらない矢の嵐にマコトもミサキも半ば近接戦を覚悟しかけた。しかしその時だった。マコト達の左右から矢の嵐が一斉に空へと舞い上がり、そして鬼人達に降り注いだ。

「助けが来た!」

マコトの歓喜の声と共に鬼人の一体が矢の餌食となりその場に倒れ伏した。残すは後二体だ。

「マコト!」

一体の鬼人の絶命と同時にミサキが鋭い声を出す。

「アイツらの右手側に矢を連射して。走る方角を限定してコースを作るの」

鬼人達とマコト達の距離はもう殆ど三十メートルあるかないかだった。正確な射撃さえすれば外れる距離では無い。

「いい!? いちにのさんで射って。アイツらが交わした所を私は射るから。いくよ! いちのにさ!」

ミサキの指示に促されるがままにマコトは弓を連射して鬼人達の回避のコースを塞いだ。矢を避けるように左手側へと移動する鬼人達。しかしそれを待ちかまえていたミサキが狙いを外す訳が無い。

「もらった!」

ミサキの速射砲のような弓が二射、正確な軌道を描いて鬼人達へと向かって放たれた。しかし、

「一匹取り残した! こっちに来る!」

二体の内の一体は頭を撃ち抜かれてその場に倒れ込んだが、もう一体は左腕に矢が突き刺さったまま突っ込んで来た。

近接戦。

マコトの身体が一瞬にして震えあがった。しかしそれを強引に上から抑え込めたのも今までして来た訓練の賜物だったのかもしれない。

「剣を抜いて!」

ミサキの声と同時に腰から下げていた剣を抜き、塹壕から昇って姿を森へと露わした。

「うあああああああああ!!」

腰だめに構えた剣をそのまま上へと振りあげ、そのまま降ろそうとした。しかし鬼人のスピードはマコトの思っていた以上に強烈だった。あっという間に距離を詰められたマコトを待ちかまえていたのは鬼人からの強烈な突進だった。

そのまま塹壕に再び時落とされたマコトは痛みに悶える暇もなく次なる行動に迫られる。目の前に迫っていたのは鬼人の血に飢えた鋭い牙だった。突進を繰り出してきた鬼人はそのままマコトと一緒に塹壕へと落ち、馬乗りになってきたのだ。

マコトの首目がけてその牙を剥かせてくる鬼人に対して、剣の腹を指し向ける。ガチガチという鈍い金属音が鳴り響き鬼人の真っ赤な瞳が目の前でちらつく。

鬼人の力は圧倒的でいくら剣で防御しようとも純粋な押し合いではマコトが勝てる道理など無かった。ほんの数秒と持たない内に鬼人の牙がマコトの喉元へと突き立てられようとする。だが、

「マコト!」

塹壕の上からミサキの声が響いて来た。そしてその直後だった。空から微かに漏れる月灯りから降り注いで来たのは光だけでは無い。剣を突き立てたミサキの姿だった。

「動かないで!」

ミサキの声と同時に鬼人の身体に鈍い衝撃が走る。塹壕の上から飛び降りたミサキの剣は鬼人の背中から腹部を突き破りその切っ先をマコトの腹すれすれで停めさせた。

だがまだ死んだわけではない。鬼人は頭を潰さない事には簡単に絶命しないのだ。背中から腹を貫通されたにもかかわらず、それでもマコト目がけて牙を向けてくる鬼人。まるで人間に対して強い執念でもあるかのようなその生命力にマコトは身体を竦ませ続けていた。しかしミサキは違った。まるでそれを最初から想定していたかのように、腰部に提げたホルスターからナイフを抜きとり鬼人の頭めがけて振り下ろした。

両手を使い、全体重をかけて振り下ろされたナイフは鬼人の頭蓋を破り脳にまで達したのだろう。傷の端から脳凌をはみ出させ、奇妙な声を出しながら絶命した。そのままマコトの身体に倒れ伏しピクリとも動かなくなった。

「大丈夫か!?」

今更になって響いて来たカツマタの声とゾロゾロと駆けてくる足音にマコトは茫然としていた。目の前で死に絶え、今も自分の胸に死体として鎮座している鬼人を見据えながら改めて思い知らされた気分だった。

なんだってこんな事を自分はしているんだろうと。これから本当に、こんな事をし続けて行かなければいけないのだろうか? そして何故こんな事が何十年と続いているんだろうと、答えの見つからない疑問に突き当たり恐怖と疑問が渦を巻くのだった。

ミサキを見ると、彼女もマコトと同じ表情をしているようだった。鬼人の返り血を浴びたミサキの表情は何もない、正に無を連想させるものだった。

『おかしいと思わない?』

ミサキの言葉が不意に蘇っていた。どこに視線を向けていいか分からないマコトは空を見上げ、今更になって雨が降り出した事に気がつくのだった。

降り出し始めた大粒の雨はマコトとミサキについた血を洗い流してくれていた。


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