告白
カヤブキは思いのほかあっさりと口を開いた。村の事、鬼人の事、中央の事、擬人病の事、施設の事。
親衛隊員達を一網打尽にし、ナイフを首元に突きつけ「知っている事を全て喋れ」と言った途端、彼はペラペラとお喋りな九官鳥を思わせるかのように、一気にまくしたてた。
そこには村の中で一定の地位を確立し、村民達の精神的支柱となっている欠片さえない、ペテン師の顔が張り付けられていた。カヤブキが後光のように背負っていた威厳とカリスマ性は欠片も残す事無く飛び散り、余った残骸を両手いっぱい広げてかき集めた先にあったのは必死に命乞いをする哀れで不細工な男の顔だけだった。
もっとも、マコトにナイフを押し付けられた時に最初に出て来た言葉を思い返してみれば、それは思いの外と言う言葉を用いるべきではなかったのかもしれないが。
「村は中央の奴隷みたいなものだ」
カヤブキの口から出て来た村事情。中央との関係。それにもとずく、村上層部の人間にとっての鬼人の立ち位置。そして行われる魂送りの儀。全ては個人の私利私欲の為に始まった、自分さえよければそれでいいと言う発想が始まりだった。しかしそれは有る一定の期間を置いて特権意識と階級、そして優越感を覚えるようになる。
だからこそ彼等は今の状況をよしとしているのだった。
情報の聞きとりにはかなりの時間を擁した。いくら相手がぺちゃくちゃと喋ろうと、それがマコト達にとって有益な物なのかどうか、精査をしなくてはいけなかったからだ。
カヤブキを再度縄で縛りあげて親衛隊員達をそれぞれ監禁して動きを封じ、様々な言葉を絞り出した。
話しをまとめたのはコズエだった。彼女はミサキに書記を命じられ、言われるがままに筆を走らせカヤブキの言葉を髪へと記し、そして改めて情報を整理した。
一見点と点でしか無かった事柄もその事によって線で結ばれている事に気がつくようになり、事の問題は複雑に絡み合っている事が分かるようになった。そして整理された紙は情報となり、ひいては村の歴史となりマコト達へと手渡される。包み隠されていたはずの村の真実。カヤブキ捕獲から三日後の朝、彼等が揃って監禁されている丘の上の小屋で、マコト達はコズエから手渡された紙に目を通すのだった。
『村にとって中央の存在は奴隷と主人の関係でしか無かった。村は毎年のように中央から莫大な税を徴収され、苦しみを強いられていた。理由は簡単である。中央は村を外敵から庇護するから、だから金を払え。そう言う訳だ。しかしそれはあくまで名目にしか過ぎなかった。何故なら実際の所、村に刃を突き立て脅しをかけているのは他ならぬ中央でしか無かったからだ。そもそも考えてみると、そこにあるのは素朴ささえ感じさせる疑問ばかりである。
外敵。
それは一体なんなのだろう? そしてそもそも外敵などどこにいるのだろう?
もし仮にいたとしてもそれはどこか、異国の地にある小さな辺境国家か未開の部族くらいの物でしかないはずだし、それらにしたってこんな中央から遠くはなれば辺鄙な場所を襲おうだなんて発想にはならない筈だ。
なにしろ襲う利点が一切ないのだから。
我々は絶対に帰って来る事の無い保険料を、しかも莫大なその費用を無償で払わされ続けているような物だった。
村内の困窮状態や食糧自給状態など関係ない。その年に発表される中央からの納税額を満たさなければ容赦の無い制裁が待っているのだ。それがもっぱら武力的な制裁であった事はもう既に、この村で生きている人間でそれを体験した者はいないだろうが、確かな事実として資料に残っている事だった。
村の歴史は常に中央に蹂躙されて来た物だった。だからこそ今の教育制度の中に村の歴史をいれていないのにはそういう訳が有る。
だが中央にも、各地に広がっている村から強制的にでも税を徴収しないといけない理由が有った。彼等は彼らで必死だったのだ。
中央の経済が破綻をしかけ、そのしわ寄せを各地方に広がらせ負担を強いる事に、ある意味彼等は命をかけながらやっているような物だった。しかしそんな折りに奇妙な事件が起きる。これはもう誰もが知っている事実だろう。
擬人病の発症者の増加だ。そしてそれらは従来通り放置しておけないほどに村の経済状態を悪化させた。なにしろ擬人病発症者が家に一人いるだけで家族は負担を強いられ仕事が手につかなくなる。たったそれだけの事実があるだけでも、当時の状況が惨憺たる物となっていたのは記録に残すまでもないだろう。
それが徐々に徐々に増加し、そして臨界点を突破した。
この事によってい一番割を食うのは村ではなく、中央だった。
中央は各地域に広がる村の税をあてにしているのだから当然だ。
それが目に見えて減少し、その理由が擬人病発症者による生産力の低下とわかったのだから、中央が手を打たない訳がなかった。
中央にしてみれば村は金づるだったから、先行投資のつもりだったのだろう。各村の近くに擬人病発症者を収容する施設を作り、老人達を収容するよう御触れを出した。結局の所その政策によって初めて村は中央に感謝をする事になるのだが、しかししばらくしてまた事件が起きる。
鬼人の襲来である。どこからともなく現れて村を襲撃する。
全く以って理解不能なこの事件はそれを機に始まって、長い歴史を辿って来た。
当然最初は中央だって村に対して援軍を出していた。しかし結果は惨憺たる物だった。鬼人の強大な力と無秩序な攻撃、獰猛な習性に中央の軍隊は何人もの死傷者を出した。
結果的に見れば大敗だった。
大金をかけて軍を投入したにもかかわらず結果を出す事が出来なかったその事実に中央はもめにもめた。当時の長官がこの件のせいで何代も代替わりを経て、様々な施策が試みられて、そして結果は出た。
関わるなと。切り捨てろと。たかが村一つ、しかも辺境に位置する村にどれだけの金と人命をなげうったか。もっと冷静に考えろと。そして長年に渡る経験の結果、鬼人はこの村しか襲わない。それだけは分かっていたのだ。だったら別に関係ないじゃないか。貴重な金づるとなっている村は一つ減ってしまうが、実質どうする事も出来ない。しかも手出ししなければ関係の無い地域など中央にしてみればもはや捨ててしまっても関係の無い場所でしか無かったのだ。そして私達は中央に切り捨てられて、自らの手で村を運営し、鬼人達との戦いに挑まなければいけなくなったのだが、しかし当時の村長はこの時初めて気がついたのだと言う。
自由になれたと言う事に。
そして年を重ねて行くごとに村内の経済状況は安定していっていると言う事に。
重すぎた重税の被害だった。
村は中央から搾り取られるだけ絞りとられていたのだ。それが鬼人の襲来によってぱったりとなくなり、周りを見渡した時利潤が生まれている事に気がついた。これを旨味として捉えない指導者がいるだろうか? 村にとって一番の敵は鬼人ではなく中央だったのだ。鬼人が来るまでの村の中の年内の餓死者は八十人に及んでいたが、鬼人が来てから十人にも満たない。変わりに戦死者は増えたが、それにしたって中央の支配時代とは比べ物にならないほど少ないものだった。
時が経つにつれて戦闘の技術は蓄積され自衛のノウハウはより高度な物となっていった。ここ十年の統計では鬼人によって殺される人間は年十人もいない。それが村にとっての現実だった。
村は村の為に鬼人を受け入れ、中央から逃れたのだ。
村が鬼人から解放されてしまったら、鬼人を皆殺しにしてしまったら、村の上層部の連中はそんな恐怖ばかりを負っている。
本当に怖いのは鬼人ではない。中央だと言う事を彼等は知っている。それに鬼人討伐に対して消極的な意見が出るようになったのはもう一つ、別の理由もある。それが役場内にはびこる選民意識だった。村に議会はない。あるのは統括役として指揮をとる村長職と中央からの指示で動いていた役場だけだった。
しかし中央から切り離された事によって彼等は独自の権限を得るようになり一種の支配欲に絡め取られたと言っても良かった。
鬼人という定型的な恐怖から逃れる為に彼等は血族によって官職を独占し親衛隊等と言うお飾りの護衛を作りあげた。
鬼人と闘う戦士は十六歳で成人を迎えさせ、主戦場を村の外に作りあげた。兵士は全て農村部の、特に小作農主の出から選ばせる。
そうする事によって村内の経済状況を維持しながら定期的に鬼人と戦わせ村人の意識を外へと向かわせたのだ。
彼等が望んでいるのは緩やかな停滞だった。誰も今の状況の改善などは望んでいない。週に何度か鬼人が襲撃に来て、それを水際で阻んで、そして自分達は安全な所でそれを管理する。それが彼等にとっての満足しうる現状なのだ。
トップが不在になった、今まで抑圧されていた歴史を持った勘違いをした奴隷達。それが彼らだ。そして彼等の歪んだ思想、自己保身はもっと直接的な形で命さえ奪うようになる。
それが魂送りの儀だ。もはやあれは儀などとちう言葉を用いていい物では無い。ただの姥捨て政策なのだ。
おかしいと思った事は無いだろうか? 擬人病発症者の隔離施設は中央が行っていると言う事になっている。しかしそれなのに今、この村は中央と交流を断絶している。そんな状態でどうやって施設を維持する? 誰が擬人病発症者達の面倒を見ている? どこにそんな金が? 職員が? プログラムが? そもそも施設は一体どこにある?
答えは簡単である。魂送りの儀をされた者達は皆役場内の葬送部の連中によって施設まで送られる。葬送部の連中は役場内でもトップシークレットで村長と助役しかしらない。そいつらが老人達を施設まで連れて行って、置き去りにする。一体施設がどのような状態になっているのか、そもそも人が住めるような環境になっているのすら分からない。老人達は劣悪な環境で生きる事を、いや、死ぬ事を選ばせられ、そして人知れず逝く。それもこれも役場内の人間達、特権階級の人間達が少しでも今の状況を維持したいからに他ならない。自分の地位を確保したいがための、自己保身でしかない。少しでも役に立たない老人は斬り捨てて生産性の低下を防ぎたいと言う事だ。ましてや擬人病なんてもってのほかだ。
これが今の子の村の状態だ。この村の上層部は完璧に下の人間達を欺き、見限り、演出をしている。鬼人を歓迎し、中央を拒み、老人を殺す。むしろ鬼人が舞いこんで来た事に喜んでいる奴だっているに違いない。それがどうしようもない、今のこの村の現実なのだ』
手紙を呼んだ各々の顔がどのような表情をしているのか、マコトは一々顔を見る事もなく読みとれるような気がした。
事実マコト自身も、コズエの綺麗な字によって記された村の真実に怒りを覚えていた。村が実際の所では鬼人の襲来に助けられていた事。外で戦っていた戦士達に課せられていたのは勝つ事では無く、ただ戦うと言う行為をするだけの事だった事実。そして魂送りの儀。
マコトはトミジを思い出し、そして縄で縛りあげられているカヤブキを見、拳が硬く握られている事に気がついた。
一体この人間は人の事をなんだと思っているのだろう? 何故そこまで他人をないがしろにしてまで自分達の事を考えようとするのだろう?
尽きる事の無い疑問は怒りを伴ない増大していた。彼をここで傷めつけたとしても何の意味もない事は分かっていたが、しかしそれでも自分を冷静に抑えることは難しかった。だが実際の所マコトは想いを行動に移す事はしなかった。何故ならミサキがいたからだ。マコト以上に冷静でいる事の出来なかった少女の存在が、唇をワナワナと震わせて今にもカヤブキへと襲いかかりそうで、マコトを冷静にさせていた。
「……一体なんなの……これ?」
改めて情報を整理した事によって受けた印象は、カヤブキを前にして聞いて来た、散らかった言葉とは雲泥の差があった。
一つ一つの言葉が、一つ一つの事実が自分達の今までの人生と照らし合わされ、フラッシュバックされる。そしてそんな中でも特に強烈な発光を感じているのはミサキなのだろう。
兄の死。
それがミサキの人生においてどれだけの影を落としたのか、マコトには分からない。しかし彼女が今、この場で剣を抜く程にそれは強烈な物だった。
「……おいミサキ」
ミサキの目は完璧なまでに据わっていた。視線の先にあるのはカヤブキ一人しかいない。発言する事を否定されたカヤブキは口に布を当てられており、その瞳でしか感情の意を露わにする事は出来なかったが、そこに宿っていたのはあからさまなる恐怖でしか無かった。
剣を抜いてカヤブキを睨みつけるミサキにテツヤが声をかける。
「ちょっと落ちつけ」
さすがのテツヤもこれからミサキがしようとしている事に危機感と不安を覚えたのだろう。それはいくらなんでも不味い。言外に聞こえてきそうな彼の言葉に、その場にいる全員が、タケユキですら頷いていた。しかしミサキは止まらない。
「こいつ、人の命を何だと思ってるの?」
声は意外な事に震えていた。しかしそれは今にも泣き出しそうな震えでは無く、怒りにウチ震え、手に持った刃物をどう扱っていいか分からない類の震えのようでもあった。
「ねえ……みんなもおかしいと思わない? こいつの、こいつらのやって来た事って、最悪じゃない? 詐欺って言うか、殺人っていうか、それよりももっと上、殺人よりももっと酷い最上級の罪だと思わない?」
それは誰もが認める所だった。彼等のして来た事は身の毛もよだつほどの、その事実を現実として認めることすら容易ではない事だった。しかし、
「いくらなんでもそれは無いだろ」
タケユキまでもが口を揃える。暴力に酔い、空気に流されていた彼ですら思うのだ。無抵抗な人間を、無抵抗なまま殺すと言う事に。
「もう情報は聞きだしたんだ。これ以上こいつに何かしたって何の意味もねーだろ。それこそ時間と労力の無駄なんじゃね―の?」
彼等だってカヤブキに対して、村に対して何も思っていなかった訳では無かった。怒りを通り越し呆れを覚えて軽蔑の念を覚えた筈だ。しかしそれでもミサキの怒りを、殺意を目の当たりにしては冷静な役回りを演じるしかなかった。
「随分優しいんだねタケユキは」
ミサキは不意に柔和な表情と声を出す。しかし次いで出て来た言葉に宿っていたのは棘よりも鋭く細かい、鋲を連想させるかのような言葉だった。
「でもよく考えてもみてよ。私達の命もそうなんだよ。私達の事だってこいつ等の前ではただの数でしか無かった。投げうたれてもしょうがない、消費される事を目的とした命だったんだよ? そして私はそんな奴等の命令に従って、騙されて、命をかけさせられて死んでいった。その意味が分からない訳じゃないでしょ」
それは誰も否定する事の出来ない事実だった。事実を語れば語る程出てくるのはカヤブキに対して向けられる怒りと暴力の正当性だった。無抵抗な者に対して行使する暴力が適切な物としてさえ認識されてしまいそうな程の、そんな感覚、錯覚がマコト達を包み込む。しかし本能的に忌避している部分もある。それが殺しだ。
「でも殺すのはやっぱり駄目だよ」
こずえが冷静に放った。この中で唯一、先を見据える事の出来る彼女の意見が遂にスポットライトを当てられた瞬間だった。
「こんな村の常識持ち出す必要もないと思うんだけどさ、人の魂を傷つけたら自分の魂も傷つくんだよ? 傷つけられた魂はあの世とこの世の間を彷徨って呪われた存在の手助けをする事になっちゃう。あの言霊を操る存在の、人魂にね。それでもいいの? それにこの人を殺してその後どうするの? 誰が殺したかなんてあっというまに見つかっちゃうと思うよ」
「今はそう言う問題じゃない」
ミサキにとっては使い古された村の迷信も、今後予測される自分の身に降りかかる危険も、そんな事は関係ないようだった。ただ、今の自分の想いを形として遂げる事にこだわっているようだった。こだわる事にこだわって、それがまるで目的でもあるかのようですらある。
「こいつは今ここで殺さなきゃいけない。それは別に誰の為とか、何の為とか関係ない。ただ私の為だけに死んでもらいたいの。それだけ。だからあんた達には関係ないでしょ」
ミサキはそう言い切ると剣を振って足を踏み出した。既にいくつもの戦歴をくぐり抜けて来た剣だけあってその刀身に宿った錆びは尋常な物では無かったが、しかしいくら錆びていようが剣は剣だ。綺麗に斬る事は出来なくても突き刺し、叩く事はいくらでもできる。相手に苦痛を与え、断末魔の叫びと共に。
カヤブキは身じろぎした。まさか自分が殺されるとまでは思っていなかったのだろう。ミサキの憎しみを称えた瞳と、幾つもの怨念が宿った剣に恐怖を覚え、体を激しくばたつかせ、開く事の出来ない口で唸り続けていた。
「直ぐに楽にさせてもらおうだなんて甘い考えは持たないで頂戴。あんたは今までの偽りの村の歴史、全てを背負って死ぬんだから」
ミサキの行為に疑問を感じ、それを口に出した者は殆どだった。しかし実際に彼女が剣を振りあげた時、前に立ちはだかる人間はいなかった。それは何故か? もしかしたら心のどこかでそれを期待していたからかもしれないし、或いはミサキの前に立ちはだかる事を恐れていたからかもしれない。それほどまでにミサキが身にやつしている怒りは本物で、カヤブキに抱いていた敵意は悪意に満ちていた。
やめろよ。
皆が口を揃えて言った言葉が薄く、平たく、まるで油を鍋に引いたみたいに滑っていた。しかしマコトだけは違った。気が付けばマコトは口を一切開く事無くミサキの前に立ちはだかり、その大きな瞳を見つめる事が出来ていた。
「なに?」
ミサキにしてみれば意外な伏兵の登場だったのだろう。まさか自分のやる事に意見する等と思っていもいなかった手下に、彼女は容赦の無い視線と言葉を浴びせていた。
「そんな所に突っ立ってなんなの? ていうか何の為にそこまでする訳? あんたには関係なんかないじゃん」
マコトは何も考えていなかった。ただ今のミサキを見ていてる事が出来なくて、頭で考えるよりも先に心に突き動かされてこの場にいる事に驚きを覚えていた。
今まで彼女の行動を肯定してきた自分の気持ち、全てが嘘だった事に気付いた瞬間、本当の意味でマコトは彼女が好きである事を実感し、表現していた。
「関係あるよ」
マコトは臆することなく言えた。
「キミの為だ」
今までくすぶっていた想いが爆発する。
「俺はキミに人殺しになんかなってほしくない。それに、キミはこいつの事を殺す価値がある奴だって思ってるみたいだけど、そんな事は全然ない。ていうか欠片さえない。キミが一人で何もかも背負い込む必要なんてないんだから」
「何いってんの?」
ミサキはマコトの事をバカなんじゃないのとでも言いたげに、毒々しく放つ。
「私が一体何を背負ってるって言うの? もしかしてマコト、あんた私がこの村の為にこいつを殺すとでも思ってるの? こいつを生かしておいても害悪にしかならないから、自ら犠牲になろうとでも? 勘違いしないで。さっきも言ったけど私は私の為にこいつを殺すの。それにこいつを殺したからってなにも背負うつもりなんかない。そのまま床にたたきつけて全て捨ててやるつもりなんだから余計な事言わないで」
「捨てられないよ」
マコトは断言していた。それは今までミサキを見て来たから、彼女と一緒に十六年間を過ごしてきたからこそ言える言葉でもあった。
「ミサキは、捨てられない。きっとカヤブキを殺した後も、それを背負ってずっと生きてくことになる。そりゃ他の連中にはそんなの関係ないって言うかもしれないけど、でも実際は、心の奥底では捨てることなんてできない。今までずっと他人の死に追いやられてきたキミが、自らが犯した死に寛容になれる訳がない」
「なんなの?」
ミサキは目を開きマコトの襟首をつかむと引き寄せ言った。
「一体何なの? あんたに何が分かるって言うの?」
確かにマコトには何も分からなかった。実の兄が殺された彼女の気持ちも、それでも村に対して一縷の望みをかけて来た気持ちも、そしてそれが見事に裏切られた事実も、何もかも分からなかった。ただ一つだけ分かる事もあった。それは至極単純で、シンプルな事でもあった。
「分かるよ」
マコトはミサキの目から逃れずに言う事が出来た。
「十六年間、ずっと見て来たから」
そして矢継ぎ早に言う。
「誰よりもミサキの事をずっと見てきたから、だから分かるんだ」
ミサキの表情が固まった。言っている事を理解できなくなって動きを止めてしまう子供のように。
「俺はミサキの事が好きだ」
正直な所、周りの視線が痛かった。それにミサキが掴んだ襟首も、ギリギリと閉められて痛かった。だけど口だけは自然と動いた。どうしてもマコトは嫌だったのだ。
ミサキが人殺しになってしまう事が。
「お願いだからやめてくれ」
マコトはミサキから逃げずに、生まれて初めて真っ向から見据えて思いをぶつけるのだった。
「俺はキミがヒトを殺す所なんか見たくないんだ」
マコトの襟から手を離したミサキは対照的にうつむいていた。その強く、真っ直ぐな瞳を前髪で隠すようにしながら剣を振りあげ振り下ろす。刃の切っ先が床に転がっているカヤブキの顔の真横に突き刺さり音を立ててしなった。カヤブキはあまりのショックに白目を剥き気絶をしていたが、それ以上にショックを受けていたのはミサキだったのだろう。
彼女はその場で据わり込むと顔を埋めて大泣きした。まるで鬼人の咆哮を思わせるかのような泣き声で。誰よりも大きく、剥き出しに、堰を切ったように、感情を露わにさせるのだった。




