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おかえり  作者: スタンドライト
13/25

拷問

 激しく飛沫を上げた水がマコトの頬に跳ね返ってきた。頬に触れた水は冷たく、そっと指先を這わせただけでもかじかんでしまいそうな程だったが、この場合はそれが丁度良かったのだろう。

意識を失った者を起こすにはそれが一番手っ取り早い対応だったからだ。

「起きて」

この事態に積極的な関わりを見せたのはミサキだった。かねてより村に対して疑念を抱いていたミサキがこのチャンスを無下にする訳がなかったのだ。

生き残ったたった一人の親衛隊員。祈祷師、カヤブキの直属の護衛をそうやすやすと解放する訳がなかった。

「あんたの知ってる事、全て話してもらうから」

ミサキの冷水よりも冷たい目が囚われた男に向けられる。丘の上の小屋の中、鬼人と隣り合うようにして椅子に座らされ縄で縛りあげられている男の目に宿っていたのは未来に対する不安と恐怖だけだった。胴体に剣を突き立てられ、壁に貼りつけにされたまま身動きが出来ない鬼人を恐れながら、そして目の前に立っているミサキに恐怖しながら、彼は自分の運命を呪ったのかもしれない。

「……知らない」

彼は懸命に首を横に振りながら言うのだった。

「本当に……俺は何も知らないんだ」

ミサキがナイフの柄で男の太ももを殴り、タケユキとテツヤが椅子ごと倒れそうになる男を両肩を掴んで支えていた。

「言わなきゃ本当に殺すから」

それを後ろから黙って見ていたマコトとコズエはうつむく事しか出来なかった。

どうしてこうなってしまったんだろう? と。ほんの小一時間前までの平和な時間を思い出し、今に後悔を覚えるのだった。


 鬼人を抑えつけ、親衛隊員をノックアウトしたマコト達はその直後、酷い混乱状態、興奮状態にあった。ばれてしまったという現実が彼等を絶望のどん底へと叩き落していた。自分達は一体これからどうなってしまうのだろう? 親は悲しむだろうか? 村の皆から白い目で見られるのだろうか? 裏切り者と揶揄され後ろ指を指されながら過ごす事になってしまうのだろうか? それとも村から追放されてしまうのだろうか? 

いくらでも想いつく絶望的な予見ばかり。それらは、後から意識を回復させやってきたテツヤとタケユキが合流しても余り変わりは無かった。混乱と絶望、興奮と焦りが入り乱れ、頭の中を過ぎることはネガティブな事ばかり。しかしそんな中でも、かろうじて冷静さを保てている人間もいた。カツラギとタテヤマだ。

『とりあえず、そいつは拘束するしかないな』

ため息をつくようにしながら言ったカツラギ。カツラギの言葉を指示として冷静に、黙々と実行に移すタテヤマ。その光景を見て見事に頭の中を切り替えることに成功したのがミサキだった。気絶している親衛隊員の男に止血処置を施し、椅子に座らせ縄で縛ろうとしているタテヤマの手を取りこう言ったのだ。

『私に任せてください』

この瞬間、きっと彼女の中でなにかしらの覚悟が生まれたのかもしれない。その証拠に彼女はタケユキに川から水を汲んでこいと言うと、必要以上に縄をきつく締め、身体どころか心までもを縛りあげるかのように万力を閉めるように、その力を縄へと伝えていた。

ミサキが何をしようとしているのかは何となく予想が出来た。やめといた方がいいんじゃないか。そう何度もマコトは言おうとした。腰から抜いたナイフを見つめながら、そっと刃先に指を這わせるミサキの姿にマコトは恐ろしさや違和感よりも悲しさを覚えていた。それが自分に対する悲しさだったのか、ミサキに対する悲しさだったのかは分からない。しかし事実としてあるのは自分の無力感と、ミサキにそこまでさせる何かの正体に関する運命的な絶望感だけだった。

もうどうしようもないんじゃないだろうか? ミサキを見ているとそう思わざるを得ない。彼女の行動や理念、言葉に割り込む事の出来ない自分の弱さと彼女の意思の強さにマコトは絶望していたのだ。

一方、カツラギはと言うと彼も彼でこれから行われるであろう事に察しはついているのだろう。しかし彼はあくまでマコト達が依頼したオブザーバーでしか無く、その他の事に関しては無関係でありたいと言う意思があるようで、開きっぱなしだった鬼人の腹を綺麗に縫合するとこう言って小屋を去るのだった。

『今更だけど、解剖はこれで終わりだ。色々と分かった事もあるから、一旦情報を整理してから君達に詳細を教えるよ。後日、また会おう』

解剖セットをカバンに入れながら去っていくカツラギ。その後を無言で突いて行くタテヤマ。二人が去った事によって再び訪れた沈黙。そしてそれを切り裂いたのはやはりミサキだった。

『今からコイツを拷問するから』

そしてタケユキの持ってきた冷水が到着した。


 「知っている事を全て話してちょうだい」

ミサキが男の前でナイフを持ちながら立ち、その両脇にはタケユキとテツヤが立っている。タケユキとテツヤの表情に宿っているのはまんざらでもなさそうな顔で、明らかに彼等二人はこの場と暴力に酔っているかのようでもあった。

「まず教えてほしいのは村の上層部の連中が鬼人の事をどう捉えているか。あり得ないと思わない? 鬼人が最初にこの村を襲ってから何年立ってると思ってる訳? その間一体何人の人間が殺された? そういった経緯があるにもかかわらず何故村長達は何も具体的な策を弄しようとは思わないか、その実情を知りたいの」

ミサキの言葉に男は口を噤んでいた。これから行われる事が怖くないのか、それともただ本当に何も知らないのか、マコトにはその真意など分かる訳がなかった。

「…………」

ミサキの持つナイフが鋭い軌跡を描く。男の頬に描かれたのは真一文字の赤い線だった。ほんの薄皮一枚を切り裂いたミサキの技術には感服するほかないが、彼女の顔は冷たい目をしながらも、苦渋に満ちていた。

「私だってこんな事はしたくない」

歯を食いしばるようにして言う。

「でもこうでもしないと何も変わらないの。私はいつまでも延々と続く鬼人との戦いを終わらせたいだけなの。それには村の中で何が起きているのかを、その真意を知る必要がある。だから話して。知っている事を全て」

「だから俺は何も知らない」

男は残念そうに、下を向きながら、目線を誰とも会わせないようにしながら言った。

「本当に知らないんだ」

「おい」

とここでタケユキが割って入る。

「お前嘘ついてんじゃねーぞ。まさかそう言って解放してくれるとでも思ってる訳じゃねーだろ?」

「…………」

男は再び沈黙をした。というより沈黙するしか選択肢が無いかのようでもあった。彼の中にあるのが屈辱であると言うのは揺るぎようのない事実なのだろう。親衛隊員の構成はその殆どが村の役場内の血縁による特権階級身分の人間達だ。村の外で鬼人と闘う必要のない、内側でエリートして、槍を握りしめお飾の部隊として成り立っている彼にはこの状況は耐えられる物ではないだろう。

「テツヤ」

ミサキがテツヤに耳打ちをする。するとテツヤはまるで兵隊のように、役割を与えられた一兵卒のようにきびきびとした動きで男の背後に回り込んで縄をほどき始めた。

「…………?」

状況を理解できない男の顔に宿ったのは解放を期待する喜びよりも不安の方が大きかった。テツヤがほどいた縄は男の左手部分のみで、それを今度は椅子の肘かけに乗せて縄で縛り始めた。

「おい。一体何を……」

「調べさせてもらうから」

ミサキが歯をくいしばるようにしながら、それでも冷たく言った。奇妙で矛盾した表情をしているミサキの胸中が通常でない事は分かっていた。しかし彼女の中にあるのはそれを凌駕した何かなのだろう。

「本当にあんたは何も知らない訳?」

ミサキの最後通告を連想させるかのような声に、男は首を縦に動かした。そしてその直後だった。

ブチッという嫌な音が響いた。そしてその直後、男の叫び声がこだました。それに反応してか隣りにいた鬼人も興奮し雄たけびを上げる。だが相当に体が弱っているのだろう。腹を貫通して突き刺さっている剣のせいか鬼人の雄たけびは外へと漏れるほどの物では無かった。

男の人差し指からは真っ赤な血が流れていた。爪を剥がしたのだ。

「もう一回聞くわ」

ミサキは再び質問する。テツヤは男の爪に指をあてる。

「村長と祈祷師は何を考えている訳?」

「……だからわからな――」

男は最期まで言葉を言いきることすらできなかった。指の切っ先から反対方向へと引っ張られた爪は薄皮と肉の繊維を強引に引き千切られながらあり得ない方向へと剥かれていく。今まで見た事もないようなその光景に宿っているのは兇悪な暴力性と見た者を不快にさせる残虐性だった。人差し指、中指から流れる血はどこかどす黒く見え、いつも戦闘で見ている血よりもどこかまがまがしい物を感じさせる。

「言っとくけど手加減はしないから」

ミサキの目はすでに覚悟を決めたそれを連想させる者だった。既に一人、鬼人にやられたとはいえ死んでいるのだ。もう後戻りできない所まで来てしまったと言う認識がミサキの中に強くあるのかもしれない。

「私が質問して、あなたが答えなかった場合、その都度一本ずつ指の爪をはがしていく。それでも何も答えなかった場合は左目を潰して、右目もつぶすわ」

ミサキの言葉にテツヤとタケユキもどこかたじろいでいるようでもあった。マコト達は戦闘の訓練は受けているが拷問の訓練は受けていない。それは拷問をする側も、される側もの話しだ。だからこそ、ミサキも含めて精神的に影響を受ける値は大きいのだ。これが一生のトラウマになる可能性だってあるかもしれない。しかしそれを大した物として認識していない彼等にとって、今行っている事はいつもしている事よりも刺激的な物、という認識しかなかったのかもしれない。

「やめてくれ」

男は懇願した。唯一自由になる頭を動かし懸命に頭を垂れながらこう言って来た。

「俺は本当に何も知らないんだ。そもそも考えてみろよ。いくら親衛隊ッて言ったって所詮はただの一護衛にしか過ぎないんだ。重要な情報や知識を持っている奴は皆役場内で重要なポストについてるさ。こんな誰かの弾よけになるような役職にはつかないはずだろ」

「でも少なくともお前等は俺達と立場が違う。特権階級みたいな物だろ。だったら俺達の知らない情報を持ってるんじゃないのか」

「だから――」

男が言葉を発した直後だった。何を言わんとしているのかも分からない状態のまま男は椅子に縛られたまま横に吹き飛びそのまま床に倒れ込んだ。ミサキの蹴りが顔面に入ったためだ。

「無駄口叩いてないでさっさと喋りなよ」

床に倒れたままの男の顔を覗き込むようにして、屈みながら言う。

「別に端折っても良いんだよ? 爪を剥がすのなんていつだって出来るんだし、最初に目、潰してあげよっか」

ナイフを手に持ち鋭く尖った切っ先を男の眼球へと近付ける。男は力一杯瞼を閉じ、顔を動かし刃の存在を否定するがそれも無駄なあがきでしかない。

「タケユキ」

ミサキの声と共にタケユキが男の顔を掴み固定する。そして強引に左目の瞼をこじ開ける。

「とりあえず左目を潰す」

ミサキは何のためらいもなく言った。

「それでも同じ事が言えるんだったら信じてあげる。ただ殺すかどうかは別。私達の言う事を忠実に聞いてくれるんだったらもう片方の目もつぶさずに生かしといてあげるけど」

ミサキの言葉に男の顔はさっと青くなった。顔中に汗が噴き出て口角から泡が出るくらいに叫び始める。

「ちょっと待てって……おかしいって! なんで俺が…………俺は本当に何も知らないんだ! 頼むから信じてくれ! 絶対に嘘なんかついてないから……な!? 頼むよ!」

「信じる為に左目を潰すの。何の確証もなしに人の言っている事を信じられる訳がないでしょう? 私の場合のそれがあなたの左目なの。だから悪いけど左目は諦めて」

「そんな!!」

「動かないで」

ミサキはそう言うと一瞬の躊躇いをナイフの切っ先に、震えに乗せて見せたがそれも本当に一瞬だった。

固定された顔、強引に開かれた瞼、乾ききった瞳にナイフの切っ先がゆっくりと突き刺さり、そしてぐるりと刃を回転させた。

「ああああああああああああああああ!!!!!」

正に断末魔の叫びと言っても良かった。コズエは目と耳を塞ぎ、マコトは顔をしかめてうつむいた。さすがにテツヤとタケユキも表情を曇らせていたが、ミサキは努めて無表情を作りあげようとしていた。自分の心を鬼にさせているかのように。

「どう?」

ミサキは身体を小刻みに震わせていた。声もどこか微妙に上ずっていたが、それでも冷静さだけは保とうと必死なように落ちついた声を出そうと努力をしているようだった。

「まだ分からないって言える?」

男の左目からは大量の血の涙が出ていた。硬く結ばれてしまった瞼の下がどうなっているのかは分からない。知りたくもないマコトは「やめろよ」と言う言葉を絞り出す事も出来ずただ立ちつくしているだけだ。

男は苦痛に顔を歪め、縛られている筈の身体をバタバタと動かし、気が触れたかのように泣き叫びながらもミサキの質問に答えるのだった。

「しらねえよ!!」

そしてそれがミサキにとっての答えとなったのだろう。彼女は男の回答に改めて耳を傾けた後、テツヤに目の止血を命じてからこう言うのだった。

「じゃあやってもらいたい事が有るんだけど」

今更何故そのような口調で物を頼む事が出来るのか、正直な所理解に苦しむ部分はあったが、マコトには何故か理解できる所があった。

マコト自身、自分の愚かさに気付いてはいるのだが、だからといって考えを改める事とが出来ないからこそ、それは愚かと言っても良いのだろう。

マコトはこんな事になっても、非情な残虐さを見せつけるミサキを前にしても、それでもまだ彼女が好きだった。好きで好きでたまらなかった。何故自分がこれほどまでに彼女の事を好きでいられているのか、定かではない。しかしだからこそ、こんな非道な事をしてもなおミサキの気持ちを慮り、彼女に優しさを見いだそうとしている自分に愚かさを覚えるのだった。

「とりあえず私の案、聞いてくれない?」

きっとミサキだって泣いているんだ。

マコトは自分を納得させるかのように、彼女を視界から切り離して目をつぶった。


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