人の為に
「実は、妻が不治の病なんだ。不治と言っても、寝たきりになってしまっているだけで、激しい運動をしたり長時間立ったりしなければ普通に生活は出来るのだが…。著名な医者にも診てもらったが体に病気と思われるものはないらしいし、回復魔法も体力回復以上の効果はなかった。」
少年はその話を聞いて思考を巡らしていた。
治療行為や方法などについては義姉から教わっているので、多少は出来る。
薬草等についても多少の理解はある。
「お譲りするのは、構いません。でも、僕に奥さんを診せてもらえませんか?姉さんに教わったので、少しなら医学的治療もできます。後、母から魔法も学んでいたので、魔力の変化などから病気を推察することができるかもしれません。いかがでしょう?」
青年が凄い勢いで少年の手を掴んだ。
強く握られた手からは、奥さんの事を心配している気持ちがありありと伝わってきた。
「本当かい!?もう、エルフの雫位しか治せそうな物がないんだよ!」
やはりと言うべきか、青年は少年の治療に希望など持っていなかった。
それはそうだろう。いかに良い薬を持っていても、治療の腕となれば経験豊富な医者がいるのだから。
「え、ええ。後、宿を紹介して下さい。」
少年はそんな発言など塵程も気にしてなどいなかった。助かればそれでいいと思っているのだ。
自分がとかそんな事ではない。恩を売りたい訳でもないのだから。
「そんなの!ウチに泊まるといい。結構大きい家だから、貸せる部屋くらいあるからね。それに、ウチの妻を診てくれるのだろう?よし、そうと決まったらすぐに行こう。」
青年は少年に瓶を返して、歩き始めた。
青年は治療を行うという言葉にそれ程の希望を持っていなかったが、魔の森で過ごしてきたこの少年ならば或いはと考えていた。
「そうだ!君の名前は?興奮してしまって、聞くのを忘れていたよ。」
青年がハッと気付いたような大声を上げて、少年の方へと振り返って声をかける。
「僕の名前ですか?名前はエリュクト・プロシオンです。エリュクトは義母が、プロシオンは義姉がつけてくれた名前なんです。」
青年は少しばかり、顔を歪めた。
義理の母と姉と言うことは、実の両親は…と想像したのだ。
「俺はヴィル・ヒューマッハだ。よろしくな。」
ヴィルとエリュクトは言葉を交わしながら草原を歩いて行く。視界には、小さく城壁も見えていた。
「俺には娘がいるんだがよ。それがめんこくてめんこくてなぁ。けども、俺しか働けねぇし、ウチの嫁は安静にしてなきゃなんねぇんだよ。近くのババァも家事を手伝いに来てくれるが、ウチの娘がいつも教わりながらやってんだよ。いい子なんだよ。」
でもな、とヴィルの話は続く。
しかし、エリュクトがウザく感じることはない。
人と話すという行為はエリュクトにとってそれ程経験のある行為ではない。
だからこそ、ヴィルのそんな自慢話も新鮮で美しいモノだと感じていたのだ。
「でもな、いつも一人なんだよ。それが申し訳なくてなぁ…。だけどな!俺が帰ると嬉しそうに駆け寄って来て、ギュッと抱きついて来るんだよ!それが可愛くて可愛くて…。」
ヴィルは、城壁が間近になるまでヴィルの娘の自慢話をしていた。それはそれは、嬉しそうに。