エルフ、森を出る
「母さん、今までお世話になりました。」
フィリスが頭を深々と下げる。
まるで嫁に出るかのような姿に、僕は礼をするかどうか迷ったが、一応僕も頭を下げる。
「僕の力の限り、娘さんをお守りします。」
あらあらと笑うフィリスのお母さん。
「なんだか、娘の結婚前の挨拶みたいねぇ。じゃあ、エリュクト君、娘をよろしくね。」
深々と下げられる頭に僕はなんだか、安心した。
「はい。ここに無事で返します。では、僕は先に里の出口で待っていますね。お二人で話したいコトもあるでしょうし。」
フィリスside
彼が先に行ってしまい、私と母は二人きりになってしまいました。
思えば、母に拾われてから幸せが多かった気がします。
優しい母と姉と暮らす日々は楽しくて楽しくてキラキラと輝く思い出です。
姉はいつも笑いながら剣を振り、私に稽古をつけてくれたりしました。
そして、いつも私の体質を気にして下さいました。
ある日、私は私自身の神力によって体調を崩すようになりました。
それを知った姉は、「治し方を探してくる」と言って旅に出てしまいました。
「フェリスは、貴方の治し方を見つけたのね。帰ってこれないのは、何か理由があるのかしら。」
心配そうに窓の外を見つめる母の寂しそうな言葉。
私まで出て行ってしまえば、母は一人ぼっちになってしまうのだ。
「うん。彼が私の身体を楽にしてくれたの。それにね、彼に唇を奪われてしまったのよ。姉の命令みたいだけど、それでも姉は私達の風習を知っていたわ。それなのにさせるということは、結婚するコトになっても大丈夫だろう、というコトでしょ?」
彼の呪歌は優しかった。
あの歌の詩は姉が作ったと言っていた。
ならば、あの歌はきっと姉が彼に向けた思いなのだと思う。
「そうね。ついでに、もう一人の娘、フェリスに伝言をお願いしていいかしら?」
夫が死に、長女が旅立ち、今度は最後の娘も旅立とうとしている。
それでも、母は笑っていた。
強い人だと思う。
「はい。構いません。」
私を守ってくれた人だ。
私と共にいてくれた人だ。
「そろそろ一回、帰ってきなさいって。たまに帰ってきてくれないと、私が毎年作っている梅の漬物がなくならないのよ。」
姉さんの好物だった。
甘酸っぱく漬けられた梅は、どこか優しい母の味がする。
「わかりました。今度は連れて帰ってきます。私が迎えに行く番ですから。」
姉が何度は私を迎えに来てくれただろうか?
今度は私が迎えに行くのだ。
そして、また三人でお茶でも飲みたい。
好きな人の話でもできたら、更に嬉しい。
「うふふ。よろしくね。フィリス、大丈夫だとは思うけれど、身体に気をつけるのよ。キチンと好き嫌いせずにご飯を食べるのよ。キツくなったら帰ってきなさい。いつでも、待っているから。」
そっと、母が私を抱き締める。
「はい。お母さん。」
私の瞳を温かい何かが濡らす。
母の衣服にも染みていくが、母は気にせず私の頭を撫でていた。
少しばかり時間が経ち、泣きやん…、瞳が乾いた私は母から離れた。
少し、時間が経ち過ぎてしまった。
エリュクトは待っているだろうか。
「では、母さん、行ってきます。」
笑った、母の顔は印象的だった。
「ええ。いってらっしゃい。」
母の瞳にも輝くものがあった気がするが、気にはしない。
私は里の出口へと歩いた。
すると、所々にエルフ達が倒れていた。
進めば進む程に増えていき、最終的に沢山のエルフが倒れた真ん中にエリュクトが立っていた。
「エリュクト、これはいったい…。」
エリュクトは笑う。
「何も。気にしなくていいよ。少し、遊んでくれたんだ。もう、いいの?」
母とのコトを気にかけてくれたのだろう。
「はい。行きましょう。」
エリュクトが私に歩み寄り、そっと横抱きに私を抱く。
これは所謂、お姫様抱っこなるものではないだろうか。
「じゃあ、急ぐから、ごめんね。激しく動くけど気をつけてね。」
瞬間、視界がブレた。
いつの間にか、森の上を走っているエリュクト。
何度も何度も景色がブレる。
私でも追いきれないようだ。
「少しマズイ。ここら辺で一回下ろすから、隠れてて。」
そっと私を地面に降ろしたエリュクトが、視界からブレるといなくなっていた。
数分して戻ってきたエリュクトに、変化は見受けられなかった。
「何かあったのですか?」
ヒラヒラと手を振るエリュクト。
否定しているようだ。
「少し、仲間のところに元気な人達が来ていたから、挨拶してきたんだ。」
笑うエリュクト。
固まる私。
手を引くエリュクト。
ただただ足を動かす私。
仲間に向かって手を振るエリュクト。
なおも、固まる私。
エリュクトは、本当に強いのかもしれない。




