出会い
森を闇が消え、空が白みはじめた頃、少年は目を覚ました。
その頃には、添い寝していた魔獣もその場を後にしており、少年はなんでも無いように、体に着いた草を払い、荷を背負い直す。
「曇ってるな。2時間位で雨が降るかな。できれば、それまでに森を出れればいいんだけど。」
少年は呟くように言った。
そそくさと歩き始めた少年の背には疲れは無いように見えた。
少年が一時間程歩いた所で森が開け、広い草原が広がっていた。ぽつんぽつんと木が数本生えているだけで、他には小さな何かが動いてるだけだった。
ふと、人がコチラに来ているのに気付いた。
「君、大丈夫かい!?今、森から出てきたが、冒険者かなにかかい?」
向こうから少年に気付いたであろう青年が小走りで駆け寄って少年に声をかける。
少年にとっては、あまり話したことのない人という種族の青年であった。
「え、いえ。暫く森に住んでたんですけど、外の世界が見たくて出てきたんです。」
その言葉を聞いた青年は口を惚けているかの如く開いていた。少年には青年が何に驚いているのかさっぱりわからなかった。
それから、青年はぶんぶんと頭を左右に振り少年に声をかける。
その姿に少年は更に青年がわからなくなる。
「え、えーっと、森に住んでいたのかい?」
青年の声音は優しかった。
小さな子供に話しかけるように少年へと声をかける。
それもそのはずだろう、少年は8歳程度の子供であったのだから。
「はい。森の中でママと姉さんと一緒に住んでいたんです。でも、姉さんが外を見てきた方がいいって、言ったので、出て来たんです。」
少年の淀みのない返答に嘘ではないと勘付いた青年は、大きなため息をついた。そのため息にはどのような意味が込められているのか、少年にはわからなかった。
「そうなのか…。だが、これからどうするんだ?流石に、無計画で出てきたわけではないんだろ?」
その言葉に、少年は自分が何も考えずに外に出て来ていた事に気付いた。また、最愛の義姉からこれを使いなさいと受け取った物を思い出す。
その時の義姉の言葉も共に思い出していた。
「えっ…と、とりあえず、売れそうな物は姉さんから貰って来ました。姉さんの手作りらしいんですけど、これって、売れますかね?」
そう言って、少年はおもむろに呪文を唱える。
青年は少しギョッとした目で少年を見たが、すぐに思い返した。少年は魔の森の中で生活していたというのだ。魔法くらい使えても当たり前のはずだ…と。
そしてふと気付く、少年の立ち姿に隙がないことに。
「我、異界の空間にて保存せし、我が持ち物を望む。」
そうすると、いつの間にか、少年の手には小さな瓶が握られていた。
それは空間魔法と呼ばれる魔法で、これだけで荷物持ちとして重宝されること間違いなしの魔法だった。
少年に瓶を手渡された青年は恐る恐る瓶を見る。
そっと太陽に透かして見れば、黄金色に輝いており、大きな魔力が内包されている事に青年ですら気付いた。
「これ…は、もしかして!エルフの雫…か?」
エルフの雫、といってもエルフの嘔吐物というわけではなく、有名な薬の様なものである。飲めばたちまちにいかなる傷をも治し、体からは魔力が溢れ出すという薬である。
しかもそれは、エルフの中でもハイエルフしか作れず、作るのに年単位で時間がかかる、かけてよし、飲んでよしの最強の回復アイテムである。
「はい。そこそこの値段で売れると言われました。」
そこそこどころではない。
それこそ、城を買える程の大金を積んだって欲しがる奴はいるくらい、高値で取引されているのだ。
一滴飲めば、魔力は全て回復し、治らないとまで言われた病気すら治すと言うのだ。
「頼みがある。」
青年は手の内にある瓶を大事に握り締め、少年に真剣そうな声音で言った。
これがあれば、もしかするとと青年は思った。
「これを、俺に譲ってくれないか?金なら払う。だけど、俺にはこれの一般的に取引されている金額は一生掛かっても払えない。それでも、頼む。なんだってするから、譲ってくれ!」
青年の必死さに少年はビクリと体を強張らせた。
「理由を教えていただけませんか?そして、お譲りするべき理由ならば、お譲りします。」
少年も真剣な目で青年を見つめた。
少年にとって大切な物ではあるが、譲渡出来ない物という訳ではない。
それでも、大切な物には変わりはないのだ。
だからこそ、青年の必死さに話を聞く価値を見出した。