エピソード②
付き合って2年。私は30歳、彼は32歳。お互い結婚を意識していたし、年齢的にも"そろそろかな"という気持ちがあって、思い切って同棲を始めることにした。
新しい部屋を一緒に探して、家賃や間取り、駅までの距離をあれこれ相談して、ようやく見つけた2LDKのマンション。物件を見に行ったときは、二人で「ここにテレビ置いて、ここにソファ置いて…」なんて、まるで夢のような会話をしていた。引っ越し初日の夜は、ダンボールだらけの部屋でピザをつまみながら乾杯した。
「なんか、いよいよって感じだね」
「うん、楽しみだね」
そうやって笑い合ったときは、私の中で"幸せの未来予想図"が膨らんでいた。週末は一緒にIKEAやニトリを巡って、家具や家電を選びながらワクワクした。カーテンの色を決めるだけで1時間以上かかって、「もう、どっちでもいいよ!」って笑いながら言う彼の顔も、大好きだった。棚を組み立てるときに説明書を読み間違えて二人で大笑いしたこと。キッチンでぶつかりながらも一緒に夕食を作った最初の週末。どれも宝物みたいな思い出だった。
このまま、毎日一緒に暮らして、少しずつ"家族"になっていくのかな──そう思っていた、はずだった。
でも、同棲を始めて2ヶ月が経った頃。私は、ふとしたときに「これって、私が思っていたのと違うかも」と感じるようになった。
最初の頃は「おかえり」と帰宅した彼が、抱きしめてくれたり「今日はどうだった?」と聞いてくれたりしていたのに、いつからか淡々とした挨拶だけになっていた。一緒に過ごす時間も、質が変わってきたように思う。平日の夜、彼が帰ってくるのは20時すぎ。玄関の鍵が開く音に「おかえり」と声をかけると、「ただいま」と返ってくる。それっきり。ソファに座ってスマホをいじり始めた彼に、「今日、仕事でさ……すごく理不尽なことがあって」と話しかけると、目を合わせずに「そっか、大変だったね」ってひとこと。時には、話の途中でスマホの画面に目を落とし始めることさえある。あれ? もうちょっと聞いてくれないの? 私が泣きそうな顔してるのに、全然気づかないの? なんだか"話を流されてる"ような気がして、胸がモヤモヤした。彼とのLINEも、付き合っていた頃は「今何してる?」「今日はこんなことがあったよ」とちょっとしたことでもメッセージが来ていたのに、今ではほとんどが「今日は遅くなる」「夕飯いらない」といった事務連絡ばかり。恋人というより、本当にルームシェアをしている他人同士みたいだった。
週末だってそう。付き合ってた頃は、土曜日の朝からどこに行く? 何食べる?って一緒に計画してくれてたのに、最近は昼近くまでベッドでゴロゴロ。起きたかと思えば「昼メシどうする?」って聞いてくるだけ。「私、パスタ作ろうかな」って言っても、「なんでもいいよ」って反応。本当に何でもいいのかもしれないけど、その"関心のなさ"が、私には悲しかった。
一度思い切って、「休日に何か一緒にしたいことない?」と聞いてみた。するとポケっとした顔で「う〜ん、特に……」と言いながら、またスマホに視線を戻す彼。そのとき感じた虚しさは、言葉にできないほどだった。
キッチンに立って料理していると、彼はスマホを見ながらリビングでのんびりしていて、声をかけても「うん、ありがとね」って。手伝ってくれるわけじゃない。でも、文句も言わない。彼の中では「彼女が料理をして、俺は待つ」という構図が当たり前になっているようだった。その無関心そうな態度が、逆に寂しさを加速させていった。
体を触れ合うことも、確実に減っていった。帰宅したとき、寝る前、起きたとき……付き合ってた頃にあったスキンシップが、いつからか自然消滅していた。顔を見て話すことさえ、少なくなっている気がする。
以前は、少し髪を切っただけでも「雰囲気変わったね」と気づいてくれたのに。今は新しいトップスを着ても、化粧が崩れてても、彼の表情は変わらない。「これが"自然体の関係"ってことなのかな」と自分に言い聞かせても、胸の奥で「これでいいの?」という声が消えなかった。
ある夜、リビングのソファで並んで座りながら、それぞれが別々の世界に入っている状況に耐えられなくなった。何気なく彼の方を見ると、画面を見つめる横顔は確かに好きなのに、その距離感が妙に遠く感じられた。「ねえ、あなたって今、幸せ?」と聞いてみたくなった。でも言えなかった。「何言ってんの?」って不思議そうな顔をされるのが怖かったから。
私たち、もう恋人じゃなくて、ただの"ルームメイト"なんじゃないか。なんとなく同じ部屋で寝て、なんとなく同じ食卓を囲んで、でも"心はすれ違っている"気がする。最初は、あんなに楽しかったのに──どこで、どうして、こんなに変わってしまったんだろう?
互いの生活リズムや習慣も少しずつ摩擦を生み始めていた。彼は風呂上がりのタオルをベッドに放り投げる癖があり、私は毎回それを干しに行く。私が朝シャワーを浴びて支度をしている間、彼は二度寝をする。少しずつ見えてきた"素"の部分に、「この先ずっとこれでいいの?」という不安が膨らんでいく。
最初に思い描いた「二人で一緒に作る生活」とは、どこか違ってきてる。待ち望んだ同棲だったのに、どこか胸に穴が空いたような虚しさを感じている自分がいた。




