第6話『放火の予兆と、恋の副作用』
新章前に単話を挟みます。
『――警告。殺人予告、あるいはストーカーによる犯行声明です』
放課後の図書室。
返却された本の山を片付けていた僕に向かって、パピエが氷のような声で告げた。
「……えっ」
僕の手には、たった今ブックポストから回収したばかりの『初級火炎魔法の基礎』がある。
パピエが問題視しているのは、そのページに挟まれていた一枚の手紙だ。
ピンク色の封筒に入っており、甘い香水の匂いがする。
「ロジ、これのどこが犯行声明なの? どう見ても……」
『テキスト解析を実行。内容を読み上げます』
パピエは触角で手紙をなぞり、ロジが抑揚のない声で読み上げた。
『……あなたのことを、ずっと遠くから見ていました。夜も眠れないほど、胸が苦しいのです。あなたが他の誰かと話しているのを見ると、私の心は炎のように焼かれるのです……』
パピエは翅をパタリと閉じた。
『解析結果。差出人は「心筋炎」を患っており、精神状態は極めて不安定。後半の記述は「放火の示唆」と推測されます。対象者に対する怨恨、および物理的排除を計画している危険人物です』
「……違うよロジ。それは比喩だ」
僕は封筒を丁寧に閉じた。
「これは『ラブレター』だよ。誰かが、好きな人に想いを伝えたくて挟んだんだ」
『ラブレター……? 求愛行動ですか? 非効率です。生殖活動の申し込みを、なぜ放火予告のような難解な暗号で隠蔽するのですか』
「それを風情と言うんだよ」
やれやれ、と僕は苦笑する。
さて、問題は「誰が」「誰に」宛てたものか、だ。
放置するわけにもいかないし、持ち主に返してあげないと。
『筆跡鑑定により、差出人を特定しました。……3年B組、騎士科の男子生徒「ヴォルグ・アッシュ」です』
「あれ? 特定できたんだ」
『以前マスターより魔力供給いただいた「図書室備品破損に関する始末書」において、特徴の一致する筆跡があり特定が容易でした』
「そういえば、雑にあげちゃったご飯の中にあったかも……? それにしても差出人がヴォルグ先輩か……意外だね。てっきりこの本を前に借りていた人が、送ろうとした手紙を誤って本に挟んだまま返却したのかと思っていたよ。そうすると逆に、この本の以前の借主が、受け取った手紙を誤って本に挟んだままだったのかな?」
ロジはこの本を最後に借りていた「受取人(推定)」のデータを読み上げた。
『貸出履歴を参照。直近の借主は、1年A組、総合魔導科の男子生徒「マイク・スミス」。……分析終了。差出人はマイク氏に対し、歪んだ同性愛感情、または激しい殺意を抱いていると推測されます』
「……うーん。なんか、しっくり来ないな。……って、同性愛なんて言葉、よく知っていたね」
『私は同性愛感情にも一定の理解があります』
( *´꒳`* )b
閑話休題。
僕は手元の手紙に思考を戻し、首をかしげた。
差出人と、そのマイク君。接点があるようには思えない。
だが、まずは差出人に会いに行ってみよう。
「一先ず、図書当番が終わったら、ヴォルグ先輩を探してみようか。有名な人だし、使い魔も目立つから多分すぐ見つかるよ」
***
「……あ? 俺になんか用かよ、図書委員」
(おや? 僕のこと知っているんだ。……って、そんなことより……こ、怖い)
校舎裏の空き地。
僕たちを見下ろしているのは、騎士科3年のヴォルグ先輩だった。
身長2メートル近い巨漢。
顔には古傷があり、鋭い眼光は完全にカタギではない。
彼の背後には、同じくらい凶悪な顔つきの使い魔――飛竜が、溶岩のように赤い涎を垂らし、シュルシュルと舌を出して威嚇している。
『警告。対象の威嚇行為を確認。即時撤退を推奨』
ロジの声が響き、僕の肩でパピエが翅を逆立てる。
ロジの計算通りなら、この狂犬が、華奢な1年生のマイク君にラブレター(または殺人予告)を送ったことになる。
……確かに、絵面としては「脅迫」の方がしっくり来る。
心臓が早鐘を打つ。
帰りたい。
今すぐ回れ右をして逃げ出したい。
でも、大切なものを預かってしまった手前、勝手に捨てるわけにはいかない。
僕は震える膝を抑え、一歩前に出た。
「あの、ヴォルグ先輩。本に忘れ物が……」
僕が勇気を出してピンク色の封筒を差し出した、その瞬間だった。
「――ッ!?」
ヴォルグ先輩の表情が凍りついた。
古傷のある顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤になる。
「て、てめぇ……! なんでそれを『お前』が持ってんだよ!?」
「え? 返却された本に挟まっていて……」
「ふざけんな! 今日は……今日は……ッ!」
(今日は? ……あ、なるほど、それなら僕が図書委員だと知っていたことにも納得だ)
ヴォルグ先輩は言葉を詰まらせ、ワナワナと震え出した。
すると、背後のワイバーンに異変が起きた。
「キュ……キュウゥ……」
さっきまでの殺気はどこへやら。
巨大な飛竜は、まるで恋する乙女のように頬(鱗)を赤らめ、太い尻尾を内股に挟み、両翼で顔を覆ってモジモジと体をくねらせ始めたのだ。
『……理解不能です』
ロジが混乱した声を上げる。
『対象の音声情報と、使い魔の行動に98%の乖離があります。なぜ彼は、「好き」と言わずに威嚇行動をとっているのですか?』
「ちっ、見られたか……!」
ヴォルグ先輩はバツが悪そうに顔を背けた。
彼は僕の手から乱暴に(でも手紙が折れないように慎重に)封筒をひったくると、捨て台詞を吐いた。
「忘れろ! いいな、誰かに喋ったら燃やすぞ!」
言うが早いか、彼は逃げるように走り去っていった。
その後ろを、ワイバーンが「キャッキャッ」とスキップするように追いかけていく。
***
嵐が去った後の帰り道。
僕は大きくため息をついた。
心臓がまだ少しバクバクしているが、彼の態度を見て状況が分かった。
『マスター。状況の整理を求めます』
ロジが問いかけてきた。
『あの手紙は、やはりラブレターと定義すべきです。しかし、論理的矛盾が残ります。貸出履歴によれば、受取人はマイク氏のはず。なぜヴォルグ先輩は、マスターが手紙を持っていたことに動揺したのですか?』
「それはね、ヴォルグ先輩が手紙を渡したかった相手が、マイク君じゃないからだよ」
僕はポケットから一枚の紙を取り出し、パピエに見せた。
それは、『図書委員シフト表』だ。
「ロジ、今日の図書当番、本当は誰だったと思う?」
『シフト表を参照……「3年B組・ミリア」と記述されています』
「そう。でも、そこが赤線で消されて『ノア(交代)』になってるだろう? ミリア先輩に急用ができて、今朝、急遽僕が代わりに出ることになったんだ」
『……成る程。情報が更新されていませんでした』
パピエも納得したように翅を揺らす。
ミリア先輩、温室の月下美人が咲きそうだからって、飛んで行っちゃったからね。
「ヴォルグ先輩は『借りていた本』に手紙を挟んだんじゃない。『これから返却する本』に挟んだんだ」
僕は謎解きをして聞かせる。
「先輩は、当番のミリア先輩がカウンターで返却処理をすると思い、ブックポストの本にラブレターを入れた。……彼女が本を開き、手紙を見つけてくれることを期待してね」
いわば、本を「特定の相手にだけ届く郵便ポスト」として利用したトリックだ。
ヴォルグ先輩は、ミリア先輩がシフトを代わったことを知らずに、作戦を決行してしまった。
だから、僕が手紙を持っていた時、「なんで(ミリアじゃなくて)お前なんだよ!」と動揺したのだ。
『……理解しました。愛の定義に、「不確定要素によるリスクの見落とし」および「作戦遂行の非合理性」を追加します』
ロジの声には、呆れと、ほんの少しの学習の成果が混じっていた。
『しかしマスター。なぜ人間は、直接好きと言語化しないのですか? その方が伝達エラーのリスクも低減できます』
「そうだね。でも、リスクがあると分かっていても、遠回しな方法を選んでしまう。……それが臆病という名の、恋の副作用なんだよ」
好きと言えば伝わるのに、怖くて言えない。
胸が苦しいのに、相手を睨んでしまう。
そんな矛盾だらけの計算式こそが、心の正体なのだ。
「今はもう図書当番は2人体制から1人体制になっていて、現に今日僕が手紙に気づいたから、本来であればミリア先輩が気づいていたという可能性は高いよ。それに、もし気づかれなかったとしても、後で回収すればいいだけだしね。……でも、悪いことしちゃったな」
僕は夕焼けに染まる空を見上げた。
きっと今頃、ヴォルグ先輩は寮の部屋で、ワイバーンと一緒に枕に顔を埋めて悶えているに違いない。
あの強面で、そんな可愛い作戦を立てていたなんて。
「……明日、ヴォルグ先輩が図書室に来たら、ミリア先輩の好きな植物図鑑でも、こっそり教えてあげようかな」
『……推奨します。マスターの恋愛偏差値向上も、急務であると推測されます』
「うるさいな」
( *´ω`*)
パピエがからかうように光り、僕たちは笑いながら家路についた。
少しずつだけど、彼女の「白紙」には、辞書には載っていない言葉の意味が書き込まれているようだ。
それが愛と呼ばれるものになるまで、あと何ページかかるだろうか。
少し湿度を帯び始めた風を感じながら、僕は明日も彼女に本を読もうと思った。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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明日の19時も、図書室でお待ちしております。




