おまけ:その5『休日と遺跡と、黄金の貯金箱』
こちらはIFストーリーです。
ミステリー要素はなく、本編と関係がないことにご注意ください。
吐く息が白く染まる、冬の休日。
空からは綿毛のような雪がチラチラと舞い落ち、街路樹は薄化粧をしたように白く染まっていた。
寮の自室にて。僕は魔導コンロのスイッチを捻り、小さな青い炎にやかんをかけた。
シュン、シュン……と、湯気が立つ静かな音が心地よい。
「今日は最高の読書日和だね、パピエ」
『肯定します。外気温はここ数日で最も寒いです。ココアの糖分と温熱効果が、マスターの思考効率を最大化させるでしょう』
机の上ではパピエが翅を広げ、暖房の温風を浴びてとろけている。
( * ¯ ꒳¯*) ♨️
こんな日は、暖炉の効いた部屋で、熱いココアでも飲みながら読書に耽るのが、魔導士として……いや、文化的な人間として正しい休日の過ごし方だと思う。
――バンッ!!
「――よぉノア! 天気がいいな! 遊びに行こうぜ!」
そんな僕のささやかな願いは、ドカドカと寮の部屋に押し入ってきた筋肉の塊――ライアンによって粉砕された。
「……ライアン。君の目はどうなっているんだい? 外は雪だよ。3℃だ」
「だからこそだろ! 寒ぃ時こそ体を動かして、自家発電で熱くなる! これぞ騎士の健康法だ!」
ライアンは問答無用で僕の首根っこを掴み、さらに防寒具となぜか『探検家っぽい帽子』を無理やり被せてきた。
抵抗する間もなく、僕は冬空の下へと連行されたのだった。
***
連れてこられたのは、街外れに新しくできたレジャー施設『古代遺跡アドベンチャーパーク』だった。
「見ろよノア! この聳え立つ石柱! 冒険の匂いがプンプンするぜ!」
ライアンは目を輝かせて、巨大な神殿風のゲートを指差した。
確かに見た目は壮大だ。古代ルーン文字らしき彫刻も施されている。
……けれど。
「……ライアン。あれ、よく見てごらん。石じゃないよ」
僕は冷静に分析する。
「表面の質感こそ古代石に似せているけど、あれは錬金術で生成された『軽量強化樹脂』だ。叩けば軽い音がするはずだよ。……あ、あそこのルーン文字、間違ってる。文章的に予想すると勇気(Brave)だけど、墓(Grave)になってるよ」
「勇気を以て挑戦するんじゃなくて、自分の墓標を持って墓を建てに行けってか! いっそ不気味でいいじゃねぇか! 大事なのは雰囲気だ、雰囲気!」
ライアンは豪快に笑い飛ばし、僕の背中をバンと叩いた。
「今日は頭じゃなくて体を動かすんだ! ほら、行くぞ!」
***
コースに入ると、そこは予想以上に本格的な「脱出ゲーム」仕様になっていた。
最初の難関は『巨人の門』だ。
通路を塞ぐ巨大な石の扉には取手がなく、横に巨大な回転ハンドルが、そして壁には複雑な配色のパネルが設置されている。
「ん? なんだこれ。回せば開くのか?」
ライアンがハンドルに手をかけ、唸り声を上げる。
「ぬんっ! ……ぐぬぬ、重ぇ! 一応回せるけど、扉は一向に開かねぇぞ!」
騎士科の怪力を持つライアンが顔を真っ赤にしても、扉は錆びついたように動かない。
「力任せだけじゃ駄目みたいだ、ライアン。壁のパネルを見て」
僕は壁の記述を読み解いた。
「『巨人の力と、賢者の知恵を同時に捧げよ』……。多分、このハンドルを回している間だけ壁のパネルの魔力回路が接続され、パズルが浮き出る仕組みだ。一人が回して、もう一人がその隙にパズルを解くんだよ」
「なるほどな! つまり俺が回し続けてりゃいいんだな! よっしゃあ!」
ライアンが再びハンドルを握る。
彼の足元から、使い魔のヘラクレスオオカブトのヘラが飛び立ち、ライアンの腕に止まった。
「お! お前も一緒にやってくれるか!」
ヘラの角が光り、身体強化の魔法がライアンの腕に宿る。
「うぉおおおっ! 開けゴマぁぁぁッ!」
ギギギギ……ッ!
ライアンとヘラの合体パワーで、巨大なハンドルが悲鳴を上げて回り始めた。
連動して、壁のパネルが光り出す。
「今だ! ノア、頼む!」
「任せて!」
僕はパネルの前に飛び込んだ。
そこには1から20までの古代数字が刻まれたパネルが並んでいる。
赤、青、緑……一見、不規則に点滅する光の配列。これは古代の魔導ロックの一種だ。
……
……ピカッ。
……ピカッ。
……ピカッ、ピカッ。
……ピカッ、ピカッ、ピカッ。
……ピカッ、ピカッ、ピカッ、ピカッ、ピカッ。
法則性は……フィボナッチ数列か。
『マスター、右上の緑、中央の赤、その下の青の順です』
ロジが解析し、パピエがひらひらと飛び、正解のボタンの上で鱗粉を光らせて案内してくれた。
「よし、これだ!」
僕がパズルを解き終えた瞬間、ガコン! と重い音がして、目の前の石扉がゆっくりと開き始めた。
「っしゃあ! さすがノアだ!」
「ライアンこそ、よくあの重さを維持できたね」
僕たちはハイタッチ(僕は手が痛かったけど)を交わし、先へと進んだ。
***
次なる難関は『嘆きの吊り橋』だった。
下には底が見えない霧(ドライアイスか何かの演出だろう)が立ち込めており、足場は不安定に揺れる丸太のみ。
しかも、隣の橋の挑戦者を盗み見れば、所々の丸太には「踏むと崩れる」罠が仕掛けられているらしい。
「へっ、こんなの勢いで行けばいいんだよ!」
ライアンが足を踏み出そうとするが、僕は慌てて止めた。
「待って! 入り口の石碑を読んで」
橋の袂には、古びた石碑があり、こう刻まれていた。
『臆病者は下を向く。勇者は前を向く。だが、賢者は"太陽"の在り処を知る者なり』
「太陽……? こんな曇り空でか?」
「空じゃないよ、足元だ」
僕は目を凝らす。丸太の断面には、微かに焼き印のような模様があった。
ほとんどは「雨雲」や「月」のマークだが、ごく一部に「太陽」のマークが混ざっている。
「……なるほど。きっと『太陽』の印がある丸太だけが固定されているんだ」
『解析開始。……安全なルートを算出します』
ロジの声と共に安全な丸太が青く光で示された。
パピエが先行して飛び、安全な足場に止まって羽を休める。
「パピエの止まった場所だけを踏んで! それ以外はダミーだ!」
「おう、分かった! 道案内頼むぜ!」
ライアンは僕の指示を疑いもせず、軽快に飛び移っていく。
僕も恐る恐る続くが、運動神経の差はいかんともし難い。
中盤に差し掛かった時、僕が足を滑らせた。
「うわっ!?」
体が宙に浮く。
下は安全ネットがあるとはいえ、落ちればまた始めからだ。
「っと、危ねぇ!」
ガシッ。
強い力で腕を引かれた。
ライアンが、丸太に足を絡めて逆さまになりながら、僕の手を掴んでいたのだ。
「よそ見すんなよ、ノア!」
「あ、ありがとう……!」
ライアンはニカッと笑い、片手一本で僕を軽々と引き上げた。
ヘラも「しっかりしろよ」と言いたげに僕の頭を小突く。
悔しいけれど、やっぱり頼りになる。
***
そして辿り着いた最深部、『黄金の間』。
そこには、台座に鎮座する眩いばかりの『黄金の像』があった。
「ゴールだ! お宝発見!」
ライアンが歓声を上げて駆け寄り、像を持ち上げた。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
「この終盤でこの音は……」
地響きのような重低音(の音響)と共に、天井の一部が開き、巨大な球体が落下してきた。
「――やっぱりーっ!!」
僕は悲鳴を上げた。
遺跡探検のお約束、巨大岩石の追跡劇だ。
その弾性から、おそらく素材が「錬金発泡ゴム」だと分かっていても、直径3メートルの物体が迫ってくる迫力は生きた心地がしない。
「うひょーっ! マジかよ、すげぇ迫力だ!!」
ライアンは嬉々として像を小脇に抱え、走り出した。
僕も慌てて後を追うが、道中で酷使した体と思考労働の疲れで足が回らない。
「はぁ、はぁ……! 待って、速いよ!」
「急げノア! 扉が閉まるぞ!」
出口の石扉が、轟音と共に徐々に降りてきている。
岩はすぐ後ろまで迫っている。
目算上、僕の速度では間に合わない――!
「くそっ、手ぇ出せ!」
ライアンが引き返し、僕の腕を強引に掴んだ。
「うわっ!?」
「行くぞオラァッ!」
ライアンは僕を横抱きに担ぎ上げると、爆発的な加速を見せた。
ヘラも羽を広げ、後方へ風を送って加速をアシストする。
閉まりかける扉の隙間へ、僕たちは文字通りヘッドスライディングで突っ込んだ。
ドォォォォン!!
背後で扉が閉まり、岩が「ボヨン」と、音響とは対照的に間抜けな音を立てて衝突するのが聞こえた。
***
ゴール地点の芝生の上。
僕たちは泥と雪にまみれて、大の字になって空を見上げていた。
心臓が早鐘を打っている。
冷たい冬の空気が、火照った肺に心地よい。
「っはー! 死ぬかと思ったぜ!」
ライアンが満面の笑みで叫ぶ。
「……発泡ゴムだと分かっていても、臨場感ですごく焦ったよ。……ライアン、ありがとうね」
僕はぜぇぜぇと息を整えながら、体を起こした。
そして、ライアンが命がけで持ち出した「お宝」に目を向ける。
「……で、そのお宝はなんだったの?」
ライアンの手にある黄金の像。
よく見れば、それはデフォルメされた豚のデザインで、背中には硬貨を入れるスリットがあり、底にはゴムの蓋がついていた。
「……『金メッキの豚貯金箱』かよ!」
ライアンが腹を抱えて笑い出した。
「ハハハ! 傑作だな! あんなに必死こいて走って、豚かよ!」
「……これのために、僕たちは一生懸命だったのか……」
僕もつられて、乾いた笑いが漏れた。
馬鹿馬鹿しい。けれど、不思議と悪い気分じゃない。
「やるよ、ノア」
ライアンが、その豚を僕に放り投げてきた。
「今日の『生還記念』だ。勲章はお前に預けるぜ」
「え、いいの? 君が持ち出したのに」
「俺は、お前と最高のスリルを味わえただけで十分だからな!」
ライアンはニッと笑い、雪を払って立ち上がった。
***
帰り道。
パークの出口にある自動販売機で、温かい果実水を買って喉を潤した。
僕は鞄に入れた、妙に愛嬌のある顔をした豚の貯金箱の重みを感じながら、隣を歩く友人に声をかけた。
「……ライアン。次は、博物館にしてよね」
僕の言葉に、ライアンは飲み干した缶をゴミ箱に投げ入れながら、即答した。
「おう! 次は『ジャングル・サバイバル・パーク』だな!」
「……人の話を聞いてないな、君は」
全く噛み合わない会話。
けれど、僕たちはどちらともなく笑い声を上げ、白く染まり始めた家路を並んで歩いた。
パピエが僕の肩で、楽しそうに翅を揺らしていた。
まあ、たまにはこんな騒がしい休日も、悪くないかもしれない。
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