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おまけ:その4『影の英雄たちの夕暮れ』

こちらはIFストーリーです。

ミステリー要素はなく、本編と関係がないことにご注意ください。


第16話後の裏話のようなおまけ話です。

 連日の夏祭りが終わった、放課後の2年A組。

 茜色の夕日が差し込む教室は、祭りの余韻とも言える微かな魔力の粒子と、心地よい静寂に満たされていた。


 机を不規則に並べた島の上では、今日の立役者たちが泥のように眠っている。

 「怪物役」を演じきったライアンは、机を三つほど占領して豪快に大の字になり、リナはパイプ椅子に座ったまま、机に突っ伏して寝息を立てている。

 そして、総監督を務めたノアもまた、壁際で本を抱えたまま、カクンと船を漕いでいた。


 人間たちの意識が夢の世界へと沈んだ頃。

 彼らの影の中から、小さな「英雄たち」がそっと顔を出した。

 彼らが人には届かない鳴き声を発する。


《……ふぅ。リナったら、完全に電池切れね。ま、あれだけ走り回れば当然かしら》


 リナの頭から降り立ったのは、バレーボール大のアメジスト色のタランチュラ、モコだ。

 彼女は器用に足を使い、主人の乱れた前髪を優しく整えてやる。


《俺の相棒もだ。……全筋肉を使い果たして気絶している》


 ライアンの足元から這い上ってきたのは、重厚な甲羅を持つ巨大なヘラクレスオオカブト、ヘラだ。

 彼は主人の胸板の上で、凝り固まった自分の角をコキコキと鳴らしてストレッチを始めた。


『マスターの活力も枯渇しています。現在は強制停止中ですね』


 ノアの肩には、羽を休めているサファイア色の蝶パピエがおり、その論理人格のロジが涼やかな声を上げる。

 さらに、教室の隅からは、2年A組のクラスメイトの使い魔である、ひんやりとした冷気を纏う「霜のサラマンダー」のユキや、音もなく羽ばたく「ビロード蛾」のサイレンも集まってきた。


 彼らは机の中央に残されていた差し入れのクッキーを囲み、誰からともなく小さな慰労会を始めた。


《それにしても、大成功だったな》


 ヘラがクッキーの欠片を角で器用に砕きながら、満足げに唸る。


《ええ。観客の反応、最高だったわね》


 モコが同意する。

 そこから始まったのは、それぞれの「仕事」への誇りを語り合う、可愛らしいマウント合戦だった。


《でも、やっぱり私の『糸』がなければ成立しなかったわよ? あの迷宮の『閉塞感』と『闇』……。教室を異界に変えたのは、間違いなく私の空間設計の力だわ》


 モコが自慢げに紫色の糸を空中に張って見せる。

 すると、ヘラが「待った」をかけた。


《いやいや、一番の功労者は俺の『筋力』だろ! ライアンが演じた怪物の、あのフワリと浮くような不気味な動きや、人間離れした跳躍……。あれは魔法じゃない。俺が背後からワイヤーで吊り上げ、物理的に支えていたからこそだ!》


 ヘラは自慢の角を振り上げる。

 あの巨体のライアンが重力を無視して動けたのは、この小さなカブトムシの超怪力によるアシストがあってこそだったのだ。


《……それだけじゃないわ。私の『冷却』を忘れないでほしいものね》


 気だるげな声で割り込んだのは、霜のサラマンダーのユキだ。

 彼女の体からは、常に白い冷気が漂っている。


《観客が『ヒヤッとした』って言ってたでしょう? あれは演出だけじゃないの。私が室温を常に18℃に保っていたからよ。……暑苦しいライアンの熱気を冷ますの、本当に大変だったんだから》


 ……パタパタ


 ビロード蛾のサイレンも、同意するように大きく羽ばたいた。

 彼の鱗粉は音を吸い込む性質がある。

 あの廊下の喧騒を遮断し、完全な静寂を作り出せたのは彼のおかげだ。


『肯定します。物理、環境、空間……全てのレイヤーが完璧に機能していました』


 ロジが冷静に評し、パピエが胸を張る。


( *¯ ꒳¯*)✨


『その上で、最後の星空が決定打となりました。我々の演出こそが、物語を完成させたのです』


《あら、そのあなたの鱗粉も、私の糸が受け止めてあげてこそだったのを忘れないで》


 「私が一番!」「いや俺だ!」と、議論が熱を帯び始めた、その時だった。


 コン、コン。


 教室の扉が、控えめにノックされた。

 そして、静かに扉が開き、一人の少女が入ってきた。

 生徒会の腕章をつけ、バスケットを手にした生徒会長――セレスティアだ。


 彼女は教室の惨状(死体のように眠るクラスメイトたち)を見て、驚くどころか、ふわりと柔らかく微笑んだ。


「……ふふ。お疲れ様」


 彼女は足音を立てないようにそっと歩き、教卓の上にバスケットを置いた。

 中には、高級な焼き菓子やドリンクが入っているようだ。


 そして、彼女の肩から、キラキラと輝く小さな影が飛び立った。

 星空の妖精竜、ブランだ。

 ブランは使い魔たちの輪の中心に音もなく降り立つと、彼らをぐるりと見渡した。


《……疲れているところすまない。ここから、とても温かい光が見えたから》


 ヘラが居住まいを正し、モコが足を揃える。

 ブランは竜の王族のような気品を漂わせつつ、しかしとても親しげに彼らに語りかけた。


《君たちの議論は聞こえていたよ。……全員が英雄だ》


 ブランは深く頭を下げた。


《君たちの冷気、静寂、闇、そして力……。その全てが、私の主人の『悪夢』を『夢』に変えてくれた。……君たちが、本当の魔法使いだ》


 ブランが翼を広げると、そこから星屑のような光の粒子が舞い落ちた。

 それは、疲弊した使い魔たちの魔力を癒やす、ささやかなお裾分けだった。


「……行くわよ、ブラン。彼らの邪魔をしちゃ悪いわ」


 入り口で、セレスティアが小声で呼ぶ。

 彼女もまた、多くは語らない。ただ、眠るノアの寝顔に一瞬だけ優しい視線を投げかけ、静かに背を向けた。


《……ありがとう、友よ》


 ブランは最後に一礼し、セレスティアの元へと戻っていった。

 二人の影が廊下へと消え、扉がカチャリと閉まる。


 残された教室には、再び静寂と、教卓の上のバスケット、そして舞い落ちた星屑だけが残った。


《……へっ。竜に礼を言われちまったら、勝ち負けなんてどうでもよくなるな》


 ヘラが照れくさそうに角を掻く。


《そうね。……さ、私たちももう少し休まないと。さすがに疲れたわ》


 普段はあまり動かないモコが珍しく伸びをする。

 使い魔たちは顔を見合わせて笑い合い、それぞれの主人の元へと戻っていった。


 ヘラはライアンの傍らへ。

 モコはリナの頭の上へ。

 パピエとロジは、ノアの肩へ。


 夕闇に包まれた教室。

 疲れ果てた、けれど幸せそうな2年A組の面々とその使い魔たちの寝顔を、窓から差し込む一番星が優しく見守っていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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