おまけ:その1-1『冬の入り口、一番近い「声」の記憶』
本日は連投ですので、ご注意ください。
また、こちらはIFストーリーです。
ミステリー要素はなく、本編と関係がないことにご注意ください。
放課後の2年A組の教室、窓の外はすっかり日が落ちるのが早くなっていた。
冷え込み始めた風が窓を叩くが、その音は今の彼女たちには届かない。
「ねえねえリナ! 先週の休み、例の気になる男の子と中央図書館行ったんでしょ?」
「マジどうだったの? てか、二人きりでお出かけとか、もうそれデートじゃん!」
ノアのことはぼかしつつ、茶化すような友人の声に、リナはマフラーに顔を埋めながら、所在なげに視線を泳がせた。
「……別にデートとかじゃないし。あたしも、モコのこととかで調べたい本があっただけだし。……たぶん」
「出た、たぶん! 図書館のあと、併設のブックカフェでお茶するって言ってたじゃん。そこんとこ詳しく!」
リナは降参したように溜息をついた。
けれど、その瞳には窓の外の夕闇よりもずっと温かな、数日前の記憶が灯っていた。
***
学園の図書室とは比べものにならないほど広大な、街の中央図書館。
その一角にあるブックカフェは、珈琲の香りと、ページを捲るかすかな音だけが流れる「大人の空間」だった。
窓の外は秋から冬へと移ろう冷たい雨が降っていて、店内はオレンジ色のランプが優しく灯っていた。
窓の外を叩く雨の音が、店内に流れる静かなジャズと混ざり合う。
リナとノアは、奥まったソファ席に並んで座っていた。
リナが選んだ絵本を、ノアはいつになく真剣な表情で眺めていた。
図書室のカウンター越しに見る彼も素敵だけど、私服姿で、少しだけリラックスして椅子に深く腰掛ける彼は、なんだかいつもより近くに感じられる。
「……リナさん、この蜘蛛の絵本、本当にいい物語だね。この不器用な糸が、最後には橋になるなんて……」
「でしょ? ……あ、ここのイラスト見て。この蜘蛛の表情、なんかノア君が難しい本読んでる時と同じ顔してるし」
リナが楽しそうにページを指差した瞬間、ソファが沈み、二人の肩がふわりと触れ合った。
ノアの髪から、微かに雨に濡れたアスファルトと、清潔な石鹸の匂いがした。
「……あ、ごめん」
「ううん、あたしこそ……」
気恥ずかしさを誤魔化すように、リナは温かいココアのカップを両手で包み込んだ。
「……ねえ、ノア君。手、冷たくない……? あたしばっかり温かいの飲んで悪いし、これ、一口飲む?」
「えっ、あ、いいの?」
「うん……はい」
差し出されたカップをノアが受け取る時、冷えた彼の指先が、リナの指にそっと重なった。
一瞬、指先から熱が伝わり、リナの心臓が「ドクン」と大きく跳ねる。
「……リナさん、あったかいね」
「……ココアがでしょ。もう――」
ノアは少しだけ照れたように微笑み、リナはノアが選んでくれた騎士の物語に目を落とした。
「……あたしはさ、ノア君が選んでくれたこの『銀の騎士と沈黙の誓い』、めっちゃ好き。……この騎士、口下手だし魔法も使えないけど、誰にも気づかれないようにずっとお姫様のこと守ってるじゃん。……最後にたった一言だけ、『あなたの隣が、一番温かい』って伝えるシーン、マジで泣けるし」
「……リナさん。……ありがとう。僕も、その騎士みたいになりたいな。……派手なことはできなくても、大切な人の隣にいて、いつか本当の言葉を届けられるような……そんな人に」
「…………っ」
雨の音に消されそうなほど小さな声。
けれど、その時のノアの真っ直ぐな瞳は、どんな魔法よりも強くリナの胸を締め付けた。
ザァ、ザァ……
雨はまだ降り続いている。
二人は読書を静かに再開する。
沈黙さえも、心地よい重奏のように感じられた、魔法のような時間。
(……あれ? あたし、さっき自分のココアを……ノア君に飲んでいいよ、って……)
………………
…………
……
***
「……で? そこでなんかあったの?」
友人の声で、リナは現実に引き戻された。
「……何にもないよ。雨が止むまで本を読んで、そのままバイバイしたし。……でもね」
リナはマフラーをさらに深く巻き直した。
「……その日の夜、部屋で通信魔道具を使って、少しだけお話ししたの。……あはは、なんか寝る前に声が聞きたくなっちゃって」
「夜の通話!? それ、ガチなやつじゃん!」
リナは一瞬躊躇したが、秘密を抱えきれなくなった幼子のように、声を潜めて打ち明けた。
「……そろそろ切るね、おやすみ、って言った、その最後。……ノア君がね、好きだよ、って。……明日も教室で会えるけど、今言いたくなった、って。……そう、言ってくれたの」
一瞬、教室内が真空になったかのように静まり返った。
さっきまで「ガチじゃん!」と騒いでいた友人たちの顔が、一様に硬直する。
「…………え、マジ?」
「ノア君が?! あの、本以外に興味なさそうな図書委員君が……自分から?」
名前をぼかすこともなく、驚きすぎて頭が真っ白になっている友人たちを前に、リナは顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
「声が大きいってば! ……もう言わない! あたしも、びっくりしすぎて、通信切った後しばらく動けなかったんだから……!」
沈黙が支配する教室。
その均衡を破るように、友人の一人が、震える声で話題を変えた。
「……あ、あー。そういえばさ、その……アツアツな二人にお似合いな幽霊話があるんだけど、聞く?」
「……幽霊話?」
「そう。『開かずの書架』の幽霊の話。鍵がかかってて中は空っぽの、ガラス戸付きの飾り棚に、最近『夜になると、中にぎっしりと本が並んでいるのが見える』らしいの。……想い出が増える、なんて甘い話じゃなくて、気づいたら棚が本で埋め尽くされてる……とか。……ちょっと、不気味だよね」
友人の不自然な提案。けれどその「幽霊話」が、後に自分たちをあの――『自由創作棚』へと導くことになるとは、今のリナには知る由もなかった。
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