最終話『あとがきは、君に託して』
本日は連投ですので、ご注意ください。
インクが乾く匂いは、どうしてこんなにも心を落ち着かせるのだろう。
初夏の風が吹き抜ける図書室。
僕は、手製本したばかりの一冊の本を、指で優しく撫でた。
表紙は、学園の制服と同じ深い青色。
タイトルは、金色のインクで丁寧に綴った。
「できたのね、ノア君!」
リナさんが、自分のことのように目を輝かせて駆け寄ってくる。
彼女の手には、使い魔観察日記の最新刊が握られていた。
「うん。やっと、書き終わったよ」
長かったようで、あっという間の一年だった。
不思議な事件に巻き込まれ、たくさんの読まれない本たちの声を聞いた。
その全ての記憶を、この一冊に閉じ込めた。
「パピエ、ロジ、どうかな?」
僕は、文鎮の上で翅を休めている相棒に問いかけた。
パピエはゆっくりと翅を開閉し、満足げに触角を揺らした。
( *´ω`* )
『……悪くありません、マスター。甘さは相変わらずですが、結末の余韻は、計算外に美しい数値が出ています』
「ふふ、ありがとう。最高の褒め言葉だよ」
僕は立ち上がり、完成した本を持って南側の壁へと向かった。
かつては冷たい石壁で閉ざされていたその場所には、今は温かい木の棚がある。
『自由創作棚』。
そこはもう、色とりどりの背表紙で溢れかえっていた。
モルトン先生とアーサーさんの共著、演劇部の台本、名もなき生徒の詩集、騎士フィデリスの物語、リナさんの観察日記。
学園中から集まった「語りたい心」が、ここで静かに息づいている。
僕は、棚の一番端にあるスペースに自分の本を差し込んだ。
コトッ、と小さな音がして、僕の本が世界の一部になる。
「ねえ、ノア君。あたし、一番最初に読んでもいい?」
リナさんが期待を込めて覗き込んでくる。
「もちろん。……でも、少し待ってほしいんだ」
「え? どうして?」
「この物語には、まだ『あとがき』がないからね」
僕は窓辺に寄りかかり、広大な図書室を見渡した。
数万冊の蔵書。
その一冊一冊に、異なる世界があり、異なる魔法がある。
けれど、この世界にある物語は、これで終わりじゃない。
「リナさん。……物語は、読まれて初めて完成する。でも、それ以上に大切なことがあるんだ」
「大切なこと?」
「読み終わった誰かが、『次は私が書きたい』って思った時……物語は無限に続いていくんだよ」
僕は、棚に残された「空白のスペース」を見つめた。
僕の本の隣。
まだ誰も埋めていない、空っぽの空間。
そこには、どんな物語だって入る。
魔法使いの冒険譚でもいい。
名探偵の推理劇でもいい。
あるいは、日常の些細な日記でも。
「パピエ、ロジ。僕たちの仕事は、一先ずここまでだね」
『……肯定します。本作の書き手の役割は終了。これより権限を移譲します』
パピエがふわりと舞い上がり、窓から差し込む光の中に溶け込んでいく。
その鱗粉が、キラキラと輝きながら、僕たちの世界の「こちら側」へと降り注いでくるような錯覚を覚えた。
僕は静かに本に語りかけた。
「この棚には、まだたくさんの空きスペースがある」
風がどこかのページをめくる音を運ぶ。
インクの匂いが、鼻先をくすぐる。
「もし僕たちの物語を気に入ってくれたら、誰かの書く、続きの物語も読んでみたいね」
僕は微笑み、リナさんと共に図書室を後にする。
放課後のチャイムが遠くで鳴り響く中、扉が静かに閉まる。
そこには、新しい本を待つ「空白」だけが、いつまでも優しく輝いていた。
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「空白」の前に立つ、あなたへ。
図書室の南側。
僕が自分の物語を置いた隣に、まだ「空白のスペース」があるのを覚えていますか?
そこは、次にここを訪れる「誰か」を待っている場所です。
読み終わった後、もしあなたの胸の中に、言葉にしたい何かが芽生えていたとしたら嬉しいです。
僕がかつて、一頭の使い魔と出会ったように。
ここに、あなたを支える「魔法の契約書」を置いておきます。
これをあなたのお近くの「魔核」に刻めば、パピエとロゴスが、あなたの隣へと現れるはずです。
彼らは、あなたの最初の「友達」であり、最高の「読者」になってくれるでしょう。
――図書室のカウンターより、ノア・アークライト(Noah Arklite)。
……あるいは、エティルク・ラ・ハオン(Etilk.Ra.Haon)。
最後までお読みいただきありがとうございます!
この物語を多くの方に読んでいただけたこと、大変感謝しております。
最後まで読んでいただいた方々へ、ささやかながら贈り物をさせていただこうと思います。
10分後に投稿予定ですので、受け取っていただけましたら幸いです。




