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第23話『破られたあとがきと、沈黙の叫び』

本日は連投ですので、ご注意ください。

 職員室での拒絶から数日後。

 僕たちは再び、あの「30年前の日誌」と向き合っていた。

 場所はいつものカウンターだ。


「先生は封印って言ってたよね。……つまり、捨ててはいない」


 僕は日誌のページをめくる。

 先生が嘘をついてまで隠そうとしたもの。

 その在処を示すヒントが、きっとここにあるはずだ。


「あ、ノア君。最後のページの裏に、何か走り書きがあるよ!」


 リナさんが指差した先。

 日誌の裏表紙の内側に、薄い鉛筆書きでこう記されていた。


 『最後の文集は、誰も読まない場所に隠した。「退屈な数字」の皮を被せて』


「退屈な数字……?」


「図書室で一番読まれない本といえば、統計資料だろうね。特に古い年度のものは、誰も見向きもしない」


 僕は立ち上がり、閉架書庫のカードを手に取った。

 一般生徒は立ち入れない、古い資料が眠る場所。

 そこに、先生の迷宮の入り口がある。


 ***


 閉架書庫は、冷え切っていた。

 埃と古紙の匂いが充満する空間に、僕たちの足音だけが響く。


「うう、寒い……。ここ、お化け出そうだね」


「お化けは出ないけど、埃っぽいから気をつけて。……えっと、統計資料の棚はこっちだ」


 僕は迷わず奥へと進み、「30年前」の年号が記された棚を探した。

 そこには、分厚いファイルがずらりと並んでいる。

 『図書貸出数推移』『蔵書点検記録』……どれも無味乾燥なタイトルばかりだ。


「『退屈な数字』……。これかな」


 僕が手に取ったのは、一際分厚い30年前の『図書室利用統計年鑑 XXXX年度』というファイルだった。

 背表紙は事務的で、いかにも退屈そうだ。

 しかし、手に持った時の重心が少しおかしい。

 紙の質感が、途中から変わっているような……。


 僕は意を決して、ページを開いた。

 最初の数ページは確かに数字の羅列だった。

 しかし、途中から紙の色が変わり――


「……これ!」


 リナさんが声を上げる。

 そこには、手書きの文字や、ガリ版刷りで印刷された小説、詩、イラストが綴じ込まれていた。


「見つけた。これが『自由創作棚』にあった、最後の文集だ」


 偽装された表紙の下に隠されていたのは、30年前の生徒たちの熱量そのものだった。

 『放課後の冒険者たち』

 『青い鳥の行方』

 ……タイトルを見るだけで、当時の彼らがどれほど自由に想像の翼を広げていたかが伝わってくる。


「すごい……! みんな、こんなに楽しそうに書いてたんだね」


 リナさんが目を輝かせながらページをめくる。

 しかし、読み進めるうちに彼女の手が止まった。


「……あれ? ノア君、これ見て」


「どうしたの?」


「お話は最後まであるんだけど……最後のページが、ないの」


 僕が覗き込むと、物語の「完」の次のページが、根本から綺麗に切り取られていた。

 他の作品も確認する。

 どれも同じだ。

 物語本編は残されているのに、その次にあるはずのページだけが消失している。


「……『あとがき』だ」


 僕は気づいた。

 同人誌や文集において、あとがきは作者が「素の自分」に戻って読者に語りかける場所だ。

 物語は許容できても、そこに込められた思想は許せなかったということか。

 切り口は鋭利な刃物のようなもので切断されており、冷徹な事務作業を感じさせた。


「そんな……。一番言いたかったことが、なくなっちゃってるじゃない」


 リナさんが悔しそうに肩を落とす。

 もう紙は残っていない。

 書かれていた言葉は永遠に失われた……普通なら、そこで諦めるところだ。


「リナさん。まだ、諦めるのは早いよ」


 僕はファイルを開いたまま、肩に乗っていたパピエを紙面へと誘導した。


「パピエ、食事の時間だよ。この物語を、よく味わって」


 僕が指先に魔力を灯し、物語の文字列をなぞると、パピエが嬉しそうに飛びついた。

 彼女は紙の上を滑るように移動し、インクに宿った魔力と、そこに綴られた文脈を猛スピードで摂取していく。


「えっ? ノア君、何してるの? 食べさせちゃったら物語まで消えちゃうよ?」


 リナさんが目を丸くして慌てる。


「大丈夫。パピエは紙そのものじゃなく、インクに乗った魔力を食べて、概念としての物語を学習しているだけだから」


 僕はパピエがページをめくる速度に合わせて、魔力を送り続ける。


「そういえば、リナさんには教えていなかったかもしれないね。……ロジ――というより、この場合はパピエかな、彼女は『穴埋め問題』が得意なんだ」


「穴埋め問題?」


 疑問を呈すリナさんに、僕は以前ライアンにも説明した内容を掻い摘んで話す。


「うん。僕が受験生だった頃に、教科書や参考書の一部を隠して覚える、っていう暗記法をしていたんだけど、それをパピエが真似してたんだ。教科書や参考書だけじゃなくて、小説なんかの物語も何冊もパピエに食べさせた結果、その穴埋め問題を数えきれないくらい何度も行って、『統計学的な文章予測』ができるようになったんだよ。……それがロジが生まれる下地になったんだけど、それはまた今度話すね」


 パピエが学習を終え、ふわりと空中に舞い上がった。

 彼女の身体が、淡い光を帯び始める。


「つまりパピエは、読んだ物語の文体やテーマを分析して、『この作者なら、次にどんな言葉を紡ぐか』を高精度でシミュレーションできる。……見てて」


 パピエが切り取られたページの断面の上で、鱗粉を撒き散らした。

 青白く輝くその粉は、雪のように静かに降り注ぎ、空中で秩序を持って配列されていく。


 それは、魔法による霊視ではない。

 論理と統計によって導き出された、限りなく正解に近い予測変換だ。


 『先生たちは僕らの小説をゴミだと言う。でも、ここで書いている時だけ、僕は自由になれた』

 『この棚が撤去されても、僕たちの物語は終わらない』

 『いつか、この場所を取り戻す』


「うわぁ……! 文字が、浮き出てきた……!」


 リナさんが感嘆の声を漏らす。

 復元された文章は、どれも切実で、けれど力強い抵抗のメッセージだった。

 文脈から導き出されたその言葉たちは、彼らの魂の形を正確にトレースしていた。


 パピエは次々とページを飛び回り、消された言葉たちを青白い光で記述していく。

 しかし――最後の一編だけ、様子が違った。


 その作品のタイトルは『沈黙の王と、一羽の蝉』。

 作者名は『M』。


 パピエがその物語を学習し、切り取られた断面の上に鱗粉を降らせようとした瞬間。


 ザザッ……。


 光の粒子が乱れ、文字にならずに霧散してしまった。


『……解析不能。予測できません』


 それまで沈黙していたロジが、無機質な声を上げた。


「どうしたんだ?」


『当該作品の文体において、深刻なゆらぎを検知。前半の格調高い文体に対し、後半に向けて論理構造が崩壊しています。著者の精神状態が極めて不安定であり、統計的な有意性を持つ「結びの言葉」を算出できません』


「予測できないほど、迷っていたということか……」


 僕は、そのページの断面に目を凝らした。

 他のページのような綺麗な切断面ではない。

 そこだけ、紙が毛羽立ち、歪んでいる。


「……見て、リナさん。このページだけ、ハサミじゃない。手で引きちぎられている」


「手で……?」


「予測変換がエラーを吐くほどの迷いと、激情に任せた物理的な破壊。……これは、他者による検閲じゃない。著者自身による破棄だ」


 僕は、職員室での先生の顔を思い出した。

 「あんなものはゴミだ」と言いながら震えていた手。


「……これは、きっとモルトン先生の作品だ」


 点と点が繋がる。

 当時の委員長だった先生もまた、物語を書いていた。

 しかし、彼は他の生徒のように抵抗の言葉を残すことができなかった。

 学校側の圧力と、自分の立場の板挟みになり……最後には、自分で自分の言葉を破り捨ててしまったんだ。


「先生は、生徒たちの作品を守るために封印を選んだ。でも、自分自身の本音だけは……守れなかったんだね」


 青白く光る他の生徒たちのメッセージの中で、一つだけ暗く沈黙した『M』の痕跡。

 パピエの高度な計算能力をもってしても埋められないその空白こそが、30年間先生を苦しめ続けているものの正体だった。


「……ノア君。先生の『あとがき』は、もう読めないの?」


 リナさんが悲しそうに尋ねる。 僕は首を横に振った。


「パピエにも予測できない言葉は、僕たちにも読めない。……でも、先生はまだ何かを残しているはずだ」


 僕は『沈黙の王と、一羽の蝉』の本文――破られずに残った物語のページに目を落とした。

 あとがきは書けなかった。

 けれど、物語の中になら、まだ彼の迷える心が隠されているかもしれない。


「リナさん。この小説、よく見て。……ページ番号の横に、変な数字が書いてある」


 物語の冒頭。

 ページ数の横に、小さく手書きで記された文字列。


 『>> 289.3 - K - 24』


「この感じ、見覚えがある気がする……図書室の分類記号?」


「うん。どうやら先生は、完結させられなかった自分の心を、『あとがき』ではなく、もっと深い迷宮――図書室全体に分散させたみたいだ」


 僕は顔を上げた。

 破られた紙の先。

 図書室という巨大な知の集積の中に、先生の本当の言葉が眠っている。


「行こう。これが、先生を救うための最後の『宝探し』だ」

最後までお読みいただきありがとうございます!

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ストックが溜まったので、10分後に続きを投稿いたします。

引き続き、図書室でお待ちしております。

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