第22話『氷の拒絶と、震える真実』
本日は連投ですので、ご注意ください。
雪はまだ降り止まない。
僕とリナさんは、寒風吹きすさぶ渡り廊下を歩いていた。
手には、あの「30年前の日誌」が入った鞄をしっかりと握りしめている。
「ねえノア君。モルトン先生って、本当に元・図書委員長なのかな?」
リナさんが不安そうに息を白く染める。
「ロジの照合結果に間違いはないよ。……ただ、今の先生からは想像がつかないけれど」
モルトン先生。
古文担当の彼は、規律と伝統を重んじる厳格な教師として知られている。
廊下を走れば雷が落ち、制服を着崩せば説教が始まる。
言葉遣いや礼儀作法にも厳しく、生徒たちからは「歩く校則」と恐れられている存在だ。
僕も直接話したことは数えるほどで少ないけれど、その厳しさは噂で嫌というほど聞いている。
「失礼します」
職員室の扉をノックし、中に入る。
放課後の職員室は、暖房が効いていて生温かい。
先生たちは明日の授業準備や採点に追われている。
モルトン先生は、一番奥の整然としたデスクに座っていた。
背筋を伸ばし、万年筆で書類に書き込みをしている姿は、まるで精密機械のようだ。
「……何の用だ、アークライトにキャンディポップ。図書室の備品申請なら、事務を通せと言ったはずだが」
先生は顔も上げずに言った。
「いえ、今日は申請ではありません。……先生に、お聞きしたいことがあって来ました」
僕が一歩踏み出すと、パピエが肩の上で翅を小さく震わせた。
彼女は先生の方を向いて、触角をピクリと動かしている。
先生から漂う、独特の重いインクの香りを感じ取っているのかもしれない。
「30年前の、図書室のことです」
万年筆の音が止まった。
「僕たちは、当時の図書委員長が書いた日誌を見つけました。そこには、今は壁になっている場所に『自由創作棚』があったと記されています」
僕は先生の背中を見据えて、核心を突く。
「先生。先生が当時の委員長ですよね? あの棚がなぜ撤去されたのか、理由を教えてください」
職員室の空気が、一瞬にして凍りついたように感じた。
モルトン先生がゆっくりと椅子を回転させ、こちらに向き直る。
その銀縁眼鏡の奥の瞳は、冬の湖のように冷たく澱んでいた。
「……どこでそれを拾ったかは知らんが、捨てておけ」
吐き捨てるような低い声。
「あんなものは、図書室の恥部だ。未熟な学生が、感情に任せて書き散らした『駄文』の集積所……。神聖な『本』と並べる価値もないゴミ溜めだった」
「ゴミだなんて……!」
リナさんが怒って声を上げる。
「日誌には、みんなが情熱を持って書いてたってありました! それをゴミ扱いするなんてひどいです!」
「情熱?」
先生が鼻で笑った。
その笑みには、嘲笑以上の、自傷に近い色が混じっていた。
「責任を持てぬ言葉は、人を傷つけ、惑わせる毒にしかならん。若気の至りで書いた妄想など、黒歴史として消え去るのが本人のためだ。……あの壁は、その間違いを封印するために私が作らせた」
先生は立ち上がり、僕たちを見下ろした。
「二度とあの場所のことは口にするな。……帰れ」
拒絶。
それは、いかなる反論も受け付けない、鉄壁の扉のような拒絶だった。
これ以上ここにいても、話は聞けないだろう。
僕は悔しさに唇を噛みながら、「失礼しました」と頭を下げてリナさんを促した。
***
廊下に出ると、リナさんが壁にもたれかかって大きなため息をついた。
「なんなのあの態度! めっちゃ感じ悪い! あの先生が黒幕だったんだね」
「……いや、どうだろう」
僕は首を横に振った。
先生の言葉は冷酷だった。
けれど、パピエの様子がおかしい。
彼女はさっきから、僕の肩の上で落ち着きなく飛び回り、何かを切なそうに訴えている。
僕も悔しさを感じていた。
……なぜ?
いや、この僕の悔しさはどこから来るのだろう。
「……矛盾が感じられたからだ」
独りごとのように呟く僕を、リナさんが不思議そうにこちらをのぞき込む。
「モルトン先生は、自分が30年前の図書委員長であったことを否定しなかった。つまり、あの『自由創作棚』が排除されたことへの憤りを綴った日誌の書き手だったと考えられる。でも、さっきの先生は自分こそがその棚の封印を指示したと言う……」
僕は思考を整理しながら続ける。
「さらに、あの日誌には『未来に託す』と綴られており、おそらく先生は悔やみきれなかったから、それを見守るためにこの学園の教師となったと思う。……それなのに、先生はあの棚をゴミ溜めだと言う」
『肯定します、マスター。先刻のモルトン教諭は、軽蔑と否定の発言をしている一方で、その手は震えていました。また、強い緊張下における生理反応である、眼輪筋の不随意の微細な震えも観測しました。これらの情報から推測するに、彼は、自分の発言内容に心が耐えきれていません。……つまり、嘘をついています』
ロジの分析が、僕の推理を裏付ける。
「……やっぱり、先生の発言と行動は矛盾だらけなんだ。それを、僕は悔しいって思う……」
彼はあの棚を憎んでいるんじゃない。
何かを深く悔やんでいるんだ。
「リナさん。先生は、本当はあの棚を守りたかったのかもしれない。でも、何かの事情で自分の手で壊さなきゃいけなかった。……だから、自分自身を許せないでいるんだ」
「……そんな。じゃあ、先生はずっと一人で苦しんでるってこと?」
「かもしれない。もしそうなら、僕たちがその後悔を解く鍵を見つければ、先生も本当のことを話してくれるはずだ」
「鍵って?」
「先生がゴミと言って捨てたはずの、生徒たちの物語さ」
僕は鞄の中の日誌を撫でた。
もし、先生が本当にそれらを憎んでいたなら、完全に焼却処分していただろう。
でも、彼は封印という言葉を使った。
「探そう、リナさん。撤去された本たちは、きっとまだこの図書室のどこかに眠っている。先生が隠した本当の心と一緒にね」
僕たちは顔を見合わせ、頷き合った。
あの厳格な先生の仮面の下にある、30年前の少年の素顔。
それを見つけ出すことが、今回の謎解きのゴールだ。
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