第21話『沈黙の記録と、塗り込められた情熱』
本日は連投ですので、ご注意ください。
窓の外では、音もなく雪が降り始めていた。
石造りの校舎は白い帽子を被り、世界は静寂に包まれている。
放課後。
僕とリナさんは、いつものように図書室へ向かう。
「よう、お前ら」
カウンターの奥から顔を出したのは、少しだけ髪の伸びたセドリック先輩だった。
かつての憑き物が落ちたような、どこか晴れやかな顔で、彼は図書委員の腕章を直しながら僕たちを茶化すように見つめている。
カウンターの上では、相棒のポチが冬毛で一回り大きくなった身体を揺らし、僕たちを歓迎するように小さく鼻を鳴らした。
「セドリック先輩! 今日は先輩が当番だったんですね」
「おう。3年生のこの時期はみんな忙しいが、俺はもう進路も決まっているし比較的暇なんだ。とはいえ、例の件で先生方と話すこともあるし、タイミングが合えば図書委員業務もやってるって感じ」
「ワン!」
「ポチも久しぶり。……あの件、その後いかがですか?」
「まだ何とも。だが信じてはもらえていて、その関連もあって進路が決まった感じだな。……それにしても、お前ら本当に仲いいな。リナの方は図書委員って訳でもないのに、ノアと図書室で一緒にいるところをよく見るぞ」
先輩はそう言って、僕の反応を楽しむように目を細めた。
少し後ろにいるリナさんを盗み見ると、持っていた鞄のストラップを指先でいじりながら、俯いて沈黙している。
「ふふ、リナさんといるのは楽しいですから」
僕が嘘偽りない本音を口にすると、リナさんの肩がピクリと跳ねた。
先輩は「やれやれ」と首を振る。
「さいですか。……ノアはSっ気あるからな、あまり待たせるなよ」
「人聞きが悪いですね、僕はいじめたことなんてないですよ」
「いじめてなくても、いじらしくはしてると思うけどな……。知ってるか? 上手なSは、鞭を7割、飴を3割で与えるらしいぜ」
『マスターの恋愛偏差値向上のための良い情報をいただきました。記録します』
「ロジに余計なことを教えないでください! ……もういいですから! カウンター横の席をお借りしますね」
「はいよ」
***
僕とリナさんはカウンター横の席で、昨日見つけたばかりの古い日誌――『図書委員長日誌 XXXX年度』と向き合った。
「……よし。これで埃とカビの除去は完了だ」
僕が修繕魔法を粗方かけ終えると、ボロボロだった古いノートの表紙に、少しだけ艶が戻った。
パピエが待ちきれない様子で、ノートの周りをパタパタと飛び回っている。
「30年前の日誌かぁ。ねえノア君、早く中を読んでみようよ! 昔の図書室って、どんな感じだったのかな」
リナさんが目を輝かせる。
「そうだね。僕たちの知らない過去が、ここに書いてあるはずだ」
僕は慎重に、最初のページを開いた。
***
日誌の筆跡は、右上がりの勢いのある文字だった。
几帳面だが、どこか熱っぽい。
当時の図書委員長の性格が透けて見えるようだ。
『4月12日。新学期。今年も「自由創作棚」は大盛況だ。新入生が持ち込んだ冒険小説が、貸出ランキングの上位に入った。荒削りだが、情熱がある』
『5月20日。放課後、副委員長と「詩の解釈」について議論になり、閉館時間を過ぎてしまった。先生に叱られたが、心地よい疲れだ』
ページをめくるたびに、活気あふれる情景が浮かび上がってくる。
今の静謐な図書室とは違い、かつてのここは、生徒たちの熱気と議論で満ちた広場のような場所だったらしい。
「へぇ……! なんか楽しそう! 生徒が書いた小説を自由に置ける棚があったなんて、今の図書室にはないよね」
リナさんが羨ましそうに呟く。
「うん。『自由創作棚』……。日誌によると、南側の窓辺にあったらしいけれど」
僕は顔を上げ、南側の壁を見る。
そこには今、昨夜僕たちが発見した不自然に分厚い壁が鎮座しているだけだ。
『マスター。記述内容と現在の空間座標を照合。……やはり矛盾します』
ロジが青白い鱗粉の光で、空中に当時の見取り図を再現しようと試みる。
『日誌の記述に基づくと、南側の壁には「多目的閲覧スペース」が存在し、そこに該当の棚が設置されていたと推測されます。しかし現在、その座標は構造壁として封鎖されています』
「やっぱり、あの壁の向こうに部屋があったんだ」
かつて生徒たちの物語で溢れていた場所が、今は石と漆喰で塗り固められている。
なぜ、そんなことをする必要があったのか。
僕は日誌を読み進めた。
しかし、ページが進むにつれて、筆者の文字に変化が現れ始めた。
『9月10日。学校側から警告があった。「自由創作棚」に置かれている作品の一部が、風紀を乱す低俗な読み物だと判断されたらしい』
『10月5日。検閲が厳しくなっている。僕たちはただ、自分たちの言葉を紡ぎたいだけなのに。なぜ、大人はそれを毒だと決めつけるんだ』
文字が乱れ、筆圧が強くなっている。
パピエが紙面に降り立ち、インクの匂いを嗅いだ瞬間、ビクリと体を震わせた。
( >_< )
彼女は苦しそうに顔をしかめ、僕の服の袖に逃げ込んできた。
「パピエ? ……パピエもこの筆致に残る感情を感じ取ったのかな」
前半の希望に満ちた匂いから、苦味と悲しみの混じった匂いへ。
書き手の感情の変化を、パピエは敏感に感じ取ったのかもしれない。
「……なんか、雲行きが怪しくなってきたね」
リナさんの声もトーンダウンする。
そして、日誌は唐突に終わりを迎えていた。
最後の日付は、雪の降る日だった。
『12月15日。抵抗も虚しく、今日、棚が撤去された。壁が増設され、僕たちの言葉は、行き場を失った。……この日誌も、もう書くことはないだろう』
最後のページには、涙で滲んだような跡と共に、一文だけが走り書きされていた。
『この悔しさを、未来の誰かが知ってくれることを願って託す』
そこで記録は途絶えていた。
***
僕は静かに日誌を閉じた。
重苦しい沈黙が、雪の日の図書室に落ちる。
「……ただの改装工事じゃなかったんだ」
僕は絞り出すように言った。
「これは排除だ。生徒たちの自由な創作を、学校側が力ずくで奪い取った記録なんだ」
「ひどい……。自分たちの作品を、居場所ごと塗り潰されちゃうなんて」
リナさんが悲しげに眉を寄せる。
昨夜見つけた壁の厚みの正体。
それは、30年前に封印された生徒たちの悔しさそのものだった。
「でも、ノア君。この日誌を書いた人は、どうなったのかな? 『未来の誰か』に託すって書いてあるけど……」
「……未来に託したということは、まだこの学園のことを気に掛けているかもしれない。あるいは、まだ近くにいる可能性だってある」
僕は日誌の表紙を撫でた。
名前の欄は擦り切れて読めないが、この熱っぽい筆致と、本を愛する姿勢。
どこかで感じたことがあるような気がする。
「ロジ。30年前前後の卒業生名簿と、現在の職員録って学習済みだったかな? それらを照合してほしい。 特に、図書委員長を務めていた人物を」
『問題ありません。検索を開始します。……照合完了。該当する人物が一名、現在の学園関係者の中に存在します』
ロジが空中に浮かべた名前を見て、僕とリナさんは同時に息を呑んだ。
「えっ……嘘でしょ? あの先生が?」
リナさんが素っ頓狂な声を上げる。
そこに表示されていたのは、言葉遣いに厳しく、いつも生徒の会話の乱れを注意している、あの厳格な古文教師の名前だった。
「……意外だね。でも、彼なら当時の壁の向こうで何が起きたのか、知っているはずだ」
僕は椅子から立ち上がった。 窓の外の雪は、まだ降り止まない。
30年前の彼らが見た景色も、きっとこんな寒々とした白さだったのだろう。
「行こう、リナさん。過去の証人に会いに行こう」
「うん! あたしも、あの壁の向こうにあった物語を取り戻したい!」
僕たちは日誌を鞄にしまい、図書室を後にした。
目指すは職員室。沈黙を守り続けるあの先生の元へ。
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