第19話『仮想の読者と、静寂の推理ゲーム』
本日は連投ですので、ご注意ください。
新章前に、単話が3話続きます。
3話目です。
秋も深まり、学園の並木道が燃えるような朱色に染まる頃。
放課後の図書室は、驚くほど静まり返っていた。
試験期間の喧騒も、新刊入荷の騒ぎもない。
窓から差し込む琥珀色の陽光の中で、小さな埃がゆっくりと舞っている。
そんな埃の粒がダンスを踊っているのが見えるほど、今日の図書室は凪の状態だった。
「……暇だねぇ」
カウンターに頬杖をつき、僕は思わず独り言を漏らした。
パピエへの魔力供給も既に終わり、彼女は文鎮の上で満足げに翅を休めている。
『マスター。退屈は脳の演算効率を低下させます。何らかの知的刺激を推奨します』
ロジが淡々と、けれどどこか促すような声を上げる。
「そうだなぁ……」と呟きながら周りを見渡し、僕はふと思いついた。
「ねえ、ロジ、パピエ。ちょっと遊びをしないかい? 名付けて『返却記録・妄想推理ゲーム』」
「……定義を求めます」
「今日返却された本の履歴を見て、その貸出パターンから『その人がなぜこの本を借り、どんな時間を過ごしたか』を妄想するんだ。あ、個人の特定は避けたいから、名前は伏せて属性だけをロジが教えてよ」
ロジは一瞬の沈黙の後、青白い燐光を放ち、空中に文字を浮かび上がらせた。
『了解。氏名を秘匿し、学年・学科・性別・貸出情報を抽出。 ……開始します』
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【Round 1:小手調べ】
- 属性: 1年生・魔導工学科・男子
- 貸出本: 『基礎魔導回路』、『ハンダ付けの安全読本』
- 期間: 2週間(期限通りに今朝返却)
「これは分かりやすいね」
僕はロジが映してくれた情報を見つめて、即座にその背後の物語を編む。
「実技の課題で失敗して、放課後に居残りで修理をしてたんだろう。返却期限ギリギリなのは、最後の調整に手こずった証拠かな。真面目な努力家だ」
パピエが翅を小さく震わせる。
( 'ω' )و ̑̑ (がんばったんだね、という顔文字らしい)
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【Round 2:恋の予感?】
- 属性: 2年生・総合魔導科・女子
- 貸出本: 『タロット占いの夜』、『星の配置と運命』、『花言葉辞典』
- 期間: 3日間
「あ、それあたしも混ぜて!」
いつの間にか背後に立っていたリナさんが、楽しそうに光の文字を覗き込んだ。
「ノア君、これは決まりでしょ! 気になる男の子がいて、占いで相性を調べて、最後にプレゼントに添える花を選んだのよ。3日で返したのは、結果が良くてすぐ行動に移したからに違いなし!」
リナさんの熱のこもった、少女漫画のような推理に、僕は苦笑する。
「ふふ、なるほど、微笑ましいね。……じゃあ、ロジ。次は少し毛色の違うのをお願い」
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【Round 3:不自然なログ】
- 属性: 3年生・騎士科・男子
- 貸出本:『北方戦史:英雄たちの末路』、『簡単・絶品お菓子作り』、『魔導義手のメンテナンスマニュアル』
- 期間: わずか2時間
- 備考: 毎週火曜日の放課後、3週連続でこの「全く同じ3冊」を借りている。
「えっ、何これ。……不気味なくらいバラバラじゃない?」
リナさんが眉をひそめる。
「騎士科の男子が、戦史とお菓子作りと義手の本? 組み合わせもバラバラだし、たった2時間で返してる。お菓子を焼くには短すぎるし、戦史を読むにも足りないわ」
「……そうだね。しかも毎週同じ曜日に同じ3冊。これは『読書』が目的じゃないかもしれない」
僕は浮かび上がる書名をじっと見つめ、人差し指でトントンと机を叩いた。
「……うーん、この情報だけじゃ限界があるね。一度、この3冊の実物を見てみようか」
僕たちは手分けして件の3冊を棚から集めた。
カウンターに並べられた3冊は、内容に特別な共通点は見出せなかった。
ただ、本を横から眺めた時、ある違和感に気づく。
「……見た目の共通点で言えば、『北方戦史』と『義手マニュアル』は、判型が同じで、どちらも同じ厚みのハードカバーだ。結構な厚みがある」
「あ、ねぇ、こっち見てみて」
リナさんも何か気づいたことがあるのか、声をかけてくる。
「この『簡単・絶品お菓子作り』の本に、少し土が付いてるよ」
「本当だ。……黒めの土だし、よく見ると植物の種子のようなものも付いている。園芸で使う腐葉土かもしれないね」
とはいえ、これ以上不自然な点は何も思いつかない。
もしかしたら僕たちの考え過ぎで、この3冊は同じ一つの目的のために借りられたわけではなく、別々の理由があるのかもしれない。
その場合は、特別な理由はなく単純にそれらの本を読みたかったということになるだろうが……。
しかし、やはり毎週同じ曜日に同じ3冊を借りるということに特別な理由があるのではないかと思う。
「順番に考えてみよう。まずは、この腐葉土はどこでなら付くと思う?」
「それは……例えば校舎裏の古い温室跡地かな? あそこは確か、生徒が個人的な菜園として利用することを許可されていたよね」
「なるほど、それは説得力があるね。毎週その日中の2時間という短い貸出し時間も、学園内での利用だったら納得できる」
リナさんが適切な推理を提示し、それに納得する。
「次にこの2冊。どちらも同じ厚みのハードカバーだけど、僕はこの共通点に何か理由があるんじゃないかと思うんだ」
「それなら2つの重さはどう?! 実は、あの温室跡地には隠された地下に通じる扉があって、扉の両脇に同じ重さのこの2冊を置くことで扉が開かれるっていう仕掛けがあるとか!」
ふんす、と気合を入れた声でリナさんが発言する。
「ふふ、いい水平思考だね。……うーん、でもどうやらこの2冊は同じ重さというわけではなさそうだ」
リナさんは「そっかぁ……」と少し残念そうにするが、すぐに切り替えてまた考え込む。
「僕はやっぱり、この厚さそのものに理由があるんだと思う。例えば……」
僕はカウンターの上で、2冊のハードカバーを背表紙が外側に向くように並べた。
「こうして並べれば、段差のない、頑丈で広い台にならないかな?」
その天面は驚くほどフラットで、何かを置くために誂えたようだった。
「それじゃあ、なぜこの2冊なのかだね。もちろん、このくらいの厚さに目星をつけて適当に選ばれた可能性もあるけど、ここにも理由があったとしたらどうだろう」
少々無理やりな理屈かもしれないけど、僕は一つの仮説を立てて、それを確かめるべくロジに尋ねる。
「ねぇロジ、この2冊の本の貸し出し記録で、この3週間より前に、例の騎士科の3年生男子の貸し出しはあったかな」
『少々お待ちください……照合完了。『魔導義手のメンテナンスマニュアル』において、同一人物による複数回の貸出記録を検出しました』
「やっぱり……。一つ仮説ができたよ」
僕がそういうと、リナさんが期待のまなざしで見つめてきて、続きを促す。
「その騎士科の先輩は、最近義手の生活をすることになったんだ。そして、義手に慣れるための訓練で、菜園をやってみようと考えた。その菜園活動の中で『義手マニュアル』がちょうど良い作業台になることに気づく。しかし、もう少しスペースを確保したかったため、同じくらいの厚さである『北方戦史』を見つけて利用した」
僕は2冊の貸し出し用途の推測を話した。そして、残りの1冊は――。
「『お菓子作り』は、作りたいお菓子の材料を調べて、菜園で育てるため……かな」
「ノア君、すごい……! それなら納得できるし!」
「ふふ、ありがとう。……でも、状況証拠に、無理やり理屈を繋げただけの妄想だけどね」
「……よし、それじゃあ今すぐ温室に行って答え合わせを――」
「いや、やめておこう、リナさん」
僕は駆け出そうとしたリナさんを制した。
「これは僕たちが勝手に始めた遊びだ。個人情報を推測の道具にした以上、これ以上踏み込むのは図書委員としてフェアじゃない」
「そ、そういえばそうだった……」
「……でも、勝手な妄想でその人のことを分かったような気になっているのも、すごく失礼だよね。だから、この本たちの代わりに、もっと彼を助けられるかもしれない本があるから、それをプレゼントしたいと思う」
僕は園芸コーナーの棚から、緑色の背表紙をした2冊の本を抜き出した。
『薬草栽培の基礎:鉢植え管理・前後編』だ。
「これは薬草栽培時にも本を広げられるよう、撥水加工されたカバーがついているんだ。それと、この本には義手の訓練にもなるような『繊細な間引き方』のコツも載っている。厚みも程よくあり、どちらも同じ厚さだから、おそらくその先輩の役に立ってくれると思うよ」
「ふふ、流石ノア君。本に詳しいね」
「来週火曜日の当番は……確かミリア先輩だね。例の個人情報の件もあるから、先輩にあまり詳しく説明できないけど……『多分その方は園芸に興味があるから、さりげなく勧めていただきたい』とだけ伝えようか。先輩ならうまく渡してくれるはず」
その時、ロジから待ったの声が上がる。
『マスター、ミリア個体にこちらからお願いする以上、何か見合うものを用意すべきです』
「……そ、そうだね。うーん、何かお花でも贈ろうか。……リナさん、帰りに一緒に花屋さんに行けないかな?」
「も、もちろんいいよ!」(ちょっと複雑だけど、放課後デートと考えれば……)
「良かった! ありがとう」
(≖_≖)
パピエがよくわからない顔文字を映しているけど、それには気づかないふりをする。
ちょうど図書室も閉まる時間となったため、図書委員の業務を終え、僕たちは学校を後にする。
***
翌週の火曜日の閉館間際。
僕とリナさんは、当番を終えたばかりのミリア先輩を訪ねた。
「あ、ノア君、リナちゃん。お疲れさま」
ミリア先輩は悪戯っぽく微笑んで、カウンターの奥からメモを取り出した。
「例の騎士科の彼、来たわよ。ノア君に言われた通りに『薬草栽培の基礎:鉢植え管理・前後編』を勧めたら、最初は驚いていたけど……『ありがとう、これなら指先の訓練にもなりそうだ』って、すごく嬉しそうに借りていったわ」
「……良かったです。やっぱり、あの3冊を道具として使っていたんですね」
「ふふ……ノア君に初め、理由も聞かされずお願いされたときは吃驚したわ。でも、またノア君のお節介な名推理だったのね。彼から理由を聞いたわよ」
ミリア先輩は、その先輩から聞いた、3冊の本を借りていた理由を教えてくれた。
それは、ほぼ僕たちが予想した通りの理由だったが、一つだけ異なる真実があった。
「あのお菓子作りの本ね、あの中には彼の故郷の郷土料理が載っているんですって。土を弄りながらその写真が目に入ると、もう少しだけリハビリを頑張ろうって思えるから……だから、どうしてもあの本じゃなきゃダメだったんだって」
僕は言葉を失った。
物理的な合理性だけで、僕は彼の心を読み解いたつもりになっていたけれど、彼が本当に必要としていたのは、支えとなる板だけでなく、心の拠り所となる風景だった。
「……なるほど。そこまでは読めませんでした。」
僕は少し恥ずかしい気持ちになり俯く。
リナさんが横で「うふふ、ノア君でも100点満点じゃないんだね」と楽しそうに笑った。
僕はその笑い声につられるように、少しだけ口角を緩めた。
***
帰り道、夕暮れに染まる街並みを見下ろしながら。
「僕の推理もまだまだだね、リナさん」
「そんなことないよ。ノア君が本と人をちゃんと見てるから、あの先輩も救われたんだと思うし」
リナさんが僕の顔を覗き込む。
秋の冷たい風が吹いたが、隣にいる彼女の体温のせいか、不思議と寒さは感じなかった。
「でも、本を台にするなんて、本好きのノア君なら怒ると思ったのに」
「もちろん、汚れるのは困るし、積極的に肯定はしないよ。でもね」
そう前置きしながら、僕は自論を述べる。
「本は読まれるだけが幸せじゃない。誰かの生活の、ほんの小さな支えになれるなら、それもまた立派な物語の続きなんだ」
『今回の推論精度、92%と再算出。……リナ・キャンディポップとの同行による心理的安定が寄与した可能性があります。理由を求めます、マスター』
( *´艸`)
ロジが冷静な分析を投げ、パピエが翅を広げて楽しげな顔文字を浮かべる。
「ロジ、余計な分析だよ。……さて、リナさん。来週こそ、あのブックカフェでゆっくりお茶しようか」
「……! うん、約束だよ、ノア君!」
臆病な恋の物語は、少しだけページがめくられていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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明日の19時も、図書室でお待ちしております。




