第18話『白紙の栞と、街角の読書デート』
本日は連投ですので、ご注意ください。
新章前に、単話が3話続きます。
2話目です。
秋の深まりとともに、街路樹が鮮やかな朱や黄に染まり始めた土曜日。
レンガ造りの時計塔がシンボルの「街の中央図書館」に、ノアとリナの姿があった。
「わあ、ここ、併設のブックカフェもお洒落だね。誘ってくれてありがとう、リナさん」
「あ、あたしも気になってただけだし! ほら、学園の図書室にはない資料とか、あるかもしれないでしょ?」
リナは平静を装いながら、鞄の中で『月刊・恋する乙女』の切り抜きをぎゅっと握りしめた。
今日の彼女の目的は、資料探しではない。
「休日デートでのノア君攻略」だ。
(最近、ノア君とセレスティア先輩が、夏祭りの反省会だなんだって二人で話し込んでること多いもん……。今日は二人きりなんだから、あたしを女の子として意識させてやるんだし!)
館内に入ると、高い天井に本と珈琲の香りが心地よく漂っていた。
リナは早速、【作戦その1:高い棚の本を頼む】を実行に移す。
「あーん、あの絵本、モコに見せてあげたいんだけどなー。高くて届かないなー、ノア君とってー?」
「……はい、脚立だよ。ここは公共の場所だから使い魔の力は控えないといけないもんね。モコちゃん、お利口にして偉いね」
「えっ」
「近くに脚立があって良かった。もしかしたら、少し前に誰かが使っていたのかもしれないね。僕がしっかり押さえておくから、安心して登っていいよ」
ノアはごく自然に、かつ強固に脚立をホールドした。
完璧なまでの「公共マナーと安全への配慮」。
リナはがっくりと肩を落とし、目当ての本を手に取った。
ところが、その本をめくろうとした時、指先に違和感を覚えて手が止まった。
「……あれ? 開かない」
物語の終盤、クライマックスのあたりで、ページが張り付いたように動かなくなったのだ。
本が傷つかないように慎重にページを開くと、ページの隙間に何かが挟まっているのが見えた。
「なにこれ、ノア君。変な栞が挟まってて、ページがくっついてたの」
ノアが近づき、その本を覗き込んだ。
彼の目が、瞬時に分析モードに切り替わる。
「……これは紙じゃないね。極薄のシルク……それも、魔力を帯びているから、おそらく使い魔の糸だ」
ノアは栞状になった糸の塊を観察し、周囲の書架を見渡した。
「リナさん、ちょっと他の本も確認してみよう。この本だけじゃないかも」
二人が捜査を進めると、絵本コーナーのあちこちで同様の現象が見つかった。
『ちいさな汽車の旅』――終着駅に到着する直前。
『さよなら、森のともだち』――別れの挨拶を交わすシーン。
「共通点がある。すべて物語の終わりや決定的な別れが描かれているページだね」
***
捜査の途中、リナは【作戦その2:書架の隙間から見つめる】に挑んでいた。
本棚の向こう側を歩くノアを、本が抜けている隙間からじっと見つめる。
(気づいて……こっち見て……!)
ノアがふと足を止め、隙間からリナの視線に気づいた。
「リナさん」
「……っ! な、なに、ノア君?」
「そっちの棚、何か手がかりはあったかな? 僕たちがこの栞の第一発見者だとしたら、まだ使い魔とその主が近くにいると思ったんだけど」
ノアは真面目な顔で捜査状況を確認してきた。
リナは「う、ううん。こっちは異常なしだし……」と力なく答えるしかなかった。
***
やがて、閲覧コーナーの隅にある小さなソファで、一人の男の子を見つけた。
まだノアたちの半分くらいの歳の、幼い男の子だ。
彼の膝の上には一冊の絵本。
そして、その本の上を、一匹の白い幼虫がゆっくりと這っていた。
「……あれは、白繭虫だね」
ノアが囁く。
その幼虫は魔力を食べ、粘着性の高い糸を吐き出す使い魔だ。
男の子が「ばいばい」という文字を目にするたび、幼虫は彼の心を保護するようにそのページを糸で塗りつぶし、物理的な「栞」を作って読書を中断させていたのだ。
「こんにちは。悲しい顔をしてたから心配になって声をかけてしまったけど……大丈夫?」
「……言いたくないもん。言ったら、みんなといられなくなるもん」
男の子は悲しそうに呟いている。
男の子はエミルと言うそうだ。
彼は震える声で告白する。
どうやら、父親の仕事の都合で、この街から遠いところへ引っ越すことになったらしい。
仲の良いの友達にその事実を告げる勇気が持てず、彼は図書館で「お別れ」の絵本を読むことで心の準備をしようとしたが、そのたびに使い魔が「見たくない現実」を覆い隠してしまっていた。
リナは胸が痛んだ。
今の楽しい関係を壊したくないという臆病さは、ノアへの想いを隠し続け、一歩踏み出せない自分とどこか重なっていたからだ。
しかし、ノアはエミルの前に屈み込み、優しく語りかけた。
「エミル君の使い魔は、君が傷つくのを止めようとしているんだね。とっても優しい子だ」
ノアは、白く塞がれたページにそっと指を添えた。
「でもね、エミル君。ページを閉じても、物語が消えるわけじゃない。……物語における『ばいばい』は、終わりじゃないんだよ。その次のページには必ず、『元気でね』と『また会おう』が続くんだ」
ノアが魔力を流すと、停滞していた糸がサラサラと解け、隠されていた文字が現れた。
それは、主人公たちが涙を拭い、再会を誓って力広く手を振るシーンだった。
「君の物語も、ちゃんと続きを書いてごらん。じゃないと、君の使い魔もずっと、悲しい糸を吐き続けなきゃいけなくなる」
エミルはそれを見て、ゆっくりと立ち上がった。
「……うん。僕、ちゃんとみんなに『またね』って言ってくる」
エミルが顔を上げた時、ノアはその肩にいる白い幼虫に、指先でそっと触れた。
「君の糸は、とても綺麗だったよ。……次はきっと、エミル君と誰かを繋ぐための糸になるね」
幼虫はくすぐったそうに身をよじり、少しだけ白く輝いた気がした。
***
帰り道。
暮れに染まる街並みを歩きながら、リナはため息をついた。
(結局、あたしの作戦、何一つ効かなかったなぁ……)
ノアは相変わらず、子供相手でも物語の誠実さを説くような人だ。
そんな真摯な様子に惹かれるものの、色恋に興味が向いていなさそうにも見え、自分の想いはやっぱりあの白い糸みたいに閉じ込めたままがいいのかもしれない、と思ってしまう。
「……ねえ、ノア君」
「ん? どうしたの、リナさん」
リナは振り返り、隣を歩くノアに、精一杯の強がりを言おうとした。
その時、ノアが不意に足を止め、リナの方へ向き直った。
「あ、さっきのシルク。……じっとしてて」
ノアの手が、リナの顔のすぐ横に伸びる。
あまりの近さに、リナの心臓が爆発しそうな音を立てる。
ノアは付着していた白い糸を丁寧に摘み取ると、独り言のように、けれど確信を持って呟いた。
「……よし、取れた。リナさんは綺麗だから……。突然ごめんね」
「~~~~っ!!?」
ノアは摘み取った糸を懐紙に包むと、琥珀色の夕闇に溶け始めたブックカフェを振り返った。
「今日はバタバタしてごめんね。せっかく誘ってくれたのに、ゆっくり珈琲も飲めなかった。……次はあそこで、お薦めの本の話でもしながら、ゆっくりお茶しようか」
「つ、つぎ……!? つぎって……デートの予約!?」
「デート?」とノアは首を傾げ、無防備な笑顔を向けた。
「あはは、そうだね。リナさんと一緒だと、退屈しなくて楽しいから」
あまりに自然に、あまりに当然のように彼は言った。
リナは鞄で顔を隠し、その場にしゃがみ込んでしまう。
雑誌で学んだ恋の駆け引きなんて、彼の天然の一言の前では、文字通り紙屑同然だった。
「リナさん? 急にどうしたの? 足でも挫いた?」
「……うるさいバカ! あたしは元気だし! ……もう――!」
最後の言葉は、リナの頭の上のモコが吐き出した照れ隠しの糸の音にかき消されたが、リナの心はもう、どんな白い糸でも隠しきれるものではなかった。
『やはりあの蜘蛛と主は不審な行動が多いです。改めて要警戒対象にします』
ノアの肩の上で、ロジが至極真面目な声で警戒を強める。
一方で、本体のパピエは翅を広げ、すべてを理解した上で、愉快そうに笑うような顔文字を浮かべていた。
( *´艸`)
「ロジ、そんなに警戒しなくても。リナさんは少し、秋風に当たりすぎて熱っぽいだけだよ」
三者三様の、噛み合わない会話が夕暮れに溶けていく。
この臆病な恋の物語に、赤い糸が絡み合うのはもう少し先かもしれない。
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