表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/37

第16話『闇夜に咲く星と、1ページの奇跡』

本日は連投ですので、ご注意ください。

 怪物が通してくれた道の先は、一本の長い回廊になっていた。


「……なんだ、これ?」


 足元の暗闇に、白い紙切れが落ち葉のように落ちていた。

 まるで道標のように。

 あるいは、誰かが落としていった涙の跡のように。


 俺はなんとなく気になって、その一枚を拾い上げた。

 ランタンの光を近づける。

 そこには、震えるような文字でこう書かれていた。


『私の声は、世界を壊してしまう』


 別の一枚を拾う。


『本当は、誰かと話したかった』

『ただ、おはようと言いたかった』


 これらは、さっきナレーションで語られた少女――セレスが書き捨てた「物語の欠片」だ。

 孤独に耐えきれず、書いては捨て、書いては捨てた、彼女の悲鳴そのもの。

 俺は無意識のうちに、その紙切れを一枚、また一枚と拾い集めていた。


 受付で聞いた「貴方が選ぶ『言葉』が貴方を導いてくれるでしょう」という説明があったのもそうだが、何よりこれらを捨ててはいけない気がしたんだ。


 回廊を抜けると、天井の高い塔の牢獄を模した空間に出た。

 その中央に、銀色の髪のウィッグをつけた少女――「魔女セレス」役の先輩が座り込んでいた。


 彼女は鎖に繋がれ、膝を抱えて震えている。

 演技だとは分かっている。

 でも、その姿があまりに孤独で、美しくて、俺は見入ってしまった。


『セレスは物語を書き続けました。けれど、孤独な彼女の物語は歪み、黒いノイズとなって彼女自身をも飲み込もうとしています』


 ナレーションと共に、教室の四隅から黒い影が伸び、彼女に迫る。


「来ないで……! 私は暗黒の魔女よ!」


 少女が叫ぶ。その声は悲痛だった。


「私の周りには闇しかない! 私がいると世界が汚れてしまう……だから、誰も愛してくれない!」


 彼女が顔を上げた。

 その頬には、光る涙のシールが貼られている。

 俺の手の中にある、拾い集めた「物語の欠片」が、カサリと音を立てた。

 この悲しい言葉たちを、このまま終わらせちゃいけない。


『探求者よ。拾い集めた「物語」と、選び取った「想い」を灯し、彼女に届けよ』


 その合図で、俺を含めたその場にいた数人の客が、一斉にランタンを彼女に向けた。

 「友達になりたい」のカードと、ここまで拾ってきた紙切れを強く握りしめて。


「……届けッ!」


 俺たちが光を向けた、その瞬間だった。


 カッ……!


 俺の手の中で、拾い集めた紙切れが光を帯びた。

 紙に書かれていた『寂しい』『辛い』という文字が、インクの殻を破って黄金色の光に変わる。

 その光は、ランタンの灯りと混ざり合い、手の中から溢れ出した。


 ヒュンッ、ヒュンッ!


 手から放たれた無数の光の粒は鱗粉のようであり、それは天井へと昇っていく。

 そして、天井に張り巡らされていた「見えない糸」に吸い込まれ、乱反射し、拡散した。


「え……?」


 俺は言葉を失った。


 真っ暗だった教室の天井と壁が、消えた。

 いや、「無限の星空」に変わったのだ。


 俺たちが拾い集めた悲しい言葉たちが、一つ一つの星となって輝き出し、360度すべてが満点の星空になった。

 プラネタリウムなんてレベルじゃない。まるで宇宙空間に放り出されたような没入感。


「きれい……。あれ、文字か?」


 誰かが呟いた。

 よく見ると、瞬いている光の粒は、無数の「引用符」や「句読点」、あるいは小さく輝く文字だった。

 誰にも届かなかった彼女の言葉が、星となって彼女自身を照らしている。


 サラサラ、サラサラ……。


 静寂の中に、耳を澄ませなければ聞き逃してしまうほどの、繊細な音が降ってきた。

 それは、古い本のページを指で撫でた時のような、乾いた、けれど温かい音色。

 星屑となった言葉たちが、魔女セレスの背中へと舞い落ち、優しく降り積もっていく。


 彼女が羽織っていた漆黒のボロ布が、光を吸い込み、キラキラと輝く『星空のマント』へと変化したのだ。


 その圧倒的な美しさに、彼女を襲っていた黒い影は浄化され、消えていく。

 代わりに、光の中から「真っ白な小竜」の幻影が浮かび上がり、彼女に優しく寄り添った。


 ここで、ナレーションではなく、魔女セレス自身の声が響いた。

 それは台本かもしれないけれど、心からの言葉のように聞こえた。


「……闇は、孤独な色じゃなかった」


 彼女は星空を見上げ、涙を拭って微笑んだ。


「闇は……星を一番きれいに輝かせるための、夜の色だったのね」


 彼女は立ち上がり、俺たちの方を見た。

 その笑顔は、さっきまでの絶望が嘘のように晴れやかで、眩しかった。


「ありがとう。……私の物語を、拾ってくれて」


 ***


「……すっげぇ」


 教室を出た後も、俺のドキドキは止まらなかった。

 出口でランタンとカードを返却する時、ふと入り口の「解読不能な壁」を振り返った。

 明るい廊下から見ると、あの不気味だった文字の配列が、実は「夏の星座」の形になっていたことに気づいたからだ。


「最初から、星はそこにあったのか……」


 その鮮やかさに、鳥肌が立った。

 派手な爆発や召喚獣だけが魔法じゃない。

 人の心をここまで動かす演出も、すごい魔法だった。


 俺は興奮を冷ますために、少し離れた自販機コーナーへ向かった。

 そこで、ある光景を目撃した。


 教室の裏口。

 そこには、この出し物を作ったと思われる2年A組の生徒たちがいた。

 「黒い怪物」の衣装を脱いで汗だくになっている巨漢の先輩。

 「疲れたー」と言いながら、指先から紫色の糸を回収している派手なギャルの先輩。


 そして、その中心に、一人の地味な男子生徒が立っていた。

 確か、図書委員のノア先輩だ。

 彼が総監督だったのだろうか。


「……あ」


 俺は息を呑んだ。

 ノア先輩の前に、一人の女子生徒が立っていたからだ。

 長い銀髪。凛とした佇まい。

 学園の生徒なら誰もが知っている、生徒会長――セレスティア先輩だ。


 その完璧すぎる言葉と振舞いで生徒会を支配している彼女。

 誰も寄り付かない孤独なカリスマである彼女の姿が、さっきの劇中の魔女と重なる。


 今は非番なのか、腕章は外した制服姿で客として来ていたらしい。

 手にはあのアトラクションのパンフレットを持っている。


 俺の位置からは、二人の会話までは聞こえない。

 けれど、セレスティア会長は、いつもの冷徹な表情ではなく、どこか少女のような、恥ずかしそうな顔で俯いていた。


 彼女は何かを一言、二言、ノア先輩に告げた。

 ノア先輩が驚いたように目を丸くし、それから優しく微笑んで頷く。


 夕日が差し込む廊下で、その光景はまるで映画のワンシーンのように美しかった。

 俺は邪魔をしてはいけないと思い、そっとその場を離れた。


「……すげぇや、ステラ・マリス」


 俺は空を見上げた。

 この学園に来てよかった。

 いつか俺も、あんな風に誰かの心を震わせる魔法使いになりたい。


 胸に小さな憧れの灯を抱いて、俺は祭りの喧騒の中へと戻っていった。


 ***


 俺が去った後の廊下。

 誰もいなくなった教室の入り口で、壁に書かれた文字が一瞬だけ、ノイズのように歪んだ。

 『夏の星座』に見えていた文字の羅列が、一瞬だけ、別の言葉を形作った気がした。


『愛おしい』


 けれど、次の瞬間には元の静寂に戻っていた。

 祭りの夜は、まだ続いていく。

最後までお読みいただきありがとうございます!

もし面白いと感じていただけましたら、【評価】や【ブックマーク】をお願いします。


明日の19時も、図書室でお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ