第16話『闇夜に咲く星と、1ページの奇跡』
本日は連投ですので、ご注意ください。
怪物が通してくれた道の先は、一本の長い回廊になっていた。
「……なんだ、これ?」
足元の暗闇に、白い紙切れが落ち葉のように落ちていた。
まるで道標のように。
あるいは、誰かが落としていった涙の跡のように。
俺はなんとなく気になって、その一枚を拾い上げた。
ランタンの光を近づける。
そこには、震えるような文字でこう書かれていた。
『私の声は、世界を壊してしまう』
別の一枚を拾う。
『本当は、誰かと話したかった』
『ただ、おはようと言いたかった』
これらは、さっきナレーションで語られた少女――セレスが書き捨てた「物語の欠片」だ。
孤独に耐えきれず、書いては捨て、書いては捨てた、彼女の悲鳴そのもの。
俺は無意識のうちに、その紙切れを一枚、また一枚と拾い集めていた。
受付で聞いた「貴方が選ぶ『言葉』が貴方を導いてくれるでしょう」という説明があったのもそうだが、何よりこれらを捨ててはいけない気がしたんだ。
回廊を抜けると、天井の高い塔の牢獄を模した空間に出た。
その中央に、銀色の髪のウィッグをつけた少女――「魔女セレス」役の先輩が座り込んでいた。
彼女は鎖に繋がれ、膝を抱えて震えている。
演技だとは分かっている。
でも、その姿があまりに孤独で、美しくて、俺は見入ってしまった。
『セレスは物語を書き続けました。けれど、孤独な彼女の物語は歪み、黒いノイズとなって彼女自身をも飲み込もうとしています』
ナレーションと共に、教室の四隅から黒い影が伸び、彼女に迫る。
「来ないで……! 私は暗黒の魔女よ!」
少女が叫ぶ。その声は悲痛だった。
「私の周りには闇しかない! 私がいると世界が汚れてしまう……だから、誰も愛してくれない!」
彼女が顔を上げた。
その頬には、光る涙のシールが貼られている。
俺の手の中にある、拾い集めた「物語の欠片」が、カサリと音を立てた。
この悲しい言葉たちを、このまま終わらせちゃいけない。
『探求者よ。拾い集めた「物語」と、選び取った「想い」を灯し、彼女に届けよ』
その合図で、俺を含めたその場にいた数人の客が、一斉にランタンを彼女に向けた。
「友達になりたい」のカードと、ここまで拾ってきた紙切れを強く握りしめて。
「……届けッ!」
俺たちが光を向けた、その瞬間だった。
カッ……!
俺の手の中で、拾い集めた紙切れが光を帯びた。
紙に書かれていた『寂しい』『辛い』という文字が、インクの殻を破って黄金色の光に変わる。
その光は、ランタンの灯りと混ざり合い、手の中から溢れ出した。
ヒュンッ、ヒュンッ!
手から放たれた無数の光の粒は鱗粉のようであり、それは天井へと昇っていく。
そして、天井に張り巡らされていた「見えない糸」に吸い込まれ、乱反射し、拡散した。
「え……?」
俺は言葉を失った。
真っ暗だった教室の天井と壁が、消えた。
いや、「無限の星空」に変わったのだ。
俺たちが拾い集めた悲しい言葉たちが、一つ一つの星となって輝き出し、360度すべてが満点の星空になった。
プラネタリウムなんてレベルじゃない。まるで宇宙空間に放り出されたような没入感。
「きれい……。あれ、文字か?」
誰かが呟いた。
よく見ると、瞬いている光の粒は、無数の「引用符」や「句読点」、あるいは小さく輝く文字だった。
誰にも届かなかった彼女の言葉が、星となって彼女自身を照らしている。
サラサラ、サラサラ……。
静寂の中に、耳を澄ませなければ聞き逃してしまうほどの、繊細な音が降ってきた。
それは、古い本のページを指で撫でた時のような、乾いた、けれど温かい音色。
星屑となった言葉たちが、魔女セレスの背中へと舞い落ち、優しく降り積もっていく。
彼女が羽織っていた漆黒のボロ布が、光を吸い込み、キラキラと輝く『星空のマント』へと変化したのだ。
その圧倒的な美しさに、彼女を襲っていた黒い影は浄化され、消えていく。
代わりに、光の中から「真っ白な小竜」の幻影が浮かび上がり、彼女に優しく寄り添った。
ここで、ナレーションではなく、魔女セレス自身の声が響いた。
それは台本かもしれないけれど、心からの言葉のように聞こえた。
「……闇は、孤独な色じゃなかった」
彼女は星空を見上げ、涙を拭って微笑んだ。
「闇は……星を一番きれいに輝かせるための、夜の色だったのね」
彼女は立ち上がり、俺たちの方を見た。
その笑顔は、さっきまでの絶望が嘘のように晴れやかで、眩しかった。
「ありがとう。……私の物語を、拾ってくれて」
***
「……すっげぇ」
教室を出た後も、俺のドキドキは止まらなかった。
出口でランタンとカードを返却する時、ふと入り口の「解読不能な壁」を振り返った。
明るい廊下から見ると、あの不気味だった文字の配列が、実は「夏の星座」の形になっていたことに気づいたからだ。
「最初から、星はそこにあったのか……」
その鮮やかさに、鳥肌が立った。
派手な爆発や召喚獣だけが魔法じゃない。
人の心をここまで動かす演出も、すごい魔法だった。
俺は興奮を冷ますために、少し離れた自販機コーナーへ向かった。
そこで、ある光景を目撃した。
教室の裏口。
そこには、この出し物を作ったと思われる2年A組の生徒たちがいた。
「黒い怪物」の衣装を脱いで汗だくになっている巨漢の先輩。
「疲れたー」と言いながら、指先から紫色の糸を回収している派手なギャルの先輩。
そして、その中心に、一人の地味な男子生徒が立っていた。
確か、図書委員のノア先輩だ。
彼が総監督だったのだろうか。
「……あ」
俺は息を呑んだ。
ノア先輩の前に、一人の女子生徒が立っていたからだ。
長い銀髪。凛とした佇まい。
学園の生徒なら誰もが知っている、生徒会長――セレスティア先輩だ。
その完璧すぎる言葉と振舞いで生徒会を支配している彼女。
誰も寄り付かない孤独なカリスマである彼女の姿が、さっきの劇中の魔女と重なる。
今は非番なのか、腕章は外した制服姿で客として来ていたらしい。
手にはあのアトラクションのパンフレットを持っている。
俺の位置からは、二人の会話までは聞こえない。
けれど、セレスティア会長は、いつもの冷徹な表情ではなく、どこか少女のような、恥ずかしそうな顔で俯いていた。
彼女は何かを一言、二言、ノア先輩に告げた。
ノア先輩が驚いたように目を丸くし、それから優しく微笑んで頷く。
夕日が差し込む廊下で、その光景はまるで映画のワンシーンのように美しかった。
俺は邪魔をしてはいけないと思い、そっとその場を離れた。
「……すげぇや、ステラ・マリス」
俺は空を見上げた。
この学園に来てよかった。
いつか俺も、あんな風に誰かの心を震わせる魔法使いになりたい。
胸に小さな憧れの灯を抱いて、俺は祭りの喧騒の中へと戻っていった。
***
俺が去った後の廊下。
誰もいなくなった教室の入り口で、壁に書かれた文字が一瞬だけ、ノイズのように歪んだ。
『夏の星座』に見えていた文字の羅列が、一瞬だけ、別の言葉を形作った気がした。
『愛おしい』
けれど、次の瞬間には元の静寂に戻っていた。
祭りの夜は、まだ続いていく。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし面白いと感じていただけましたら、【評価】や【ブックマーク】をお願いします。
明日の19時も、図書室でお待ちしております。




