第15話『三枚のカードと、没入する読者』
本日は連投ですので、ご注意ください。
「おいマイク! こっちだ、騎士科の模擬戦が始まるぞ!」
「待てよ! ったく、お前は体力あり余りすぎだろ……」
俺――マイク・スミスは、人混みをかき分けながら、友人の背中を追いかけた。
ここは私立ステラ・マリス学園。
魔導工学科、騎士科、召喚・精霊科、総合魔導科の4つの専門学科を擁する名門校だ。
普段の実技授業は学科別だが、ホームルーム単位のクラスは「将来のパーティ編成」を見越して全学科混合で編成されるのがこの学園の特徴だ。
そのため、年に一度の夏祭りは、脳筋の騎士科が資材を運び、魔導工学科が照明を組み、召喚・精霊科がパレードを行うという、学園全体がカオスな熱気に包まれる一大イベントとなる。
田舎から出てきたばかりの1年生である俺には、この熱量は少し刺激が強すぎた。
「はぁ、はぁ……。悪い、俺ちょっと休憩したい」
「なんだよ、だらしねぇな。じゃあ俺、先に行ってるからな!」
友人は人波に消えていった。
俺は一人、静かな場所を求めて校舎の隅へと歩いた。
そこで、異様な光景を目にした。
「……なんだ、ここ?」
校舎の3階、2年A組の教室前。
そこだけ空気が違っていた。
廊下を埋め尽くすほどの長蛇の列ができているのに、誰も騒いでいない。
みんな、期待と少しの緊張を帯びた顔で、その入り口を見つめている。
教室の入り口は黒いベルベットの布で完全に覆われており、中の様子は全く見えない。
看板には、禍々しくも美しい文字でこう書かれていた。
『没入型・魔導書迷宮 ――その解釈は、世界を救う――』
「没入型……?」
噂では、最初に出した「図書室の歴史展」が生徒会に却下され、急遽作り直した出し物だと聞いていた。
それが、どうしてこんなに人を集めているんだ?
「次の方、どうぞ」
受付に立っていたのは、古き良き魔女の帽子を被った女子生徒だった。
彼女は俺に、古びた「ランタン」と、「3枚のカード」を手渡した。
「この物語の主人公は貴方です。中は『魔法禁止区域』。杖は使えません。このランタンの光と、貴方が選ぶ『言葉』が貴方を導いてくれるでしょう」
「言葉……?」
俺は手渡されたカードを見た。
厚手の紙には、古書の挿絵にあるような装飾的な枠が描かれており、その中にそれぞれ異なるセリフが記されている。
- A:『悪しき獣よ、ここから立ち去れ!』
- B:『命だけは助けてください!』
- C:『君と、友達になりに来たんだ』
「迷宮の奥には、悲しみに囚われた『黒い怪物』がいます。怪物を前にした時、貴方が正しいと思うカードを掲げてください」
俺はゴクリと唾を飲み込み、ランタンとカードを握りしめた。
ただのお化け屋敷じゃない。
本物の冒険に挑むような緊張感だ。
入口の壁には「解読不能の文字列」が疎らに描かれており、おどろおどろしさを感じる。
俺は黒い幕を開け、その闇の中へと足を踏み入れた。
***
一歩入った瞬間、俺は息を呑んだ。
「……ここ、本当に教室か?」
そこは完全な闇だった。
窓からの光は一切なく、外の喧騒も完全に遮断されている。
冷たい空気と、静寂。そして、遠くで響く鎖の音。
(すげぇ……。完璧な防音結界と、遮光カーテン……いや、もっと深い闇を感じる)
『――昔々、ある王国に「セレス」という少女がいました』
突然、頭上からナレーションが響いた。
落ち着いた、知的な男性の声だ。
どこか眠気を誘うような、不思議と耳に馴染む穏やかな声。
『彼女は生まれつき強大な魔力を持っており、彼女が口にする言葉はすべて「現実」になってしまうため、誰も彼女に近づこうとしませんでした。傷ついたセレスは、世界の果てにある塔に引きこもり、自分の心を閉ざしました。唯一の友達は、真っ白な小竜だけ……』
物語の導入と共に、暗闇の中にぼんやりと文字が浮かび上がった。
壁一面に、見たこともない複雑な記号がびっしりと書かれている。
「……読めない。呪文か?」
俺がランタンを近づけると、その記号の一部が青く反応した。
文字の意味は分からない。
けれど、そこから「寂しい」「誰か」「聞いて」という、切実な感情が流れ込んでくる気がした。
さらに奥へ進むと、壁の文字が変化した。
俺はランタンをかざして、その意味を読み取ろうとした。
『勇者ハ イラナイ。剣デ 私ヲ 救ワナイデ』
『下僕ハ イラナイ。私ヲ 畏レテ 跪カナイデ』
「……勇者も、下僕も、いらない?」
その時だ。
「■■■■――ッ!!」
通路の奥から、耳をつんざくような咆哮が響いた。
黒いボロ布と、文字の書かれた紙を全身に貼り付けた、巨大な「黒い怪物」が現れたのだ。
「うわっ!?」
俺は腰を抜かしそうになった。
着ぐるみのようなチープさはない。
その巨体は、まるで重力に逆らうようにゆらりと浮いており、紙の隙間からはインクのような黒い靄が漏れ出している。
その怪物から発せられるプレッシャーは、本物の魔物――いや、歴戦の騎士のような重圧感があった。
(中の人、騎士科の先輩か!? ……人間がどうやってあんな動きを?)
『セレスは塔の中で、寂しさを紛らわせるために「物語」を書き続けました。 しかし、彼女の孤独があまりに深かったため、セレスの物語は歪み、ノイズとなって溢れ出しました。 親友である小竜は、セレスの悲しみを吸い取り続け、やがて真っ黒な「文字化けの怪物」へと変貌してしまいました。 怪物はセレスを守るため、塔に入ってくる人間を排除しようと襲いかかります』
怪物は俺を睨みつけ、通せんぼをするように腕を広げた。
その腕には、『拒絶』『破壊』『帰レ』という赤い文字が浮かんでいる。
「くっ……!」
怪物が一歩踏み出してくる。
本能的な恐怖で足がすくむ。
俺は震える手で、受付で貰った3枚のカードを取り出した。
A:『悪しき獣よ、ここから立ち去れ!』
(……いや、待てよ。さっき壁に書いてあった。『勇者は要らない』って。これじゃあ、剣で彼女を救おうとする勇者と同じだ)
B:『命だけは助けてください!』
(これも違う。『下僕も要らない』んだ。怯えて許しを乞うような相手じゃ、彼女の孤独は癒やせない)
俺は必死に考えた。
勇者でもなく、下僕でもない。
彼女が本当に求めていたのは、ただの対等な存在……。
「これしか、ない」
俺は覚悟を決め、Cのカードを高々と掲げた。
C:『君と、友達になりに来たんだ』
ランタンの光がカードを照らす。
その瞬間、カードに書かれた文字が黄金色に輝き、ふわりと空中に浮かび上がった。
「……?」
怪物は、きょとんとしたように動きを止めた。
空中に浮かんだ『友達』という文字が、怪物の腕の『拒絶』という文字に触れると、赤い文字はシュワシュワとインクになって溶けていった。
怪物は不器用に、恥ずかしそうに体をずらし、奥へと続く道を開けてくれたのだ。
「……通して、くれるのか?」
怪物は答えず、ただ小さく頷いたように見えた。
俺は安堵のため息をつき、その横を通り抜けた。
カードを選んで、物語を進める。
この体験は、ただ見るだけの劇とは全く違う。
自分でヒントを探し、言葉を選び、物語の一部になる感覚。
それに何より、今、俺が選んだ言葉が「通じた」という感覚が、妙に胸を熱くさせた。
俺はランタンを掲げ直し、さらに深い闇の奥――魔女のいる最深部へと進んでいった。
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