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第14話『編集者の覚醒と、最後の解釈』

「……面白い、ですって?」


 セレスティア先輩の声が震えた。

 彼女は床に蹲ったまま、涙に濡れた瞳で僕を睨みつけた。


「嘘よ! 慰めなんていらない! 『世界を滅ぼす』とか『すべてを無に帰す』とか……こんな子供っぽい設定、笑いものにするつもりでしょう!?」


 彼女の自己否定に呼応して、黒いノイズの獣が咆哮を上げる。

 生徒会室の壁が、床が、黒い文字化けに侵食され、世界が塗りつぶされていく。


「嘘じゃありません!」


 僕は一歩も引かなかった。

 暴風の中で本を広げ、荒ぶる言葉の羅列に目を通す。


「確かに、今のままじゃ破壊的すぎる。熱量が暴走して、物語が悲鳴を上げている。……だから、僕が整えます!」


 僕はペンを取り出し、空中に浮かぶノイズに向かって、言葉を紡ぎ始めた。


「例えば、この記述。『煉獄の炎で世界を焼き尽くす竜』……」


 僕は首を横に振った。


「違います。この炎は、破壊のためのものじゃない。……設定を読み解けば、この竜は孤独な主人公を温めようとしている。だとしたら、こう表現すべきです」


 僕は、その場の空気を支配するように、力強く告げた。


「『凍てつく夜に、迷い人を導くために篝火を灯す竜』……と!」


 その瞬間。

 暴れ回っていた黒い獣の身体から、どす黒い靄が剥がれ落ちた。

 代わりに、その内側から温かな橙色の光が漏れ出し始める。


「な……?」


 セレスティア先輩が顔を上げる。

 僕は止まらない。

 次のページ、次の設定へと進む。


「次はこれだ。『誰も触れられぬ虚無の鱗』。……これも違う! これは拒絶じゃない、繊細さの裏返しだ!」


 僕は叫ぶ。


「『星空を映し込むほどに澄み切った、夜色の鱗』!」


 僕が言葉を重ねるたびに、セレスティア先輩の使い魔――ブランの姿が変わっていく。

 不気味なノイズは消え去り、その身体は美しい流線型へと収束していく。

 黒い靄は「夜空」へ。 赤い眼光は「瞬く星」へ。


 ただの設定資料だった無機質な言葉が、僕の解釈によって物語としての脈動を始め、ブランという存在が再定義されていく。


「あ……あぁ……」


 セレスティア先輩は呆然と、その変貌を見つめていた。

 彼女が破壊だと思っていたものは守護へ。

 虚無だと思っていたものは深淵な美へと書き換わっていく。


「そして、最後。……『世界に背を向けた孤独な魔女』」


 僕はノートを閉じ、蹲る彼女に手を差し伸べた。


「違いますよね、作者さん。……彼女は、背を向けていたんじゃない」


 僕は、目の前で美しく輝き始めた小さな竜を見上げた。

 ブランは今や、星座を繋ぎ合わせたような、幻想的な「星空の妖精竜」の姿に定着していた。


「彼女は、『誰よりも高い場所で、一番綺麗な星を探していた女の子』だ」


 ブランが嬉しそうに一声鳴き、セレスティア先輩の膝元に舞い降りた。

 その光は優しく、彼女の涙を照らした。


「……私の妄想が……こんなに綺麗な物語になるなんて……」


 セレスティア先輩は、震える手でブランを撫でた。

 ブランの鱗はもうザラザラとしたノイズではない。

 滑らかで、温かい星の感触がした。


「綺麗……。これが、私が書きたかった……」


 彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 それは悔し涙でも、恥ずかしさの涙でもない。

 自分の内側にあった混沌とした世界が、初めて肯定され、美しい形を与えられたことへの救済の涙だった。


 ***


 騒動が収まり、静寂が戻った生徒会室。

 セレスティア先輩は紅茶を淹れてくれた。

 その手つきは優雅だが、目は少し腫れている。


「……話すわ。すべて」


 彼女はカップを見つめながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私の使い魔、ブランは……生まれつき形を持たない不定形の精霊なの」


「形を持たない?」


「ええ。主人の精神状態――イメージに合わせて姿を変える。……だから私は怖かった。私が完璧な生徒会長を演じようとすればするほど、抑圧された本音が漏れ出して、ブランはあんな歪な怪物になってしまう」


 だから彼女は、物語を書いた。

 ブランに「カッコよくて強い姿」という設定を与えて、形を固定しようとしたのだ。


「でも、書けば書くほど言葉は暴走して、破壊的な内容になっていったわ。……自分でも収拾がつかなくなって……私はこのノートを、図書室の奥にある古い書架の隙間に隠したの」


「図書室に?」


「ええ。でもただ隠すだけじゃ不安だったから、認識阻害の術式を掛けたわ。文字の配列をねじ曲げて、誰の目にも意味のない古代ルーン文字の羅列に見えるように」


『……ただの意味のない古代ルーン文字の羅列などではありません』


 突然、ロジが独り言のように声を上げた。

 けれど、ハッとしたように口を閉ざし、青い翅を明滅させて黙り込んでしまう。

 何か言いたげだが、今はその時ではないと判断したようだ。


「……ありがとう。でも、あなたたちに見つかってしまった。そして、誰にも理解されたくなくて、世界から隔絶した言葉を使ったつもりだったのに読み解かれてしまった……」


 彼女は苦笑して、膝の上の星空の妖精竜を撫でた。


「きっと、この子がやったのね。私一人じゃ、この物語を完成させられないってわかっていたから。だから、人目に付く場所にこっそり移動させた」


「……本当に、ブランだけの意志でしょうか?」


 僕は静かに問いかけた。


「え?」


「使い魔は、主人の心の鏡です。ブランがそうしたということは、貴方自身の心の奥底でも、それを望んでいたんじゃないですか?」


 僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「いつか誰かに、この術式を解読してほしい。そして、中の物語を見つけてほしい、と。……だから厳重な金庫に入れたりなどせず、初めから誰でも入れる図書室に隠していた」


「……っ」


 セレスティア先輩はハッとして、口元を手で覆った。

 自分の行動の矛盾。

 その答えを突きつけられ、彼女の頬に朱が差す。


「……そうかも、しれないわね」


 彼女は観念したように微笑み、ブランの頭を優しく撫でた。


「私、ずっと待っていたんだわ。貴方のような、お節介な編集者が現れるのを」


 その言葉は、僕の胸に深く刺さった。

 僕はずっと、自分には何もないと思っていたから。


「……僕は、ずっとコンプレックスでした」


 僕は正直な気持ちを吐露した。


「ライアンのような行動力も、セレスティア先輩のような豊かな想像力もない。僕には0から1を生み出す才能がないって」


 僕は本を撫でた。


「でも、今日わかりました。僕は、散らばった1を集めて繋ぎ合わせて、100にすることが好きかもしれません」


 編集。

 それは、地味だけれど、物語を輝かせるためには不可欠な魔法だ。


「……セレスティア先輩。お願いします」


 僕は彼女の目を真っ直ぐに見た。


「この物語、僕たちに預けてくれませんか? 夏祭りで、この世界を具現化してみたいです」


「……」


「ブランのような美しい星空を再現するプランがあります。貴方の『設定』と、僕の『構成』があれば、絶対に成功します」


 セレスティア先輩は少し驚いた顔をして、それから……ふわりと、柔らかく微笑んだ。


「……いいわ。許可する。その代わり」


 彼女は小指を差し出した。


「絶対に、最高の物語にしなさいよ? ……編集者さん」


「はい。約束します」


 僕たちは指切りをした。

 その指先を通じて、確かな信頼が結ばれた気がした。


 ***


 翌日のホームルーム。

 僕は教壇に立ち、クラス全員の前で新しい企画を発表した。


 企画名は『没入型・魔導書迷宮』。


「――というわけで、生徒会長からの許可も得た。原作は『匿名の覆面作家』による完全新作ファンタジーだ」


 僕が概要を説明すると、教室中がどよめいた。


「迷宮探索とか燃えるじゃん!」 「なんかノア、前より自信満々だな?」


 ライアンがニカッと笑って親指を立てる。

 リナさんも目を輝かせて拍手してくれた。


 「地味」と言われた企画はもうない。

 ここにあるのは、クラス全員の個性を活かし、一人の少女の夢を叶えるための、最高に熱いプロジェクトだ。


(よし……!)


 僕は手元の進行表を握りしめた。

 夏祭りの本番まで、あと2週間。 忙しくなるぞ。

 でも、今の僕にはそれが楽しみで仕方なかった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

もし面白いと感じていただけましたら、【評価】や【ブックマーク】をお願いします。


ストックが溜まったので、10分後に続きを投稿いたします。

引き続き、図書室でお待ちしております。

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