第13話『生徒会室の訪問者と、第四の真実』
本日は連投ですので、ご注意ください。
放課後の校舎、最上階。
生徒会室の重厚な扉の前で、僕は一度深く深呼吸をした。
リナさんとライアンはいない。 僕が一人で対峙する。
「……行こう」
僕は覚悟を決めて、ノックをした。
「失礼します。2年のノア・アークライトです」
「……入りなさい」
凛とした声が響く。
僕は扉を開け、冷房が効いたように冷ややかな空気の中へと足を踏み入れた。
***
生徒会室には、彼女一人しかいなかった。
整然と並ぶ書類。磨き上げられたトロフィー。
その奥の巨大な執務机に、生徒会長セレスティア先輩は座っていた。
長い銀髪を揺るぎなく結い上げ、制服を着崩すことなく纏うその姿は、まさに「完璧」という言葉がふさわしい。
窓の外は完全に夜の闇に包まれているが、彼女の手元だけはデスクライトで明るく照らされている。
「あら、ノア君。こんな時間に何の用かしら?」
彼女は書類から目を離さずに言った。
「夏祭りの企画書なら、再考中よ。でも、あの『歴史展』じゃ許可は出せないわ。もっとこう……学園にふさわしい、革新的な出し物を考えなさい」
冷徹なダメ出し。
いつもの僕なら、ここで萎縮して引き下がっていただろう。
でも、今日の僕は違う。
「企画書の件ではありません、セレスティア先輩」
僕は一歩前に進み、鞄から二つのものを取り出して机に置いた。
昨夜拾った『歪んだ金色のペン先』。
そして、例の『解読不能の黒い革表紙の本』だ。
「……!」
セレスティア先輩のペンが止まった。
その完璧な表情に、一瞬だけ動揺の亀裂が走る。
だが、彼女はすぐに平静を装い、冷ややかな視線を僕に向けた。
「……何のつもりかしら? 忘れ物なら、廊下の届出ボックスに入れておいて」
「いいえ。これは貴方に直接返すべきものです。……作者さん」
僕がその言葉を口にした瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
セレスティア先輩はペンを置き、組んだ両手の上に顎を乗せた。
「……不愉快ね。なぜ、その汚いノートと壊れたゴミが、私のものだと思ったの?」
「推理しました。……いいえ、確信したんです」
僕は淡々と、しかし優しく事実を積み上げ始めた。
「まず、そのペン先です。特徴的な色のインクは『ミッドナイト・ブルー』。この学園で、生徒会が利用する特別な色です。また、万年筆の『スターライト・ゴールド』のペン先であることも確認しました」
「……生徒会なら、私以外にも副会長や書記、その他にもメンバーがいるわ」
「ええ。ですが、この本の内容が貴方を指し示しています」
僕は本を開き、末尾の計画を指差した。
「ここにある記述……『12の刻、円卓にて魔王たちの饗宴』、『15の刻、東の砦を視察』。……これらは、定期的な生徒会役員の『ランチミーティング』と『東校舎の清掃点検』の時間と完全に一致します」
セレスティア先輩の眉がピクリと跳ねる。
「……偶然の一致ね。スケジュールの共有を受けている人間なら、誰でも書けるわ。それに、喧伝しているわけではないけど、現にあなたも知っていたようだし、一般生徒にも知っている人はいるわ」
「そうですね。それだけなら、他の誰かの仕業かもしれません。……でも、もう一つ、こちらの内容からあなただと確信しました」
僕は本を閉じ、その禍々しい装飾文字で書かれた、表紙の著者名を彼女に向けた。
『 A . I . T . S . E . L . E . C 』
「文字解析をしてもらった結果、これはアイツ・エレク(Aits Elec)と記載されていると分かりました。そして、僕の使い魔はこれを古代語の雷を想起させる名前だと言いましたが……それは本質ではありません」
僕は持参したノートの切れ端に『 A . I . T . S . E . L . E . C 』と書き込み、セレスティア先輩に向けて掲げた。 彼女の後ろには窓ガラスがある。
続けて僕は窓ガラスを指差した。
夜の闇によって鏡のようになったガラスに、デスクライトに照らされたノートの切れ端が映り込む。
「鏡に映して、逆から読めば……答えは一つしかありません」
鏡の中で反転した文字は、はっきりとこう告げていた。
『 C . E . L . E . S . T . I . A 』 ――セレスティア、と。
「っ……」
セレスティア先輩の顔から、血の気が引いていく。
彼女は震える声で問いかけた。
「……仮に、それが私だとして。私がそんな『破壊工作の計画書』なんて書くと思う? 生徒会長の私が?」
「いいえ。これは計画書なんかじゃありません」
僕は首を横に振った。
「これは、小説の設定資料ですよね?」
「え……」
「初めは『時計塔が赤く染まり、終わりの鐘が鳴る』という記述を爆破予告だと勘違いしましたが……それは違います。これは、ただの『夕焼け』と『17時のチャイム』の描写でした」
僕は、彼女の目を見て素直な感想を伝えた。
「中庭における『緑の牢獄は解き放たれ、嘆きの泉が大地を溺れさせる』は、昼休みの情景を表していると予想しました。授業から解放されて生徒が中庭に出てくる様子と、中央にある女神像の噴水の水がキラキラと飛沫を上げて、地面を濡らしている美しい光景が目に浮かびます!」
「や、やめて……」
「ここの講堂の『血塗られた断頭台への階段を登る。深紅の帳が下りる時、偽りの王は審判の光に焼かれる』なんかは、なんて詩的で、ドラマチックな表現なんだろうと思いました! 演説のため壇上へと階段を上り、講堂の立派な赤いベルベットの緞帳が開かれ、ステージのスポットライトに演説者が照らされる。緊張感のある心情と光景を感じ取りました」
『納得しました。だから先ほどマスターは、これらの記述を夢の残骸と表現したのですね』
「うん。……セレスティア先輩、貴方の感性は、とても素敵です」
「うぅ……」
俯くセレスティア先輩の顔が、蒼白から一転して茹でダコのように赤くなる。
それは、犯罪を暴かれる恐怖ではない。
自分の脳内のポエムを、真顔で、しかも「素敵だ」と褒め殺しにされるという、耐え難い羞恥心だ。
「違う……違うわ! それは私のじゃない!」
彼女は椅子を蹴って立ち上がった。
論理的な反論はもう尽きている。あとは感情で否定するしかない。
「誰かが私の名前を使って、私を陥れようとしたのよ! 悪質な偽造だわ! 私がそんな……そんな子供っぽい『黒歴史』を書くわけがないでしょう!?」
彼女の必死な足掻き。
その声は裏返り、涙目になっている。
僕はそんな彼女を見て、最後の一手を指した。
「……もし偽造なら、どうして彼がいないんですか?」
「え?」
「貴方の使い魔です。彼はいつも貴方の傍らにいるはずなのに」
僕は部屋を見渡した。
完璧な生徒会長の側には、何もいない。
「昨日の夜、図書室で彼を見ました。彼は必死になってこの本を探していましたよ。……自分の身を挺して本棚を守るほど、大切そうに。今日、今も探しているのではないですか」
「あ……」
「主人の大切な『夢』が詰まった本だから、彼は必死だったんじゃないんですか?」
動かぬ証拠。
彼女の心の分身である使い魔の不在が、すべてを物語っていた。
その瞬間。
「…………いで」
「セレスティア先輩?」
「見ないで……言わないでよぉっ!!」
ドォォン!!
セレスティア先輩の絶叫と共に、爆発的な魔力が噴出した。
彼女の足元の影からではなく、部屋の四隅から大量の「黒いノイズ」が溢れ出し、部屋中を侵食し始める。
『警告! 視界情報において、室内の直線の消失、および壁面の不自然な膨張を観測。物理空間の維持が困難な状況にあります。……黒い獣の出現が予想されます!』
窓の外から、ガラスを突き破って黒い獣が飛び込んできた。
主人のパニックに呼応し駆けつけたのだろう。
その姿は昨日よりも巨大で、凶暴な姿に変貌している。
『グルルルルゥ……!!』
「あぁ……あああ……!」
セレスティア先輩は頭を抱えてその場に蹲った。
完璧な生徒会長の仮面は砕け散り、そこには自分の妄想を暴かれてパニックになった、一人の少女がいるだけだった。
「嫌ぁ……! 忘れて! 見ないで! 生徒会長がこんな……こんな恥ずかしい設定書いてたなんて、幻滅される! 笑われる!」
彼女の自己否定が、彼女の使い魔――ブランを暴走させている。
ブランは主人の「隠したい」という願いに従い、部屋中の全てを――僕を含めて――黒いノイズで塗りつぶそうと咆哮を上げた。
『マスター! 退避してください! このままでは物理的に消去されます!』
ロジが警報を鳴らす。
この時になって初めて、僕は自分の過ちに気づいた。
黒く塗りつぶされていく視界の中で、僕は拳を握りしめた。
(……しまった。興奮しすぎて、先輩を追い詰めてしまった。……そうじゃないんだ、僕が直接作者さんにこれを返したかった理由は――)
僕に足りなかったもの。
そして、彼女が持て余していたもの。
「笑ったりなんかしない!」
僕は暴風の中で声を張り上げた。
黒いノイズが僕の足元まで迫る。
それでも僕は、その本を高く掲げた。
「だってこれ……すっごく面白いじゃないですか!!」
その言葉に、暴走するノイズが一瞬だけピタリと止まった。
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