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第10話『夏祭りの難題と、第一の仮説』

 初夏の湿気が少しずつ引いていき、代わりに本格的な夏の日差しが差し込み始めた頃。

 私立ステラ・マリス学園は、年に一度の祭典「夏祭り」の準備期間に入り、浮き足立った空気に包まれていた。


 けれど、僕――ノア・アークライトの心は、どんよりと曇っていた。


 最近の僕は2年A組の「夏祭り実行委員・正代表」として奔走している。

 本来は暇な図書委員だが、「お前なら真面目だし、予算管理とか書類仕事も完璧だろ」というクラスメイトたちの推薦(という名の押し付け)により、断りきれずに引き受けた役回りだ。


 図書室のカウンターで、僕は一枚の紙を睨みつけながら、深いため息をついた。


「……こちらも『却下』か」


 手元にあるのは、僕が提出したクラスの出し物の企画書だ。

 タイトルは『知の探求・図書室の歴史展』。

 それに対する反応は、散々なものだった。


 クラスメイトからは「地味すぎる」「祭りで勉強したくない」「お前には遊び心がない」とブーイングの嵐。

 そして、最終決定権を持つ生徒会からは……。


『却下します。学園の品位を保ちつつ、もう少し革新的な提案を求めます。――生徒会長 セレスティア』


 角度によっては暗い青色にも見える、美しい黒のインクで達筆に書かれた冷徹なダメ出しの文字。

 完璧超人と名高い3年生、セレスティア先輩の壁は厚かった。


「はぁ……。遊び心と品位を両立させろなんて、無理難題だよ」


 僕は頭を抱えた。

 僕は本を読むのは好きだが、0から何か面白いものを生み出すクリエイティブな才能はない。

 このままでは、僕のクラスは出し物なしの休憩所になってしまう。


『マスター。眉間の皺の深まり、および一分間あたりのため息の回数が通常の3倍に達したことを確認。精神的な負荷が過剰であると予測。思考回路の冷却を推奨します』


 肩の上でロジが、淡々とだが僕を心配する声を上げる。

 パピエも心配そうに翅を明滅させている。

 彼女の翅には、困り顔の顔文字が浮かんでいた。


( ´・ω・` )


「ありがとう、ロジ、パピエ。でも、冷却してもアイデアは出てこないんだよ……」


『今回は独断専行が過ぎたのではないでしょうか。実行委員だからと言って、一人で張り切り過ぎです』


「はは……その通りだね。うん、周りに目を向けてみるよ」


 ***


「よぉノア! 辛気臭い顔してんなぁ!」


 静かな放課後の図書室に、場違いな大声が響いた。

 ドカドカと歩いてきたのは、赤毛の巨漢、ライアンだ。

 補習と追試のラッシュで放課後の図書室には姿を見せていなかったが、どうやら無事に生き残ったらしい。


「ライアン……。声が大きいよ。図書室では静かに」


「へへっ、やっと補習地獄から解放されたんだ。少しは騒がせろよ」


 ライアンはカウンターに身を乗り出すと、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「それよりノア。お前、夏祭りのネタで詰まってるんだろ? お前の資料、すげぇ見やすかったんだけどよぉ……。 まぁ、俺も推薦した手前、悪いと思ってるから、詫び代わりにいい刺激、仕入れてきたぜ」


「刺激?」


「おう。補習中に聞いたとっておきの怪談……最近更新された学園七不思議だ」


 ライアンは声を潜め、語り出した。


「最近、夕暮れ時の図書室に『顔のない亡霊』が出るらしい」


「亡霊?」


「ああ。そいつはフードを目深に被ってて、書架の間を彷徨いながら、ずっと呻いてるんだと。『……ぅぅ……ぅぅ……』ってな」


 ライアンの語り口は、意外にも臨場感があった。


「亡霊が探しているのは、一冊の『未完の魔導書』って噂だ。その本には、この世のものとは思えない『禁断の呪文』が書かれていて、近づくと空間が歪んで、平衡感覚がおかしくなるらしい……」


「……へえ。よくある怪談だね」


 僕は冷めた反応を返した。

 セドリック先輩の例もあるため多少気にはなるが、魔導学園なのだから幽霊の一人や二人の噂程度、珍しくもない。


「なんだよ、つまんねぇ反応だな! もっとこう、ビビれよ!」


「いや、だって……」


 ドクン。


 その時だった。

 僕の鞄の中で、何かが暴れた気がした。


「わっ!?」


 慌てて鞄を開けると、一冊の黒い革表紙の古びた本が、まるで共鳴するように微かに震えていた。

 それは以前、リナさんと課題用の資料として見つけ、課題の後もロジが気にしていたため貸出し延長し、ずっと持ち歩いていた『古代ルーン文字の資料』だった。


「なんか、前より……」


『――警告』


 ロジの声色が、瞬時に鋭いものに変わる。

 パピエはパッと飛び立つと、震える本の上空で静止し、青い瞳でじっと本を見つめる。


『マスター。以前から懸念していましたが、やはりこの書物の記述は異常です』


「異常?」


『……はい。以前の観測時と比較し、文字の輪郭の崩壊、および行間の不規則な収縮を確認。記述内容の「意味」が徐々に剥落していると予測します。これは、読む者の認識野を破壊し、論理的思考を奪う古代の言語汚染……バベル崩壊の呪具である可能性が高いです』


「バ、バベル……?」


 僕は震える本を見つめた。

 ただの印刷ミスだと思っていた文字化けが、そんな危険な代物だったなんて。

 そして、ライアンの話した「空間を歪ませる未完の魔導書」という特徴と一致しているように思われる。


 前はロジの言葉を聞き流していたが、以前は感じられなかった、この本から伝わってくる熱量を感じると強ち間違いではないと勘ぐってしまう。


「おいおいノア……。まさかお前、その亡霊の落とし物を持ってるのか?」


 ライアンが目を丸くしている。

 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……もしかして。この本を返してほしくて、亡霊は図書室を彷徨っているのかな」


 そう考えると、すべて辻褄が合う……気がする。

 僕がこの本を拾ってから、怪談が囁かれ始めたのだとしたら。


「決まりだな!」


 ライアンがバシッとカウンターを叩いた。


「そいつは過去に魔術実験で爆発した『魔術師の怨念』だ! 自分の研究成果が書かれたその本を探して、成仏できずにいるんだよ!」


 これが、僕たちが立てた第一の仮説(オカルト説)だった。


「よし! 今夜、図書室で張り込みをして、その亡霊っつーのをとっ捕まえようぜ! 物理的に浄化してやれば一件落着だ!」


 ライアンは鼻息を荒くして、腕をまくった。

 普段なら「危険すぎる」と止めるところだが……今の僕には、別の思惑があった。


(魔術師の怨念か……。もし本物なら、その『非日常』な体験は、僕のつまらない企画書を書き直すヒントになるかもしれない)


 不謹慎かもしれないが、僕はその「謎」に惹かれていた。

 日常の枠に収まりきらない遊び心が、そこにはある気がしたのだ。


「……分かった。やろう、ライアン」


 僕は震える本を鞄にしまい直し、力強く頷いた。


「ただし、物理的な浄化は最終手段だ。まずは現場の観察から始めよう」


「おう! 任せとけ! 俺の筋肉が火を噴くぜ!」


 こうして、夏祭りの準備で賑わう放課後の裏側で、僕たちによる幽霊狩りが幕を開けた。

 それが最高の物語の始まりだとは、まだ誰も気づいていなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

もし面白いと感じていただけましたら、【評価】や【ブックマーク】をお願いします。


ストックが溜まったので、10分後に続きを投稿いたします。

引き続き、図書室でお待ちしております。

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