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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第3章

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第1話 “同棲している彼女”

「同棲? なんで?」


 店長の同棲恋人発言があまりにも意味がわからなかったので、制服から仕事着に着替えて戻ってきた雫後輩に聞いてみたが、訝しまれてしまった。


 本当にわからないという顔をしていて、訊いた俺の方がバツが悪くなってしまう。


「店長に違うって言っても、『わかってますよ』みたいな顔で頷かれるだけだし」

「仕事できそうな美人で、実際仕事できるのに、人の話はあんまり聞いてないよね」


 新人は辛辣だった。

 バイトに入って1ヶ月もすると、仕事にも人にも慣れるものだろうか。去年、俺がこの店で働くようになったときは、もう少し新人っぽさも長く続いていた気が……そんなことないか。


 割とすぐに雑な態度を取ってた気がする、店長には。

 親しまれやすいのは人徳だと思うけど。


「雫後輩にもわかんないとなると、ほんとになんで勘違いしたんだ、あの人」

「そうだね」


 開いた手を顔の近くまで持ち上げた雫後輩が、指折り数え出す。


「一緒に出勤」

「学校から直行だからな」

「退勤も同じ」

「……アパート一緒だからな」

「住所は1桁違い」

「そりゃ隣で……あぁ」


 なんか、勘違いしそう。

 履歴書も、住所の細かいとこまで覚えてないだろうし、出退勤まで同じならそう見えなくもないのか。


「いやでも!」

「無駄な抵抗って感じの反応」


 言うな。


「バイト初日、新人バイトが雫後輩だって知らなかっただろっ?」

「でも、知り合いだったから」

「なんで後押ししてくれないの? 雫後輩の立ち位置はどこ?」

「つい」


 ついで誤解を深めようとしないでくれ。


 口元に指の甲を添えて上品に笑う雫後輩を恨めしく見る。

 告白されてたときも感じたけど、俺と恋人に見られることに抵抗がなさすぎる。


 都合がいいというのはわかるが、もっとなんか……あれよ。

 俺だけ恥ずかしがってるのがなんだかとても悔しく思える。


「それで、君は“同棲している彼女”を、植物園デートに誘ってくれる?」


 店長なら勘違いするという結論に至ったあと、雫後輩がからかい混じりに尋ねてくる。

 なかったことにしたかった。

 でも、エプロンのポケットから頭を出したチケットに視線が注がれていて、貰ってないとも言えない。さっさと財布にでも押し込んどくんだった。


 まぁ、もともとチケット1枚は雫後輩の分なんだろう。

 店長がいらぬ気を利かせたせいで、俺が2枚持ってるんだけど。


 とんだ福利厚生だ。

 心の中で店長を恨みつつ、ポケットからチケットを摘んで差し出す。


「雫後輩が嫌じゃなければ」

「華先輩となら、行こうかな」


 勘違いさせてくるよなぁ、ほんと。

 困った後輩だ。


「バックヤードでイチャイチャしてないで、早く働いてくださーい」


 してないやい。


  ◆◆◆


 その日の目覚めは、目覚ましではなく来客を告げるベルの音から始まった。


「……るさぃ」


 鼓膜を貫く電子音が不快で、知らず口から文句が漏れた。

 頭まですっぽり掛け布団を被っていやいや期に入ったが、もう1度ピンポーンと呼び出されて諦めた。


「……、だれぇ?」


 布団から這い出て、そのまま這って玄関モニターに向かう。壁を伝ってよいしょと立ち上がって、眠気の涙でぼやける視界をこする。


「はぃ」

『起きてる? 華先輩』


 どうにか呼び出しに出ると、モニターには雫後輩が写っていた。カメラを覗いているのか、琥珀の瞳が大きく映ってちょっと怖い。


 そっか、雫後輩か。

 眠気の残る頭の隅っこで勧誘とかじゃなくてよかったと思いながら、「おきてふぁ」と欠伸を混ぜて返答をすると、くすくす笑われた。


『君、声が寝てるよ?』

「そうへふか」


 起きたてだからそういうこともある。


「で、なんのよぅ?」

『今日はデート、だよね?』

「そうふぁね」


 一昨日、バイトのときに植物園に行こうと約束をした。

 デートかどうかについては議論の余地があるが、約束をしたのが今日だというのはうつらうつらした頭でも覚えている。


『約束の時間になったら華先輩が部屋まで呼びに行くって、話だったよね』

「そうふぁね」

『約束の時間は午前10時』

「……ふわ」

『今、何時?』


 いまぁ?

 何時ってそりゃ……何時だ?


 待ってろと一旦言い残して、通話を切る。

 ベッドの枕元にあったスマホを拾い上げて、時間を確認する。


「……7時2分」


 して、頭が痛くなる。

 コツコツと額を指で叩くとやけに響く。はぁ、と吐き出したのは不幸だろうか。


 体をひるがえして、足枷を嵌められたように重くなった足を引きずって玄関へ。そのまま扉を開けると、花咲くような笑顔に出迎えられた。


「華先輩、おはよ」

「……おはよ」


 と、固くなっている声を自覚しながら、紺色のワンピースを着て、楽しさが隠しきれていない後輩にスマホ画面を見せる。


「7時なんだが」

「うん、そうだね」


 あっさりと同意。

 3時間まぇ、と寄りかかった玄関扉から滑り落ちそうになっていると、僅かに屈んだ雫後輩がにっと見上げるように笑いかけてくる。


「楽しみすぎて来ちゃった。ダメだった?」

「……そういうのは彼氏に言えよ」

「“同棲している彼氏”、だよね?」

「寝ぼけてんのか」

「そうかも」


 と、またもやあっさり同意してくる。


「楽しみすぎてあんまり寝られなかったんだよね」

「子どもの遠足かよー」


 彼氏というより、父親の気分になる。

 やれやれと頭をかいて、寝癖がついていた。そういえば、寝起きだと、体が思い出したように欠伸が喉から上ってくる。


 いまさらだけど、こんな格好で恥ずかしくなる。

 よれたシャツの裾を引っ張って、笑顔が眩しい雫後輩から顔を背ける。


「とりあえず、準備するから部屋戻ってて」

「ううん、戻らない」

「……戻れよ」


 待ち合わせ時間までの3時間、ずっと玄関で立ち話とかなんの試練だ。井戸端会議だって、もう少し短かろう。


 寝起きでもともと薄かった目をさらに細めると、「うん」と雫後輩が1つ頷く。


「部屋で1人うずうずしてるのも我慢できなかったから、華先輩の部屋で待ってようかなって」


 ダメ?

 と、小首を傾げられて、片手で顔を覆う。


 雫後輩に足りないのは危機感だな。


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