第3話 広まる“彼氏”の噂もと
顔を合わせた途端、謝られて面食らう。
「あー……や、謝るのは俺の方だろ?」
意図したことじゃないが、覗いていたのは俺だ。公共の場だからと、開き直っていいものでもない。
「悪い」
「誰が来るかもわからない校舎裏で、それも生徒がいる昼休みにこんなことしてる方が悪いよ。なんなら、呼び出した相手が1番悪い」
「それは……そうだけど」
悪いことをした、という罪悪感があるから、どうにも同意しきれない。
煮えきれない、半端な返答が口の中でまごつく。
「当たり強いな、告白してきた相手に」
「思うところはあるんだよ」
「好意が全部嬉しい、とはいかないか」
上級生に、同級生。
入学してやっとこさ1ヶ月経っただけなのに、来る日も来る日も告白されてたら嬉しさよりも疲労が勝るか。
しかも、ほとんどの場合、相手は初対面だ。人によっては怖いかもしれない。
「それもそうだけど」
雫後輩が右手で、左の肩を擦る。
呑み込み切れないものを吐き出すように、ため息を吐く。
「彼の場合、『誰が最初にわたしと付き合えるか』って、賭けもしてたみたいでね。本心がどこにあるかは知らないけど、このあとのことも考えると当たりも強くなる」
「最低だな」
絶対にないと言えないところに、高校生男子の悪ノリを感じてなお悪い。
本人たちにとっては悪ふざけの延長で、フラレたときの保険なんだろうけど、それを相手に知られたときのことを丸っ切り考えていない考えのなさが透けて見える。
「でも、よくそんなことを知ってるな」
「……高校生女子の情報網を甘く見ない方がいいよ?」
怖かった。
雫後輩が遠い目をしだしたのが、余計にその強さを引き立てている。なにをどこまで知ってるんだ、女子高生は。
「わたしから言えるのは、不特定多数が見れる場所に不用意な発言を書き込まない方がいいよ、ってことだけかな」
「SNS怖い」
俺の周りでもそうしたやらかしはちらほら聞く。
彼女とどこそこまで進展した、と書き込んで、翌日フラレたという元同級生の話を聞いたときには同情していいやら憐れんでいいかわからなかった。
「わたしはなにも言ってないよ」と、苦笑混じりに言って、雫後輩が「あ」と零す。
「そうじゃなくて、ごめん。勝手なことを言っちゃって」
「なにを謝ってるのか」
「わからない? 本当に?」
じっと綺麗な琥珀の瞳に見つめられて、観念して「……薄々?」と小さく零す。
なんか、自分で言うのは自意識過剰みたいで嫌だったし、会話内容もしっかり聞いていましたと白状するようで言葉にしたくなかった。
しっかり聞いてたんだけど。
とはいえ、雫後輩も自覚してるなら躊躇う必要もない。訳を訊こう。
「じゃぁ、さっきのバイトと高校生の先輩で」
「うん」
「家も隣で、困っているところを助けてくれた」
「そうだね」
「ハリウッド俳優みたいに高身長でイケメンが彼氏」
「……言ってて虚しくならない?」
「茶化さないと言い切れなかったんだよ……っ」
わかってるならせめて鋭いツッコミで返してほしかった。
これほど辛いボケ殺しもなかなかない。
「イケメン君はともかく」
「そこだけ拾い上げないで」
恥ずか死ぬ。
「本人ってわかる特徴を上げたのは……ごめん、ほんとに」
「ビックリはしたな」
「だよね」
誤魔化すように雫後輩が笑う。
ただ、その眉尻は下がりっぱなしで、心苦しく感じているんだろう。
「付き合えるかどうか競われてたら、そんな言い訳もしたくなるだろ」
どうして、そんなことを言い出したのか。
雫後輩が告白されている最中はわからなかったが、事情を聞けば同情したくもなる。
いない彼氏をでっち上げてでも、面倒事は避けたいだろう。
「クラスメイドじゃなかったら、もう少し厳しく断ってもよかったんだけどね」
「毎日顔を合わせるんじゃ、穏便に済ませたいか」
こくり、と頷かれる。
「名前は出してないけど、それが華先輩なのは一番信憑性があるかなって思ったから」
「一緒にいる時間は長いな」
実際には全然まったくそんな関係ではないのだが、傍から見た場合、信じやすい距離感ではあるのだろう。
「でも、ごめん。名前言ってないからいいって問題じゃないよね」
「いいよ、別に」
「……いいの?」
頭を垂れてなんだか申し訳なさそうだったので、さらっと言うと顔を上げた雫後輩が目を丸くしていた。
「最初は驚いたけど、嫌じゃないというか……悪い気はしないしな」
あれ。
誤解のないような言い回しをしようとして、余計に拗れた気がする。
本心とはズレていないけど、正確に意味が伝わっていないような、そんな感覚。
「や、違くて」
「えー? なにがかなー?」
さっきまで怒られた飼い犬みたいにしゅんってしてたのに、人の弱みを見つけた途端に尻尾がぶんぶん振り出す。
言い訳が余計だったな、くそぉ。
「いいよ、好きに受け取れ」
「投げやりになられると困るんだけど、その顔に免じて許そうかな」
どの顔だ。
いつの間にか、許す側が逆転してるし。
顔を手で隠すとくすくす笑われて、体温が上がった気がする。
「じゃあ、そういうことにしておこうかな? “彼氏”君?」
「……彼氏じゃねー」
こそばゆさに否定すると、雫後輩はさらに声を上げて笑う。
その耳心地のよい声に重なるように鐘が鳴って、昼を食べ損ねたことに気づくまでもう少し。
◆◆◆
「はい、福利厚生です」
と、言って店長から2枚のチケットを渡される。
バイトに出勤した途端で、「はぁ、ありがとうございます?」とわけもわからないままにお礼して受け取った。
これは……植物園のチケット?
「うちからも卸してる植物園で、その縁でいただきました。勉強にもなりますし、せっかくなら行ってきたらどうでしょう」
「ご厚意には感謝しますが」
説明されてなおわからない部分が残る。
「なぜ2枚?」
「……? なぜもなにも」
小首を傾げた店長が当たり前のように言う。
「雨下さんと一緒に行ってきたら、という意味です。同棲してる恋人なのですから、デートに誘うくらい普通でしょう?」
気が利きませんね、と窘められる。
なるほど、恋人用。
それならチケットが2枚なにも不思議じゃないが……どうして誘う相手が雨下さん前提で、同棲している恋人になっているのか。
学校で、バイト先で。
広がっていく、“彼女”という誤解。
◆第2章_fin◆
__To be continued.






