第2話 校舎裏の青春、その野次馬になる
なんで隠れてしまったのか。
早くもそんな後悔が沸いてくる。
校舎裏も公共の場。
俺がこそこそする必要なんてない。かといって、告白シチュエーションだとわかっていて、いまさら呑気に顔を出す度胸はなかった。それが知り合いともなればなおさらだ。
ここにいるのもよくない……よな。
そのつもりはなくても、盗み聞きしているのと変わらない。後ろ髪を引かれるが、痛む良心に背中を押されて、音を立てずに去ろうとした。
「――俺、雨下さんが好きなんだ」
した、して。
あまりにも直球な告白が聞こえてきて、体が石像のように固まってしまった。
うわー、なんか、わー。
出歯亀、野次馬。
社会的によくない動物になっていることはわかっていたけど、あまりにもストレートな好意の発露にドキドキしてしまう。
そもそも、校舎裏で告白なんてあまりにも青春。
俺とて10代の高校生だ。恋だ愛だと、その手の話に興味がないと言ってはいても、こうして目の前で面映ゆいやり取りを見せられると、目が離せなくなる。
校舎の壁に背中を貼り付けて、こそっと様子を窺う。良心? さっき死んだ。
「同じクラスになったときから気になってて、声……かけられなかったんだけど、先輩に告白されてるって聞いて、だから……!」
男の顔は背中を向いていてわからないが、どうやら同級生であるらしい。
一目惚れのような好意を寄せていて、競争率の高さに発破をかけられる形で告白に挑んだ、と。そんな流れか。
凄いなぁ。素直に感心する。
彼の行動は臆病にも聞こえるけど、こうして告白できるなんてよほどの勇気がないとできないだろう。
俺にもいつかできるのかなぁ。
そもそも、好きになった相手はいないし、恋愛は時間を取られて面倒だ、と思っている時点でできるはずもないのだが。
いつか、俺も勇気を振り絞るときがくるのだろうか。
「――ごめんなさい」
彼に投影していたのか、はたまたいつかの自分を妄想していたからか。
現実味のない将来を夢想していたら、雫後輩の断りの返事が聞こえてきてズキッと心が傷んだ。同時に、微かな安堵があるのは……見知った女の子に彼氏ができるのもなぁ、というそんな心境だと思われる。
胸の中で感情があっちへ行ったりこっちへ行ったり。
このままでは張り裂けるのも時間の問題なので、さっさとこの場を離れるべきなのはわかっている。
「もしかして、彼氏がいるから?」
でも、気になっていた疑問を彼が口にして、足の裏が地面に縫い付けられた。
これだけ、これだけ聞いたら……!
散財するギャンブラーみたいだなと自分で思いながらも、よく聞こえるよう耳をそばだてる。
「告白を断ってるのは、もう付き合っている人がいるからって、そんな噂を聞いたんだ」
「…………うん」
雫後輩の静かな肯定に、喉が鳴った。
そっか、いるのか。
気まずさと、それに似た寂しさのような感情を覚えながら、壁から背中を剥がす。
偶然とはいえ、興味本位で知り合いのこういう話に聞き耳を立てるもんじゃないな。
罰のように重くなった体をどうにか持ち上げて、今度こそ校舎裏から離れようとして、
「バイトの先輩、なんだ」
と、微かな羞恥を含んだ雫後輩の声に「ん?」と思わず声が出た。幸い雫後輩たちに聞こえた様子はないが……バイトの先輩?
「そっか、学校の生徒じゃなかったのか」
「ううん、バイトの先輩で、高校でも先輩で……家も、隣なんだ」
んん?
「入学前、春休みに出会って、困ってたところを助けてられて、……それから、ね?」
顔が見えなくても、雫後輩の照れた困り顔が脳内に浮かぶ。
相手の男子生徒もそんな雫後輩の反応を受けてか、「そうなんだ」と諦めたような声を絞り出した。
「ごめん、ありがと」
そう言い残して、告白していた男子生徒が走っていく。
目の前を通り過ぎられたが、告白を断られた直後で周囲を見る余裕なんてなかったのか、俺には気づかなかった。
寂しげな男子生徒の背中を見送って――すとんっと力が抜けて、しゃがんでしまう。
バイトの先輩で、高校の先輩でもあって、家が隣。春休みに出会って、困っていたところを助けた人が彼氏???
誰かに該当しそうで、でも、肝心なところがズレてて噛み合わない。
最後の1ピースなのに、ハマらないパズルのように。
もはや青春だ恋愛だという興味本位のドキドキはなく、急に飛び火してきた火の粉で眉間がやけどしたようにズキズキ痛む。
いや、いやいや? え、だって、えー……。
と、未解決問題に挑むような心境で頭を痛めていると、ふと影が俺を覆った。
のっそり顔を上げると、驚いたような、気まずいような、どうあれ好意的ではない複雑な表情をした雫後輩が見下ろしていた。
やたらと重い、緊張のある空気が、俺と雫後輩の周囲を満たす。
「あ、ご」
とりあえず謝ろう。
そう思って口を動かしたが、焦りのせいか舌がうまく回らなかった。
少し落ち着こうと、唇を結んで人差し指で鎖骨を叩いていると、バシンッと弾けるような音が俺の耳を叩いた。
ビックリして顔を上げる。
「……ごめんっ!」
どうしてか。
そこには両手を合わせて、申し訳無さそうに頭を下げる雫後輩がいた。






