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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第7章

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第2話 side.雨下雫 膝の上にある郷愁と憧憬

 よほど眠かったのか、膝の上で華先輩はすぐに寝息を立て始めた。

 彼と出会ってからそこそこの月日が流れたが、寝顔を見るのはこれが初めてだ。無防備な寝顔を見ているとなんだか込み上げてくる嬉しさがあって、さすりさすりと額を撫でる。


「夜更かしでもしたのかな」


 アパートの壁1枚を挟んだ向こう側で、昨日はなにをしていたんだろう。

 徹夜でゲームでもしていた? それとも、動画でも観ていた?

 想像してみてもしっくりこない。華先輩の部屋に上がったとき、そうした娯楽品を目にしてはいたが、あまり数は多くなかった。わたしの想像する高校生男子はもっと遊ぶ物で溢れていて、物が散乱している。そんなイメージだ。


 でも、華先輩はその真逆で、整理整頓されていて、清潔感がある。むしろ、物が少ないなと思った。


「真面目だ」


 それが華先輩評だった。

 お金に厳しく、仕事をしていて……花が好き。


「やっぱり似ている、よね」


 おばあちゃんに。

 口はぶきっちょで、素直じゃない癖に優しいのもそっくりだった。そうした相似点を見つけるたびに、なんだか前から知っているような気がして、無遠慮に距離が近くなってしまう。


 そもそも、『おばあちゃんに似ている』というのは褒め言葉だろうか?

 わたしからすれば最大級の賛辞だが、華先輩からすれば微妙かも。眉間に皺を寄せて、これでもかと渋い顔をする彼の顔を想像してくすくすと笑いが込み上げてくる。


「この重みは違うけどね」


 膝にかかる重みはきっと男性特有のものだ。

 さすがにおばあちゃんに膝枕をやったことはないので比較はできないが、こうしてわたしの膝の上にある彼からは祖母とは違う異性を感じる。


「男性だ」


 どれだけおばあちゃんと似た部分を見ていても、ふとした瞬間に異性を感じることがある。

 わたしより頭一つ分高い背や、ごつごつとした逞しい手。清涼感がありつつも、汗の交じる匂いはおばあちゃんにはなかったものだ。それを不快に思うことはないけれど、違うなと違和感を覚えることもある。


「最低だなぁ、わたし」


 華先輩を通して、おばあちゃんを見ている。

 郷愁と憧憬を同時に感じていた。でも、その比重はいま、前者に強く傾いている。


 華先輩と付き合っていると噂をされて嬉しさはある。

 そもそも、最初にキッカケを作ったのはわたしで、どうしてか多い告白を断るのにも都合がよかった。でも、1番は仮初であっても、彼との関係に“他人”以外ラベルを貼れること。


 後輩よりも、もっと親密な関係。

 そこに異性としての意識がないとは言わない。華先輩には、他の男性とは違うものを感じているから。でも、それが果たして異性に対する魅力なのか、おばあちゃんに似ているからなのか自分ですら区別ができないでいる。


 恋心なのか、ただの執着か。


「本当に最低だ」


 あどけない彼の寝顔を見ていると、余計に自分の醜さが嫌になる。

 でも、同時に幸せもあって、華先輩に触れるのやめられない。嫌悪と多幸。まるで麻薬だなと自嘲する。


「だからこそ、応援したいよね」


 華先輩の夢を。

 抱いた罪悪感の罪滅ぼしと……“幸せになって欲しい”というおばあちゃんの最後の言葉を叶えるためにも。


 華先輩は生真面目だから、『自分の都合に巻き込む気はない』とあまり歓迎はされてないけど、なんてことはない。全部わたしのためだ。自分勝手というのなら、わたしにこそ当てはまる。


 ――うん、頑張ろう。


 罪はある。

 それでも一緒にいたいから。いる必要があるから、せめて華先輩のためになろうと思う。


「でも、お金は受け取ってくれなかったんだよね」


 そうなると、果たしてわたしになにができるのか。

 眠いとき、こうして膝を貸す以外で。


「なにがある?」


 体を倒すように顔を近づける。

 もちろん、尋ねたところで深い眠りに落ちている華先輩は答えてくれないけど、その健やかな寝息をそばに感じてこそばゆくなる。と、「あの……」と遠慮気味な声が降ってきた。


 顔を上げると、眼鏡をかけた大人しそうな女生徒がカウンターの前に立っていた。いつからいたんだろう。図書室に入ってきたのすら気がつかなかった。

 その顔はどうしてか真っ赤で、両手で持っている文庫本の上でせわしなく指が動いていた。


「貸し出しですか?」

「……は、はぃ」


 消え入りそうな声だった。

 風邪かな?

 そんな感想を抱きつつ、貸し出しの手続きを済ませる。図書委員の仕事はこれで2回目だけれど、実質的な初仕事だ。そして、今日の仕事はきっとこれで終わりだろうと、窓を叩く雨音を遠くに聞きながら思う。


「はい、風邪なら早く帰った方がいいですよ?」

「やっ、ひゃっ、こ、こ、ご、ごめんなさいっ!?」


 驚いた猫のように飛び上がって、女生徒は本を抱えて逃げていってしまった。


「内気なのかな?」


 偏見かもしれないけど、図書室を利用するのは内向的な子が多いと思う。『不思議の国のアリス』なんて童話を借りていったのを見て、夢見る子なのかなと思ってしまうのは、さらなる偏見だけれども。


 また誰もいなくなった図書室。

 雨も悪くないなって、そう思う。


  ◆◆◆


「……ん」


 むずがるような声が俺の喉を震わせた。

 微かな明るさを感じて、瞼を開く。


 そこには知らない天井が広がっていた――わけではなく、あったのは雫後輩の微笑み。


「おはよう、華先輩」

「……おはよ……」


 起き立てて声が出ない。そもそも、状況を認識できない。

 雫後輩の顔が上にあって、頭の下には適度な柔らかさのある彼女の太もも……?

 頭の中で情報を整理して……。……して。


「顔、覆ってどうしたの?」

「自己嫌悪ぉ」


 最悪だった。

 図書委員の仕事で寝た挙げ句、雫後輩を枕にしていたなんて。


 どうしてこうなった。

 考えて、根本的な寝不足の原因が彼女にあったのを思い出す。

 ならいいのか? いや、よくないだろ。手のひらの裏で目が痛いほどに回る。


 失敗した。

 胸の中で肥大化する罪の意識に吐き口を求める。


「なにか奢らせて」

「いらない」

「突っぱねないでっ」


 手のひらの向こうでからかいの交じる笑い声が聞こえてくる。

 わかって言ってるな、これ。

 あぁ、といまだに寝心地のいい枕に頭を預けながら嘆く。


「……帰りたい」

「じゃ、帰ろうか。華先輩」


 言われて、さらりと額を華奢ななにかが撫でていく。

 それが雫後輩の指だと認識して、俺は飛び起きた。


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