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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第1章

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第2話 後輩と3回出会う

 始まったばかりだと思っていた春休みは、家とアルバイトを往復しているうちに、手のひらに乗せた雪のように溶けてなくなっていた。


 感慨もなく新学期が始まり、新しい学年に上がる。

 高校2年になって教室は変わったが、クラスメイトに代わり映えはなかった。担任も継続。


 そのせいか、新年度という感じはなかった。

 新しく決める委員会もほとんどのクラスメイトが前年と同じものを選び、俺も変わらず図書委員となった。


 放課後の委員会の顔合わせ。

 図書室に向かう途中、窓辺から見た葉桜だけが季節の移り変わりを感じさせる、細やかな変化だった……んだけど。


「まさか、同じ高校とは思わなかったよ」


 そう言うのは、図書室で俺の隣に座った雨下さんだった。

 簡単な挨拶だけをして図書委員の顔合わせが終わったあと、生徒たちが帰る中、わざわざ俺の傍に寄ってきた。


 彼女が引っ越してきた日から、こうして向かい合って話すのは水道の件以来だった。

 1、2回、アパートの廊下ですれ違うことはあったが、用もないのに立ち話をする間柄ではない。


 アパートのお隣さん。

 けれど、早々顔を合わせて話をすることはないだろうと思っていたが、まさかその機会が学校にあろうとは思いもしなかった。


 それは雨下さんも同じなのか、猫のように琥珀の瞳を細めて、俺の顔を確認するように覗き込んでくる。


「学生かな? とは思っていたけど。それに先輩だったんだね」


 面白がるように、雨下さんが指先で俺の紺のラインが入ったネクタイを払う。


 アパートで顔見知りだったからか、やけに距離感が近い。

 出会った日にも感じたけど、男を勘違いさせそうだ。狙ってやっている小悪魔というわけでもなさそうだけど、天然と人工、よりたちが悪いのははたしてどちらか。


 鼻腔をくすぐる甘い香りから努めて意識を反らしつつ、「そっちこそ」と俺は自分のネクタイをとんとんっと叩いてみせる。


「後輩だったんですね」


 今度は自分の胸元で結ばれた、赤いリボンの端を摘んだ雨下さんは、すぐにパッと手を開いて離すと、からかうように流し目をくれる。


「敬語の方がいいですか? 先輩」

「いいですよ、別にそのままで」


 出会いが出会い。

 なにより、先輩後輩の縦社会に拘るつもりはなかった。体育会系でもないし。


「そう? ありがと。でも、それなら里波さんも普通でいいよ。先輩だからね、学校でも、アパートでも」

「いいならいいけど」


 眉を寄せる。


「アパートの先輩とかあるのか?」

「先に住んでたら?」

「適当ぉ」


 おかしくなって笑い合うと、丁度よく鐘が鳴った。腕時計を見ると、丁度16時を指していた。


 遅刻じゃないけど、のんびりもしてられない。

 足元の鞄を机に乗っけると、雨下さんが尋ねてきた。


「用事?」

「これからバイト」

「働いてるんだ」

「1人暮らしの苦学生だからな」

「真面目だ」


 褒められたっぽいけど、そうだろうか。

 実家暮らしかどうかはともかく、高校生のアルバイトなんてそう珍しいものでもないと思う。


「なら、わたしも行こうかな」

「用事?」


 面白がって同じように訊いてみると、ふふんっと得意げに鼻を鳴らす。


「アルバイト」

「真面目だ」


 結局、お互いこれからバイトだったらしい。

 真面目とはなんだったのか。


「あはは」と笑う雨下さんに苦笑しつつ、席を立つ。

 そのまま並んで図書室を出た。


「里波さんのバイト先はどこ?」

「花屋」

「んん?」


 昇降口を目指して廊下を並んで歩いて端的に答えると、雨下さんが訝しむように喉を鳴らした。

 横目で様子を窺えば、なにやら眉間にシワを寄せて苦渋に満ちた顔をしていた。


「男が花屋なんてー?」

「そうじゃなくて…………んん?」


 むむむっと考え込む雨下さんに首を傾げる。


 そんなに変なことを言ったか?

 バイト先が花屋以外に引っかかる箇所なんてなかったはずだ。というか、花屋としか言ってないのだから、そこ以外になにが気になるのか。


 学年が違うので、1度下駄箱で別れる。

 昇降口を出て合流しても、雨下さんは変わらず考え込んでいた。


「なに、ほんと」

「里波さんはこれから直接バイト先へ?」

「そうだけど」


 1度帰って荷物くらい置いてきたいが、行って帰っての時間はない。


「わたしもなんだ」

「そう、なんだ?」


 で、どうしてじっと顔を見てくるのか。

 怪しむような視線に晒されて、悪いことなんてしてないのに居心地が悪くなる。息を潜めるように春が残した桜の絨毯を歩いて校門を出る。


「俺は駅の方だけど」

「わたしも」


 またわたしも。

 続く同道。


 まぁ、お店がある方向なんてだいたい駅だ。そもそも、右か左かの2択。道が一緒になってもそうおかしくはない。

 おかしくはない……はずだ。


 僅かな疑念。

 ただ、バイト先に近づくにつれて、その疑念は大きく確かなものになっていく。


「どこのお花屋さんなのかな?」

「駅の通りにあるお店」

「ほーはーあー? なるほどね?」


 雨下さんが質問を繰り返す。

 それは、ウミガメのスープのように答えを絞っていく作業に似ていて、俺からはなにも尋ね返していないのに、どうしてか疑念が確信に変わっていく感覚があった。


 店の前に着くと、その確信は確定になる。


「バイト先の花屋」

「わたしも」


 ガーベラやカーネーションといった色鮮やかな花々が店先を飾っているフラワーショップ。店を見たあと、隣に顔を向ければ同じように雨下さんがこっちを向いていた。


「えーっと」


 困ったように頬をかいて、取り繕うように、もしくは誤魔化すようにえへっと笑った。


「今日からここで働くことになりました、雨下です――よろしくお願いします……先輩?」


 2度あることは3度あるというが、3回も同じ人と出会うというのは早々ない巡り合わせだと思う。


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