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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第7章

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第1話 図書委員のお仕事

「付き合ってないが?」

「あー、もういいってそういう照れ隠し」

「いや照れ隠しじゃなくて」

「ほら、彼女さん待ってるから」


 早く行けーと、友樹に手をぷらぷらされる。

 その雑な対応が、軽口でもなんでもなく本心から俺と雫後輩が付き合っていると思っているんだと確信させた。否定したいが、待たせているのも事実。


 入口近くで待っている雫後輩を見る。

 顔の横で小さく手を振った体勢のままこっちを見続けていた。微笑みだが、なんとなく『早く来ないかなー』と思っていそうで、こんなことで時間を使うことを躊躇ためらわれた。


 んんっ、と下唇を浅く噛む。

 仕方……ないか。


「付き合ってないからな、広めるなよ」

「いやみんな思ってるって」


 みんなって誰だ。お前の主観じゃないのか、それ。

 また問いただしたいことを言われたが、諦めて雫後輩のもとまで歩く。


「行こうか、委員会」

「そうだけど」

「? どうかした」

「したといえばした」


 こてん、と雫後輩がわからなそうに首を傾けた。

 俺だってわからない。

 眠いのに、どうにかしなくちゃという気持ちだけが心の内側に水滴のように張り付いている。噂があったのは知っていたけど、どこでそれが確信に変わったのか。疑問ばかりが泡のように浮いては心に粘膜を張っていく。


 図書室へ行く道すがら、雫後輩に『付き合っている』という話を訊いてみる。

 すると、また小首を傾げられてしまった。


「前からあるよね、その噂」

「あるけど」


 そうじゃなくて。

 微妙なニュアンスの違いが上手く伝わらず、やきもきする。


「感覚だけど、なんか確信めいてるっていうか、噂が事実として扱われてる感じがしたんだよ」

「んー」


 頬に人差し指を添えて、雫後輩が瞳を上に向ける。


「天気予報で雨って言ってて、実際に降り出したみたいなことかな?」

「そう、かも?」


 廊下を歩きながら窓の外を見ると、雫後輩の言う通り雨が振っていた。大雨というほどじゃない。雨だな、と思わせる静かな降り方で、ざーざーと地面を打つ音が耳に心地よかった。

 天気予報では1日中雨らしい。


 これまでの噂は予報で、事実は伴ってなかった。けど、実際に雨が降り出した、つまり付き合い出した……ということを言いたいのだろうか。

 表現が独特で、言葉の意味をなぞるのに苦心するが、なんとなく理解はできた。とりあえず、言いたいことの共有はできたな、と思えるくらいには。


 ふむ、と納得と思考を混ぜたような声を出して、雫後輩が表情筋を緩めるように笑った。


「そんなに変わらないね」

「変わらない……か?」


 俺からすると、噂と事実では大きな溝があった。

 そこを踏み越えるかどうかで、国が変わるくらいには大きな違いが。


「わたしたちがどう思ってるかでしょ?」

「まぁ、そうな」

「それとも……」


 猫のように、雫後輩の口角がむにゅっと持ち上がった。


「わたしと、付き合ってると思われるのは嫌?」

「……俺、その嫌って聞き方嫌い」


 誰が否定できるのだろうか。

 世の中にはちょいちょいズルい問いかけがあるが、これは最たる例だろう。『わたしのこと嫌い?』って、小首を傾げて尋ねられて、『嫌い』とどれだけの人間が言えるか。

 これが同性相手ならきっしょっで終わるんだが、異性ともなると難しい。


「あはっ、知ってる」


 雫後輩が破顔する。

 舐められてるのか、はたまた親密度が上がったのか。最初の頃と比較すると気安くなっている。ぞんざいな扱いになっていないだけいいが……いいのか? 俺、これからも雫後輩からからかわれ続けるの?


「顔、しわくちゃ」

「そのネタの旬は大分すぎたろ」


 冗談であれ酷いが。

 指で皺を伸ばしてる間に図書室の前へと着いていた。ガラス扉を開けて中に入ると、静謐せいひつという言葉がよく似合う静けさが室内を満たしていた。


 たった1枚の透明な扉を隔てているだけなのに、空気そのものが違う。古紙と埃の匂いが混ざったような、どこか知的さを伴う香りが鼻先に触れる。

 自然と声量を下げながら、図書室の奥へ。


「雫後輩のクラスではどうなんだ?」

「どうって?」

「噂」


 あまり付き合ってると本人に言いたくなかったので、少し遠回りな表現になってしまった。

 ただ、話の流れから伝わるはず。

 どうよ? と見ていると、少しを置いてとびきりの笑顔を向けてきた。


「笑って誤魔化そうとするな」

「まぁ、わたしに彼氏がいるのは既定路線かな」

「別れない?」

「実際には付き合ってないから無理だね」


 ひょいっと雫後輩が受付カウンターの中に逃げていく。

 噂であれ事実であれ。

 変えるというのはなかなかに難しいらしい。


  ◆◆◆


 図書室の静けさは、1人で部屋にいるときとはまたおもむきが異なる。

 部屋で過ごしているときはふとした瞬間に独りを感じて物寂しくなるときがある。ひとり暮らしするにようになってからその傾向は顕著で、聴く気もないのに雑談配信を流したりする。


 自由なひとり暮らしを望んだところで、人間1人で居続けるのには限界があるということなのかもしれない。


 そうした1人の静けさと比較すると、図書室は吐息すら拾えそうな静寂だけれど、近くに人がいるという感覚があった。それが寂しさを拭ってくれるのか、心の重さが軽くなる。

 空のコップにくっついている水滴を拭ったくらいの違いしかないけど、確かに軽くはなっているんだ。もしくは、気が抜けたと表現すべきかもしれない。


 誰1人来ない図書室のカウンターで、しとしとと雨樋あまどいを伝う水音を聞いていると、雫後輩が声も小さく尋ねてきた。


「華先輩……もしかして、眠い?」

「……すー、はい」


 誤魔化そうと思ったが、それすらも億劫でやめた。

 やたら静けさが気になっていたが、なんてことはない。ただ眠いだけだ。


 雫後輩以外、誰もいない図書室。

 古書の香りに、心地よい雨の音。

 そこに寝不足が合わさると、いまにも意識を手放しそうにある。このまま寝れたらどれだけ気持ちいだろうか。どこの誰かが言っていたか、図書室は寝るには丁度いいらしいし。


 とはいえ、いまは委員会の仕事中。

 誰も来なかったとしても、責任は果たすべきだ。


「ちゃんと仕事はやる――」


 ――から?

 と、口にすることもできず、横に倒れてしまった。

 いつの間にか雫後輩の手が肩に触れていて、俺は彼女を下から見上げていた。


「いいよ、寝てて」


 慈しみのある微笑みに見下される。

 頭の下に柔らかい彼女の太ももを感じる。膝枕とよぎって、咄嗟に体を起こそうとしたが、そんなに力は感じないのに肩に触れた彼女の手が押し留めてくる。


「さすがにそれは」

「大丈夫だから」


 そっと前髪に雫後輩の指が触れて、額を撫でていく。

 それに妙に安心を覚えて、意識を保っていた責任感という糸を丁寧に解かれたようだった。


 ……だめ、なんだけど。


 暗い瞼の裏。

 残影ざんえいは雫後輩の微笑みだった。


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