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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第6章

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第3話 どうでもいいことでも気になる……女の子だから

 これで2回目か――なんて、心の中で雫後輩が家に上がった回数を数えてしまう。

 前回は朝だったが、今回は夜。

 深夜と呼ぶにはまだ早いが、それもあと一歩という遅い時間帯だ。


 順調に段階が進んでいる気がしてならない。なんの段階なのかは知らないが。


「お持たせで悪いけど」

「わたしが急に来たのが悪いから」


 雫後輩が持ってきてくれたケーキ屋のプリンを、いま淹れてきたお茶と一緒に出す。いつになく恐縮している雫後輩は、クッションの上で正座をしてなんだか縮こまっている。

 わたわたと両手を振って、作り笑いというのがわかるぎこちない笑顔だった。


 お詫びに来たっていうくらいだから、緊張してるのかもだが。

 いつものように気軽に絡んでこない雫後輩に、こっちまで固くなってしまう。


 落ち着かなそうに足の先をそわそわさせている雫後輩の向かいに座る。ローテーブルを挟んで、遮るものはなにもない。


「……」

「……」


 沈黙が続く。気まずい。

 俯いて目も合わせてくれないし。どうあれ自分から訪ねてきたのだから、雫後輩から話を振ってほしいんだが、それは高望みだろうか。

 高望みかぁ、と心中で吐息をついて諦める。


 嫌な仕事を押し付けるみたいなもんだものな。マッチングアプリで初対面の男女がどっちから話す? みたいな。マチアプなんてやったことないけど、ただのイメージ。18歳未満はご利用できないから。


 淹れてきたお茶で舌と喉を温める。ぃよし。


「お詫びって言ったけど」

「……っ」


 雫後輩の肩がびくっと跳ねた。

 いやまだ話の途中なんだけど。黙っているのはこの際許すが、あんまり露骨な反応はしないでほしい。余計に口が重くなる。というか、どんだけ緊張してるの、この


「たぶん、あれだろ。昼休みの」

「そう、だね」


 たった1単語。4文字をつっかえつっかえ雫後輩は口にする。


「なにを気にしてるか知らないけど、雫後輩は悪くはないだろ。あれは、どちらかといえば名瀬のせいだし。むしろ、名瀬しか悪くない。だから、この話はお終い。閉廷」


 一気にまくし立てて重苦しい空気ごと流そうとしたが、雫後輩の顔は浮かないままだ。


「でも」


 と、続いて、辟易する。

 ネガティブな人間の逆接ほど聞きたくないものはない。どんな話であれ『わたしが悪い』ということを延々と口にするだけだから。


「わたしの態度が悪かったから。なにか、わからないけど……イライラして。それを華先輩にぶつけちゃったな、と思って」


 ほら、こうなる。

 頭ばかりか肩まで下げっていく。雫後輩の頭上で暗雲が雨を降らしている。


「まぁ、そういうときもあるだろ、人間。意味もなく苛立つことも。朝まで徹夜して寝不足とか、単純に風邪を引いたとか、いろいろ」


 女の子だもの。

 と、言いかけてやめる。男と違って繊細だものね! という意味だが、捉えようによってはセクハラになってしまう。ちょっとした誤解も許されない、そんな世の中が生きづらい。


「けふん。とにかく、気にするなって話だ」

「……うん、そうだね」


 ようやく納得してくれたのか、微かに上げた雫後輩の顔がふにゃっと笑う。

 肩の荷が下りたような笑顔。釣られて俺もへふっと息を吐き出す。


「気にしすぎだとは思ってたんだけどね」

「なら、気にしなくていいだろ。というか、気にするようなたちでもないだろ」

「む、それは偏見だよ。これでも女の子なんだ、繊細さ」


 形のよい胸に手を当てて、えへんっと胸を張る。


「さっき、似たようなことを言いかけたんだけど、言ってもいいんだ、それ」

「華先輩が言ったらセクハラだよ」

「男女差別だ」

「区別っていうんだ」


 都合いいな、差別と区別の使い分け。

 やっぱり世の中は不条理に満ちている。せめて、甘い物を食べないと生きていけないよなぁと、雫後輩が持ってきてくれたプリンを開封する。

 一口。


「うむ、甘い」

「食レポ下手だね」

「男の子だもの」

「言い訳」


 こうやって男は隅に追いやられていくんだなと悲しくなる。ただ、憂いが晴れて、楽しそうに笑う雫後輩を見ると、今日くらいはからかわれてやるかと思う。

 いつもからかわれてるだろ、というのは都合よく忘れて。


  ◆◆◆


 お持たせのプリンも食べ終えて、用事も済んだので雫後輩を玄関で見送る。


「わたしは泊まっていってもいいんだけどね」

「ないから、予備の寝具」


 お隣とはいえ、年頃の女の子をお泊りさせるわけにはいかない。

 ちらりと艶のある流し目を手で払い落とすと、「だよね」と雫後輩は頬を緩ませる。わかっているなら言うなとも思うが、こういうやり取りを楽しんでいるんだろうとも考えるととまるにとめられない。

 俺もなんだかんだ楽しんでるしな。


 我ながら難儀だと苦笑する。


「どうしたの? 急に笑って」

「なんでも。ほら、明日も学校あるんだからさっさと部屋戻って寝ろ」

「おばあちゃん」


 お母さん通り越して祖母扱いされたんだが。

 そんな老けて見えるか? ありもしないほうれい線を辿ってみる。


「じゃ、おやすみなさい、華先輩」

「はいはいおやすみ」


 雑にあしらうと不満そうに唇がへの字に結ばれた。

 ただ、文句はありつつも今日は素直に帰ってくれるようで、そのまま体の向きを自分の部屋に向ける。はぁ、と最後の肩の荷が下りた気分だ。


 今日はさっさと寝よう。ほんと疲れた。

 そう心の中で愚痴って、玄関を閉めようとしたら勢いよく扉が開いて瞠目する。そのままつんのめると、まだ向かいにいた雫後輩に受けとめられた。

 すりっと、頬と頬が掠める。


「……華先輩に嫌われたくないって思ったから、気にしてたんだよ?」


 こしょっと吐息が耳を舐めて総毛立つ。

 慌てて飛び退く。咄嗟に左耳を抑えると、ちろっと小さく舌を出した雫後輩がいたずらっぽく笑っていた。


「おやすみ、華先輩」


 たっと軽快な足音を鳴らして、そのまま隣の部屋に消えていく。

 それをただ呆然と見送った俺は、腰でも抜けたみたいに膝から崩れ落ちてしまった。


「……意趣返しかよ」


 すぐに寝るのは難しいぞと、火照った頬が教えてくれる。

 あれだけ疲れていたのに、結局眠れたのは空が明るくなってからだった。


  ◆◆◆


 先生がHRの終わりを告げた途端、俺は机に突っ伏した。

 ごちんを額をぶつけた。すごく痛いが、構ってられないくらいに疲れた。というか、眠かった。


「なんか凄い音したけど、どした?」


 前の席の友樹が振り返ってくる。

 俺はそれに「眠い」とだけ答えて、顔は上げない。そんな気力もないんだ。


「寝てないのか?」

「あんまり」


 多少は寝れたが、遮光カーテン越しに明るくなってからだ。時間こそ確認しなかったが、5時近かったのは間違いない。どうにか授業は乗り越えたが、限界は近かった。

 閉じた瞼が開けられない。


「ほーん? 寝れなかったねー」


 途端、泥のように粘りを伴う声が聞こえてきて不快だ。


「お盛んですね!」

「……、つっこみもさせるな」


 声を出すのも億劫だった。


「からかいがいがないなー」

「……」


 十分からかわれたあとだよ。

 昨夜の熱が左耳に残っていて、頭を寝かせてくれなかった。からかわれたんだろうけど、今回のはいやにあとに引く。お盛んはともかく、雫後輩のせいというのは正しかった。


「彼女さん来たよ」

「……彼女じゃない」

「そこは否定するのかよ」


 笑われながらのっそり頭を持ち上げると、教室の出入り口で雫後輩が小さく手を振っていた。なんで迎えに来たんだ? と考えて、そういえば、今日は図書委員の仕事があったかと思い出す。

 眠いのに仕事……。


「これがブラック学校というものか」

「電波拾った?」


 そうかもね、と返事をしつつしょうがなく席を立つ。

 そのまま「じゃねー」と手を振られて行こうとして……そのあっさり感が逆に俺の足をとめた。


「……今日、なんかあっさりしてない?」

「もっと茶化していいって?」

「違うけど。少し前までは『かー! 後輩美少女のお迎えとか高待遇ですなー!』とか、『これで付き合ってないって? はっ、バカめと言って差し上げますわ!』と頭の悪いこと言ってただろ」

「悪口言ってない?」


 言ってない。

 ただ単純に気になった。俺としては好都合なのでほっといてもいいが、後ろ髪を引かれる程度には確認してみたくなった。


「そっか、言ってないか」


 ならいい、とチョロくも納得した友樹が言う。


「本格的に付き合い出した奴にちょっかいかけてもつまらないし。あ、でもお祝いくらいはするよ、おめでとー!」

「――……は?」


 冗談でもなんでもなく、ニコニコと本気で言われて喉から低い声が出た。

 彼女じゃないって言ってるよな、俺?



  ◆第6章_fin◆

  __To be continued.


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