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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第6章

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第2話 クラスの女子は後輩女子をからかいたい

「なにって」


 心の表面に結露のような汗が浮かぶ。

 物言わぬジト目がやけに空恐ろしく感じる。別に本当に浮気をしたわけじゃないので、言い訳をする必要がない。というか、付き合ってすらいないのだから、浮気判定にすらないはずだ。


 なのに……こう、聞かれて困ったな、と思ってしまうのはどうしてだろうか。

 誤解を解かないといけないというのはまだいいが、こうも取り乱す理由が自分でもわからない。ま、まぁ、1からちゃんと説明すれば雫後輩ももとに戻るだろう。


「これはだな」

「――私と付き合おうってお話よ!」


 正面に座っていたはずの名瀬が、横合いから抱きついてきてぎょっとする。

 雫後輩よりは控えめだが、形のよい胸が腕に当たる。


 なに考えてんだのこの人。


 途端、教室内がざわっとしたが、そんなことを気にしている余裕はない。腕から伝わってくる柔らかい感触もさることながら、雫後輩の視線がどんどん冷え込んでいくのが怖い。とても怖い。


「……へー」

「しずくちゃんと付き合ってるって噂があったから諦めてたんだけど、りなみくんに訊いたら違うっていうから。それなら、浮気じゃないし、私と付き合ってもいいわよねーって」

「って、じゃないが?」


 そんな彼氏彼女だ恋人だーなんて話は一切していない。

 雫後輩との馴れ初めを訊かれただけだ。それがどうして、そんな妄想話をしていたことになるのか。名瀬を横目で窺うと、瞳が爛々として輝いていた。

 頬が赤く、興奮しているのが見てわかる。


 これはあれだ、からかって遊んでいる。

 あわよくば、雫後輩から恋バナ風味な話を引き出せないかとでも思っているんじゃなかろうか。


 早くとめなければ大惨事の予感。


「付き合うなんて話――」

「りなみくんは、私と付き合いたくない?」

「は? いやだからそんな話は、」

「……私のこと、きらい?」


 うるうると庇護欲を誘う淡く赤い瞳。

 うっ、と呻く。

 好き嫌いの2次元論に話を持っていくのは卑怯だと思う。人間関係は、そんなに簡単なものじゃない。白でも黒でもない、灰色が1番多いんだ。


 わかっている、名瀬の策略だ。

 ここで俺に『嫌いじゃない』と言わせて、雫後輩を煽りたいんだ。普段なら乗らない挑発も、いまの雫後輩は大人の対応をする余裕がなさそうに見える。

 俺の好悪が雫後輩の機嫌に影響するとは思えないが、下手なことは言いたくなかった。


 嗜めるのを兼ねて、ここは『そういう話をするのは嫌い』くらいは言うべきだ。とてもスマートな回答だ。よし、言え、と自分を鼓舞して口を開く。


「そ」

「そ?」


 きゅるんっとかわいい効果音が出そうな感じで、小首を傾げられた。

 頬を冷や汗がたらり。俺はそっと目を逸らした。


「……嫌いじゃない」

「だよね!」


 パァッと花開いたような笑顔が眩しい。

 そして、雫後輩の氷のように冷ややかな目が肌を凍てつかせる。


 思ったことを言うのはなかなか難しい。そんな当たり前のことを改めて実感した昼休みになった。


「へー」


 雫後輩の声まで冷たい。


「つまり、好きと?」

「……そうは、言ってないけど」


 今度は名瀬が悲しそうに言う。


「じゃあ嫌いなの?」

「…………、そうも言ってない」


 なにこの状況。

 どうして俺は昼休みに女子に挟まれて左右から好き嫌いを囁かれているんだろうか。そんなASMR誰も求めてはいない。どこからか「……修羅場」なんて聞こえてきたが、根本的になにかが違う。


「名瀬、いつまで続けるつもりなんだ」

「そうねー?」


 えくぼに人差し指を添えて、微かに上を向く。


「りなみくんが私の彼氏になるまで?」

「名瀬」

「ふふふー、はいはーい」


 もう1度呼ぶと、パッと両手を上げて俺から離れた。

 一緒に胸の感触も離れていって……いや、別に惜しいとは思っていないが? が。


 目を丸くする雫後輩に、名瀬が両手を合わせて「ごめんなさいね?」と謝る。


「りなみくんからしずくちゃんのことを聞いて、すこーしからかいたくなちゃった」

「からかう」

「うん! だから、本気で付き合おうとしたわけじゃないよ」


 引っかかりもなくさらっと言われると、それはそれで悲しくなるのは男ならあるあるだろう。脈があったらあったで困るが、なかったらなかったでお前に魅力なんてないぞと言われているようで悲しくなる。

 男心は繊細なんだ。


 傷ついた心を胸の上から押さえていると、くるりと雫後輩がこっちを向いた。


「本当?」

「そうだよ、最初っから肯定してないし」

「そっか、うん、そうなんだ……そうだよね」


 うんうんっと何度も頷く。


「華先輩がモテるわけなかったね」

「俺、今日なんでこんな不幸なの?」


 本気じゃないとか、モテないとか。

 事実だからってなんでこんなボロクソ言われなくちゃいけないのか。普通に起きて、いつも通り登校して、ちゃんと授業を受けたんだけどなぁ。


たちの悪い冗談はともかく」

「ごめんね?」


 ちゃんと謝れて偉い。


「雫後輩はなにしに来たんだ?」


 言われて思い出したのか、雫後輩が「あ」と声を上げる。

 忘れていたのが恥ずかしかったのか、微かに視線を落として指でくるりくるりと長い黒髪を弄りだす。


「お昼ごはん、一緒にどうかなって」

「ん、なら行くか」


 特別断る理由もないので、席を立つ。

 こういう目立つところで誘うのはやめてほしいが。朝とか、なんならスマホでも……と思ったが、そもそも連絡先を交換していないなと気づく。


 これで一緒にいて、困ったことがないから気づかなかった。

 交換……はあとでいいか。見世物になっている教室でする必要はないし、雫後輩相手とはいえ女子に連絡先を訊くのは……なんか照れるし緊張する。


「ほーん? お昼ねー?」

「……なんだよ」


 普段はもっとからっとしてるんだが、今日はやたらじっとり絡んでくる。


「いーえ? なんでも? いってらっしゃい」


 半眼で見るも、無敵のにこにこ笑顔は崩れない。

 なんかあるって言ってるようなもんだろ、と思う。とはいえ、追求したらやぶ蛇になるという確信があるから、さっさと雫後輩を伴って教室を出ることにした。

 のだが、


「あー、そういえばー」


 と、いま思い出したとばかりに、名瀬がわざとらしく口を押さえる。


「私には華って呼ばれるの嫌がったのに、しずくちゃんはいいんだねー?」


 なんかもう目元が笑ってる。

 絶対、タイミングを見計らってただろ、こいつ。


「華先輩?」

「……昼だろ、ほら行くぞ」


 きょとんと見上げてくるその顔はどこか幼く見える。

 最後の最後に余計なことを言ってくれたな、と内心悪態をつきながら、「先、外に出てる」と教室を足早に出る。


 顔が熱いのは……夏が近いからだろう。


  ◆◆◆


「……今日はやたら疲れた」


 バイトがなかったので、学校からアパートに帰ってからそのままベッドにダイブ。制服のままごろごろしてしまっていた。あとでシワを伸ばさないと。


「だいたい名瀬のせいだけど」


 疲弊は体力よりも、心だった。

 からかいとわかっていても、教室の真ん中で『付き合いまーす!』とコミュ強のクラスでも人気の女子が口にするのは方々(ほうぼう)に影響がある。


 帰ってきた友樹含めたクラスの野郎どもが暗い笑顔で迫ってきて……。


「やめよう、考えるの」


 余計疲れる。

 あだ名が『新入生で1番人気の清楚系後輩と付き合っていながら、男子にも気軽に話しかけてくれる同級生と浮気する男』になったなんて忘れよう。

 ……いや、もはやあだ名じゃなくてタイトル。タイトルというか、ただの説明。


 はぁ、とため息が出る。

 雫後輩もあれから少し大人しかったし、台風かなんかなのか、名瀬は。


「いい加減なんかうか……って、うげ」


 絶望の呻き声が喉から漏れた。

 ヘッドボードの上にある時計が夜の8時を過ぎていた。というか、もはや9時に近い。


「どんだけぐだってたんだ、俺」


 バイトがないからって腑抜けてる。

 いろいろやることあっただろ。時間を無駄にしたと思うと、途端に後悔が押し寄せてくる。


「はー……カップ麺で済ませるか」


 お湯沸かそ、とベッドから立つと丁度、来客を知らせる呼び鈴が鳴る。


「誰だこんな時間に」


 ぶつくさ文句を呟いたが、モニターに映った彼女を見て眉をひそめる。

 こんな時間になんの用だ。


 首を傾げつつ、玄関を開けると雫後輩が「こんばんは」といって手に持ったケーキ屋の箱を控えめに掲げる。


「よかったら、一緒にどうかな? 今日のお詫びも兼ねて」

「お詫び……?」


 昼のことだろうか。

 でも、あれは名瀬が悪いのであって雫後輩は悪くない。詫びるなら名瀬だ。


 となると、なんのこっちゃなのだが、わざわざお詫びのために夜、尋ねてきた女の子を帰すのは忍びない。たとえ、隣室であっても。だた……。

 そっと目で部屋を見る。


「上がるの? こんな時間に?」

「できれば。あ、華先輩が嫌ならわたしの部屋でもいいよ」

「それはもっと問題だろ」

「?」


 なんでわかんないんだろ、この子。

 男は狼だーなんて教育をしている母親はもはや少ないと思うが、かといってどう育てればこんな無警戒になるのか。


「うーん」

「明日でもいいけど」

「ま、いいか」


 信頼の証と受け取っておこう。

 俺はなにもしないし。


 とはいえ、気になることは指摘しておこうと、「それ」と雫後輩の胸元を指差す。


「バイトのエプロン着たまま」

「…………っ!?」


 不思議そうにしながら自分の服装を見て、雫後輩の顔がぼっと赤くなる。

 今日1日、どんだけぼーっとしてたんだ。

 指摘してやってくださいよ、店長。


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