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第5話 匿名の正義

金曜日。

午後の校舎は、学園祭前のざわめきと湿った熱気に包まれていた。

体育館に向かう廊下を歩けば、あちこちでスマホの画面に自分の名前が浮かんでいる。


《Casket/本日 12:00 途中集計》

1位 白石透葉 票率 46%

2位 桂木教諭 票率 28%

3位 演劇部部長 票率 11%


匿名「今日の告白劇、絶対何か起きる」

匿名「台詞もCasketのためにやってるんだろ?」

匿名「透葉の反応見ようぜ」


(もう、舞台そのものが“処刑場”になってる)


でも、今日はその場を利用する。

Casketの票は、一度でも「システム上の不具合」が生じれば信用を失う。投票結果の“正しさ”が揺らげば、収束点は崩れる。


昼の新聞部室。

高科りんがノートPCを前に、眉をひそめていた。


「透葉、本当にやるの? これ……ルールの穴を突くって」


「合法的に、ね。ルール文言の“同一人物の複数票禁止”って項目、“一人”の定義が甘い」


りんは画面を回す。

Casketは“端末ID”で同一人物を判定しているが、ブラウザの一時IDは個別扱いだ。つまり——


「端末は同じでも、ブラウザを変えれば別人認定」


「その通り。一部の投票を意図的に膨らませて、順位を崩す」


 無表情で立っていた矢代司が口を開く。


「俺は反対だ。数字操作は正義じゃない」


「正義なんて、とっくに燃えて灰になった。ただの数字のゲームになってる」


 矢代の視線が一瞬だけ揺れた。


開演前。

体育館ステージ裏、暗転の中で役者たちが深呼吸を繰り返す。

真白が照明ブースから手を振った。

あの冷静な顔に、今日はわずかな熱が見えた気がする。


幕が上がる。


一幕目。颯の書いた台詞が、代役の口から放たれる。


「——教室の隅で、あなたが消えるまで」


観客席でざわめきが走る。

一度目。


二幕目。照明が強くなり、同じ台詞が投げられる。

二度目。


三幕目、演者が観客席に向けて叫ぶ。

三度目。——収束点到達。


その瞬間、わたしはスマホを操作した。

Casketの投票フォームを開き、“最も咎ある者”の欄に —— 自分の名前を入力。

そして事前に仕込んだブラウザ切替スクリプトで、次々に投票を重ねる。


Re:write:この投票、私に向けてください。


投稿ボタンを押す。

会場の一角から、通知音が連鎖するように広がった。


客席では騒ぎが起こり、劇の台詞と現実の言葉が交じり合う。

舞台袖から桂木が飛び出しかけるが、真白の照明がまるでスポットライトのように彼を照らし出す。


カメラのシャッター音が重なった。


終演後、りんからメッセージ。


《DM:りん → 透葉》

順位、今あんたがダントツ1位。2位以下は票数が不自然に乱れてる。

観客席の一部、アプリ閉じたままだった。システム信用、落ちたかも。


体育館の外に出ると、夕焼けが校舎を赤く染めていた。

炎上の炎みたいな色。

でも、今日はその炎を自分に集めた。


(あとは、この一日を走り切る)


 零時まで、あと二日。

 けれど空気の匂いが告げている——誰かの運命が、もう傾き始めている。

お読みいただきありがとうございました。

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