第3話 仮面の会計
水曜日。
朝の昇降口、掲示板の前に人だかりができていた。
近づくと、そこには昨日のCasket順位表が印刷され、無造作に貼られている。
《Casket/現在のトップ3》
1位 白石透葉 (票率 38%)
2位 生活指導・桂木教諭(票率 22%)
3位 演劇部部長(票率 15%)
紙面の自分の名前を、活字として見る。
晒されるのは日曜夜のはずだ。――まただ、因果の前倒し。
(投票開始も、結果公表も、全部早くなってる)
背後から、低い声。
「透葉。少し話そうか」
振り返れば、矢代司。いつも通りネクタイはきっちり、目の奥は何も映さない鏡みたいだ。
生徒会室。
窓際のブラインド越しに、午前の日差しが縞模様を作っている。
「昨日のアクセスログ、見たよね?」
「見た。でも、おまえがやったとは言ってない」
「俺がやった。……と言えば、止まるのか?」
ペンを指先で転がしながら、彼は淡々と続ける。
「Casketは正義だ。だが間延びした正義は、人を救えない。だから前倒しした」
「それで、燃える速度も三倍になった」
わたしはテーブル越しに身を乗り出す。
「司、善意は引き金になるんだよ」
「引き金が悪いわけじゃない。狙いを誤る奴が悪い」
彼の論理は切れ味が良すぎて、反論の持ち手を失うほどだ。
正しさと効率。その二つだけを天秤にかける声。
放課後。
演劇部の練習場の舞台袖。
颯の姿はない。代役たちが台本片手に、未完成の告白劇を繰り返している。
その台詞の一節が耳に刺さる。
――「正しいことは、いつも正しいの?」
場違いな笑いがこみ上げた。
仮面を被ったのは、颯だけじゃない。司も、わたしも。
《Re:write/水曜 18:02》
土曜、写真部展示の一枚に注意。噂は被写体も撮影者も選ばない。
舞台袖から出たところで、東雲真白が立っていた。
ファインダーごしに覗かれ、一瞬で距離を詰められる感覚。
「透葉ちゃん、生徒会と何してたの?」
「正義の早回し、っていう競技」
真白の目元がわずかに笑って、すぐ消えた。
「……颯くん、見つかるといいね」
その声だけが、今日の中で唯一柔らかかった。
夜。
部屋で因果メモを更新する。
水曜時点の順位表公表 → 白石透葉1位
アクセス元=生徒会室確定
矢代司:「正義は早さ」理論 → 噂燃焼の加速要因
舞台小道具予言維持中
新フラグ:写真部展示(土曜)
噂の炎は、誰かの意志で作られるとき、最も早く燃える。
そして誰かが、それを確実に操っている。
(因果の順番が……着実におかしくなってる)
ノートを閉じる手先が、少しだけ震えていた。