第2話 収束点
火曜日。
校舎の空気は、昨日よりざらついている。
教室に入った瞬間、机の上の視線がわずかに逸れた――そう感じるのは、被害妄想じゃない。
《Casket/本日 07:15》
匿名
「昨日の理科室で白石が教師に逆らったってマジ?」
Good 13 Bad 2
匿名
「換気扇壊れてたのは事実だし、助けたんじゃないの?」
Good 5 Bad 8
匿名
「白石=Re:write説」
Good 21 Bad 0
スマホを胸ポケットに沈める。心拍に合わせて、通知が小刻みに震えている気がした。
世界のピースが、三つ目に到達する音。
収束点。
同じ話が三経路を経て届けば、それは“事実”として認識される。
今回は「白石=Re:write説」。発信者はわからない。でも、もう止まらない。
「顔色悪いぞ、白石」
声をかけたのは矢代司だった。廊下の人波の向こう、相変わらず整った無表情。
生徒会の腕章が、正当性という鎧みたいに見える。
「評判、見たか?」
「見たよ。数字まで。…正義感って燃えやすいね」
「人が“信じたいこと”は、採択されやすいからな」
彼の声には、善意も悪意も混じっていない。だから厄介だ。
新聞部室に避難する。
高科りんは既にPCを立ち上げ、OSINTの窓を三つ並べていた。
「これ、見つけた。昨日のCasket投稿、初出は匿名VPN経由。けど間違えて二度目は学校のWi-Fi使ってる」
画面には数字の羅列とログの断片。
りんはカーソルで特定の一行をハイライトする。
「この端末――生徒会室」
因果の順番が、頭の中で急速に並び替わる。
矢代司。彼はわたしを嵌めようとしているのか、それとも何か別の流れを作ろうとしているのか。
昼休み。
階段の踊り場で、女子たちがスマホを突き合わせて笑っている。
「ほんとに? 白石さんが裏垢で…」
「見て、このスクショ。三人から回ってきた」
三件目の経路を耳で数えながら、吐き気を押し殺す。
笑いの音は、刃物より鋭い。
《Re:write/火曜 12:45》
金曜の舞台、小道具のナイフに注意。観劇者は安全距離を。
“噂の物理”は偏光レンズみたいなものだ。
見る角度によって、真実は別の色をする。
投稿を打ち込みながら、自分の声がわずかに震えているのを感じる。
この予言も嘘だ。だが、小道具の件は舞台での事故を回避できるはず。
問題は――また別の炎が立つかどうか。
放課後、校門前。
東雲真白がカメラを首から提げて立っていた。
レンズが向けられると、視線を逸らせない。
「透葉ちゃん、“告白劇”の稽古、見た? 颯くんのやつ」
「まだ」
「…あれ、写真映えするんだよね。真実っぽく」
彼女の声は軽い。でも、シャッター音の奥にあるのは何か別の熱だ。
写真は噂と似ている。欠けた一瞬を、永遠に見せつける。
夜。
ベッドに背を沈め、天井を見上げる。
頭の中で、今日の因果を並べ替える。
月曜:理科室事故阻止 → Casket火曜前倒し
火曜:白石=Re:write収束点到達 → 舞台事故回避準備
副作用:匿名の正義、燃焼中
「因果の順番が……また」
呟きは暗闇に吸い込まれた。
零時まで、あと二十四時間。
その間に、誰が――死ぬのだろうか?