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第九章 王の子

第九章 王の子


 翌朝、二人が並んでミードを飲みながら硬いパンを齧っていると、そこに一人の青年がザクセン公国の使者として訪れた。青年はハインリヒの子でタンクマールと名乗り、この戦いを自分との一騎打ちの結果で終わらせたいとの申し入れだった。

 決闘という形式はヴァイキングもフランク人も部族内の争いや、族長の地位を賭けての戦い等はあった、だが国同士の戦争を一騎打ちの結果で決めた事は無い。

「面白い申し入れだが、貴公が負けたらどうするのだ、ザクセン公国の全てを我らに差し出すと言う事か?」

 エルベールがそう聞くと、タンクマールはその通りだと答えた、そして自分が勝てば、包囲を解いて

ザクセン公国から立ち去れと言う要求だった。

 既に、公国の主な街や村の領主達は抵抗して排除されたか、恭順を誓ったかどちらかで、後は王宮を擁すここメムレーベン位しか残っていない。エルベールとロドルフがこの街を攻めずに包囲しているのは、攻めあぐねているのでは無く、ユーグの到着を待っているからに過ぎなかった。

「貴公、タンクマール殿と言ったか、貴公は何か勘違いをしている様だが、この程度の街など我らにとって攻略するのは容易い、現に我らの魔術師達によって大門は破壊され城壁は崩れている、攻めようと思えばいつでも攻められるのだ、我らがそうしないのは、主君ユーグ大公殿下の到着をお待ちしているからだ」

 それを聞いた、タンクマールは血相を変える

「ユーグ大公だと、我が父の敵がここに来るのか、いつだ、私はユーグ大公に決闘を申し込む」

 このタンクマールは、庶子扱いになっているが、母はメルゼブルク伯エルヴィンの娘ハーテブルクと言いハインリヒ1世の最初の妻だ、彼が庶子とされているのは政治的な理由に過ぎず、武勇と言う面では死去したまだ子供の弟オットーやブルーノよりは上だった。

「よかろう、では後数日待つが良い、大公殿下が到着したら、貴公にお知らせしよう」

とエルベールは話を終わらせた、ユーグ大公なら、この程度の街などその魔法で一瞬に消滅させてしまう事をよく知っている、自分が到着するまで待機しろと言ったのには何か理由があるはずと、エルベールも

ロドルフも良く理解していた。


 数日後、ユーグ大公が到着する、ブルゴーニュ公ダークナイト・ユーグ、ハンガリー公ジョルト達とも途中で合流しているので、これで総兵力は軽く50000を超えている。この数は当時としては桁外れの兵力だった。

 ユーグ大公の為に特大の幕舎が建てられ、五人の大公は、ユーグ達が途中で徴発してきた、豚肉、酒、パン、果実などで豪華な晩餐になった。

 その席で、ユーグからノルマンディの戦いで、ギョームがアゼルスタン王のイングランド軍を壊滅させて王を捕虜とした事が告げられる。全員が吉報だと喜ぶ中で、ロドルフだけがあまり浮かない顔をしている。

「なんだ貴公、息子が大戦果を上げたと言うのに嬉しく無いのか?」

とエルベールに聞かれたロドルフは

「いや、そんな大きな戦いで息子が活躍するのをこの目で見たかった」

と言って、皆を笑わせた。

 その後エルベールが先日のタンクマールの件を報告すると、ユーグは楽しそうに笑った。

「この状況でその様な戯言をわざわざ敵陣に言いに来るとは、余程の馬鹿か剣に自身があるのだろうな、貴公らはどう見る?」

「面白いでは無いか、その相手私に任せて貰えないか?」

と言うのはジョルトだ。

「なんの、ジョルト殿、それは私のお役目です」

とダークナイト・ユーグ 

「待て待て貴公達、この話を最初に聞いたのはワシらだ、ワシらに任せてもらおう」

とエルベール。

「俺はつまらんからやめて置く、大した奴では無かったぞ」

とロドルフ。

「まぁどんな奴か顔を見んと話にならないな、エルベール誰か敵の所にやってそいつを連れて来てくれ」

「かしこまりました、おい!」

とエルベールは部下に指示をする、それから1時間ほどで、タンクマールが幕舎までやって来た。

「(エーテル力は全く感じられないな、魔術師では無いか、剣と盾、剣はスクラマ・サクスだな、父親と同じか)」

と、ジョルトの方を見ると、『俺はいいや』と言う顔をしている、彼もタンクマールを見て興味を失った様だ、ダークナイト・ユーグも同じ態度だ。

「ドイツ国王、ハインリヒの子タンクマール」

と態度だけは堂々と名乗りをあげた。

「フランス大公、ユーグ・カペーだ、お父上と弟君の事は残念な事だが、これも戦のならいだ許せ」

とだけ挨拶を返す、タンクマールは無言で一礼してそれを受け入れた、そして

「先日の件、ご返答は如何に?」

と聞いてくる。

「(惜しいな、肝は座っている様だ、これで本当に武勇に優れているのなら使える男だが)」

とユーグは思った、タンクマールはただ世間を知らないだけなのだろう。

「明日、街に残る貴族や領主、領民達全員を連れてまいれ、その目前で我が手の者が貴公と勝負をしてやろう、貴公が勝てば、この街から引き貴公達がこの街で暮らす事を許可してやろう、我らは既にザクソン公国を含む東フランク全域を制圧している、ドイツ王国は既に存在しない。貴公が負ければこの街は私が消滅させる。だが『魔槍』を引き渡すのなら街の者達の命は助けてやろう」

 この『魔槍』とはローマ時代にある魔術師が1000名のゲルマン人と戦い勝利した時に使用したと言う伝説の槍型の魔道具で魔術師の名を取って「ロンギヌスの槍」と呼ばれる、ハインリヒ1世が、戦死する数年前に今はユーグの領地になっているキスユラブルグント王国から持ち去った物だった。

「大公が私の相手をするのでは無いのか?」

「私が相手をしても良いが、それでは獅子が鼠の相手をする様なものだ、せめて『猫』を相手に選んでやろう」

とユーグは言い放って、タンクマールを下がらせた。

「(さて、誰を相手にするか、エルベールの息子ウードが従軍しているな、彼にするか?、いやまだ早いか)」 

 その夜自分の幕舎で、遠征に連れて来ているルクレチアとベッドを共にしている。

「ルクレチア、明日はあの道化者の相手をしてやってくれ、殺してかまわん」

「はい旦那様、お役に立てて嬉しいです」

 ルクレチアには『デュランダル』と命名した宝剣を与えて、様々な魔術を教え込んでいる、既に『魔法剣技』を使える様になっているので、可哀想だがタンクマールは瞬殺されるだろう。

 そして翌朝、街の外の市場を片付けて、臨時の試合場を作り、ユーグはタンクマールとメムレーベンに籠っていた領民や近郊の貴族や領主達を待った。

 タンクマールは、宝石が散りばめられた高価そうな具足と剣を持ち颯爽と現れた、どうやら王宮に残されていたハインリヒ王の装備を持ち出して来たらしい。

 タンクマールの後には細長い箱を大事そうに抱えた14〜15歳の少女が彼の後ろに隠れる様にしている。

 タンクマールから感じなかったエーテル力をこの少女からは感じる事ができた。そしてこの二人に付き添う如何にも無能な貴族の見本の様な集団を見て、ユーグは少しだけハインリヒ王に同情した。


 タンクマールは剣を抜くと、堂々と仮設の試合場の真ん中に出た。

「(うん、堂々とした姿は立派だ、実力が伴っていればな)」

 ユーグは、隣のルクレチアを見た。ルクレチアは笑顔でユーグに頷くと、前に出てで宝剣デュランダル抜きながら、フード付きのケープを外し、遠くに投げる。

「おおー」

試合場を取り囲んでいる味方だけでは無く敵からも称賛の声が上がる。

 アイスブルーに染色された『チェィンメイル』姿のルクレチアは、女神の様に美しかったからだ。

「何、女だと?私を馬鹿にしているのか?」

「そのセリフは私に一太刀でも浴びせてから言うが良い」

『(やれやれ、やはり実力差もわからん程の未熟者だったか)」

ユーグはタンクマールに失望した。

 ユーグの隣には『友』であるジョルトが小柄な騎士……先程のルクレチアと同じ様なフード付きのケープで顔を隠している……を連れて立っている。

 そして、ジョルトは一歩前に出た

「ハンガリー公国 国王ヘレミタのジョルト、この勝負見届けさせていただく、双方用意は良いな、では始め!」

「貴公、いつの間に王になった?」

「言って無かったか、父上が亡くなって以来空席だった『最高首長』=王の座に昨年付いたのだ、おい始まるぞ」


 タンクマールは剣を右肩の上に構えて、定石通りの突きからの攻撃をする。

それに対して、ルクレチアは軽く避けると、氷の『魔法剣技・スカジランス』を発動、タンクマールは氷の槍に身体を数カ所貫かれて、その場で崩れ落ち絶命した。

「勝負あった」

ジョルトが大声を上げると、味方からは大歓声が上がる。かっての妻の魔法、氷魔法を見たロドルフは

口を大きく開けて驚愕している。

 ルクレチアは剣を顔の前で立てて、そのまま斜め右下に切りお下す剣礼をユーグにして、右膝を折って

片膝を付いた。

「ルクレチア見事だ、さてメムレーベンの者共、タンクマール卿との約事に基づきまずは『魔槍』を引き渡してもらおうか、だがその前に余興を一つ見せてやろう、王家が滅びた以上王宮など必要無いからな」

ユーグは立ち上がると、浮遊魔法で空に浮かぶと王宮の真上に移動する。

 初めて浮遊魔法を目にした者達は現実が受け入れられない表情をしている。

『ヘブンリーファイヤー』

上空からユーグの声が響くと、上空に巨大な燃え盛る彗星が現れて落下、王宮を完全に消滅させた。

「なんだと」

「いやぁ」

と試合場の周りに居た、メムレーベンの者達が悲鳴を上げる、ユーグはタンクマールに街の全員を連れてこいと指示をしてあった、だが街の者達は、子供や老人達を館に残したままでここに来たのだった。

その中には、先王ハインリヒの子ハインリヒ2世とブルーノの二人も含まれている。

 地上に降りて、また椅子に座ったユーグに対して、メムレーペンの者の中から、一人の男が飛び出して「貴様良くも、アーレスに魂を売り渡したか?」

と剣を抜き、近づいて来る。

「無礼者!!」

ルクレチアが反応するよりも早く、ジョルトの隣の小柄な騎士がそう叫んで、ケープを脱ぎ捨てると、宝剣……これはユーグがジョルトに贈った物だ……と護符を持ち、炎の呪術剣技で男を一瞬で消し炭にした。

「見事だな、しかし……」

ジョルトとユーグの方を向いて剣礼して片膝を付いたその騎士は、ルクレチアとは色違いの真紅の『チェィンメイル』を身につけた少女の様な美しい女性だった。

「叔父上、お久しく」

そう、彼女はジョルトの妻となったユーグの姪で、ロタリンギア大公エルベールとユーグの姉アデルの間に生まれた娘アデルだった。

「アデル、お前……」

一番衝撃を受けたのはその父エルベールだ、娘が従軍しているとは知らずにいたし、しかも、強力な攻撃魔法を使って見せたのだから、驚くのも当然だ。

「エルベール、アデル親娘の語らいは後に取っておけ」

とユーグは笑いながら言うと、まだ呆然自失のメムレーペンの者達に語りかけた。

「私は、『魔槍』と引き換えに、メムレーペンの領民の命を助けると約束した、だから領民達を全員ここに連れて来いと指示をしたはずだ、王宮に残っていた者がいたとしてもそれは、お前達自身の問題だ、

 さて私が助けると言ったのは領民の命だけだ、ここに居る貴族共には選択肢をやろう、爵位と領地を捨てて領民として生きるか、このまま死を選ぶかどちらかだ」

 ユーグがそう言うと、先程から細長い箱を抱えていた少女が一歩前に出て、ユーグに跪いた。

「私は、ハインリヒ王の娘ハトヴィヒと申します、『魔槍』はここにございます」

ユーグの意を汲み取ったルクレチアが、少女の元に行き『魔槍』の箱を受け取り、ユーグの前で箱を開ける。

「成程、穂先だけか、それに大分痛んでいるが確かに強大な魔法力を感じる、本物の様だな」

ユーグがそう言うと、少女は跪いたままで

「大公殿下に申しあげます、どうか残りの物達にお慈悲を頂けないでしょうか?、お慈悲をいただけるのであれば何でも致します」

と頭を下げて懇願してきた。

「王女殿下、おやめくださいもう我らの事は……」

と民の中から声が多数聞こえる、どうやらこの王女は民にも好かれているらしいし、何よりも迸るエーテル力は、ルクレチアに匹敵するのだ。

「ほう、何でもすると申すのか、ならば私に仕えよ、それでそなたの願いを叶えてやろう」


 後にユーグはルクレチアから

「旦那様、あの時はかなり悪いお顔をされていましたよ」

と言われてしまう。まぁまだ14〜15歳の少女に妾になれと言った様な物だから当然かもしれない。

 100人の無能な貴族や領主達より、魔力の才がある美少女ハトヴィヒの方がよっぽど価値がある。

とにかく、その結果、メムレーペンに逃げ込んだ近郊の貴族や領主達は全員ユーグに忠誠を誓い、これで

ドイツ王国=東フランク王国は完全にユーグの物となった。

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