第七章 動乱の終焉と息子誕生
第七章 動乱の終焉と息子誕生
パリでこの事を聞いたユーグは、二人の義兄の間を取り持つ用意をしていた。
だがそこへ、ユーグ黒公から急報が入る、南下して来たマジャル人の大首長でハンガリー大公ジョルトに率いられた大軍がブルゴーニュ北部に侵入して来たのだった。
報告を受けた、ユーグは直ぐに王とエルベールに手紙を持たせた使者を送る。
王は即座にエルベールと和解して……和解条件はエルベール側の主張を全部受けいれた形になった……弟の救援の為にバーセルの街に急行した。通常二週間は掛かる行程を、10日間で走り抜と言う強行軍だった。
ユーグも当然兵を出して、ヌシャテル湖の近郊の要衝、ベルンまで進軍する。
「兄上は、バーセルに直接向かうとの連絡がありました」
ベルンでユーグを出迎えた、ブルゴーニュ公が言う。
「どうも先日以来、国王陛下は何か焦っている様ですね」
「はい、どうもその様ですね、困った事です、我らも急ぎバーセルに向かましょう」
だが、国王ラウルはユーグ達の到着を待たずに、戦闘を開始してしまう。
これは、ラウルがマジャル人を魔法も使えない蛮族として、侮っていたからだ。確かにマジャル人はローマ式の魔法は使えない、しかしその代わりに先祖であるフン族から受け継いだ魔法と同等の秘術が存在するのだ、この術は東アジアでフン族の一部族が匈奴と呼ばれていた頃に、『漢』の『道教』の教えの中の『呪術』『陰陽五行思想』を取り入れて独自に進化させた物で、木、火、土、金、水の五つのエレメントに『気』を注ぐ事で呪術を発動させる秘術で、つまり用語が違うだけでほぼ魔法と同じ物なのだ。
大魔術師に当たるのが『ヘレミタ』(仙人)魔術師は『タオイスト』(道士)と呼ばれて、魔道具の代わりに呪符で呪術を発動させる事ができる。
国王の軍には、魔術師が10名ほど同行している、だが、大魔術師は1名しかいないし彼女は治癒系魔法しか使えなかった、西フランク王国の戦闘系の大魔術師は殆ど全員がユーグの軍に所属しているからだ。だが敵にはヘレミタが50名以上存在した。
国王側の魔法攻撃は敵の呪術障壁に阻まれ、敵の呪術攻撃は魔法障壁を軽々と突破してくる、
これにより、国王は長年自身に従って来た5000の精鋭を失い、大首長ジョルトの捕虜となってしまう、国王にとってある意味幸運だったのは、ジョルトの侵攻の目的が領土では無く、食料と金銀財宝の強奪にある事だった。
パーセルに駆けつけた、ユーグとブルゴーニュ公の元に、国王を返還して欲しければ身代金を払えと言うジョルトの使者が訪れる。
ユーグは、パーセル郊外でジョルトと会談する事になった。
交渉用に設営された、大型の幕舎でジョルトと向かい合ったユーグはジョルトの体から溢れるエーテルを感じた。エーテル量は魔力と比例関係にあるので、ジョルトは大魔術師に相当する魔力が有ると言う事だ。
これはジョルトも同様で、彼はエーテルでは無く『気』と言う認識でユーグの力を感じている。
「フランス大公、ネウストリア辺境侯、イタリア王、キスユラブルグント王、大魔術師ユーグ・カペー」
とユーグは外交儀礼に則り今の正式な肩書きを名乗る。
「これはまた、仰々しい、私はハンガリー公国大公ヘレミタのジョルト」
と、ジョルトも返答して、笑顔で着席を勧めた。どうやら、ジョルトはユーグに好意的な印象を持った様だ、それはユーグも同様で、歳も同じ位のジョルトとは話が通じそうだと直感した。
「所で貴公は変わった剣を持っているな」
着席をしようとしたユーグの腰の剣を見たジョルトはそう問いかけた、ジョルトは腰にサーベルの様な剣を履いている。
「これは、私が考案した『レイピア』と言う剣だ」
とユーグは剣を抜いた、ジョルトの後方に控えていた、兵達が血相を変えて剣を抜こうとする。
「控えておれ」
と兵を止めたジョルトは自分の腰の剣を抜いて、テーブルの上に置いた。剣自体は質素な物だが、革製の鞘は金で飾られ、宝石が散りばめてある。
ユーグもその隣に自分の剣を置く、こちらはヒルト(柄)の部分に宝石が埋め込まれた、豪華な造りになっている。
「ふむ、美しいが、こんなに細いのか、これでは切れないし刺す事しかできないのでは無いか、しかも攻撃を受け止めるたら折れてしまうのでは無いのか?」
「私の剣は魔道具でも有るのでな、使う所をお見せしようか?」
どうもこのジョルトはユーグと同類の様だ、ユーグは剣を持って幕舎から出る、ジョルトも自分の剣を持ってユーグに並んだ。
ユーグは幕舎の側にあった、ブナの木を目がげて炎の『魔法剣技』を披露した、もちろん威力は最小限にしているが、それでもブナの木は炎に包まれる。
「これは驚いた、私と同じ呪術剣技を使える者が存在するとは」
と今度はジョルトが右手に剣、左手に呪符を掲げて、ユーグが燃やした木の隣のオークの木に炎の『呪術剣技』を発動する、効果は全く同じで、オークの木も炎に包まれた。
「お見事」
ユーグはジョルトに声をかける。
「なるほど、剣としてでは無く呪具として使うのでこれで良いと言う事か、貴公この剣を私に譲ってくれないか?」
ユーグはますます、このジョルトが気に入った。
「この剣は私専用なので無理だが、同じ剣を作って進呈しよう、でもその前に人質になっている国王を返して頂かないと」
とユーグは笑う、
「そうであったな、では幕舎に戻ろう、バイエルンで調達した美味いワインがある、それを飲みながら話をしよう」
と、ジョルトも既にユーグを敵扱いしていない。
この頃は貴族や王同士の戦いで捕虜になった方が身代金を払って解放されるのは至って普通の事だった、捕虜にせず問答無用で殺してしまうユーグの方が特別なのだ。
そしてその身代金の金額は、捕虜の価値と等しいと言う事になり、例え国王でも価値が無いと判断されたら当然、身代金は安くなる、安い身代金で解放された捕虜は自分が無価値と言う事で大恥をかく事になる。
当初の要求額デナリウス銀貨で300万枚に対してユーグの回答は100万枚だった、銀貨300万枚と言うのは王の身代金としては妥当な額だが、ユーグの返答を聞いたジョルトは頭を抱える。
「なんだ、この王にはそんな価値しか無いのか?」
「ああ、まぁ」
とユーグは苦笑する。
結局、ジョルトの顔を立てる意味で、身代金は200万枚と言う事になる、まぁそれでも大金には違いが無く、これはおおよそ10億円程度になる。
そしてこの時に、ユーグとジョルトの間で、相互不可侵協定、通商協定が結ばれて、お互いの首都に大使を常駐させる事が決められた。
更に、食料と引き換えに、ハンガリー兵をユーグ個人として20000を傭兵として雇用する事になった。
この頃ハンガリーが他国を侵略していたのは、食料の不足が大きな原因だった、当時のヨーロッパは、北に上るほど、東に行くほど食料事情が劣悪だった、だがユーグの領土はイタリアを初めとして肥沃な土地に恵まれている、だから食料で隣国との平和が買えるなら安い物なのだ。
ちなみにこの協定はドイツ王国には適用されないので、ジョルトのハンガリーはこの後もドイツの各公国に侵攻しては、食料や金銀、家畜などを略奪する事になる。
交渉の結果は直ぐにパリに伝令で送られたが、王国宰相アンジュー伯フルクはこの支払いを国庫からする事を拒否、王妃エマはユーグの妻マロツィアに泣き付き、これを受けたマロツィアは、国王の領地全てを抵当とする事で、銀貨100万枚を年利24%の高利で王家に貸し付けた。キリスト教が存在しないこの世界では裕福な貴族達は普通に高利貸しも行っているのだ、イタリア王、キスユラブルグント王、ネウストリア辺境侯、それにパリ伯、その他多数の魔法大教会の大司教を兼ねるユーグと教皇庁を支配するマロツィアの実家の財力があれば、この程度は銀貨は簡単に捻出できた。
王妃エマは残りの100万枚をなんとかかき集めて、四頭立て大型の馬車に護衛を乗せて、500名の傭兵を雇ってバーセルに送った。銀貨200万枚は約10トンになり、大型の馬車5台で運べる重さだった。
身代金とユーグがパリの職人に作成させた宝剣を受け取って、ジョルトは上機嫌でハンガリーに戻って行った。
身代金を払う事で解放された、国王ラウルは失意の中パリに戻り、ここで酒浸りの生活を送る事になる、しかも借金の返済の為に領地に重税を課した事から、地方領主や領民に反乱されて退位。
この頃の税率はユーグの領地では40%程度、それに対して国王の領地では元々50%だったのが60%を超えた、しかも領民は魔法教会に教会税として10%を払っている、反乱が起きて当然だった。
結局王の領地の殆どは、マロツィア経由でユーグ大公の物となった。この内いくつかの領地はユーグが王の弟ブルゴーニュ公に返却している、これによりブルゴーニュ公の忠誠心が更に大幅に上がる事になる、そして魔法歴936年唯一残った領地オセールで廃王ラウルは病死した。
魔法歴927年、ユーグ大公は諸侯会議を招集して、諸侯より西フランク王国の王位に着く事を要請される。
だがユーグはそれを断り、カロリング家の血を引く7歳のルイをブリタニアのアゼルスタン王の元から呼び寄せて傀儡の王ルイ4世として即位させた、この子供は父の仇シャルル3世の子である。
この時ユーグ大公が既に何の力も無いカロリング家の者を傀儡の王としたのは、ドイツ王国への侵攻を考えていたからだった、ユーグ大公は既にかっての統一フランク王国の領土の内、東フランク王国領以外を自分の領地にしている、つまりユーグ大公の元でのフランク王国再統一をするのにカロリング家の王を傀儡の神輿にしようとしていると言う事だ。
この事はユーグを支持する、義兄のロタリンギア公、ブルゴーニュ公、ノルマンディ公、ブルターニュ公にはこの考えを伝えており、彼らも納得している。
この時既にドイツ王国は諸侯の内乱状態で王国としての体裁は無くなっていた。
翌年、魔法歴928年、正妻マロツィアとの間に長子が誕生する。ユーグとっては初めての、マロツィアにとっては三人目の子供となる、しかもこの子供は母親が魔術師で無いにも関わらず、大魔術師の才能を持って生まれて来ると言う奇跡に近い確率で生まれた子供だった。
「旦那様の魔法力がとてつもなくお強いからです」
と初めて魔法力の有る子供を産んだ、マロツィアは嬉しそうだ。
そして、三ヶ月後には愛妾ルクレチアもまた無事に男子を出産して、こちらの方も当然大魔術師の才能がある子供だった。
ユーグはマロツィアの要望で長子には自分と同じユーグと名付け、次子には父の名からロベールと命名した。
この二人の子供の養育はユーグの母、大魔術師で『サン・ジェルマン・デ・プレ魔法教会』の大司祭となっているベアトリスに任せられる事になる、ユーグを大魔術師として育てた母が、魔法の才能がある
二人の子供を養育する事にマロツィアもルクレチアも意義など無い、そもそも二人は色々と多忙で子育てをしている暇など無かったからだ。
慣習に従い、ユーグが生誕した時と同じ様に、パリの館に貴族達を招き二人の息子の誕生祝いの宴を実施する事になる、これはユーグの時より更に大々的で賑やかに行われる事になった、当然ローマからはマロツィアの父トゥスクルム伯爵が新魔法教皇ステファヌス7世……前教皇レレオ6世は即位半年後に病で死去した事になっている……の祝福と莫大な贈り物を持って駆けつけた。
「義父上に来ていただけるとはありがたい事だな」
「はい、旦那様」
「だが、国王はやはり来ないか」
「ええ、せっかく招待したのですけどね」
「愚かなだな、どうせブリタニアから連れて来た母親の取り巻きと王宮で震えているのだろう」
「まだ子供ですからね、お可哀想ですよ」
とそんな話をしている、二人の前に祝いの挨拶の諸侯の列ができている。
「それにしても見かけない者が随分と多いな」
「旦那様の領地も随分と増えましたからね」
「なんだ貴様達」
そこに悲鳴と怒号が響く」
貢ぎ物を担いで来た従者に変装した刺客が4名、剣を抜いて、ユーグと妻達に斬りかかって来たのだ。
だが、その剣はユーグ達の手前で透明な壁に阻まれて届かない、ユーグが風の防御魔法「ヴェンティ・ウオール」を展開したからだ。
動きが止まった刺客の二人を、警護を任せていたギョームが炎の『魔法剣技』で倒すと、ほぼ同じタイミングで、諸侯の列の中程に居た一人の男が同じ炎の『魔法剣技』で残りの二人を始末した。
「加勢感謝致します、しかし私と大公殿下以外に『魔法剣技』の使い手がいるとは意外です」
とギョームはその男に声をかける。
男はギョームに手を上げて軽く挨拶すると、ゆっくりとユーグの前に来て
「久しいな、ユーグ大公、二人も息子が生まれるとは誠にめでたい事だ」
ハンガリー公国のジョルト大公が、お忍びでやって来たのだった。
「ありがとう、しかし突然何事かな、ジョルト大公?」
「何、貴殿の所に貸している傭兵達の隊長から、定期的に報告を貰っていたのだが、貴殿の美しい奥方達が無事に出産されたと聞いてな、友として祝いに来た」
と、一国を治める者とは思えない腰の軽さだった。
「え、この方がハンガリー公国のジョルト大公?」
とギョームは驚いている。
「それはありがたいが……公国の統治はよろしいのか?」
呆れたユーグが聞くと、
「私には優秀な家臣が多いからな、戦がなければ何もやる事が無いのだ、ここの所退屈でな、それにしても我が友の命を狙うとは、こいつらは何者だ?」
「ブリタニア、今はイングランドと呼ぶのかな?、の王アゼルスタンの手の者でしょう」
とユーグは答える、
「そうか、貴公も敵が多いのだな、難儀な事だ」
と言うジョルト大公の慰めの返事が返ってきた。
ユーグはとにかく、祝いに来てくれたジョルト大公を妻と愛妾の二人に紹介する。
ジョルトは紹介されたマロツィアとルクレチアを見て
「成程、噂通りにお美しい、ユーグ殿は果報者だな」
と少し寂しそうな表情を浮かべた。この頃ジョルト大公は正妻を無くしたばかりで、実は傷心を癒す旅に各地を回っている所だったのだ。
この事を独自の情報力で知っていたマロツィアは、宴席の三日目にジョルト大公に一人の女性を紹介する、アデル・ヴェルマンドワ、ロタリンギア大公エルベールとユーグの姉アデルの間に生まれた娘で、ユーグの姪だ、彼女はこの時18歳、治癒魔法の使い手でもある。
二人は直ぐにお互いを気に入った様で、ユーグの仲介で正式に婚姻をする事になる、娘の嫁ぎ先を探していたロタリンギア大公もユーグの姉もこの婚姻には両手を上げて大賛成する。
ちなみにこの二人には他にも娘が居て、後にその娘リュートガルドはノルマンディ公を継ぎブルターニュ公を兼任して王国屈指の貴族となるギョームに嫁ぐ事になる。
この事件の後、王宮に潜んでいたイングランドの者達は、全員ギョームによって排除されて、国王ルイ4世とその母は、王宮にブルターニュ公の兵士達によって軟禁状態となった。
子供に刃を向けられた事をユーグが許すはずなど無いのだ、まだ利用価値があるので生かされているに過ぎなかった。
そして、連日の様にユーグの館で、ドイツ侵攻の戦略方針をロタリンギア公らを集めて……何故かジョルト大公も参加して……検討した結果、最初にユーグがシュヴァーベン公国に兵を出して、残りの公国の反応を見る、もしザクセン公国が援軍を送るなら、それを待ってロタリンギア公とノルマンディ公がザクセンに、フランケン公国にはブルゴーニュ公が、バイエルン公国にはジョルト大公が侵攻する、またどの公国も援軍を出さないのであれば、そのまま一国ずつ各個に攻略して行くと言う方針が定まった。
ユーグの出陣は一月後になるが、もちろんその大義名分は
『カロリング家の王ルイ4世が、フランク王国を統一するので従え』
と言う事で、既に各大公国にはその旨をルイ4世の名で書簡を送ってある。
当然だが、どの国からも返答は無かった。