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第六章 ロタリンギア動乱

第六章 ロタリンギア動乱


 ユーグ達三人の乗った馬車は、ローマを出て北上している。

「この馬車、不思議ですねあまり揺れないです」

とユーグの隣のマロツィアが言う

「そう言えばそうですね、トゥスクルム伯爵様が余程良い馬車を用立てていただいたのでしょうか?」

と向かいに座ったルクレチアが相槌を打つ。

 ユーグはのんびりと、いつも持ち歩いている『天使ラジエルの書』の写本を読んでいる。

これはラテン語に翻訳された物では無く、オリジナルのヘブライ語版だ。

ユーグは独学で、消滅した言語ヘブライ語を読めるようになったのだ。

 馬車は揺れるので、本来読書などできる環境では無い、だがこの馬車には今、ユーグが飛行魔法を改良した浮遊魔法を掛けているので、実は地上から少しだけ浮かんだ状態になっているのだ。


「旦那様、先程から何を読まれているのですか?」

と暇なのかマロツィアが聞いてくる。

「これは、最初の魔法書と言われる『天使ラジエルの書』の写本だよ、僕が使う魔法の多くはこの本に書いてある物なんだよ」

とユーグが言うと、ルクレチアが目を輝かせた。

「あの、その本を読めば私も旦那様の様な素晴らしい魔法が使えるのですか?」

「残念ながら、読んだだけでは無理かな、でもルクレチアにはパリに着いたら、色々と魔法を教えてあげよう、僕の役に立ってもらいたいからね」

「はい、旦那様」

「ルクレチアは良いわね、魔法が使えるから」

とマロツィアは少し拗ねている。

 中身は30歳過ぎだが、今は外見がほぼ18歳位の少女なので、実に可愛らしかった

二人とも馬車の中が暑いのか、最近流行始めた、キーホールネックライン襟の薄手のチェニックを一枚着ているだけで、意識的に襟を留めていないので、セクシーな胸の谷間を見せつける様にしている。

 王族や貴族達が女性と馬車の中でその様な行為を行うのは珍しい事では無いが、ユーグは20000以上の軍を率いてる最中だ、誘われているのはわかっているが、軍司令として不埒な事をする訳にはいかないのだ。

「マロツィアにはパリに着いたら、僕の代わりに政治に関わってもらう予定だ、パリの王宮はある意味伏魔殿だからね、だが君なら大丈夫だろう」

「あら、旦那様はどうされるんですか?」

「僕は戦争で忙しいからね、マロツィアなら安心して後を任せられる」

そう言うと、マロツィアは嬉しそうに微笑んだ、最高の笑顔だ。

「でも二人には一番大事な仕事があるよ」

「あら何でしょう?」

「決まっている、僕の子供を産んで貰う事だよ」

「はい、頑張ります」

と二人は声を揃えた。


 馬車は、街や村に入る度に速度を落とす、新たなイタリア王に挨拶をしようと地方領主と領民達が待ち構えているからだ。

 ユーグが馬車の窓を開けて手を振ると領民達から歓声をあげる。

少し大きな街ではユーグは領民サービスに、空中に炎の龍を描いて見せる、地方の領民達は絵画魔法など

知らないので、大歓声に包まれた。

「旦那様、お優しいのですね」

「政治家には、人気取りは大事なんだと、昔読んだ古代ローマの本に書いてあったからね」

とユーグは笑う。

 

 こんな風に、凱旋帰国の旅をユーグとその兵達がしている頃、西フランク王国の王都パリでは大きな事変が起きていた。

 幾度か領有を東フランク王国と争っていたロタリンギア地方は、領主レニエ伯の跡を継いだギゼルベルトが独立を宣言してロタリンギア王を自称した。そこに逃亡してきたシャルル3世と争い、ギゼルベルトは敗北して一時は東フランク王国に逃亡、シャルル3世がユーグの父ロベール王に敗北した後は、後継者となったラウール王に忠誠を誓った、しかし再び東フランク王国のハインリヒ1世に近づいたギゼルベルトは王よりロートリンゲン(ロタリンギアの東フランク風の呼び方)大公の地位を得て、王の娘ゲルベルガと婚約をする。

 ユーグがイタリアに遠征をしている間に、公然と西フランク王ラウルに反旗を翻したのだ。

ギゼルベルトはユーグより年長で、かっては一緒に戦った事もある、そんなギゼルベルトの元に、魔法教皇救援の為にローマへ向かったハインリヒ1世が、ユーグによって戦死、20000を超えた王直属軍も全滅と言う緊急報が届く。

 後ろ盾を失う事を恐れたギゼルベルトは、ハインリヒ1世の次子でまだ14歳のオットーを焚き付きて、ハインリヒ1世の仇討ちの為に西フランク王国侵攻を画策したのだった。

このオットーは我々の世界では西暦962年にザクセン朝の神聖ローマ帝国皇帝となったオットー1世だ。


 魔法歴926年、ドイツ王国(東フランク王国)とロートリンゲン大公の連合軍、約15000が国境を超えて、パリ目指して西進中と言う報告を受けたラウル王は急ぎ兵を集める。

 この時西フランク王国の主力だった、ユーグのカペー家の軍は、まだリヨンの南方に居る、その軍には王の弟ブルゴーニュ公ユーグ黒公、ノルマンディ公の子息ギョーム等錚々たる士官が加わっていて、今パリに残っているのは、王の直属兵が5000のみ、ノルマンディ公ロドルフはブルターニュ地方でブルターニュ王を自称するアラン2世と戦闘中、頼みの義兄ソワソン伯エルベールは、自領がロタリンギアと隣接している事から動けず、急ぎ諸侯の兵を集めてもやっと10000に届くかと言う状態だった。

 それでもラウル王は、その10000を率いて果敢に出陣して、サン=ディジエで敵軍と対陣する。

ラウル王にとって幸運だったのは、こちらも寄せ集めだが、敵も同じ様に寄せ集めの軍で、全く統制が取れておらず、歴戦の王直属兵5000により、有利に戦闘ができた事だった。

 この対陣は一進一退を繰り返して、なんと一ヶ月以上続く事になる。


 早馬の伝令を受けたユーグは、凱旋の行軍の足を早め、パリに帰還した。同じ頃アラン2世を討ちブルターニュの反乱を鎮めたノルマンディ公ロドルフもパリに帰還している。

 久しぶりに自宅に戻ったユーグは、ベッドで妻マロツィアと話す。

「王宮に居る僕の二人の姉、王妃エマとソワソン伯夫人のアデルの動きに注意をして欲しい、二人とも魔術士としては大した事は無いけど野心家だからね、特にエマ姉上は自分の息子ルイを次の王にする為に色々と企んでいるからね」

「かしこまりました、これは私の得意分野ですね、頑張ります」

と、マロツィアは目を輝かせる。

 ユーグがマロツィアを正妻としたのは、その容姿と体の相性もあるが、教皇庁を実質陰から支配していたその政治力が大きな理由だった。

 そして、翌日は愛妾ルクレチアを伴い、お抱えの鍛冶屋と宝飾師を呼び、イタリアから持ち帰った『サーベル』を元に新たな魔法剣の作成を依頼する、ルクレチアを伴ったのは、ルクレチア用にも作成するつもりだったからだ。

 数日パリで休養を取り、パリ伯としての権限で、パリ市街の練兵場『カンプス・マルティウス』に全軍を招集した。ユーグとその将達は兵に休養を与えている間も、現地の情報を収集して、作戦を考案していた。

 最初にブルゴーニュ公ユーグ黒公が兵5000で兄の王の元に援軍として行き、王に作戦要項を伝える。

ノルマンディ公ロドルフとその子息ギョームは兵12500で南方のヴァッシーから回り込み敵の南の後方で待機、ユーグの本隊12500も北方のオルネンを経由して敵陣の北の後方へ、そこで、狼煙を合図に全軍が一気に攻勢に出ると言う作戦だった。


 援軍として戦場に到着した、弟ユーグ黒公から作戦案を聞いたラウル王は一言

「見事だ」

と一言言っただけだと言う。

 そして、その二日後の早朝、北東の空に狼煙が上がる。

奇襲を受けたドイツ・ロートリンゲン連合軍は三方向から挟撃されて、前進も後退もできずに壊滅する事になる。

「なんだ、魔法を使う必要も無いか、なんと呆気無い」

とユーグは、魔術師として従軍した愛妾のルクレチアに微笑んだ。

 この時、敵側はロートリンゲン大公ギゼルベルト、ドイツ王国王子オットーが15000の兵と共に戦場の塵となった。

 久しぶりに息子と轡を並べて戦場に立ったノルマンディ公ロドルフは息子が、ユーグ譲りの圧倒的威力の『魔法剣技』を使うのを見て、早々にシャルル3世を見限って、カペー家に従った自身の先見の明の正しさにほくそ笑んだ、シャルル3世にはノルマンディを領地に貰い、ノルマンディ公の称号をもらった多少の恩が有ったが、ノルマンディは元々ロドルフが占拠していた土地だし、公の称号より、戦場に生きるバイキングの族長として後継の息子が戦場で使う魔法の威力の方がずっと重要だったのだ。

 このルドルフには幾つもの名が有る、父から貰った「フロールヴ」と言う名、当時のバイキングの王

美髪王と言われたハーラル1世の怒りを買い、追放された時に名乗った「ロロ」と言う名だ。

 だが、今はルドルフ(英語読みならロベール)と言う名も気に入っていた。


 ユーグは、義兄でもある国王とその直属軍をパリに帰還させて、残りの軍40000を率いて、そのままロタリンギアに侵攻、ユーグの本隊はギゼルベルトが定めた大公国首都ナンシーを落とし、更にノルマンディ公ロドルフの別働隊が重要な拠点メッスも攻略、そして、もう一人の義兄ソワソン伯エルベールも自軍を率いて主要都市ベルダンを陥落させた。

 これにより、係争地ロタリンギアは完全に西フランク王国の物となった。

ユーグは占領したロタリンギア統治を義兄ソワソン伯エルベールに委任して、全軍をパリに凱旋させた。

 この事は後に王とソワソン伯の二人の義兄の争いの火種となる事になるが、それは少し後の話になる。

パリに凱旋したユーグは、ここまでの戦いの功績で『フランス公』の称号を得た

「フランス」とは「フランク人の」と言う意味だ。つまりユーグはフランク人全体の大公と言う称号を得た事になる。

 また国王に進言して、ノルマンディ公ロドルフの長子ギョームをブルターニュ公に任命させる。

 本来ならブルターニュは反乱を平定をしたノルマンディ公ロドルフに与えられるのが筋だ、ロドルフはもしこの領地は赤の他人の物となるとしたら激怒しただろう、だがそれが自分の子となると話は全く別だ、父子でユーグの元を訪れて、一層の忠誠を誓った。

 更に遠征で自領となったキスユラブルグント王国の北東部をユーグの騎士長として貢献した褒賞として王弟ユーグ黒公に譲渡した。

 これらは実はマロツィアの進言で、ロドルフ父子の忠誠心と、公爵とは名ばかりで殆ど実質的な領地を持たないユーグ黒公に恩を売る事で兄弟の間に楔を打ち込む計略だった。


 数日後、国王の戦勝を祝って大々的に祝勝会が執り行われた。だが、多くの貴族や領主は国王よりイタリア王、キスユラブルグント王を兼ねたユーグの元に挨拶をしに来る。

 そんな中、ユーグは別室に呼ばれて国王ラウルと個別に会見をする事になった。

その席で、国王ラウルはユーグに対して、王権の返還を打診している、だがユーグは

「私には、まだ倒す敵がいますから」

とそれを断った。

 実は、事前に妻マロツィアからこの事を知らされていた、しかも王は本気で王権をユーグに返還するつもり等無く、もしユーグがそれを受けたら、この場で暗殺をする用意もしていたからだ。

 とは言え、この時のユーグの返答は本心でも有る、ユーグの言う敵とは現在ドイツ王国を称するかっての東フランク王国と、ゲルマン人の一派でアングロ族とサクソン族が土着のブリトン人を駆逐して建国したブリトンの七王国と、更にブリトンの北東部一帯を支配するバイキングの一族デーン人だ。

 この頃の西フランク王国は、ドイツ王国となった東フランク王国と、カレー海峡を隔てたブリタニア(ブリトン)のヴァイキング達と敵対していたのだ。

 この『ドイツ』と言うのは、フランク王国の公用語であるラテン語では無くゲルマン系の言語を話す人々の総称から始まった物で、ゲルマン人の国と言う意味を持つ。

 魔法歴843年魔聖ローマ皇帝を称していた最後の統一フランク王国のルイ1世が没して以来90年以上過ぎて、三つに分かれたフランク王国はそれぞれの道を歩み始めようとしていた。

 

 そんな時。国王と長子を相次いで失ったドイツ王国では、フランケン、ザクセン、シュヴァーベン、バイエルンの各大公が、年長の庶子タンクマールとまだ幼児の次子ハインリヒのどちらを後継とするか、或いは自らが後継になるかで内戦状態になる。そしてそこに長年の仇敵である、騎馬遊牧民の異民族マジャル人(ハンガリー人)が王国南東部から侵入してくる事態になる、マジャル人とはハインリヒ1世が健在の頃に暫定的な和平を結んでいたが、国王が死去した事により和平が無効になってしまったのだった、直接領地に侵攻されて、対応に苦慮したバイエルン大公アルヌルフは長子エーバーハルトをパリに送り、西フランク王ラウルに救援を要請する。


 その要請を受けた王ラウルはパリの王宮に諸侯を集めて意見交換をする。

この時、ロタリンギア公を自称する様になった、ソワソン伯エルベールは新領地の経営に多忙との理由で欠席、ノルマンディ公ロドルフとブルターニュ公の父子もノルマンディ防衛の為に欠席した。

 会議に出席したフランス公ユーグは、戦乱で続いた国内の立て直しの為にも救援を拒否するべきと言う立場を取る、名ばかりのブルゴーニュ公(この頃のブルゴーニュ公の領地はブルゴーニュ地域の北西部1/4以下に過ぎなかった)だった国王の弟ユーグ黒公は、ユーグが継承したキスユラブルグント王国の北部、かっての上ブルゴーニュ王国の領地を譲渡された事で、恩義を感じユーグに同調する。


 それに対して、国王は救援を主張して会議は紛糾した、ユーグへの対抗心を隠さなくなった国王ラウルは遂に国王親征を宣言して、取り巻きの貴族達を引き連れてバイエルンへ向かおうとした。

 当然だが、この行程は義兄ロタリンギア公エルベールの領地を通過する事になる。

ロタリンギア地方の領有権とその北方ランの領有権で、王と対立していたエルベールは王の自領の通過を拒否する、表向きの理由は戦乱で食料が枯渇していて、王の軍に分ける兵糧が無いと言う事だ。

 ちなみにこの入れ知恵をしたのもユーグの妻マロツィアだ。

 王の軍はエルベールの元々の領地ランスの街でしばらく滞在する事になり、王とエルベールの間は一触即発の状態になっていた。

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