第四章 ミルヴィオ橋の戦い
第四章 ミルヴィオ橋の戦い
ユーグはこのアルルの街で数日過ごした後、イタリア王国、ロンバルディア地方に侵攻する。
既に国王が討たれたイタリアの諸侯達は、ユーグに恭順する姿勢を示して、争ってローマまでの道案内を
する様になり、ユーグとイタリア諸侯の連合軍は、50000人の大軍に膨れ上がって、ローマの魔法教皇領ヴァチカンを取り囲んだ。
だがここで、以前から教皇派を表明していた東フランク王国のハインリヒ1世……この頃はドイツ国王と自称する様になっている……が、アルプスを超えて20000の兵力で押し寄せて来る。
このハインリッヒはフランク人とは別のゲルマン人部族のザクセン人でユーグよりは20歳以上歳上だった。二度の婚姻により嫁側の資産や領地を我が物として勢力を拡大して、東フランク王国で勢力を拡大していった。
911年9月、東フランク王国のカロリング朝最後の王ルートヴィヒ4世が後継者を残さず死去、王国の貴族達はフランケン公コンラート1世を王に選出する、ハインリヒの父ザクセン公オットーは王の即位は認めたが王権に従う事を拒否、その為王と戦闘状態になる。
912年父オットーが死去、ハインリヒは公位を継承しようとしたが国王コンラート1世はこれを拒否、王とハインリヒの戦闘は続き、ハインリヒは東フランク王国からのザクセン領独立を図る様になる。
915年グローナ城で国王と和平協定が結ばれハインリヒは、国王から正式に公位継承を認められザクセン公となった、そして自領に対して王権は名目的な物と言う言質を取り、実質的に戦闘に勝利した
事になった。
そして918年国王コンラートが死去すると遺言によりハインリヒは始めてフランク人以外で東フランク王国の国王とる。
ユーグはそんなハインリヒ1世の軍に対応する為に自分の兵を二分して、ヴァチカン包囲を弟子のギョームの10000とイタリア諸侯の軍に任せると、残りの10000で反転してローマ郊外、テヴェレ川に掛かるミルヴィオ橋の付近でドイツ王国軍を迎撃する。ここで敗北すると、今は味方になっているイタリアの諸侯達が一斉に離反するのは明確なので、絶対に負けられない戦いになる。
アルプスを超えて、休まず行軍して来たドイツ王国軍は疲労の限界に達していた。
王や騎士、上級魔術師は騎乗や馬車に乗っての進軍だが、兵や魔術師達は徒歩だ。数では勝るドイツ王国軍も、ここまで休養をたっぷり取っていたユーグの軍と比較すると士気は大幅に低い。
特に魔術師の魔法力は気力と大きく関連していて、士気が高ければ魔力は上がるが、疲労や恐怖など不安定な精神状態だと魔力が低下する。
こうして敵と相対したユーグは敵の装備を見て少し驚いた。
敵がまだ盾を持っていたからだ、既に西フランク王国では盾が無用の物になり、今は誰も所持していない
それに対して、敵のドイツ王国軍は旧態依然のままだったからだ。
「あの剣は『スクラマサクス』か?」
とユーグは隣の騎士長ブルゴーニュ公のユーグ黒公に聞く、ユーグと同名のこの騎士長は国王ラウールの弟で、長剣『ツヴァイヘンダー』の使い手だ。
「その様ですね、ザクセンの奴らはまだあんな骨董品を使っているとは笑しですな」
と言う。
「我ら西フランクの者がノース人と死闘を繰り返していた間に、東フランクの連中は呑気に部族同士の争いをしていただけなのだろうな、だから今だにあの様な武器を持っているのだろう」
とユーグが言うと騎士長は頷いた、そして
「見てくだい、あいつら盾でシールドウォールを作り始めました」
「その様だな、魔術師は居ないのか?」
「後方に数人見かけますね、それだけなのか、それともこれは我らを誘う罠でしょうか?」
「もう少し様子を見よう、魔術師隊、魔法障壁の準備」
敵はシールドウォールの後方に弩弓隊を配置して前進してくる。
やがて、弩級の射程に入ると攻撃をしてくるが、当然こちらの魔法障壁により全く効果は無い
「こちらも弩弓を撃て」
驚いた事に敵は魔法障壁を展開しないで、盾で矢を防ぎながら前進を続ける。
そして魔法の射程に入ると、遠距離魔法で攻撃をしてくる。
「うーん、これは私が生まれる前の戦法だな」
「はい、誠に、これは拍子抜けですかな」
「魔術師隊、攻撃」
こちらには100名近い魔術師が居るので、防御に40名回しても、残り60名が攻撃部に参加できる、
しかもユーグが自ら鍛えた精鋭の魔術師達だ、その攻撃力は敵の魔術師の数倍になる。
盾では魔法攻撃を受け止められないので、敵の前衛はあっという間に消滅して行き、陣形に大きな穴が空いた状態になる。
「騎士長」
「は、全隊突撃!!」
と騎士長は部下の騎兵と歩兵を率いて敵の陣の穴に突入して行く、こうなるともう敵は陣形を維持できずに、混戦となり既に一部の兵は武器を捨てて敗走を始めている。
「(さて俺も行くか)」
ユーグは初陣以来封印していた『飛行魔法』を解禁して、敵軍の後方のハインリヒ1世の陣の上空まで飛ぶ、そして、『ラジエルの書』に書かれていた究極の魔法『ヘブンリーファイヤー』(天の火)を発動させる、この魔法は土魔法で作る岩に火の魔法で炎を纏わせた物で、これを上空から敵に向かって高速で落下させるのだ、つまり魔法で作成した小型のメテオ(流星)を敵に落とすと言う事になる。
ハインリヒ1世とその本陣は幕舎や周辺の騎士や兵、魔術師を巻き込んで完全に地上から消滅した。
残存した敵兵は、そのまま後方に散り散りになって逃走するが、食料も無く武器も捨てて逃げた彼らが
再度アルプスを超えるのは不可能で、故国に帰り着く者はほとんどゼロだろうとユーグは思った。
国王と20000の戦力を失った東フランク=ドイツ王国は当分再起不能になり、また内戦に明け暮れる事になるだろうと、ユーグは冷静に見通している。
一方で、開戦からわずか数時間で、20000の敵軍を消滅させたユーグの戦果は直ぐに包囲軍と教皇庁に伝わり、教皇庁では白旗を掲げて、降伏と和平交渉を求めて来た。
ユーグは交渉に訪れたローマの執政トゥスクルム伯テオフィラットとサン・ピエトロ魔法大聖堂の前の中央広場に設営した本陣で会談をする。
この大聖堂はローマ史上最初の魔術師ピエトロの墓の上に建てられた聖堂で隣接する魔法教皇宮殿と並んで、教皇庁の中心的な建物になる。
そしてこの使者はなんと教皇の首を差し出す事で和平を持ちかけてきたのだった。
「トゥスクルム伯、貴公には教皇に対する忠誠心と言う物はないのか?」
「我々貴族にとっては家名を残す事が何よりも優先いたします、敵対する貴族や領主達に囲まれて、頼みの綱だったドイツ国王もお亡くなりになったと聞けばもう、降伏以外に選択肢はありません、しかもこの度の戦の原因があの愚か者の教皇が禁忌の術を使って、辺境侯の御父上の国王陛下を亡き者としたとなると、我々が教皇にこれ以上従う理由はありません」
ときっぱりと言い切った、釈然としないがそれはそれで一つの見識なのだろう。
「教皇が禁忌の術を使用した件、教皇庁の大魔術師達はどれだけ知っているのか?」
「恐らくですが、現教皇の反対派意外は全員かと」
「なるほど、では教皇と教皇派の大魔術師、貴族達全員をそうですね、そちらの『ハドリアヌス廟』
に集めていただたい、それが出来れば教皇庁の他の大魔術師や貴族達には手出しをしないと約束しょう」
「わかりました、数日お時間をいただけるとありがたいですが」
「明後日の日の出まで猶予を差し上げる、期限が過ぎたら教皇庁の全てを破壊する事になる、もちろん中の人々も含めてな」
とユーグはトゥスクルム伯に通告して交渉を終わらせた。
すると伯爵はユーグに
「幕舎でお待ちになるのも大変でございましょう、辺境侯には我が屋敷でお休みいただきたいと思いますが」
と提案してきたので、ユーグはありがたくその誘いに応じる事にした。
トゥスクルム伯の館は、教皇庁から徒歩で10分程の丘の上の大邸宅で、伯爵が裕福な貴族だと言う事がよく分かる、そして挨拶に来た伯爵の妻テオドラと娘マロツィアも美しい女性だった。
このマロツィアはユーグより8歳程歳上で、我々の世界では119代教皇セルギウス3世の愛人とされる女性だ、この二人の間の男子が第125代教皇ヨハネス11世と言われセルギウス3世から第130代教皇ヨハネス12世までの約60年間、教皇庁を陰で操つり「婦妾政治」と言われた女性だ。
こちらの世界では教皇も大魔術師もキリスト教の様な純潔の義務は無い、むしろ魔術師の血統を残す為に妾を持つ事を推奨している位なのだ、何しろ十人の子供が生まれたとしてもその内一人に魔法の才能があれば上々と言う状態なのだから。とにかくこちらのマロツィアは正式に魔法教皇セルギウス3世の妻となり、男子の出産して、教皇庁の政争によりセルギウス3世が暗殺されてからは、実家に戻っていると言う状態で、30を過ぎてもローマ随一と言われた美貌は衰えていなかった。
「(なるほど、これが屋敷に招待した理由か)」
とユーグは瞬時に理解した。トゥスクルム伯はユーグを取り込む事で、今までと同様に娘を操り教皇庁を影から支配しようと企んでいる……と言う事だ。
「(まぁ、年増とはいえ美女と一夜を過ごすのも悪くない)」
と思うユーグだった。
実際、トゥスクルム伯の政治力はユーグの想像以上で、108代魔法教皇マリヌス1世から現在のヨハネス10世まで32年間に15名の魔法教皇の首をすげ替えているつまり、このトゥスクルム伯こそが
教皇庁の真の支配者と言う事になる。
「(さてどうした物かな)」
とユーグはトゥスクルム伯の館の豪華なゲストルームのベッドで考えている、隣には先ほどまでその豊満な体を楽しんでいたマロツィアが死んだ様に眠っている。
体内のエーテル力を自由に操れるユーグは夜の方でも実は絶倫になれるのだった、ベッドでの「ピロートーク」で次期魔法教皇の人選に口を挟もうとするマロツィアにその隙を与えすに完封した事になる。
「(次の魔法教皇ね、まぁ誰でも一緒だから、残った大魔術師の中から適当に決めるか)」
と思っているユーグだった。
翌朝、朝食の席では、マロツィアがユーグの側から離れない。
昨夜のベッドでの経験がよほど良かったのだろう、これには父であるトゥスクルム伯も驚いている。
「伯爵、一つ伺いたいのだが、そこの騎士の剣、随分と変わった形をしている様だが?」
「ああ、これですか最近わが国で流行っているサーベルと言う剣ですね」
「サーベル、後程どの様に使用するのか見せていただきたいものだな」
とユーグは話を政治から剣の話に逸らして、朝食を終えた。
そして伯爵の警護騎士ジョバンニからサーベルの使い方を教わる。
「なるほど、これは片手で馬上で使うには丁度良い長さと重さなのだな」
「そうです辺境侯、ただ本格的な斬り合いになると、フランクの騎士の皆様が使用している『ツヴァイヘンダー』には劣りますね、多分一合で折られてしまうでしょう」
実はユーグは剣の腕も確かなのだが、実戦では魔法を使う事しかない、『魔法剣技』を使用する時に、今の剣だと少し重くて不便なのだ、だから適当な剣を探していたのだが、どうやらこの剣の重さとバランスがちょうど良い様だ。
ユーグはジョバンニに案内してもらってローマ市内の武具店で、サーベルを数本購入した。
帰国したら、これを元に新たな魔道具としての剣を作るつもりだ。
ついでにローマ市内をのんびりと見物して回るが、古代ローマ帝国時代の建物はもう殆どが崩れてしまってただの遺跡状態なので、それほど楽しくは無かった。
トゥスクルム伯の館に戻るとマロツィアが待ち構えていて、ユーグの腕に絡みつく様に体を預けてくる。
「(美人だけど、あと10歳若ければなぁ……あ、あの魔法を試してみるか)」
とベッドを共にして置いて言うセリフでは無いが、心の中でそう思うユーグだった。
夕食を済ませて伯爵とまた会談をする。
「(あまり無下にする訳にはいかないか)」
と思ったユーグは質問をする
「時に伯爵、ヴァチカンには女子修道院は有るのかな?」
「女子だけの修道院はございませんが、サン・ピエトロ魔法大聖堂付属の修道院がございましてそこには多数の女性の魔術師が修行をしております」
「そうか、伯爵その中に若い大魔術師は居るかな?」
「若い大魔術師ですか、なるほど、明朝までに何人か見繕っておきます」
と伯爵は心得えた様だ。
この世界の魔法修道院の修道女はキリスト教の修道女とは全く別の存在だ。
大貴族達の領地の騎士や平民階級の中から魔法の才能が有る者を選抜して、魔法と作法の教育を受けさせるのが目的だ、当然だがキリスト教の修道女と違い純潔の義務は無い、逆に彼女達は貴族の側室候補でもあるのだ。
この頃既に、魔法の才が有る子供を得るには、母側の血が重要と言う事が知られている。
父側が魔術師で、母側は違う場合、魔法の才の有る子供が生まれる確率は100人に一人も居ない
逆に、父側が普通で、母側が魔術師の場合は10人に一人、そして夫婦共に魔術師の場合は二人に一人と言う事が知られている、つまり女性の魔術師は価値が高く、貴族達に取っては権力を維持する道具にもなるのだ、自分の領地出身で、金を掛けて育てた魔術師が国王や教皇、大貴族の側室になればそれで育成に費やした費用が全て回収できて更に大きな利益を生むのだった。
当然、大貴族で有るトゥスクルム伯も子飼いの女性の魔術師が修道院に数十人居る。
つまりユーグが魔術師の側室を求めていると言う事をトゥスクルム伯は即座に察したのだ。