第三部 第十一章 死の都
第三部 第十一章 死の都
100000を超える魔聖ローマ帝国軍に攻め込まれたブルガリア帝国はその終焉を迎え様としている。既に帝都ブリスカはルテニア王のジョルトの攻撃を受けて陥落、新皇帝ゲオルギは皇族を率いて帝都を脱出して南部に逃亡、ここでロンバルディア公アンリによって、更に南に追い込まれてヴァスコニア公サンシュとローマ公アルベリーコに東に押されてトラキア地方に追い込まれている。
このトラキア地方は、東ローマ帝国が滅亡した際の『黒死魔法』の暴発に巻き込まれて現在も人が住めない地域となっている。
「皇帝陛下の作戦通りに敵の残存兵力をトラキアに追い込み包囲は続けていますが、この後はどうしたら良いのでしょう?」
ローマ帝国時代からの要衝の街『プロヴディフ』に本営を置き、広範囲な包囲作戦を展開している
魔聖ローマ帝国東征軍の司令官サンシュはアルベリーコから質問をされて、思案を巡らせている。
「陛下からは、トラキアに入った敵に何か異変が無いか見張る様にとの事だが、斥候からの報告は特に無いのかな?」
「食糧が不足しているのか一部で敵が同志討ちを始めたと言う報告が上がっています、ただ……」
「ただ……?」
「はぁ、それが敵兵は武器を無くしたのか、獣の様にお互いを噛み合っていると言う奇妙な報告もありまして」
「それは一体?……はて?確か昔何処かでそんな病気が流行ったと言う話を聞いた事があるが、誰かトゥールーズ侯爵を呼んで来てくれ」
トゥールーズ侯爵はこの遠征軍全軍の補給と兵糧を担当していて、本陣とは別の専用の陣幕の中で忙しく働いている。全軍の後方には、兵站基地として巨大な即成の街が出来上がっていて、娼館まである特大の市場が賑わっていた。
「10万の軍を食べさせる兵糧の用意など正気の沙汰では無い、このままでは財政が……」
と現実的な問題で頭を抱えている。
本営に呼び出された侯爵は、サンシュから質問をされてしばらく考えた。
「ローマ帝国の学者『アウルス・ケルスス』の著書に、その様な症状の例がありますな、確か犬や狼に噛まれると発症する病気で、狂った犬の様になる事から後に『狂犬病』と言われる様になったとか」
「そうなると、ブルガリアの兵達は皆、その病気に罹ったと言う事ですか?」
とアルベリーコは聞く。
「はぁ、治癒師達に詳しく調べさせないと判りませんが、ただ……」
「ただ?」
「狂犬病は治癒が不可能なのです、それに近づくと患者に噛まれる危険性があり、患者に噛まれると今度はその治癒師が病気に罹ってしまうのです」
「酷い話だな、すると我らは敵の兵達が病気で死んでいくのをただ黙って見ているだけと言う事か、とにかく、ここまでの事は大至急皇帝陛下にお知らせしないといけないな、それと前線の兵士達を後方に下げる様に全軍に通達、敵兵が防衛線を越えようとしたら、魔術師達に炎の魔法で対処させる様に、万が一でも噛まれたら最後だ」
「は、了解いたしました」
「えらい事になりましたな」
「ああ、疫病の対策など俺にはわからん、昔から『疫病は燃やせ』と言われているからそれしかできん」
とサンシュは頭を抱えた。
早馬と伝書鳩により、この一報が1800km離れた帝都のユーグに伝わるまでに約一週間以上かかり
そこからユーグは、三人の皇妃を連れて馬車と共に転移魔法を繰り返して、三日でプロヴディフに到着した。
本営に到着したユーグは早速軍議を始める。
「皆、ご苦労だったな、特にトゥールーズ侯爵、見頃な見識だ、ヴァスコニア公の対処も完璧だな」
「は、ありがとうございます」
「それで、トラキアに追い込んだ敵の数は?」
「兵は8000程、残りはブルガリア皇帝の一族と側近の貴族とその一族が500程です」
「そうか、可哀想だが彼らには、実験台になってもらった、卿達も東ローマ帝国の滅亡と『黒死魔法』の事は知っているな」
「はい、恐れながら陛下の御父君がお亡くなりになったのも『黒死魔法』の為と伺っております」
トゥールーズ侯爵は皆を代表して答える。
「そうだ、あの時の黒死魔法は鼠を操り、『黒死病』を蔓延させようとした物だった、術師が未熟だった為に父上は失ったが大事にはならなかったがな、だが、東ローマ帝国が滅びた時の経過を読むと
どうも暴発したと言われている『黒死魔法』は黒死病の物とは違う様な気がしてな、それで今でも『死の地域』と言われているトラキアへブルガリアの敗残兵共を追い込んでもらったと言う訳だ」
「成程、それで実験台ですか」
「ああ、おかげで黒死魔法の正体と対処法がわかった」
「お言葉ですが陛下、もし黒死魔法の正体が狂犬病と言う事でしたら、辻褄が合わなくは無いでしょうか?、病気を感染させる犬や狼が居たとしても50年も経てば皆死んでいるでしょう、それに病気に感染した動物達も直ぐに死を迎える筈です、それが今まで残っているとは考え難いのですが」
「そう、そこが悩む所だったんだ、だがもしこの魔法が『人』のみに発動するとしたらどうだろう、犬も猫も狼も病気にはかかっている、だが普段は発病はしない、人が近くに来た時のみに発病して人を噛むという魔法の仕掛けがあるすれば合点が行くのだが、父の時の黒死魔法も黒魔術師は発病していなかった。
そう思えば納得できる話だ」
「陛下のご見識、真にお見事でございます、しかし狂犬病には対処法が無いと聞いておりますが、厄介ですな」
「ああ、通常の治癒魔法や錬金薬は効果が無いのはその通りだ、だが、蔓延させない様にはできる」
「成程、それはどの様に?」
「簡単だ、全軍の魔術師を動員して、全てを焼き払う」
「全てですか?」
「ああ、ここから先、コンスタンチノープルまで全てだ、可哀想だがブルガリアの兵や皇帝達もな、各軍とも警備の兵5000程残して、魔術師と魔法騎士以外は帰国させて構わん、兵達には恩賞はこの作戦の後に私が出すと伝えてくれ」
「は、すぐにその様に」
これを聞いてトゥールーズ侯爵は安堵した、これで100000の大軍の食糧を心配する必要が無くなると思ったからだ。
その日から、魔術師達が全員で、トラキア地方の浄化作戦が始まる。もちろん、皇帝ユーグとその皇妃達も先頭に立ち圧倒的な炎の魔法で、逃げ込んだブルガリアの敗残兵ごと、大地と森、廃墟となった街を焼却して行く、トラキアに残っていた野犬や野良猫、狼、熊、狐、鼠、兎などの野生動物も全てが灰と化し、石造の魔法教会の廃墟の中には、皇帝や貴族の物だったらしい、炎の熱で溶けた金や変色した宝石類の残骸が残っているだけだった。この時にブルガリア帝国は完全に消滅した事になる。
そしてこの浄化作戦はそこから一ヶ月以上続き、ついにコンスタンチノープルに到達する。
かっての東ローマ帝国の帝都は廃墟となって既に50年以上経っている。
石造りの街並みは崩れ、人口100万人を超えると言われた街の面影は全く残っていない。
「これが『死の都』か」
ユーグも他の将達も感慨深いが、また街の中には野犬や鼠達が多数生息している。
「少しでも、使える物が残っているかと思ったが、これは無理だな、ヴァスコニア公、全軍を5km下がらせろ、これよりこの街を浄化する」
「は、全軍後退!!急げ」
全軍が後退したのを確認するとユーグは皇妃三人と以前は神殿として賑わっていただろう『グレート・ニンファエウム』の廃墟の上空まで飛行する。
「みんな良いね?」
「はい陛下」
三人の皇妃達、ルクレチアは宝剣『デュランダル』を、エディルドは宝剣『カーテナ』をハトヴィヒは宝剣『ブルートガング』を掲げる。
最初に発動する魔法は全てを破壊する究極の風魔法『ヴェンティ・クラーマーレ』これを三人が最大出力で放つと、かろうじて残っていたコンスタンチノープルの廃墟が全て塵と化した。
この時危機を感じたのか、街に残っていた鼠や野犬達が、一斉にボスポラス海峡に向かって走り出して
海に飛び込んで対岸のアジア側に泳いで行く。対岸はペルシャ系のブワイフ帝国の領土だ。
次の魔法は、炎と風の複合魔法『ウルカヌス・トゥルボー』、炎の竜巻は塵となった街の全てを炎で浄化していく。
そして、次はユーグが放つ水の究極魔法『ディルヴィウム』だ天から降り注ぐ大量の水が全てを洗い流して行く、市街に張り巡らせられたローマ時代の上水道や下水道にも水は流れ込み、全てが水によって浄化されて行く。
そして最後にユーグが初めて使う光の究極魔法『ウルティマ・ルクス』が全ての穢れを浄化する。
この光の輝きは、50km以上離れた所からも目撃され、その副次効果として怪我人や病人が全て癒やされたと後に伝えられている。
コンスタンチノープルが存在した場所は、帝都『ユーグウルプス』と対になる街として『カペーウルプス』と命名され、全く新しい街が造られる事になる。
ブルガリア帝国は地図から消滅して、魔聖ローマ帝国の版図はここに史上最大となった。
それから数ヶ月かけて帝都に凱旋帰国した遠征軍を率いた王や公爵達は、新たな領地と称号を得ることになる。
ブリタニア王ウィリアムは、ノルウエー王も兼任して『グレート・ブリタニア』王となり、アイルランドやアイスランドもその領地となる。
ルテニア王ジョルトは、ルーシー公国に加えて、旧ブルガリア帝国の北部を新領土として帝国の東部に広大な領地を得る事になるった。
「東の遊牧民への対応は頼んだぞ」
「はい陛下、任せてください」
と言うジョルトだが、実は内心苦笑いしている。
スロバニア王ダークナイト・ユーグはバルト海沿岸の各地とフィンランド東部を領地として、新王都を
ポーランド平原の『ボズナン』に建築する事になり、その都を『シルヴァ・ニグラ』(黒い森)と名付ける事になる。
ヴァスコニ公サンシュ4世は、新領土としてアンリの旧領を得て『アクィタニア』王の称号を許される、幕僚として活躍したトゥールーズ侯爵はサンシュの臣下のままで公爵位を得た。
ローマ公アルベリーコはイタリア全土をその領地とする『イタリア』王となる。
この事に一番喜んだのは、その母、皇后マロツィアだった。
そして、ロンバルディア公アンリは大幅に領地が変更されて、旧領を明け渡した代わりに『カペーウルプス』を含む旧東ローマ帝国の領地の殆どを得て、『ビザンツ』王を名乗る事を許される。
一介の騎士の息子だったアンリが王となったのは、帝国の実力主義を表す物として、領民や下級貴族達から歓呼の声で迎えられる。
ロンバルディア公アンリの軍に従軍した、ヴェルマンドワ侯爵アルベールは爵位を進めて兄と同じ
公爵となる。
スウェーデンを攻略した、デンマーク侯爵エリク・ビョルンソンは公爵を飛ばして『デーンラント』王の称号を得て、デンマークとスウェーデンの王となった。
これで今回の遠征に対する主だった者への恩賞は終わり、その他の物達へは其々の王や公爵達から恩賞が与えられる事になる、もちろんの原資は魔聖ローマ帝国の国庫から支払われる事になる。
実はこの時点でも帝国の財政はかなり余裕があるのだ、西フランク王国の時代から、ユーグに反抗した貴族や教皇派の大司教達から押収した資産、東フランク王国の各公国や大貴族から押収した資産などに加えて皇帝直轄領とした都市からの税収はかなりの物になる、特に人口が50万人を超える大都市『コルドバ』の税収はそれだけで、帝国の全収入の1/3に達する程で、更に今はユーグポルトゥスの海運収入の一部と、旧教皇庁へ入っていた各教会からの上納金も全て帝国の国庫に入る様になっている。
もちろん各王国からの税収の上納金もある。
これらを管理するのは皇后マロツィアとユーグの二人の姉が率いる文官貴族達だ。
彼らは不正などしたら即座に首が……比喩では無くリアルに……飛ぶ事を熟知しているので、真面目に働いているのだった。
その中の一人に、『ビザンツ王』となったアンリ・ポワトゥーの弟ポワトゥー伯エブルが居る。
彼は元々は、西フランク国王だったダークナイト・ユーグの兄ラウルの臣下だったが、ラウル王が死去した跡、無役だった所を事務処理能力を買われて皇后マロツィアに引き立てられて伯爵位を得た経歴がある。




