第三部 第八章 北海の戦い
第三部 第八章 北海の戦い
魔法歴937年初夏 ロンドンに戻り、次の遠征の準備をして居るウィリアムの元に、元々は父の配下や仲間だったアイルランドやヘブリーズ諸島等に入植していたヴァイキング達……各地でそれぞれが王や領主を名乗っていた……が、訪れて臣従を誓う事になった。
彼らは、ノルウェーのヴァイキング達と対立していて、これまでも何度も攻撃をされている、そんな彼らを保護下に置いた事で、いよいよウィリアムとノルウエー王との戦争の機運は近付いて来る。
ウィリアムはロンドンでエリクと次の遠征の打ち合わせをして居る。
「ノルウエーを攻めるとなると、スウェーデンの動きが気になるんだ」
「そうですね、今はお互いに争っていますけど、いざ攻められるとなると、急遽同盟を結ぶ事もかんがえられますね」
「ただ、デーン人からの情報だと、スウェーデン王の軍勢の半数は現在、フィン族の領地に居るそうだ」
と二人で地図を見ながら話をする。
「フィン族の領地って丁度、このあたりですね、ならば先にスウェーデンを攻めてみましょうか、それでノルウエー王が出て来れば……」
「やはり、その作戦が良いかな、エリク殿はヴァイキングの半数を率いて一度デンマークに戻り、スウェーデンを攻めてもらえるかな?」
「はい、こちらは囮と言う事ですね」
「ああ、だがノルウエー王の出方次第ではそのままスウェーデンを落としてしまっても構わない」
「わかりました、直ぐに出発します」
現在ウィリアムに従うバイキング兵は、 副将格になったエリク・ビョルンソン率いるデンマークのデーン人達とデーンローのバイキング、そしてカレドニアとノーザンブリア、アイルランド、ブリーズ諸島のノルウエー系ヴァイキング達が居る。今回エリクが率いるのはデーン人系のヴァイキング達全員になる、彼らの多くは母国であるスウェーデンから追放されたりした者やその子孫も多い。
エリクは25000のヴァイキング兵と1500を超える軍船で第二の故郷となったデンマーク侯爵領中心の街『イェリング』に帰還する。
ここで妻のゲイラに出迎えられた。
「エリク様、父は旅立ったのですね」
「ああ、ヴァイキングの男らしい見事な最後だった、今頃はバルハラで酒を楽しんでいるだろうな」
「そうですか、父はずっと『このままベッドの上で死ぬのは嫌だ』と言っていましたから本望だったのですね」
と言うゲイラだが、目は涙ぐんでいる。
「唯一心残りなのは孫の顔を見せられなかった事です、シグトリュグ兄さんがスウェーデン王を自称するエリク・エイマルソンに殺されて、兄は子供を残さなかったので……」
「お前が子供を沢山産めば良い、男の子が生まれたら、義父上と同じ『グヌーバー』と名付けよう」
とエリクが言うと、ゲイラは嬉しそうに微笑んで。
「それなら、今度の遠征には私もお連れください」
と胸を張った、ヴァイキングの女は基本的に戦士だ、そして戦場で授かった子は強い子に育つと言われているからだ。
エリクとゲイラが遠征準備をしていると伝令の兵がイェリングに有る領主館に駆け込んで来た。
「大変です、『ロキ』が出ました」
「なんだと?何を言って居る昼間から酒を飲んで居るのか?」
「それが、馬車が……馬が無い馬車が勝手に動いているのです、ロキの仕業意外考えられません、どうしましょうか?」
ロキというのはヴァイキング達が信仰する北欧神話の悪戯好きの邪悪な気質で狡猾な神の事だ。
エリクはゲイラと顔を見合わせた。
「面白い、ロキなら会ってみたいと思っていた、俺が討ち取ってオーディンに捧げてやろう」
エリクはそう言うと、剣を持って館の外に向かった。
館の前の広場には、キャビンだけの馬車が確かにこちらに向かって走って来る、その周りにはヴァイキング兵達が遠巻きにしている。
「待てよ、あの旗は?」
ワゴンには二旒の旗が翻っているが、一つはエリクも知っている魔聖ローマ帝国の旗、もう一つはどこかで見た覚えが……」
エリクはその場で剣を置くと跪いた、
「皆の者、この馬車は皇帝陛下の馬車であるぞ」
と大声で周りに叫ぶと、エリクのその姿を見たヴァイキング兵達が一斉に跪いた。
全員が、皇帝ユーグの恐ろしさを伝え聞いているからだ。
馬車は、エリクの前で停まると扉が開いて
「貴公がエリク・ビョルンソンか、余は魔聖ローマ帝国皇帝ユーグ・カペー、出迎えご苦労」
と、三人の皇妃と皇帝ユーグが降りて来て声をかける。
周囲のヴァイキング兵達から
「あれが皇帝と三人の魔女か、なんでも街を一瞬で灰にするそうだぞ」
「恐ろしい、まさにオーディンの化身とヴァルキリアだな」
と言う声が聞こえてくる。
エリクは跪いたままで応える。
「は、皇帝陛下には初めてお目にかかります、 ヴァイキング王『剛勇のビョルン』の息子エリク・ビョルンソンにございます」
「そう硬くなるな、どうも皆を驚かせてしまった様だな、余の馬車は魔法で走るので馬は必要無いのだ、所で、義父上のデンマーク侯爵オーロフ殿は残念な事だった」
「は、ありがとうございます、ですが義父は戦場で命を全う出来て幸せそうな最後でございました」
「そうか、ヴァイキングの男らしいな」
そこにエリクの妻ゲイラが館から走り出てきて、ユーグの前に跪いた。
「皇帝陛下、グヌーバー・オーロフの娘、エリクの妻ゲイラにございます、まずは館の中へお越しくださいませ」
と挨拶をした。
館の義父が使用していた謁見の間でエリクとゲイラは皇帝ユーグと会見をする。
「エリク殿、ブリタニア王ウィリアムから報告を受けている、此度のカレドニアでの働き見事だな、オーロフ殿もバルハラで喜んでいような」
「は、ありがたき幸せ」
「貴公の働きに対する報酬として、エリク殿をデンマーク侯爵に任じる物とする」
オロフ家の資産や領地は当時の習慣で相続人のゲイラから自動的にウィリアムの所有する物となっているが、侯爵の称号は皇帝から任命された物なので自動的に継承できる物では無かった。
「は、ありがとうございます」
エリクはある意味予想通りの報酬に安堵した、皇帝ユーグの治世では後継者が居ても爵位や領地を継承できなかった貴族の話を沢山聞いていたからだ、ゲイラの方を見ると、彼女も嬉しそうな顔をしている。
「スウェーデンに侵攻するそうだな、向こうでダークナイトの軍と会う事になるだろう、その時に同士討ちをしない様に、帝国の旗を掲げるが良い、ハトヴィヒ旗を」
「はい陛下、こちらに」
皇妃のハトヴィヒが合図をすると、馬車から荷物をオーロフ家の使用人達が運んで来た。
「帝国の旗1000旒ある」
「は、ありがとうございます」
「ではな、これで失礼するが、健闘を祈るぞ」
こうして皇帝と三人の皇妃達は帰って行ったが
「はぁ、緊張して胃が痛くなった」
「エリク様、お気を確かに……」
「いや、私もヴァイキングの戦士だ、色々な強敵と戦ったし、王や貴族達とも渡り合って来たつもりだ
だが、皇帝陛下の威圧は全く別物だ、子供の頃に熊と出会った時ですらこれほど恐ろしいと思った事は無い、しかもあの三人の皇妃達、ヴァルキリアとは良く言った物だ、戦場で相見えても勝てる気がしない」
「それ程なのですか?私には優しそうな陛下とお綺麗な妃様達としか見えなかったのですが」
「ああ、ウィリアム殿の戦闘時の『覇気』もかなりの物だったが、陛下は比べ物にならない」
この頃皇帝ユーグとその皇妃達は、魔法力が更に上がり溢れるエーテルが他者に対して威圧や畏怖を自然に与える様になっている、特に相手が武の達人や高位の魔術師である程それを感じる事ができる。
つまり、ユーグの『皇帝覇気』と言える物を感じるエリクも戦士として一流と言う事だ。
全ての準備が終わり、エリク率いる30000近いヴァイキング兵と2500の軍船はスウェーデンに向かって出陣した、全軍を10000ずつの三軍に分けて、本隊はバルト海を北上して、フィヨルドに入り込み王都『シグトゥーナ』を目指す。
第二軍は同じくバルト海を北上して、ゴットランド島やエーランド島のヴァイキングの拠点を制圧して
スウェーデン中部を攻略する、第三軍はオーレスン海峡を渡り『ヘルシンボリ』の町を攻略してスウェーデン南部を攻略する手筈になっている。
そして最初に出陣したエリクの本隊はヴァイキング史上で最大のヴァイキング同士の海戦をスウェーデン軍との間で行う事になる。
エリクの艦隊は1000隻の船と10000の兵を乗せてバルト海のスウェーデン沿岸を北上している。
船団がホーンホルム島付近に差し掛かった辺りで、先頭の『ドレーカル』船の集団が、同じ様に沿岸を南下する スウェーデンの艦隊を発見した。
「敵船発見、数500以上」
「戦闘準備、全速で敵にぶつけろ」
この頃の海戦は、基本的に接近戦だ、戦闘用で船足の速い『ドレーカル』船の先端には衝角と言う部分があり、これを敵船の横腹にぶつける事で敵の航行力を奪うと言う戦法と、大型のロングシップの場合には敵船に接舷して乗り移り白兵戦を行う戦法の二段構えが普通だった。
双方の船足が速いドレーカル船が艦隊から離れて敵側のロングシップの舷側に向かって突撃をして行く
「来るぞ、魔術師!!」
エリクの艦隊は魔聖ローマ帝国軍の艦隊でもある、つまりロングシップには最低でも二人の魔術師が乗り込んでいるのだった、魔術師は敵のドレーカル船に向かって攻撃魔法を発動する、敵船は土魔法の攻撃が直撃して沈没して行く、一方で味方のドレーカル船は矢を盾で防ぎながら敵のロングシップの舷側に突撃を敢行する。
ドカン、バリバリ、と言う船の舷側が破壊される音と兵達の怒号や悲鳴が錯綜する中で、敵のロングシップ数十隻に穴を開けて沈没させる事に成功した。
更に海戦ではスウェーデン軍の氷の魔女達の氷魔法より、こちらの土魔法の方が有効だ。敵の射程外……スウェーデン軍には未だに弓兵や弩級兵が居る……からの魔法攻撃で、敵の前衛部隊ドレーカル船を多数葬る事に成功して数の上で優位に立つ事ができた。
「敵のロングシップには魔術師がいるぞ、混戦に持ち込め」
とスウェーデン軍の指揮官が怒鳴る。
遭遇線の初戦は、エリクの艦隊の優位で推移して行くが、混戦状態になると、お互いに魔法攻撃は使用できなくなり、しかもヴァイキング同士の戦いでは、敵船に乗り移る『移乗攻撃』がより好んで行われる傾向にある。
戦場全体で、お互いに船を接舷させて相手の船に乗り込み白兵戦が始まった。
エリクは、戦場を見渡して敵軍の旗艦を発見した。
「あの船に接舷しろ、敵将は俺が討つ」
とエリクは指示をする。
敵船からは弓矢が飛んでくるが、風魔法の防壁に阻まれてこちらに到達する事は無い。古典的なヴァイキングの戦術を取るスウェーデン軍に対して、魔術師を戦力に積極的に組み込んだエリク軍の方が優位になるのは自明の理だった。
海戦が始まり一時間もすると、当初はほぼ同数だった艦数が10対7程の割合になっている。
そして、ついにエリクの旗艦が敵の旗艦に接舷する事に成功する。
「ヴァイキング王『剛勇のビョルン』の息子エリク・ビョルンソン!!」
と名乗り、エリクは敵船に飛び移る。
「『剛勇のビョルン』の息子だと? ホラを吹くならもう少しまともなホラを吹け、俺はスウェーデン王エリク・エイマルソンの弟、ビョルン・エイマルソン、返り討ちにしてくれる」
二人の対決は、両軍の兵士が戦うのを止めて見守る程の激戦となった。
剣技はほぼ互角、体力も膂力もほぼ互角、だがエリクの剣は一般のヴァイキング達が使う剣では無く、父親から譲られた『ウルフバート』と呼ばれるダマスカス鋼(ウーツ鋼)の剣だった、この剣は通常の剣より硬く柔軟性があり、折れずに敵の盾やチェーンメイルを貫く事が可能な名剣で、ヴァイキングの王達でも所持している物は少ない、つまりこの剣こそがエリクが『剛勇のビョルン』の息子である事の証明になるのだ。
ちなみに皇帝ユーグが職人達に作らせている宝剣の剣の部分もこのダマスカス鋼で作られている。
帝国では西フランク王国の時代に既に、ヴァイキングから入手したダマスカス鋼の剣の再現に成功していたのだったが、その製法から量産は出来ずに、年に数本しか作る事しか出来ていない。
お互いに何度か打ち合うとビョルンの剣はヒビが入り真ん中から折れてしまう、エリクがその隙を見逃す筈は無く、エリクの剣はビョルンの心臓を貫いた。
味方の将兵から大歓声が上がり、エリクは剣を掲げてこれに応える。
「『剛勇のビョルン』の息子エリク・ビョルンソン、敵将ビョルン・エイマルソンを討ち取ったぞ!!」
既に数の上で劣勢に立った敵の艦隊は指揮官の王弟が討ち取られた事で戦意を喪失して、総崩れになり
個々に船を反転させて北に向けて戦線から離脱して行った、この時点で敵の残存船は100隻程度になっている、エリク軍の大勝利だった。




