第三部 第四章 イタリア動乱
第三部 第四章 イタリア動乱
祖父の寝室に駆けつけたオクタヴィアヌスは時間稼ぎの為に
「母上、それはお祖父様が私に会いたいとおっしゃって」
と言うが、彼の言葉は、トゥスクルム伯自身の言葉に遮られる、
「この痴れ者は見舞いと称して、我が館に押し入り私を人質に家内を好き勝手にした、こんな男は孫でも血縁者でも無い」
と病床の伯爵は最後の言葉を絞り出す様に告げるとまた意識を失う。
「私は、私に刃向かった貴方を息子だと思い一度は許しました、だが二度目は無いです」
とマロツィアが言うと
「黙れ、この毒婦、父上を暗殺しておいて良く言う、俺はお前の事を母だと思った事など一度も無い!」
「皆の者、この二人を捉えよ、既に教皇猊下の許可はいただいている、魔法教会への反逆者として火炙りにしてくれる」
「そうか、ステファヌスがな、せっかく教皇にしてやったのに愚かな事だ、マロツィア」
「はい陛下」
ユーグはマロツィアと病床の伯爵の肩に手を置くと転移魔法を発動、伯爵の別邸に転移した。
ここは、以前ユーグとマロツィアがほんの数日だが二人だけで過ごした館で、幸な事に伯爵の本宅から逃げた家人達は皆この館に居たのだ。
「お嬢様!!」
と再会を喜ぶ家人達を、控えさせて、伯爵をベッドに横たえたユーグは、直ぐにマロリッツアに情報収集に取り掛かると共に、伯爵邸から残りの家人達を避難させる様に指示をさせた。
「ミラノへ行く、後は頼んだぞ」
とだけ声をかけて、ユーグは単身でミラノに転移した、この街はユーグの指示でガッリア・キサルピーナ辺境候となり、ロンバルディア公を名乗る様になったアンリ・ポワトゥー公爵の本拠地である。
ユーグは浮遊魔法で、ミラノの公邸に入ると、執務室の窓を叩く。
「皇帝陛下?」
窓の音に気がついたアンリは飛ぶように窓際に来て、窓を開けてユーグを招き入れると膝をつく。
「息災の様だな、アンリ、兵は今どれだけ動かせる?」
「は、訓練中ですが20000なら即座に」
「流石だな、ではその20000を率いてローマに来い、反乱だ、途中で反乱軍と相対するかもしれんが
その時には構わず蹴散らせ」
「は、直ちに」
「何日かかるか?」
「馬なら三日、敵の状況にもよりますが」
では、四日後にローマで会おう、頼んだぞ
「は、皇帝陛下」
それだけ言うとユーグはまたローマに戻る。
「陛下、御早いお帰りで」
とマロリッツアは余裕の態度だ。
その間にも、伯爵邸から脱出した家人達は続々とこの館に集まってくる、そして反対に館には教皇派の
貴族とその私兵達が集結している様だ。
ユーグ達が姿を消した後、オクタヴィアヌスは狼狽して錯乱していた様だが、駆けつけたイヴレーア伯爵から
「皇帝は類稀な魔術師、おそらくは目眩しの術の類かと、直ぐにでも付近の探索を」
と言われて正気に戻り、兵に指示をして館の付近を捜索しているとの事だ。
同じローマ市内とは言え、この別宅は教皇庁を間に挟んで反対側にある、なので当分の間は安心だろう。
そして翌日には、マロツィアのもう一人の息子、アルベリーコが幽閉されていた伯爵邸の地下牢から
家人に救出されて別邸に避難してきた。
この22歳のアルベリーコはオクタヴィアヌスとは父親が違い、その父親はマロツィアの二番目の夫、スポレート公アルベリーコ1世で、魔法歴925年に父が死去した後はスポレート侯爵アルベリーコ2世となっていた。彼は父親違いの兄に伯爵の見舞いに来る様に呼び出されてそのまま幽閉されていたのだった。まともな食事を与えられていなかったのか衰弱して歩く事もできなくなっていたが、元々剣の修行で身体を鍛えていたらしく、数日の療養で立ち上がり話せる様になった。
アルベリーコは即座に領地に早馬で指示を出して、騎兵隊5000の兵をローマに出陣させる事になる。
スポレートからローマまでは馬なら半日だ。この軍は、かってユーグが時の教皇ヨハネス10世と教皇派の魔術師や貴族達を雷魔法で消滅させた『ハドリアヌス廟』に布陣する。
魔法教皇宮殿周囲に索敵を出させたアルベリーコは北方から20000の軍勢が接近中との報告を皇帝ユーグにする。
「斥候の兵は旗を確認したのか?」
「それがあまりこの辺りでは見かけない旗と言う事で、おい皇帝陛下に御報告いたせ」
「は、旗は二旒『赤字に黄金の鷲と月桂樹の紋章』の旗と『赤地に金の獅子』の旗です」
ユーグは一瞬だけ困った顔になる、どうもまだこの辺りには魔聖ローマ帝国の軍旗を知る者は少ない様だ。
「最初の旗は我が魔聖ローマ帝国の軍旗、もう一つはロンバルディア公アンリの旗だ」
「つまり、御味方と言う事ですね」
「ああ、伝令を送り我が命を伝えよ、ローマの市内の敵軍を魔法教皇宮殿に追い込めとな」
「は、かしこまりました」
「よし、アルベリーコ殿、こちらも出立する、アンリと呼応して敵を追い込むぞ」
「はっ」
この時点でローマ市街に集まっていた教皇派の兵は約30000、数の上ではこちらが不利だが、
魔法騎士主体のアンリの20000は通常編成の軍70000以上の攻撃力がある。
アンリは圧倒的な攻撃力と機動力で、教皇派の兵を難なく撃破して、ユーグの指示通りに魔法教皇宮殿に追いつけた。
宮殿に逃げ込んだ教皇派の将兵達とオクタヴィアヌスやイヴレーア伯爵達貴族は更に宮殿と隣接するサン・ピエトロ魔法大教会の大聖堂にも立て籠った。
この事を聞いた、残りの教皇派の貴族達は、領地からローマに向かっていた兵を引き上げて日和見を決め込む事になる。
「さて、どうした物かな」
「陛下、何を悩んでおいでなのですか?」
「いや、あの宮殿も教会も破壊してしまおうと思うのだが、中にある芸術品や宝物が勿体無いかなと思ってね」
「それでしたら、良い方法がございますよ」
とマロツィア、ユーグはその進言に従い
亡くなった祖父の後を継ぎトゥスクルム伯となったアルベリーコにローマ教皇庁執政の名で布告を出させた。
「魔法教皇宮殿、並びにサン・ピエトロ魔法大聖堂内の将兵に次ぐ、中に残る貴重な絵画や彫刻、宝物を持ち出して投降する物はその罪を問わぬ」
と言う布告だ。
これを聞いた将兵達は、ほぼ全員が何らかを持って先を争って投降した。
マロツィアによれば、90%以上の宝物が回収できたとの事で、その中にはどうやって持ち出したか不明だが、教皇の証である『魔法教皇環、魔法教皇杖、魔法教皇冠』も回収できている。
ユーグは浮遊魔法で魔法教皇宮殿の上に浮かぶと、ローマの市街全てに聞こえる様に宣言した。
「余は全魔法の守護者にして、イタリア王、魔聖ローマ帝国皇帝ユーグ・カペーである、魔法教皇は魔法教会の長として余がその任に選んだにも関わらず、余に反旗を翻した、これは帝国と余への反逆であり
万死に値する、教皇に与する魔術師や貴族もこれに同罪、よって余はこれより、諸悪の源となった教皇一派を魔法教皇宮殿、並びにサン・ピエトロ魔法大聖堂と共にこの世から消滅させる、自ら犯した罪を『インフェルヌム』で悔やむが良い」
ユーグは究極の闇魔法『Columna Salis(塩柱)』を発動させた。この魔法は範囲内の全ての物、生物でも建物でも全てを『塩』に変えてしまう魔法だ。
魔法教皇宮殿とサン・ピエトロ魔法大聖堂は完全に漆黒の闇に呑まれて、その闇が晴れた時には塩の山が二つ残っているだけとなった……と言うのはユーグの視界だ、周囲の物達には、深刻の闇の中に蠢く無数のディアボルス達に二つの建物が食い尽くされる様が見えてる。
「う、うわぁ」
宝物を持って逃げ出した、教皇派の兵士達は全員悲鳴を上げて腰を抜かして、アルベリーコとアンリは蒼白になり、流石のマロツィアも無言で顔を背けている。
闇魔法の幻影効果はそれほど強大で、ここにいる全ての者が、以後は絶対に皇帝に逆らわないと心に刻み込む事になる。
ユーグは巨大な塩の二つの山を見てこれを『背信の山』と命名して、一切の立ち入りを禁じた。
数日後ローマの『ラテラノ魔法大聖堂』において、皇帝ユーグはイタリア諸侯会議を招集してこの度の乱の後処理を行う。
この度の乱で教皇側に着いた貴族の領地没収。ただし実際に出兵していない、或いは途中で兵を引かせてローマ入りしていない貴族は、爵位を一回級降格の上、領地の半分を没収。
その上で多大な功績があったロンバルディア公アンリにはトスカーナ侯爵領が与えられた、同じくスポレート侯爵アルベリーコはトゥスクルム伯を兼任して、更に教皇領の全てを与えられて。ローマ公爵と名乗る事を許され、皇帝の代理人としてイタリア全土の執政と言う地位に着く。
ここまでは全員が想定の内だっただろうが、次のユーグの言葉に全員が驚愕する。
ユーグは、魔法教皇の廃止を宣言したのである、これにより魔法教会の長は教皇では無く皇帝となり、
帝都ユーグウルブスの『ラジエル魔法大教会』大司教が皇帝の代理人として全ての魔法教会を束ねる事になると言う事になる。ユーグは約1000年続き、一時は世俗の王権をも支配した魔法教皇と教皇庁と言う制度をここに終焉させたのだった。
イタリアの諸侯達の中には動揺する者も多かったが、『背信の山』を見た後で、皇帝に異議を唱える者は存在しない、そして更にイタリアの諸侯達は、春に予定されている旧東ローマ帝国領への出兵を要請されて、全員が了承した。
この時ユーグは、爵位と領地の半分を失った教皇側の貴族に対しては、戦場での働き次第で爵位と領地の回復の可能性があると言う事を伝えている。
こうして諸侯会議を終えたユーグは皇后と一緒に転移で皇都に帰還する事となる。
「『ラジエル魔法大教会』の大司教、今の司教では荷が重すぎるだろう、誰か適当な者を探して、早急に
変えた方が良いね」
「はい、陛下お任せください」
と言う会話を皇后マロツィアとしている。
帝都に帰還したユーグは、元老院を招集、イタリア動乱の結果を全員に共有した。
「はて?陛下、教皇が存在しなくなって、我らには何か問題があるのですか?」
と聞いたのは『スロバニア王』ダークナイト・ユーグだ。
「何も無いぞ、ダークナイト、元々帝国内の教会は皇帝陛下の管理下にある、イタリアのみが別の扱いだった様だがな、だから我らには何の関係も無い」
とあっさり切り捨てたのは、ダークナイト・ユーグの義兄『ルテニア王』ジョルトだ。
そして
「それより陛下、春の出兵計画についてのお話を伺いたく」
とユーグに求める。
「はは、ルテニア王の申す通りだ、我が帝国に置いて教皇はただの飾りでしか無かった、その邪魔な飾りが無くなっただけだな、さて春の出兵だが、ブリタニア王、スロバニア王、ルテニア王には既に出兵の許可は与えてある、雪解けと共に好きな様に出陣するが良い」
これを聞いた三人の王は、起立して胸に手を当てるローマ式敬礼をして、また着席した。
「では、我が帝国の新たな目標を卿達に伝える、目標は旧東ローマー帝国領、今回の遠征では『死の都』
と言われている東ローマ帝国の帝都『コンスタンチノープル』の制圧が最終目的だ。ヴァスコニア公、卿をこの遠征の司令官とする、 ロンバルディア公、ローマ公、卿ら二人は副将としてヴァスコニア公を補佐せよ、それぞれ最大兵力での出兵を希望する」
三人は起立して先程の三人と同じ様にローマ風の敬礼をして着席した。
「陛下、私は?」
と声を上げたのは名前を呼ばれな無かった『イスパニア王』エルベールだ。
「卿は今回は休みだ、だが何もしないと言うのも問題か、卿の次男ヴェルマンドワ侯爵アルベールに兵10000で出陣させ、ロンバルディア公アンリと行動を共にさせよ」
「はは、ありがたき幸せ」
こうして元老院の会議は終わり、諸侯が席を立った時に
「ローマ公、貴殿は剣の腕が立つそうだな、どうだろう一手相手をしてはくれぬか」
と新参のローマ公アルベリーコに絡んだのは、剣では帝国最強を自負するダークナイト・ユーグだ
彼は、アルベリーコと同じ戦場に立った弟分のアンリからアルベリーコの事を聞き、その剣の腕に興味を持った、何よりアルベリーコがイタリアでは主流のサーベル使いでは無く、自分と同じ大剣ツヴァイヘンダーを使う事もその理由だ。アルベリーコは体格ではユーグに劣るが、筋力は自信がある様でその誘いに直ぐに応じた。
「止めておけ、大事な戦の前だぞ」
と二人の間に入ったのは、ユーグの家臣の中で一番の常識人であるジョルトだ。
だがユーグは
「面白いじゃ無いか、二人の立ち会いを許可する、但し真剣では無く木剣を使う事、一本先取の勝負とする」
と、二人の立ち合いを認めた。
これはユーグなりの新参のアルベリーコへの配慮でもある、帝国一の剣士であるダークナイトと多少なりとも戦えれば、アルベリーコもユーグの腹心の諸侯達からそれなりの扱いを受けられると思ったからだ。




