第三部 第三章 新領土
第三部 第三章 新領土
マジェリトの街を見たマロツィアの感想は
「まぁなんて綺麗な街、様々な様式の建物がありながら、混沌としては無く不思議な統制が取れて」
と述べている。
この街には本来城壁があったのだが、それを街を攻略する際に完全に消滅させてしまっている。
なので、今は風通しも良く閉塞感も無い開けた雰囲気になっている。
人口は帝国侵攻以前の八万人を回復して、なお増え続けている様だ、これだけでも帝国内の諸都市より
規模が大きい都市なのだ。
現在の街の主は、イスパニア王の代理、総督のロタリンギア公ウード・ヴェルマンドワで街の中央の『マイリット宮殿』でイスパニア全土の政務を見ている。
ユーグ夫妻はここでも数日滞在して街の様子を視察……と言う名の観光……をした後に、自筆の皇帝からの紹介状を門番に示して、総督との面会を求めた。
衛兵に案内されたのは、謁見の間ではなく、総督の執務室だった。
「すまんな、見ての通り、俺は今忙しい、陛下の紹介状を持つ商人だそうだが、用は簡潔に頼む」
とウードは、執務机の上の大量の書類の山に埋もれてこちらを見ずにそう言った。
「ウード、働き過ぎは良くないぞ」
とユーグは声をかける、ウードはユーグの甥でもあるからだ。
怪訝な顔をして顔を上げたウードは、驚愕して椅子から飛び上がる様に立ち上がった。
「皇帝陛下、皇后陛下、どうしてこちらに?」
「甥の働きぶりが心配で、見に来たんだ、元気そうで何よりだが、無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます、片付いていませんが、こちらにお座りください」
とウードはこれもまたテーブルの上に書類の山が置かれた、来客用のソファーセットを勧めた。
「ロタリンギア公、仕事は自分一人で抱えずに、信頼できる臣下に任せなさい、臣下を育てるのも上に立つ物の仕事ですよ」
とマロツィアが諭すと
「はい皇后陛下、しかしながらその臣下がおらんのです、ロタリンギア公として父上から引き継いだ者達は皆、戦馬鹿で剣を振るう事しかできません、おかげて治安の維持には役立つのですが……」
こういう状態だと総督の統治は武断的な物になる、これは治安は一時的に安定するが、行き過ぎた強権政治となり、領主や領民達から反感を買う恐れがある。ユーグの帝国の統治は法に基づくと言う方針にも反する事になる。
「ウード、ならば本国から連れて来た者達に頼らず、この地の者を使えば良い、私も元東フランクの者たちを多数臣下に抱えている事は知っているだろう」
「はい、ですが残念ながらこの地の者たちの中で言葉が通じる者は多くないのです、あのよくわからん文字も何が書いてあるかさっぱりなので」
旧ローマ帝国の版図ではラテン語が公用語だった、だが、アラブ系やペルシャ系の国では独自の言語がある、旧コルドバ帝国でもそれは同様で、この地では公用語はアラビア語だったのだ、なのでラテン語を話すのは、余程教養がある人物か商人達に限られる。
だが、ウードはまだ旧コルドバ帝国の貴族や知識階級の者達から領主として信頼を得られていないのだ
そして、コルドバ帝国統治下にあった、バランシヤ等の都市国家の領主達も帝国には臣従を誓った物の今は様子見と言う状態になっている。
「ウード、そう言う事なら私が良い知恵を授けてやろう」
「は、皇帝陛下」
「ウード、其方嫁を取れ」
「陛下、お戯を、今はそんな暇はございません」
ユーグはやれやれと言う顔でマロツィアの方を見た。
「ウード殿、皇帝陛下は戯れているわけではありません、貴方はそもそも陛下がどうやって西フランク王国の王となられたかご存知ですか?」
「もちろんです、圧倒的な魔法力で敵を殲滅しその比類なき軍事力で各地の領主達を従え、王になられたと父より伺っております」
「その評価は義兄殿らしいな、だがウード大事な事が抜けている、当時、私が軍を動かすその資金は何処にあったと思う?」
「え?カペー家は王の家柄ですし裕福だったのでは無いですか?」
「まぁね、比較的には裕福だった、でもあれ程続けて数万の兵を動かせる程では無かった、あれは全てマロツィアの持参金が元だったんだ」
「皇后陛下の持参金……、成程、しかしそれと私の嫁取りとどういう関係が?」
「嫁を取ると言う事はその実家も一緒に着いてくると言う事だ、だからお前がイスパニアの名家から嫁を取れば、統治に関してその家の協力が得られる、これが今の状況でどれだけ有効かはわかるだろう」
「なるほど、流石は皇帝陛下です、そう言う考え方もあるのですね」
「ウード殿、そう言うわけだから、貴方はバランシヤの領主フェルナン・ゴンサレス伯のお嬢様、ウラカ殿を嫁にするのが良いでしょう」
「皇后陛下、私はゴンサレス伯は存じておりますが、お嬢様が居るとは知りませんでした、いつの間にそんな事をお調べに?」
「そんな事、市場や酒場で聞けば二、三日も有れば入手できる情報ですよ、貴方この執務室に閉じこもっていないで少しは外に出て、街の民の話を聞いてみなさいな」
この話は、すぐに実現して、ロタリンギア公ウードは正式にフェルナン・ゴンサレス伯に婚姻の申し出をした所、伯爵側に大歓迎で迎えられて、婚姻はそれから半年後に行われた。
これにより、帝国の新領土イスパニア王国の統治は順調に進んで行く事になる。
若い甥に薫陶を与えて満足したユーグは、次の行幸の目的地、コルドバに向かう。
ここは皇帝直轄領として、ユーグの親衛隊長のアンハルト侯爵が総督代理として治めている街だ。
「まさか、これ程の街とは」
とマロツィアは唖然としている
「驚くよね、私も最初に見た時は現実の物とは思えなかった、人口はパリの十倍、聞いた事も無い国の商人や品物が市場に溢れ、食べた事の無い果実や香辛料、どうやって織ったか見当も付かないシルクの織物と、驚く事ばかりだったよ、そしてこの王宮だ、パリの王宮やユーグウルブスの宮殿が情け無く思える程だ」
「そうですね、マジェリトの街を見た時は、こんな綺麗な街があるのと思いましたが、ここはその遥か上を行ってますね、陛下が直轄地とした事、よく分かりました、それで帝都に新宮殿を建てる事にしたのですね」
「ああ、そして私が、一番驚いたのがここ大図書館だ」
「今、帝都にも建設している物ですね」
「ああ、見てくれこの書物、魔法書だけでも一生掛かっても読みきれない蔵書があるんだ」
「でも陛下、これ程の街を作った国を陛下は打ち負かしたのですよね?」
「帝国には優れた将と優秀な兵達がいるからね、先年、帝都を訪れた『アッパース帝国』の使者は、彼らの都の人口が200万とか申していたが、この街を見ると、それも本当の事かも知れぬと思えてくる、いつかは我が帝都もこの様な街にしたいと思うがな、私の生きている内にそれが叶うのだろうか?」
「叶いますとも、私が陛下の為に叶う様に頑張ります」
「そうか、ありがたいな、さて美味い物でも食べに行こう、この街の料理は本当に美味いからな」
そしてユーグは街の市場で、マロツィアの求めに応じて異国の商人から絹と金糸で織られた布地を何種類か購入した。
「お客さん、お目が高いね、この生地は遥か東方の『ジパング』と言う国で織られた生地でね、見てくれ全部柄が違うだろ、全て手織りだそうだ」
「ジパングか?、どんな国なんだ?」
「さぁ、シルクロードの終点に有る『JIN』と言う国から更に東の海にあると言う位しか知らんな」
「世界は広いのだな、シルクロードか……」
「陛……旦那様はご存知何ですかシルクロードとやらを?」
「ああ、以前ジョルト殿から聞いた事がある、彼らの先祖はその道を通って来たそうだ」
「まぁ、いつか行けると良いですわね」
こうして、この街では観光だけして……ユーグがマロツィアに街を見せたくて寄っただけと言うのが正しい……何度か転移を繰り返して、帝都に帰還した。
帝都に帰還したユーグが最初にした事は、貴族病の撲滅の為に四親等以内の婚姻を禁止する法を制定した事だ、これにより従兄妹同士や叔父と姪などの婚姻が帝国内では禁止される事になる。
この法の制定には、反対する貴族も多かったのでユーグは近親者で婚姻をすると呪にかかる、その呪い
こそが貴族病であると、魔法教会を通じて帝国全土に布告をさせている。
「マロツィア、ローマに行こうと思うんだけどどうする?」
「教皇庁がまた何か?」
「いや次の出兵にはイタリアの兵力も必要かと思ってね、だから義父上と話をしてこようと思うんだ」
「そう言う事でしたら、私も同行いたします」
魔聖ローマ帝国の版図の中でもイタリアは少し特殊な状況になっている。
皇帝ユーグがイタリア王を兼ねているがその領地は東フランク王国の領地だったヴェローナ侯爵領、以前の教皇領をユーグが接収したボローニャ侯爵領だけであり、その他の地域はトスカーナ侯爵領、中部イタリアのスポレート侯爵領、ローマの周辺の魔法教皇領、ベネヴェント侯爵領、ナポリ侯爵領、滅亡した東ローマ帝国領だった、アマルフィ伯爵領、ガエータ伯爵領、そして地中海に浮かぶコルシカ、サルデーニャ、シチリアの各島に独自の領主が居て、これらの領主達はイタリア王国諸侯会議を通じてイタリア国王としてのユーグに忠誠を誓っては居るが、厳密には魔聖ローマ帝国の臣下と言う訳では無い。
そして、イタリア王国諸侯会議を纏めているのが、長年ローマ教皇庁に君臨している、マロツィアの父、トゥスクルム伯爵と言う事になる、伯爵はユーグより全権を与えられてイタリア王国の執政と言う立場で、魔法歴925年以降10年以上に渡りイタリアを統治してきた事になる。
だがそのトゥスクルム伯爵も今年で70歳を迎え、引退を考える年齢を既に超えていた。
そんな時の皇帝ユーグと娘である皇后マロツィアの突然の訪問であった。
ローマ中心部の伯爵邸を訪れた、ユーグとマロツィアは
「懐かしいな10年ぶりか」
「そうですね、あの時陛下にお会いしていなければ、私はこのローマで老いさらばえていたのですね」
とマロツィアも感慨深げだ、
門番はマロツィアの姿を見て驚愕している、突然、ユーグとマロツィアが目の前に現れたとしか思えなかったからだ。
「お、お嬢様? 一体どこから? え??」
と狼狽して、ハッと気がつき
「失礼いたしました、こちらへ」
と門を開けて、
「お嬢様が御戻りなさいました、皇帝陛下も御一緒です」
と家の中に声を掛けると、家令以下使用人達が玄関ホールに整列して、ユーグとマロツィアを出迎える。
「父上は?」
「はい、伯爵様はお身体の具合があまりよろしく無く、臥せっておいでになります」
すぐにユーグとマロツィアはトゥスクルム伯爵の寝室に向かった。
「父上!!」
マロツィアが声を掛けるが、もう意識は殆ど無い様だ。
「陛下」
ユーグは治癒魔法を発動するが、治癒魔法は老衰等には効果が無い、これは光の魔法も同様だ。
膨大な魔力を使用すれば、多少寿命を延ばす事が可能だがそれもほんの数ヶ月分にしかならない。
だが、少しの間、伯爵の意識をはっきりとさせる効果はあった様だ。
そこに一人の男性が駆け込んで来る。
「は、母上?ですか、どうしてこちらに」
「オクタヴィアヌス、何故貴方がこの屋敷に居るのです、貴方は我が家から縁を切られた身の筈」
この『オクタヴィアヌス・アルベルティヌス』はマロツィアと最初の夫で当時の第119代魔法教皇『セルギウス3世』の子で現在24歳、この教皇はローマの実権をトゥスクルム伯爵と争い敗退して、失意の中魔法歴911年に病死したとされている、そして15歳となったオクタヴィアヌスは母であるマロツィアと祖父トゥスクルム伯爵に公然と反旗を翻した為に、ローマから追放処分となりトゥスクルム伯の政敵であるイヴレーア伯爵領に匿われていた人物だった。
彼は自室で休んでいた所を、従者に叩き起こされ
「大変です、オクタヴィアヌス様、マロツィアと皇帝が突然屋敷に……」
「何、皇帝だと、兵力は?」
オクタヴィアヌスはトゥスクルム伯爵が病床に臥せった事を好機と捉え、義父となったイヴレーア伯爵と、トゥスクルム伯爵の傀儡と言う立場からの脱却を企む魔法教皇ステファヌス7世の協力で、イタリア諸侯の反トゥスクルム伯爵派を糾合する事に成功、更に後継者の男子が居ないトゥスクルム伯爵家を孫として乗っ取る目論みを立てて居たのだ
「いえ、それが二人だけです、何故か警護の兵も連れておりません」
「そうか、これはチャンスだ、兵を集めろ、あの毒婦と皇帝を自称する男を捉えるのだ」
と部屋の外に抜剣した兵を配備した上で伯爵の寝室に駆けつけたのだ。




