第三部 第二章 光の治癒魔法
第三部 第二章 光の治癒魔法
皇帝ユーグから息子を治癒するから会わせろとの要望を受けたトゥールーズ侯はもちろん辞退をする。
「いえ、そんな恐れ多い事は……」
「トゥールーズ侯、貴方は皇帝陛下の魔法の力をご存じ無いのです、貴方は私が幾つだと思いますか?」
突然皇后からそう聞かれた、侯爵は狼狽した、女性の歳にあからさまに触れる事は貴族としてのマナーに反するからだ、だが答えない訳には行かない。
「は、誠に恐れ多い事ながら、22歳位でございますか?」
と少し若めに答えると皇后は楽しそうに笑って、
「私はもう45歳ですよ、この容姿で居られるのは全て、皇帝陛下の魔法の力のおかげです」
と言う事を聞いて愕然とした、45歳といえば自分の死んだ妻と同じ年齢で、この頃の常識では既に『老婆』扱いをされる歳だからだ。
それを聞いたヴァスコニア公爵も唖然としている。
「二人ともこの件は他言無用だ、国家機密だからな」
とユーグは笑っている。
「はは」
と二人は頭を下げた。
「では、侯爵構わぬな、その御子息はどこにおられる」
「は、我が領地トゥールーズの屋敷におりますが」
ボルドーからトゥールーズまでは馬で二日の距離だ。
「トゥールーズか、確かここから南東だったな……」
ユーグは千里眼魔法を使い
「見えた、あそこか」
と言うと、トゥールーズ侯の肩に手を起いた、トゥールーズ侯は一瞬目の前が真っ白になり、気が付くと、トゥールーズの自分の館の前に立っていた。
「皇后陛下、これは一体?皇帝陛下は?トゥールーズ侯は?」
サンシュが狼狽してマロツィアに声をかけると、マロツィアは
「安心してください、今頃はトゥールーズに居る筈ですよ、あ念の為に、この事も他言無用でお願いしますね」
「は、はい」
サンシュは皇帝ユーグの事が心底恐ろしくなった
「(これは最早人では無い、絶対に逆らってはいけない)」
と畏敬した。
一方でトゥールーズ侯は
「皇帝陛下これは、一体?」
「転移魔法と言う、すまんがそれしか教えられん、他言無用だ良いな」
「はは」
「では、案内を頼むぞ」
この状態で断る選択はトゥールーズ侯には無い、屋敷の門の前に行くと、門番が
「これは侯爵様、いつお戻りに?連絡は受けておりませんが、さては誰かが仕事をサボりましたか」
と言いながら、門を開けた、商人姿のユーグを見て少し胡散臭そうな目をしている。
「陛下こちらでございます」
とトゥールーズ侯は息子エドモンドの寝室のドアを開けた。
「ほう、これはまた凄い物だな」
ユーグは寝室を見て驚いている、ベッドの両脇には様々な書が山の様に積まれて、その脇には羊皮紙の巻物が整然と並んでいる。
羊皮紙の巻物はヴァスコニア公爵領の税収、様々な政策の報告書、陳情書と政治的な物ばかりで国政の多岐に渡った物だった。
「(成程侯爵の働きの秘密はこの息子の力あっての事か)」
ユーグは直ぐに悟った。
「これは父上、そちらのお方はどなたですか?」
エドモンドがベッドの上で上半身を少し起こした体勢のままで、殆ど消え入りそうな声で言う。
その手には今まで読んでいたのであろう、領内の治安維持に関する報告書を持ったままだ。
「私は帝都より派遣された治癒魔術師です、少しお身体を拝見してもよろしいですかな」
ユーグはエドモンドの警戒を解く様にそう言う。
「父上、もう治癒師は無駄だと何度も言っているでは無いですか、治癒師殿、私にはもう時間が無いのです、この領地の為に、書き残しておく事がまだ沢山残っています、邪魔をしないでいただきたい」
と、小さい声だがはっきりとそう告げるエドモンドは知性と意思の強さを持つ、一廉の人物と見受けたれた。
「大丈夫です、邪魔をするつもりは無いので、そのままで結構です」
とそう言ってユーグはエドモンドの身体のエーテルの流れを確認する。
「(成程、内臓が三箇所機能していないのか、それに体全体に幾つかの異常が見られる、これで良くこの歳まで生きられたものだ)」
ユーグは光の魔法『正常化』を発動する、エドモンドは一瞬光に包まれてその結果、体内の異常は遺伝子レベルで再構築されて機能していない内臓も含めて治癒された。
もちろん遺伝子などと言う知識はこの時代には無い、ただユーグはエーテルの流れの歪みとして遺伝子異常を認識して、それを治癒できると言う事だ。
「これは、治癒師殿、一体私の身体に何を?痛みが引いて息も楽にできる様になりましたが?」
「侯爵、エドモンド殿と歳の近い健康な男性を一人ここに連れて来て欲しい」
「は、はい、直ちに」
この時点でエドモンドの貴族病の元になっていた先天性の疾患は全て治癒されている。
だが、生まれてからベッドから出た事が無いエドモンドの身体は、普通の生活を送れない状態になってしまっている、ユーグは健康な男性の体内のエーテルの流れをエドモンドの身体にコピーして、全身の神経や筋肉を再生成して、普通に動く様にする施術を行う。これは以前皇后マロツィアを若返らせた魔法の応用になる。
「陛下、この衛兵でよろしいですか?」
「十分だ、そこに立たせておけ」
ユーグは30分程で施術を終了した。
「さてエドモンド殿、気分はいかがかな?」
「身体に力が漲る様な気がします、なんと普通に声が出せる?」
「ゆっくりと立ち上がって、もう普通に歩けるはずだ」
「まさか、そんな?」
エドモンドも侯爵もそんな筈は無いと言う表情をしているが、エドモンドがベッドの端に移動して、足を床に降ろして立ち上がり、一歩二歩と歩き始めると、二人は感涙を浮かべて抱き合って喜んでいる。
「父上」
「エドモンド」
親子はしばらくそうしていたが、侯爵はハッと気がついた様にユーグに向かい跪くと
「皇帝陛下、このトゥールーズ侯爵レーモン・ポンス、陛下に我が忠誠心の全てを生涯賭けてこの恩をお返しいたします」
と頭を下げる。
「父上、皇帝陛下とは?このお方は一体?」
「エドモンド頭が高い、このお方こそ魔聖ローマ帝国、ユーグ・カペー皇帝陛下なるぞ」
と言うと、エドモンドも慌てて跪いて首をたれた。
「構わん、それより身体の方はどうだ、全て治癒したのでこれよりは普通に生活ができると思うが、どこか痛む所はあるか?」
「いえ、私も魔術書をかなり読んだつもりですが、この様な治癒魔法があるとは驚きです」
「そうか、貴殿は独学で治癒魔法を学んで、これまで自分を生きながらえさせていたのだな、見事な物だ、そうだ侯爵、卿には孫が居ると言っていたな、他に子供は? 居るなら全員ここに連れて参れ」
「は、直ちに」
「皇帝陛下、何をなされるので?」
「私は貴族病の原因をほぼ解明したと思っている、だから貴殿の兄弟達にも同じ病気が潜んでいると思っているのだ、それを今治癒しておこうと思ってな」
「誠に恐れ多い事ながら、陛下は何故我が一族にそこまでの温情を掛けてくださるのですか?」
エドモンドはそう尋ねる。
「我が帝国は残念な事に人材難でな、まぁ武人の方はなんとかなっているが、政を任せられる者が極端に少ない、なので常に優秀な人材を求めているのだ、卿と卿の父上トゥールーズ侯はその人材と言う事だ」
そこにエドモンドの妻、サンシュの妹ジャンヌが2歳の次男『ダヴィッド』を腕に抱いて入って来た
ジャンヌは立ち上がっている夫の姿を見て、驚愕のあまり息子を落としそうになる。
そしてジャンヌの後ろに隠れる様に3歳の長男『ニコラ』の手を引いて16歳になるエドモンドの妹
「カトリーヌ」も居る。
「義父様、貴方、これは一体?」
「ジャンヌ、こちらに居られるのは皇帝陛下だ、陛下に私の病を癒して戴いたのだ、見てくれ立てる、歩ける、息子達を抱き上げる事もできる様になった」
そう言うエドモンドの顔は先ほどから涙でぐしゃぐしゃになっている。
「皇帝陛下、これが息子の妻と、私の孫と娘でございます」
と侯爵はそれぞれを紹介した。
「皆、そこに立って動かないで」
ユーグはそう言うと一人一人のエーテルを確認する。
「やはりか」
ジャンヌには全く問題が無いが、エドモンドとの間の二人の息子にはエーテルの歪みがある、だが幸い二人共深刻な物では無かった、なので軽く光の治癒魔法をかけるだけで歪みは解消された。
だが、カトリーヌは重症だ、16歳と言う事だったが、どう見ても12歳位にしか見えず、特に歪みは腹部に集中している。このままでは、治癒をした後に、彼女が普通の女性として過ごせるかは難しいだろう。なのでユーグは彼女にもエドモンドに施したのと同じ手法で肉体を再構築する事にした、事情を何も聞かされないで侯爵に連れてこられた、この屋敷のメイドの内一番見目に優れるメイドのエーテルをコピーしてカトリーヌに術を施した。
子供の様な肉体から一気に少女へと変貌したカトリーヌは、突然大きく膨らんだ、自分の胸を押さえてこれも驚愕している。
「皇帝陛下?」
「侯爵、二人のお孫さんは大丈夫だ、娘さんは既に貴族病を発症していたので、エドモンド殿と同じ様に治癒をした、これで侯爵の家族は全員問題無くなった」
「陛下、なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「さて、侯爵この治癒の対価だが、卿は先程全てを私に捧げると申したな」
「は、その通りでございます」
「では、貴殿のご子息を貰い受ける、エドモンド・ポンス子爵、3月末までに帝都ユーグウルブスに出頭せよ、妻子を同行させるかは卿の裁量とする、良いな」
それを聞いてエドモンドは戸惑った。
「は、陛下、ですが私は無役ですが、子爵とは?」
「卿なら帝国の法は誦じておろう、子爵とはどう言う地位か?」
「は、貴族の子息のうち……陛下まさか私が?」
「卿の治癒魔術師としての腕は既に一人前だ、文句は無いな?」
「は、ありがたき幸せ」
「侯爵、そう言う事だ、卿の代わりとして、息子に帝国の為に働いてもらう事になった、卿はこれまで以上にヴァスコニア公爵の力になってやってくれ、来春には大きな軍事行動がある、私はヴァスコニア公爵の力を充にしているからな」
「は、陛下かしこまりました」
「では、卿はしばらく家族でゆるりと過ごすが良い、私はこれでボルドーに戻るとする、あ、そうそう
ポンス子爵、剣を使える様にとは言わぬが、攻撃魔法の一つと、馬には乗れる様になっておけよ」
「は、陛下」
そう言うとユーグはそのまま転移魔法を発動させて、ボルドーに戻る。
残された侯爵の一家は全員が唖然として、先ほどまでユーグが立っていた場所を見つめていた。
「ち、父上?陛下が……」
「転移魔法と言うそうだ、私もそれしか知らん、良いか皆、国家機密だ他言無用と心得よ」
翌朝、公爵家では初めて家族が全員揃ってダイニングルームに集まり、朝食を共にする事になった。
侯爵はカトリーヌと引き換えに命を落とした亡き妻を思い、悲しみと幸せの両方を噛み締めている。
その後健康な身体と美貌に恵まれたカトリーヌには各地の貴族達からの婚姻の申込が殺到して、
侯爵はその相手への対応に苦労する事になる、そして侯爵が娘の伴侶として選んだのは、全く血縁関係の無いバルセロナ伯ミロだった、侯爵は貴族病の恐ろしさを熟知していたからだ。
ヴァスコニア公爵領バルセロナに嫁いだカトリーヌはそこで魔法の才能がある男子を無事に出産して
ミロから伯爵夫人として寵愛されてその終生を幸せに暮らしたと記されている。
一方でボルドーに戻ったユーグは、その晩にヴァスコニア公爵と長時間に渡って会談を行い、来春に予定している、クロアチア王国から以東の旧東ローマ帝国領への大侵攻作戦についての情報を交換した。
この地域への侵攻はローマ帝国の再興を目標とするユーグの強い意志による物で、帝国内では誰もこれに反対する者は居ない。 この時先の戦いで、魔法剣士の圧倒的な実力を目の当たりにした、ヴァスコニア公爵は、この状況でも
なぜ帝国では、いまだに騎士を育成しているのかを問うてみた。
「私には一切の魔法攻撃は効かぬ、全ての魔法を無力化できるからな、そんな私を倒す方法は、剣や槍、斧などで物理的に攻撃する以外無い」
「は、はぁ」
「公爵、世界は広い、敵に私と同じ能力を有する魔術師が居たらどう対処する?」
「それは、魔法や弓などの遠距離攻撃を使って撹乱しながら近づいて……あっ」
「そうだ、そう言う事だ、だから私は旧来の騎士が用済みとは思わぬ、むしろ更に強い騎士……ダークナイト・ユーグの様にな……を求めているのだ」
「陛下はそんな敵が居るとお思いなのですか?」
「どうかな、しかしもし居たら楽しいとは思わんか?」
それを聞いてサンシュは、皇帝ユーグは類稀な魔術師と言う側面よりも実は武人としての性格が遥かに強いと言う事を改めて認識するのだった。
翌日ユーグとマロツィアは次の目的地、帝国の新領土である、イスパニア王国の王都マジェリトに
転移で向かう事になる。
イスパニア王国がマジェリトを王都としたのは、旧コルドバ帝国の帝都コルドバをユーグが皇帝直轄地としていたからだ。




