第三部 第一章 巡幸
年も明けたので、第三部開始です、三部開始に合わせて、一部と二部の誤字脱字、表記の揺れ、内容の整合性などを修正しました。
第三部 第一章 巡幸
魔法歴936年冬、各地の戦闘が一時的に収束したあと、皇帝ユーグは束の間の光の魔法と闇の魔法、転移魔法などの研究と習得に精を出す一方、マロツィアに任せきりだった帝国の内政の実情を把握する事に専念している。そんな中ユーグは皇后マロツィアと二人で、ユーグポルトゥスの街に来ている。
建設中だった魔法教会の完成式典に出席する為だ。
「まぁ、随分と賑やかな街ですね」
「ああ、街や港は建築途中だからね、だがこれは賑やかすぎるな」
そう思い港の方を見ると、積み荷を満載した、ヴァイキングの大型ロングシップが入港して来る所で、その一方で同じ様な船がやはり満載の荷物で出港する所だった、それも一隻や二隻の話では無く、続々と船が連なっている状態だ。よく見るとどの大型船にも、ヴァイキング戦士を乗せた二隻の中型船が護衛として
付いている様だ。
式典が終了してユーグはユーグポルトゥス伯爵ブライスとまだ建造中の市庁舎で会談している。
「随分、賑やかだな、それにあの船は?」
「はい、陛下せっかく作った艦隊ですから、遊ばせるのは勿体ないと思い、商人達から依頼のあった荷物を運ぶ仕事を始めました、そうしたらご覧の通りでして、今はカレー、ロンドン、カーン、ブレスト
サン=ナゼール、ヒホンの間を定期便として結んでいるんです、お陰様で商売は大流行りでして、ユーグポルトゥスの普請費用から新造船の建築費用まで賄えております」
と言う事だ。海運となると一番の心配事は海賊だが、 ヴァイキング船を相手に海賊行為を働く命知らずの馬鹿は少ない。各地には『逸れヴァイキング』と呼ばれる小集団が存在するが、これは護衛船で充分対応できる数だった。
この事に一番喜んだのはマロツィアだ
「伯爵、見事な手腕ですね、あなたの様な人材はこれからの帝国に欠かせません、皇帝陛下」
マロツィアの言いたい事は、ユーグには直ぐに伝わる。
「伯爵、卿の働き見事だ、前回の遠征の功績と合わせて卿をネーデルラント侯爵に任ずる、海は卿に任せたぞ」
と言うと、伯爵は膝を折り。
「謹んで拝命いたします、我が身命を賭けて帝国の為に働かせていただきます」
とユーグに頭を下げた。
「陛下、まだまだ帝国内には人材が居る様ですね」
「そうだな、一度一緒に帝国各地を、回って見ようか?」
「まぁ、それは嬉しいですが、それほど帝都を長く留守にはできませんよ」
「大丈夫、私には転移魔法がある」
転移魔法の修行の結果、転移距離は過去に訪れた街や場所なら約1000キロ、千里眼魔法で見る事のできる範囲なら400キロと言う距離を、同行者一人を連れて一緒に転移できる様になっている。
そんな訳で皇帝ユーグ夫妻が最初に訪れたのは、遷都前にずっと暮らしていたパリの街だ。
二人は商人とその妻と言う仮の姿でパリの街を散策している。
以前の西フランク王国時代の王宮は今は、パリ市庁舎になっている。現在はパリを領地とするパリ伯は空位となっており、シャンパーニュ伯が総督と言う形でパリと周辺地域を統治をしている。
「人通りが減って、少し寂れた感じになりましたね」
「そうだね、都の機能が全て、ユーグウルブスに移動して、貴族達も引っ越したからね、今は帝国の一地方都市と言う感じだな」
「それでもパリは帝国にとって重要な街ですわね」
「ああ、当然だ、だから長男が15歳になったら、最初にパリ伯の称号を与えようと思っている」
「つまり皇太子の証と言う事ですね」
「そうだ、帝都で賑やかに祝ってやろうじゃないか」
と言うも長男ユーグ2世はまだ8歳だ
「はい、陛下」
二人は市街にあるユーグの私邸に入る。
ここも今は最低限の使用人が、屋敷を維持しているだけだ。
「懐かしいな、子供の頃は良くこの書庫で魔法書を読んで過ごした物だ」
今は書庫の書籍はずべて帝都の皇宮に移してあるので、書庫は空だ。
二人は次の目的地をブリタニア王国の王都となったロンドンに決めた。
パリからカレー海峡の街で、港湾都市のカレーまで転移、そこからロンドンへ転移した。
初めて訪れたロンドンの街は、この頃人口が25000人程になり、王都としての普請工事の真っ最中だった。
「ここも賑やかですね」
「ああ、そうだな、言葉は通じるのかな?」
と心配したが、市内の商店や宿屋、飯屋などは問題が無い様だ、市場ではユーグ達を帝国からの商人と思っている商売熱心な商人達が熱心に商品を勧めてくる。
ユーグ達は街の南西部にある、新市街に向かった、市庁舎、魔法大教会などは完成している様だが、
王宮の方はまだ工事中の様だ。
「ギョーム、いえウィリアムらしいですね、自分の家よりも市庁舎や教会を優先するなんて」
「ああ、しかし、どこに住んでいるのかな、とりあえず市庁舎に行って見よう」
ユーグは市庁舎の衛兵に、『皇帝ユーグの紹介状』を見せて、ウィリアムとの面会を求めた。
当然だが自分で書いた物だ。
「パリの商人か、国王陛下はお忙しいからな、しかし皇帝陛下の紹介状となれば、お会いいただけるかもしれん、ここで待て」
と衛兵は市庁舎の中に入って行き、やがてユーグ達を市庁舎の中に幾つかある謁見場の一つに案内して待つ様に伝えた。
「なるほど、謁見場を多数用意して、そこを王が訪れるわけか、確かにこちらの方が効率が良いな」
「はい陛下、ですがこれですと陛下がお忙しくなって大変ですわね」
とマロツィアは笑っている。
「そうだな、私には向いていない様だ」
「国王陛下の御成だ」
と衛兵に言われて、ユーグは片膝を付いて、マロツィアは優雅にカテーシーの姿勢で待つ
部屋に入って来たウィリアムはそんな二人を見て驚愕して
「皇帝陛下、皇后陛下、お知らせいただければ港までお迎えにあがりましたのに」
と二人を立たせて、上座の椅子を勧めた。
「何、気にするな此度は旅の商人と言う事で来ている、なかなか見事な街を作ったな」
「は、ありがたき幸せ」
この後、ユーグはウィリアムにカレドニア侵攻に付いての質問をしたり、ウィリアムの軍に加わった
デンマーク侯とその婿『エリク・ビョルンソン』の消息を聞いたりした。
二人は希望して最前線である、ノーザンブリアのエディンバラで、カレドニアのアルバ王国と前哨戦を繰り広げているとの事だ、本格的な進攻は春になってからと言う事で、練兵と訓練を兼ねた前哨戦と言う事だそうだ。
「そうか、リュートガルドは息災か?」
「は、今は、その悪阻が酷い様で臥せっておりますが、昔父に聞いた話では私の母は、ヴァイキングの女として戦場で私を産んだとか?、なのでどうも、勝手がわからず……」
とウィリアムが言った所で、マロツィアに怒られる。
「全く、いつまで経っても貴方達は、子供を産むと言う事がどれだけ大変だか、どうして理解できないのかしら、今から私が見舞いに行きます、案内させなさい」
と言われて、恐縮したウィリアムは衛兵を呼ぶと妻の元に皇后を案内させた。
「皇后陛下を怒らせてしまった様で申し訳ありません」
と首を垂れるウィリアムにユーグは
「気にするな、あれは子供の事となると人が変わる、いや、これは皇后だけでは無いな、帝国の女達はみんなその様になるそうだ、そういう意味では最後までヴァイキングの流儀を貫いた、ロドルフ殿は立派なヴァイキングの男だったと言う事になるのかな? だかウィリアム、それはロドルフ殿だから出来た事、卿は真似をしようとは思わぬ方が良いと私は思うぞ、私は卿には魔法や戦の仕方は教えられる、だが家庭の在り方と言うのは無理だ、リュートガルドは姉の血を強く引いていて気が強い、まぁ二人で良く話あって仲良くしてくれ、すまんなこんなアドヴァイスしかできん」
とユーグは笑った。
「はい、陛下肝に銘じます」
と言うウィリアムも苦笑いしている。
「それとこれは、私が最近身につけた新しい魔法の事を示した書だ、昔の様に直接教えてやる事はできぬが、卿なら読めばなんとかなるだろう、特に転移の魔法と千里眼魔法は戦場で役にたつ、励めよ。
「は、皇帝陛下」
ウィリアムはユーグにとって1番の弟子であり、魔術師と言う意味での後継者だと思っている。
だからユーグは、自分が再発見した様々な古代魔法を惜しげも無くウィリアムに伝承しているのだった。
これから7ヶ月後リュートガルドは元気な男子を出産して、その子はリチャード(リシャール)と名付けられ、後に『グレート・ブリタニア王国』の二代目国王となる。
ロンドンから帝都に戻ったユーグ夫妻は、この後も暇を作り出して帝国各地を行幸する事になる。
そして、今度は帝国領の中西部に当たるボルドーの街に到着した。
この街は、ヴァスコニア公爵領の中心都市になり、この地方名産のワインの集積地と帝国南方の交易の要として栄えている。ユーグ達は数日市内に滞在した後に市庁舎を訪れて門番に皇帝ユーグの署名のある手紙を渡して、ヴァスコニア公爵サンシュ4世との面談を申し込んだ、だが公爵はこちらでは無く隣の館に居るとの事で公爵邸を訪れた、あくまでも、旅の商人と言う立場での訪問だ。
「何、皇帝陛下の紹介状を持った商人だと、良いお通ししてくれ」
公爵邸の謁見の間で、ユーグ夫妻はサンシュと面談をする。
ユーグの顔を見たサンシュは、上座の椅子から飛び降りて、ユーグの前に膝を付いた。
「皇帝陛下、皇后陛下」
「堅苦しい挨拶は無しだ、今日は皇帝では無くて、旅の商人としての訪問だ」
「は、はいですが陛下、まさかお二人だけで来られたのですか?護衛の親衛隊の姿が見えませんが?」
「サンシュ卿、我が国は商人夫婦が旅に出られない程危険なのか?」
「い、いえそんな事は」
「そうだろう、卿らのおかげで帝国の街道の治安は全く問題が無い、これは誇るべき事だ」
「は、ありがとうございます」
「ここ数日、卿の領地を色々と見学させてもらった、市場には良質な物が並べられ値段も適正、治安は良く飯は美味い、宿に泊まっても高額の料金をふっかけられる事も無い、卿の統治が行き届いている証明になる、見事な政治手腕だ新領地の方はどうか?」
「恐れながら皇帝陛下、過分なお言葉ありがたい事でございますが、我が領地の内政は一目にわが右腕、
トゥールーズ侯爵の手腕による物、私の功績ではございません」
「ほう、そんな者が居るのか、顔を見てみたいな」
「は、直ちに、衛兵直ぐにトゥールーズ侯爵をここに」
トゥールーズ侯爵はサンシュ卿の館の隣にある市庁舎から駆けつけてきた。
「公爵、大至急との事、何事ですか?、まさか戦の用意ですか?」
と部屋に駆け込んで、ユーグ達に気がつき怪訝な顔をした、商人が公爵より上席に座っているなど、考えられないからだ」
「皇帝陛下、こちらがそのトゥールーズ侯爵です、侯爵、皇帝陛下と皇后陛下だ、お忍びで我が領地に来られてたそうだ」
「こ、皇帝陛下?これは御無礼を致しました」
と侯爵は跪く。
「良い、まぁ座れ侯爵にはいくつか聞きたい事があるので、わざわざ来てもらった」
この後一時間ほど、トゥールーズ侯爵『レーモン・ポンス』は皇帝や皇后からの質問に答えた。
「成程、トゥールーズ侯爵は見事な見識をお持ちの様ですね、どうでしょう皇帝陛下、侯爵に帝都に来ていただく様に計らえませんか?」
皇后マロツィアは自分の手足として働く政治力に長けた人材を常に探している、このトゥールーズ侯爵は、今までマロツィアが知る中でも一、二を争う人材だと考えた。
「どうだろう公爵、トゥールーズ侯を譲っては貰えぬか?、皇后が言う通り、侯爵には帝都で任せたい仕事が山の様に有るのだが」
「これは陛下お戯を……」
と言った物の、皇帝に逆らう事はできない、かと言ってトゥールーズ侯抜きでは、公爵領の運営に支障が出る、サンシュは進退極まってトゥールーズ侯を見た。
「皇帝陛下、皇后陛下、非才の身に誠にありがたいお言葉ではありますが、私はこの地を離れる訳にはいかないのです」
とトゥールーズ侯は平身低頭して述べた。
「ほう、皇帝たる我の希望より優先する理由とは何か、教えてはくれぬか?」
ユーグはほんの少し怒気を含んだ声でトゥールーズ侯に問う。
「は、誠にお恥ずかしい事ながら、我が家の事情にございます、私には後継の息子が居るのですが、病弱でベッドから起き上がる事も叶わず、孫が成人するまでは、私が領主として面倒を見る必要があるのです」
「ほう、御子息が病弱とはそれは気の毒な事だな、どの様な病気なのか」
ユーグの怒気は消え、慈悲深い目になっている。
「は、息子はその重い『貴族病』で、生まれた時からずっと……」
「まぁ、貴族病……」
皇后も息を呑む。
貴族病とは、主に貴族階級の子に現れる病気で、先天性の代謝異常症や血液疾患による乳幼児死亡率が高い病気で発症した子供は成人するのは稀で、仮に成人しても重い障害に苦しむ事になると言う厄介な症状の病気だ、騎士や魔術師階級以上の貴族達の子弟に多く発症する事から通称貴族病と言われている。
これは現代の我々の世界では『近親婚による遺伝子異常』の結果と言う事がわかっていて、中世のハプスブルク王家のように何世代にもわたり近親結婚を繰り返した家では、子供の乳幼児死亡率は50%超えていて、ハプスブルクの呪いと言われていた。
この世界でも、貴族と魔術師の血統を維持する為に同様の近親婚が繰り返された結果『貴族病』が蔓延する事になってしまっている。
トゥールーズ侯の妻は姪にあたり、更にその父母はお互いが従兄妹同士と言う関係で、曽祖父の代も同様だった。
「トゥールーズ侯、私は治癒回復魔法にいささか自信があるのだ、一度御子息に合わせてはくれぬか」
ユーグは、トゥールーズ侯を労ると共に、内心ではコルドバの大図書館で覚えた『光の魔法』を試して見る良い機会だと思っていた。




