第二部 第十八章 戦後処理
第二部 第十八章 戦後処理
レオンの街は避難民で右往左往の状態になっている。
魔聖ローマ帝国皇帝ユーグの名で、『恩を仇で返した元王妃と国王を王宮諸共消滅させる』と言う
苛烈な宣言と、合わせて、『領民に危害を加えるつもりは無い、命が惜しければレオンから退去せよ』と言う指示も届いたからだ。
「母上、だから私は反対したのです、皇帝陛下は恐ろしい方です……」
とオルドーニョ3世は今更ながら母に抗議したが、後の祭りだった。
既に王宮には、貴族も騎士も兵士も誰も残っていない、逃亡しなかった王妃の女官が数人残っているだけだった……いや他にもう一人、王宮の地下牢には囚人や捕虜が収監されていたのだが、一人を残して全員が脱出していた、その一人はザモラの戦いで捕虜となった今は亡きコルドバ帝国の皇太子ハカムだった。ハカムは肥満の為一人では歩けない、だが日頃の尊大な態度の報いで誰も手助けをしてくれなかった為だ。
住民が街から避難したのを確認したユーグは、三人の皇妃達と飛行魔法でレオンの街の中心部にある王宮の上空に浮かんでいる。
レオンの街の外には、避難した領民達が、これから何が起こるのか?と言う表情でユーグ達を見つめている。
最初にユーグが王宮全体を風魔法で包む、
「三人共良いな?」
「はい、陛下」
三人は声を揃えて『ヘブンリーファイヤー』を発動させた、王宮の上に炎に包まれた三つのメテオが姿を現した。メテオはそのまま高速で王宮に落下して、王宮ごと玉座で震えていた元王妃と国王を高熱の炎で焼き尽くした。王宮は完全に瓦礫と化した、ユーグが予め風魔法で防護壁を張っていたおかげで、破壊されたのは王宮のみ、レオンの街は無傷だった。
それを見ていた住民達からは歓声が上がった。
前国王は国民から慕われていたが、王妃は贅沢三昧の生活を送っていた為、レオンの住民や王国の領民から疎まれていたからだ。
これにより、前国王が命を賭けて、コルドバ帝国の侵攻を凌いだアストゥリアス王国は滅亡する事になる、旧王国領とレオンの街は、総督代行としてとりあえずカスティーリャ伯ガルシアに預けられる事になった。
魔法歴936年初夏。
魔聖ローマ帝国、帝都ユーグウルブスでは、先頃の各地の戦いの成果を持って、論功と恩賞の式典が行われる事になる。
皇都に招集されたのは、ロタリンギアとザクセン公エルベール、ノルマンディとブルターニュ公ウィリアム(ギョーム)、ハンガリーとバイエルン公ジョルト、ブルゴーニュとフランケン公ユーグ、アキテーヌ公アンリ、ヴァスコニア辺境候サンシュ4世の六人の公爵とカスティーリャ伯ガルシア、それに其々の幕僚達だ。式典にはその他に近郊の大貴族や領主、文官達も多数参加している。
全員が謁見の間の玉座の前で整列して、皇帝ユーグと皇后マロツィアの入室を待っている。
「全魔法の守護者にして、魔法の恩寵によるローマ皇帝、永遠なる尊厳者、魔聖ローマ帝国ユーグ一世陛下、並びに皇后陛下御入来」
と式武官の声が響き、全員が頭を深々と下げる、下級の武官達は片膝を付いての最敬礼の姿勢になる。
玉座に着席したユーグは、
「皆の物大義、頭を上げよ」
と声を発し、全員が姿勢を正した。
『ノルマンディとブルターニュ公ウィリアム殿』
式武官に最初に呼ばれたのはウィリアムだった。
「ウィリアム、イングランド制圧見事な働きであった、この功を讃え卿に『ブリタニア王』の称号を授けブリテン等全土を卿の領地とする、但し旧領の内ブルターニュは上知する事とする、また卿から具申があった、ブリテン島各地への侵攻作戦を許可する」
「は、ありがたき幸せにございます」
「亡きお父上ロドルフ殿もヴァルハラで喜んでいよう、励めよ、それとウィリアムと言う響きはギョームより耳に良いな」
とユーグは愛弟子に微笑みかけた。
次はハンガリーとバイエルン公ジョルトで
ジョルトは旧領はそのままで、旧ルーシー公国の全土を賜り、『ルテニア王』の称号を授けられた。
更にまだ残っている北部のルーシー公国領の制圧を認められた。
「卿に任せておけば、何も心配は無いな、北部が片付いたらルテニアの北東は好きにして良いぞ」
と更に、ルーシー王国の北東に広がるスラブ人の土地も切り取り放題の許可をされた。
一方でブルゴーニュとフランケン公ユーグはブルゴーニュを失った物のポーランド全土を賜り『スロバニア王』となる。
「スロバニアの北方にはまだ帝国の権威が届いていない国や民族が居る、頼んだぞ、それと子供を大事にな」
と言われて、ダークナイト・ユーグは恐縮した、来年には子供が生まれるからだ。
そして、ヴァスコニア辺境候サンシュ4世は
「ヴァスコニア辺境候サンシュ、卿の辺境候としての任を解く」
と言われた時には、一瞬顔が真っ青になったが、その後に続いて
「ヴァスコニアは最早帝国辺境では無いからな長い間ご苦労であった、卿には旧コルドバ帝国領の内
バルセロナ公爵領、ナバラ公爵領を与える物とする、ピレネー山脈は帝国の新領土への交通の要、任せたぞ、それと併せてウルヘル伯爵領、トゥールーズ伯爵領も卿の管理下に置く事を許可する」
と言われて安堵した、領地も大幅に増えて、戦った甲斐のある戦だった。
アキテーヌ公アンリは、アキテーヌを上知した代わりにブルゴーニュとプロヴァンス、ロンバルディアを与えられて更にガッリア・キサルピーナ辺境候の称号を得た。この事で諸侯は皇帝ユーグの次の侵攻先を知るのであった。
また、カスティーリャ伯ガルシアは、カスティーリャの他に旧アストゥリアス王国の殆どの領地を与えられて、レオン公爵と名乗る事を許される。これにより旧アストゥリアス王国は完全に魔聖ローマ帝国領となった。
そして、ロタリンギアとザクセン公エルベールは、イベリア半島の残りの部分全土を領地として与えられて、『イスパニア王』の称号を許された、代わりにロタリンギアは失ったが、この地はエルベールの長男アミアン伯ウードに与えられる事になり、ウードは父の後を継いでロタリンギア公となった。
次男ヴェルマンドワ伯アルベールはアミアン伯も兼ねる事で、侯爵へと爵位を進めた。
これにより魔聖ローマ帝国には領内にブリタニア、イスパニア、スロバニア、ルテニアの四つの王国が誕生した事になる。イタリア、ガリア、ゲルマニアは基本的に皇帝直轄領として、各地を公爵に委任する形になる。
そして翌日には、帝都の魔法大教会……ユーグにより『ラジエル魔法大教会』と命名された……の大聖堂で、四人の王の戴冠式が行われた、ここに魔聖ローマ帝国では王とは皇帝の臣下で皇帝によって任命される者と言う事が確立するのだった。
「義兄上、それで相談とは?」
ユーグの執務室で二人だけの時は、ユーグはエルベールを義兄上と呼んでいる。
「陛下、『イスパニア王』辞退する事はかないませんか?もしくは私はこれで引退して、王位を息子に譲る事を認めていただけますか?」
それを聞いてユーグは笑った、ある意味予想通りの反応だったからだ。
エルベールは生粋の武人で内政ははっきり言って苦手と言うか嫌いだった、なので新たに広大な領地を得ても本人としてはありがた迷惑に近いのだ。
「義兄上なら多分そう言うのではと思ってましたよ、衛兵、皇后と姉上達をここに」
とユーグはドアの外に居る衛兵に声をかけた。
「え?妻が王宮に来ているのですか?」
とエルベールは驚く。
そこに皇后マロツィアとユーグの二人の姉エマ(故ラウル王の妻)とアデルの三人が部屋に入ってきた。
「私の勝ちだな」
とユーグはマロツィアに笑いかけた。
「あの陛下?」
とエルベールは悩んでいる。
「この度の人事を決めたのは、皇后と姉上達なんだ、それで最初に素案を見た時に、義兄上とダークナイトの二人は嫌がるだろうなぁと思っていてね、どっちが先に苦情を言いに来るか賭けていたんだ」
「本当に情け無い、内政が嫌いなのはわかってましたけど、翌日にもう音を上げるとは」
と言うのはエルベールの妻アデルだ。
「まぁまぁ姉上、ここは穏便に、エマ姉上、ダークナイトの方は?」
「ずっと一人で部屋に篭ってぶつぶつ言ってますよ、我が義弟ながら情けない、亡夫の覇気を少しでも持っていてくれれば、私ももっと楽できるのですけどね、でもお嫁さんが有能なので、私はそろそろ魔法修道院でのんびりできるかもしれませんね」
とこちらの姉も困った顔をしていた。
帝国の内政実務に付いては、ユーグは全面的に皇后マロツィアに任せている、そしてエルベールの妻アデルもまた、領地の内政を全て引き受けていた、更にダークナイト・ユーグは領地の事は全て義姉のエマに丸投げで、剣の修行に励んでいる状態だったのだ。
その結果この三人は、実質的に帝国宰相とその副官と言う立場になり、ユーグが思い付きの様に指示する政策を実施していた、つまり帝国の内政を担っているのが、この三人の女性と言う事になる。
「そういう事だから、義兄上何も心配は入りませんよ、お嫌でしたらイスパニアに赴任しないで帝都かザクセンの館に居ても構いませんよ、代わりに新ロタリンギア公ウード殿を、総督として赴任させれば良いのです、彼なら充分その任をこなすでしょうし、政務を学ぶ良い機会だと思いますよ」
とユーグに言われて、エルベールは安堵した。
「あ、でも義兄上のんびり遊んではいられませんよ、新設する『帝国騎士学校』の校長として、後進の騎士達の指導をしていただきますからね、詳細は姉上から聞いてください」
この学校は、ユーグがコルドバの大図書館で読んだ 帝国の歴史書にある『マドラサ』と言う拝火教の教義を教える施設にヒントを得た物だ、帝国では魔法や読み書き、計算等は魔法教会や魔法修道院で教えている。その一方で、剣技や騎馬術などを体系立てて教える施設は存在しない、なのでユーグは帝都にその施設『学校』を設置……アイデアを皇后に話すとマロツィアとその配下の文官達が具体案を作成してくれる……する事にしたのだ。そしてその学校の責任者としてエルベールは最適だった。
こうして魔聖ローマ帝国は新たな体制で新たな時代を歩む事になる。
帝国は西フランク王国の時代にはフランク人の国だった、だが今ではフランク人に加えてノース人、アングロ・サクソン人、ゴート人、アラブ人、ラテン人、スラブ人、マジャール人と様々な民族が共存する、多民族国家となっている。この国家を統制する為にユーグはローマ帝国に倣い、公爵以上の爵位を持つ貴族で皇帝の諮問機関としての元老院を設立、これまで慣習的に運用されていたローマ法、ゲルマン法、サリカ法を整理して明文化し、新たな帝国法として制定している。
人口が増えた帝都ユーグウルブスはでは、ライン川の対岸まで石橋が掛けられ、コルドバの大神殿と宮殿を参考にした、新たな皇帝の居城が建築され始めている、そんな時、中東のアッバース帝国からの使者が到着する、使者はアッパース帝国カリフ(皇帝と拝火教教皇をあわせた存在)アル・ラーディの代理人と名乗り、高価そうな布や香辛料など様々な貢物を持って、帝都に遥々とやってきたのだった。
アッパース帝国は最盛期にはローマ帝国の領土の内、ボスポラス海峡の東側、地中海の南岸からエジプト、アラビア半島、メソポタミアと言う広大な領土を持ち、帝都バグダードは人口200万を超えた大都市だった、だが現在は、帝都バグダードをブワイフ帝国に奪われ、その他の領土も各地の領主が独立を宣言するなどして、アラビア半島の地中海側の都市ダマスカスを都にして、その周辺とボスポラス海峡の東側を領するのみになっている。
この衰退期にある東方の帝国は、魔聖ローマ帝国が彼らの仇敵コルドバ帝国を滅ぼした事から、魔聖ローマ帝国の武力(魔法力)を目当てに同盟を求めて来たのだった。
皇帝ユーグは、ボスポラス海峡の西側の覇権を認める事を条件に、相互不可侵条約と通商条約を結び
アッパース帝国の要請があれば、有償で軍を派遣すると言う、言わば安全保証条約を締結した。
この同盟は対等の同盟と言うよりは、どちらも自分の利益のみを考えた物だ、アッパース帝国としては
西方の蛮族の武力を利用すると言う事、魔聖ローマ帝国側は、香辛料やシルクロードを通って運ばれてくる東洋の陶器や磁器、シルク等を安価に入手できると言うただその点だけで締結した物だった。
何しろイスパニア遠征で、多数の貴族や将兵達が香辛料の効いた料理を知ってしまったのだ、人は
一度美味を覚えるともう元に戻る事ができない者だった。今では皇帝ユーグの宮殿でも、多数のアラブ系のコックがコルドバから移住して働いている。この料理と言う文化の浸透はあっと言うまで、既に帝国全土に広まり、香辛料の需要が特に高いのだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございました、
これで第二部『魔聖ローマ帝国編』完結です、第三部はまたその内に




