第二部 第十六章 マジェリト陥落
第二部 第十六章 マジェリト陥落
翌朝、日の出と共に、アンリはマイアレンと9000の騎兵を連れて、昨日偵察をしたバルセロナの騎兵の案内で、街道を西に向かった。
敵の数が多ければ監視をしながら撤退して、エルベールや辺境候の軍と合流して叩く、少なければそのまま殲滅する、そういう事になる。
昨日その軍が野営をしていたのは、南西に二時間ほど行った現地の言葉で『アル=カディル』と言う丘の辺りと言う事だった。
「あ、見えて来ました」
と先導するバルセロナの騎兵が戻って来て言う
「全軍停止、ここで待て」
アンリは自ら馬を単騎で進めて、敵陣を偵察する」
その軍は既に出立の準備が終わっている様で、今にも動き出しそうだった。
そして先頭の騎士が掲げる旗は、赤字に黄金の鷲と月桂樹の紋章の魔聖ローマ帝国旗、そして青字に金の百合の皇帝旗が旗めいている。
「おお、あの旗は!」
アンリの緊張は一気にほぐれた、直ぐに部隊の所に戻ると
「全軍、下馬し街道の両側で控えろ、これより皇帝陛下の軍がこちらに来られる」
とそう言って、馬から降りた。その声を聞いてアンリの将兵もマイアレンの将兵達も一斉に下馬すると、街道の両脇で跪き待機の姿勢を取る。
やがて、皇帝ユーグの軍が見えてくると、アンリとマイアレンも剣を置き、片膝を付いて、待機をする
「アキテーヌ公、出迎えを感謝する、マジェリトの街は私の為に残してあるのだな」
と戦闘用馬車に三人の皇妃と同乗したユーグは笑いながら言う、既にユーグは千里眼魔法で、マジェリト周辺の状況を把握している。
「は、誠に不甲斐無い事ながら、街の包囲を始めた状況です」
「良い、貴卿らの戦果は、ここに来るまでに敵の敗残兵から聞き及んでいる、さぁ立て、本陣まで案内してくれ……だがその前に、その隣の御婦人はどなたかな?」
「は、これは失礼をいたしました、縁あって私の嫁とした、辺境候サンシュ殿の妹マイアレンでございます」
「おう、其方も嫁を取ったか、それは上々、マイアレン殿、魔聖ローマ帝国皇帝ユーグ・カペーだ、アンリと私は幼い頃から兄弟同然に育った仲だ、以後よろしく頼む」
「はい、皇帝陛下、不束者ですがよろしくお願いいたします」
とマイアレンは答えた。
「(すごい、なんと言う威圧感、何もしていなくても物凄い魔法の圧迫感が押し寄せてくる)」
とマイアレンは思い、全身に震えが走った。
アンリは立ち上がると全軍に指示をする
「これより皇帝陛下をお守りしながら本陣に戻る、ブロア伯、兵半数で陛下の軍の後方をお守りしろ」
「は、心得ました」
皇帝ユーグは、馬車から降りると、白馬に跨り、アンリの隣でこれまでの戦況を聞きながら、沓を並べて北上する。
「なるほど、つまり三軍に別れて、敵領を侵攻してここで集合したと言う事か、エルベール見事な采配だな」
「はい、それに辺境候の戦術はエルベール殿を凌ぐ程でした、一緒に戦えて心強かったです」
「そうか、それでマジェリトの街はどの様に攻めるつもりなのだ?」
「はい、包囲が完成したら、城門と城壁を破壊、その後に降伏勧告を行うつもりです、あの見事な街なので、可能なら無傷で占領したいと思いまして」
「それは皆の総意なのだな、(これは楽しい、皆に新しい魔法を披露する機会だ)」
とユーグは上機嫌になる。
ユーグ達が本陣に着いた時には、既に先行した伝令によって皇帝の到着が知らされていた為に
将兵達が整列して出迎えている、ユーグは馬から降りると先ず義兄エルベールを労い、辺境候には
「サンシュ殿、久しいな戴冠式以来か、此度の働き見事だ、感謝するぞ」
と声をかけ、参陣した各地の諸侯達に声をかけた。
そして、
「皆の物、大義であった、ここまで良く戦ってくれた、我が帝国の領土を侵した不埒なるコルドバ帝国を自称する者共の運命はもはや風前の灯である、このマジェリトを攻略すれば残りは敵の本拠『コルドバ』を残すのみである、各員の更なる奮起を期待する、この戦に完勝して皆で故国に凱旋しようぞ」
と檄を飛ばした。
この場の全将兵が
「ヴィヴァート・マギカ・ローマン・インペリウム、ヴィヴァート・インペラトーレ!!」
と檄に答える、ユーグは右手を挙げてそれに答えた、そして
「さて、では軍議を始めるか」
「は、皇帝陛下」
設営された皇帝の幕舎に、主な者達が集まり軍議が始まる。
「貴卿らの作戦は先ほど、アンリから聞いた私もそれが良いと思う」
「は、ありがとうございます」
とエルベールは頭を下げた。
「その上で、私なりに試してみたい魔法攻撃があるのだ、各部隊、風魔法の上級者を選別して出頭させろ、私が直々に新たな上級魔法を授ける、それが終わり次第、全軍で攻撃に入る、良いな」
「はっ」
と全員が立ち上がる。
直ぐに各部隊から選別された風魔法の使い手達が集まり、1000人程になる。
その中にはアンリとウード、アルベールが含まれている、マイアレンはまだ土魔法しか使えないので、悔しがりながら参加を見送った。
「集まったな、一応確認しておくが、伝達魔法を使えない者はいるか?」
とユーグは聞いてみる、今回の魔法は戦場で声を伝える伝達魔法の応用になるからだ。
「いないな、では最初のステップだ、みんな声を伝える時に太い声にしたりできるのは知っているな」
全員が頷く、敵を挑発する時には、地声では無く低く太いドスが聞いた声に変換する事が良くあるからだ。
「では逆に高い声にする事もできるな、そう女性の悲鳴の様な声だ」
これも全員が頷いた、城塞に籠った敵の安眠を妨害する為に、この様な声を作る事があるからだ。
「そのまま、もっと高い声にするとどうなるか知っている者はいるか?」
「はい、声は消えてしまいます」
答えたのはアルベールだ。
「そうだ、声が消える、いや聞こえなくなると言うのが正しい、消えたわけでは無いんだ、そしてそこから更に音を高くして行く、みんな自分の声で目標を10メートル程先の適当な木や岩で試してみて欲しい」
全員が、不思議そうな顔で魔法を放ち大声を出して、声を変換して行く。
「え?」
目標にした木が折れたり、岩に亀裂が入ったりするのを皆んな確認して驚いている。
「いいぞ、全員優秀だ、今度は同じ目標で更に遠くまで音を届ける時の様にしてみろ」
「おーこれは凄い」
目標が今度は、細かいチリになって消滅する。
「ここまでは全員できているな?」
「はい、皇帝陛下」
「よし、では次は複合魔法だ、初歩の水魔法は全員使えるな?」
これも全員が頷く、
「では私がやってみるから見ている様に」
ユーグは、風魔法と水魔法を同時に発動させて、20メートル程先にある岩を完全に消滅させた。
「わかるか、水魔法『ネプトゥヌス・ネブラ』で霧を作り、目標にぶつけながら風魔法を使う、これが究極風魔法『ヴェンティ・クラーマーレ』だ、全員、これを使いこなせる様に今日一日訓練せよ、明日には実戦で使うからな」
この魔法はユーグがラジエル書の解析をして会得した魔法だった。城塞都市の城壁を破壊するのに、瓦礫や火災の心配が要らないと言う最大の長所がある。
マジェリトの街を取り囲む総延長20km以上の城壁をユーグは1000人の魔術師を動員して、消滅させる事とを考えていたのだった。
「さすが陛下、恐ろしい魔法を生み出しましたな」
ユーグの魔法の威力を、この中で一番良く知っているのが、ロタリンギア公エルベールだ
「いつもの『あれ』では、街が消滅してしまうからな、私もこの美しい街は残しておきたいと思うのだ、この魔法は丁度良いだろう」
「仰せの通りですな、陛下の魔法の御威光に畏れて街の者共が早々に降伏してくれれば良いですな」
「ああ、だがまだ5000以上の兵力が街には残っているのだろう?戦いは避けられないな」
「はい、その時は我らが騎士の出番ですな」
「そういう事だ、騎士団の兵にも剣と防具の整備を怠らない様に伝達しておいてくれ」
「は、かしこまりました」
この時、ロタリンギア公と一緒にこの戦場に来た、カスティーリャ伯領の騎士達は本来の領主である
カスティーリャ伯ガルシアと再開を果たす、そして彼らは先王の死と新しい王が即位した事を知ったのだった。
「そうですか、あのうつけ者が王に……いやこれは口が滑りましたな、今のはお忘れください」
とつい口にしてしまった初老の騎士の一人だが、誰もこの騎士を責める者は居なかった。
全員が、新王オルドーニョ3世が王の器では無いと認識しているのだった。
だが、ザモラでガルシアの指揮下に入った、先王ラミロ2世直属の2000名程の騎士達は違う認識がある、忠誠を誓った王の息子はまた忠誠を誓う存在でもあるのだった、彼らは他国の皇帝ユーグの臣下の様に振る舞うガルシアに対して不満を持っているのだった。
翌朝早朝から、ユーグは自分の幕舎で作戦説明をする。
「……と言う事で、我らと魔術師達が城壁を消滅させる、その後私が降伏勧告をする、もし敵がこれに応じ無ければ、貴卿らの当初の作戦通り全軍で突入する、なるべく街の施設を壊さない様に敵兵や反抗する者達を排除する、これで良いな?」
「はっ」
全員が声を揃えた。
「そうそう、アキテーヌ公」
「はっ」
アンリは名前を呼ばれて姿勢を正す
「貴兄、婚姻の披露宴は行ったのか?」
「は?簡易な物ですがウルヘル伯爵領のアンドラで執り行いました」
「そうか、では皆で改めて、アンリとマイアレン殿の披露宴をマジェリトの王宮で執り行う事にしよう、良いな」
とユーグが微笑みながら言うと、幕僚達全員がそれに賛成した、当然ながらアンリとマイアレンには拒否権は無い。
「では、新婚夫婦の幸せな披露宴の為に、各員の奮闘を期待する」
「はっ」
全員が抜刀した剣を自分の前に掲げ剣礼をする。 ユーグは右手を挙げて答礼した。
そして、城壁破壊作戦が始まる、皇帝ユーグと皇妃三人を含む、1000以上の魔術師が城壁の前にお互いに20m程の距離を持って並び、全員が配置に着いた所で、合図の雷鳴が轟き、全員が一斉に
風魔法『ヴェンティ・クラーマーレ』を発動する、最初の一斉攻撃で東西南北の城門を含む城壁の70%が消滅して、第二射で総延長20kmを誇ったマジェリトの街を取り囲む城壁はその上に建てられた尖塔も一緒に消滅したのだった。
ユーグは、三人の皇妃と共に浮遊魔法で上空に上がると、街の中央の宮殿の上空で止まった。
浮遊(飛空)魔法を始めて見た物達は全員が口を開けて唖然としている、例え魔法が普通に存在する世界であっても人が空を飛ぶと言う事はあり得ないと言うのが常識だからだ。
「凄い、どんな魔法なんだろう、アンリ様、貴方もあの魔法使えるですか?」
「いや、残念ながらまだ無理だ、練習はしているのだがな」
そう言うとアンリは少しだけ空に浮いて、ふらつきながら着地した。
そこに皇帝ユーグの降伏勧告が、街全体に響きわたる。
「余は魔聖ローマ帝国皇帝ユーグ・カーペー、マジェリトの全ての住民に申し渡す、街を守る壁は既に消滅させた、そして我が軍団80000が街を完全に包囲しており、抵抗は無意味である、余ユーグ・カペーはここに無条件降伏を要求する、もし受け入れるなら領民の安全は保証しよう、街に逃げ込んだコルドバ帝国の敗残兵に告げる、其方達の罪は問わん、中には負傷者も居るだろう、我が軍には優秀な治癒魔術師が多数居る、皆傷を癒して故郷に戻るが良い、我が軍の占領地域内の安全は保証する、誠意ある回答を期待している、諸君には一日の猶予をやろう、降伏の証として、明朝日の出までにこの宮殿に白旗を掲げよ、それが無い場合には、住民諸共この街を消滅させる、余の魔法力を侮る事のない様に警告だけしておく」
ユーグは、そう言うと三人の皇妃達に合図をする。そして全員で炎と風の複合魔法『ウルカヌス・トゥルボー』を発動する、宮殿の上空東西南北に出現した四つの巨大な炎の竜巻が回転しながら、街の上空を舐める様に外に向かって弧を描いて移動していく。
この竜巻が地上に降りたら、どう言う事になるか理解できない者は存在しないだろう、ユーグの警告は
マジェリトの太守でコルドバ帝国皇帝の一族アル・ムンディル2世を心底から震え上がらせるのに十分だった、太守は側近達を集めて即座に降伏勧告の受諾を決断、宮殿の屋根に特大の白旗を掲げた。
これを受けて、魔聖ローマ帝国軍は、ユーグの親衛隊と幕僚達が街に入城して宮殿を占拠、正式に降伏
を受け入れた。
皇帝の代理として、ロタリンギア公エルベールが布告を発し太守とその家族や臣下、それに退去を希望する領民の保護を確約、さらに約束通り負傷兵の治療を行った。
マジェリトの人口7万の内、退去を希望したのはアラブ人ベルベル人系の領民を中心に5000人未満だった。
太守とそれに従う者達は、粛々と街を去り、帝都コルドバに向かった。
そして数日後、街中に魔聖ローマ帝国の旗が翻る中、『マイリット宮殿』でアキテーヌ公アンリとヴァスコニア辺境候サンシュの妹マイアレンの結婚披露宴が行われた、この日はそれを記念して、全軍の将兵
それにマジェリトの領民達にも祝いの酒と料理が振る舞われ、支配者とは搾取する物と考えていた領民達は魔聖ローマ帝国の統治を積極的に受け入れる事になる、特に税率が下がった事により商人達はこぞって
王宮を訪れて皇帝ユーグに感謝の意を示した。
「アキテーヌ公アンリ・ポワトゥー公爵、マイアレン・ヴァスコニア、両者の婚姻を祝福して、マイアレン殿には宝剣『ティソーナ』を授ける、マイアレン殿は土魔法に長けている、この剣は土魔法と相性が特別良いのだ、大事に使ってくれ」
「はい、皇帝陛下ありがたく拝領いたします」
とマイアレンは両手で剣を戴いた。
「おい、俺の剣も陛下から拝領した宝剣だが無銘だぞ、これは大変名誉な事だ」
とアンリはマイアレンに囁いた。
「アンリ、聞こえているぞ、なんだ剣に銘を付けて欲しかったのか?、なんなら今から付けてやろうか?」
とユーグが言うと、参列者全員が和やかな笑いに包まれた。




